第086話 世の中は何が起こるかわからない ★


 目の前のドラゴンは殴ったり、尻尾を叩きつけながら結界を攻撃している。

 そのたびに、俺達の身体にものすごい衝撃が走っていた。


「くっ! このままでは結界が破られる!」


 会長が焦ったような声を出した。


「どのくらい持ちます!?」


 俺は会長に聞く。


「1分も持てば良い方だ……結界を張りなおしたい! 結城、いけるか!?」

「やってみます!」


 俺は何とかしようと思い、剣を抜くと、タイミングを計る。

 そして、ドラゴンが結界を殴った時に何とかその場で踏みとどまると、結界の外に出た。


 この結界は外からは入れないが、中からは自由に外に出ることが出来るのだ。

 そのことを知らないドラゴンは一瞬、止まったが、すぐに標的を俺に変え、息を大きく吸った。


「ブレスか! させん!」


 俺は剣を構え、息を吸っているドラゴンに向けて、その場で剣を振るった。

 ドラゴンは距離があるのに剣を振った俺に警戒したのか、息を吸うのをやめ、飛び上がってしまった。


 俺が振った剣からは斬撃が飛び出し、ドラゴンがいた位置に向かって飛んでいく。

 斬撃は誰もいない方向に飛んでいくと、周囲の木々を切断していき、消えていった。


「ほう! 女神アテナからもらったスキルだな。たいした威力だ。だが、女神アテナの手の者と知ったからには絶対に生かしては帰さん!」


 ドラゴンが上空でホバリングしたまま息を吸う。


「結城! 戻れ!」


 会長の指示が聞こえたので、慌てて、皆の所に戻った。


 俺が皆の所に戻ると、会長が再び、結界を張る。

 直後、真っ赤な炎が俺達を襲った。


「くっ! とんでもない熱量だ!」


 会長はそう言うが、結界のおかげで熱さは感じない。


「どうしましょう? あのドラゴン、知性があるうえに速いです!」


 俺は結界を張っている会長に聞く。


「知性が厄介だな……」


 これは本当にそう思う。

 さっきの斬撃を躱されたのも知性があるからだし、時間を稼ぐうえでは面倒だ。

 とはいえ、黙っていても埒が明かない。

 こちらからも攻撃しないと一方的にやられるだけだ。


「アキラ、いけるか!?」

「おうよ!」


 アキラはやる気だ。


「ブレスが終わったら俺が右から出るからアキラは左から出てくれ」

「了解!」


 俺は剣を構え、アキラが杖を構えると、その場でじっと待つ。


「待て」


 俺達がブレスを終えるのを待っていると、氷室が声をかけてきた。


「なんだ?」

「知性がある相手に同じ手が通じると思うな。まず、間違いなく、敵はブレスを終えたら間髪入れずに攻撃してくるだろう。狙い目はその攻撃の後だ」


 確かにその通りだ。

 俺がドラゴンでも、さっきのことがあるからブレスの後を警戒する。


「わかった!」

「よっしゃ!」


 俺とアキラは氷室からアドバイスをもらい、その場で構え続ける。

 すると、徐々にブレスの炎の勢いが弱まっていく。


 なるほど……

 氷室に言われた後だと、このあからさまさがよくわかるな……


 この徐々にブレスの勢いが弱まっているのは罠だろう。

 こうやって、ブレスの後に俺達が結界の外に出るように誘導しているのだ。


 俺とアキラがその場でじっと待っていると、徐々に弱まっている炎が消えた。

 直後、衝撃と共に俺のすぐ右に大きな尻尾が現れた。

 ドラゴンは俺が結界から出ると思って、尻尾で攻撃してきたのだ。


 もし、氷室のアドバイスがなかったらあのしっぽをモロに喰らってたな……


「食らえ! アイスニードル!」


 俺が冷や汗をかいていると、左からアキラの声が聞こえてきた。

 攻撃されなかったアキラが結界を出て、魔法で攻撃したのだ。


「ぐっ! おのれ!」


 ドラゴンの腹に尖った氷が刺さっているのが見える。


「いまだ!」


 俺はすぐに結界の外に出ると、苦しんでいるドラゴンに向けて、剣を振るった。


「ぐわーーっ!!」


 俺が振った剣から出た斬撃はドラゴンの腹に当たると、ドラゴンが絶叫する。

 ドラゴンを切断することはできなかったが、ドラゴンの腹部からは大量の血が出ていた。


「トドメだ!」

「いくぜ!」


 俺とアキラは再度、構える。


「戻れ!」


 急に氷室の叫び声が聞こえてきたため、俺とアキラは反射的に会長に向かって飛び込んだ。

 直後、俺はヘッドスライディングのように飛び込んだため、何が起きたかわからなかったが、ものすごい衝撃が走った。


「え? 何?」

「何が起きた?」


 俺とアキラはよくわかっていない。


「尻尾で払われたのよ。危なかったわ」


 俺とアキラが頭にはてなマークを浮かべていると、ミヤコが教えてくれる。


「お前ら、俺の忠告を聞いていたか?」


 氷室が呆れた顔で俺に手を伸ばしてくる。


『無茶はするなよ。あくまでも援軍を待って、防御に徹しろ。いける、倒せると思う時は大抵、いけないもんだ』


 昨日、氷室にこう言われたんだった。


「わ、悪い……」

「命があったんだから良しとしろよ。それよか見てみろ。大ダメージだ」


 氷室のが上空を見上げたため、俺もつられて見ると、いつのまにかドラゴンは上空に飛んでいた。

 だが、相変わらず、腹部からは大量の血が出ており、瀕死の状態だ。


「お、おのれー!! たかが人間の分際で! 許さんぞ! この場は引いてやるが、次に会った時は…………ん? あれはのろし、か? いや…………まさか!? くっ! こいつらは囮か!! おのれ! 女神教め! どこまでも人族至上主義なんだ!!」


 ドラゴンは空を飛んだまま、左の方を向き、何かを言っている。


「今がチャンスだ!」


 俺はドラゴンが俺達の方を向いていないため、結界の外に出ると、剣を構える。


「くそ! アテナめ! ワシの友人をことごとく滅ぼす気か!! そうはさせんぞ!」


 ドラゴンは怒りに満ちた表情を見せると、そのまま左の方に飛んでいってしまった。


「あれ?」


 俺は剣を構えたまま、首を傾げる。


「あいつ、どこに行ったんかな?」


 アキラもまた、首を傾げた。


「あれはドワーフのもとに行ったんだろう」


 俺とアキラが首を傾げていると、氷室が答えた。


「それマズいだろ! 追わなきゃ!」


 ドワーフが襲われてしまう。


「落ち着け。あっちには正規兵が5000もいるんだ。あんな瀕死なドラゴンには負けない。それにこの山を下りて、さらに東の山を登るのには時間がかかりすぎる。行った時には終わっている」

「で、でも!」

「はっきり言ってやる。ドラゴンは瀕死だが、お前らの体力も限界だ。行っても足手まといにしかならん」


 氷室にそう言われると、自分の身体が疲弊しているの気付いた。


「あれ? ダメージを負っているわけではないのに……」


 どこ痛くないし、幸い、ケガも擦り傷程度だ。

 だが、身体がめちゃくちゃ重い。


「死と隣り合わせの緊張は疲れがドッと来るんだ。今は休め。風見、回復してやれ」

「は、はい!」


 ミヤコが俺のところに急いでやってくると、回復魔法をかけてくれる。

 回復魔法をかけられると、ほんの少しだが、疲れが取れていく気がしてきた。


「ここで数時間くらい休んでから下山だ。いいな、生徒会長殿?」


 氷室が会長に確認する。


「ああ、そうだな…………今はまだ下山しない方がいいし、ドラゴン退治は兵士に任せよう。足止めはできなかったが、瀕死の重傷を負わせたんだ。これで十分…………」


 会長までそう言うならそうなんだろう。


 俺はその場で寝ころびながら空を見た。


 これでドワーフを救えると良いな。

 あとでドラゴンの魔石ももらわないといけない。

 ああ…………疲れた。

 良く考えたらこれが初めての実戦だ。


 俺は極度の緊張からの解放のせいか、急激に眠くなり、その場で目を閉じた。




 ◆◇◆




 俺は目が覚めると、体力もかなり戻っていたため、皆と一緒に下山することにした。

 山を下り、来た道を引き返すと、昨日、泊まった野営地に多くの兵士が休んでいるのが見える。

 だが、兵士の数は明らかに今朝見た時よりも少ないし、多くの兵士が傷だらけでボロボロだった。


「ドラゴンにやられたのか……」


 俺はその光景に思わず、つぶやいた。


「わ、私、治療してくる!」


 ミヤコはボロボロの兵士に向かって走っていった。


「おー! 結城殿! 貴殿も無事でしたか!」


 野営地から馬に乗った隊長が出てくると、大声を出しながらこちらに向かってくる。

 隊長はそのままこちらまでやってくると、俺達の前で馬から降りた。


「隊長さん、すみませんでした。足止めを頼まれたのに……」

「いやいや、あのドラゴンの傷は貴殿たちがやってくれたものでしょう? 貴殿たちはよくやってくれました」

「しかし……」

「結城殿、はっきり言います。貴殿らが足止めをし、我らが援軍に向かうという当初の作戦では兵の半数以上を失う計算でした。ですが、貴殿らがあのドラゴンにあそこまでダメージを与えてくれたからこそ、ここまでの損害で防げたのです」


 そうなのか……

 最初から半数を失う覚悟だったのか。


「死者はどれだけ出たんですか?」

「1500ほど…………ですが、ドラゴンを討ち取ることに成功しました。これがその証です」


 隊長は俺に赤い石を渡してくる。


「これは?」

「貴殿らが求めていたドラゴンの魔石です。故郷に帰れるといいですね」


 隊長はニコッと笑った。


「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ。こちらこそ感謝です。長年の悩みの種が消えましたからね」

「あ、そういえば、ドワーフの皆さんは?」

「もちろん無事です。今は平穏に暮らしていますよ」


 そうか……

 ドラゴンがいなくなったから逃げる必要がなくなったんだ。


「挨拶に行こうかな……」

「おやめなさい。ドワーフは基本的には人嫌いです。ドラゴンの襲撃があって、気が立っているでしょう」


 下手に刺激するのは良くないのか……


「わかりました」

「それでいいです。ところで、あの女性はどちらに? まさか、ドラゴンに?」

「あ、いえ、ミヤコは回復魔法が使えますので傷ついた兵士さんを癒しにいきました」

「おー! それはありがたい! まさしく、聖女の振舞いですな! 皆さん、まずはお休みくだされ。今日は1日、ここで休む予定ですし、夜には祝勝会をします! ぜひ、ご参加ください! では!」


 隊長は一方的に告げると、馬に乗って、陣地に戻っていった。


「…………1500人も死んだのか」


 俺は馬に乗って走っている隊長を見ながらつぶやく。


「結城、戦争っていうのはそういうもんだ」


 氷室が俺の肩に手を置いた。


「でも…………」

「理解はしなくてもいい。そういうもんだと割り切れ。今は目的を果たしことを喜ぶんだ。祝勝会っていうのはそういう慰めなんだよ。お前達は功労者だから絶対に参加しな、兵士達も喜ぶ」

「わかった」

「よし! じゃあ、夜まで休め! 俺も休む!」


 氷室はそう言って先に野営地に向かっていく。


「俺達も行こうぜ。さすがに疲れたわ」


 アキラがそう言ったため、俺達も野営地に向かい、テントで休むことにした。


 そして、夕方になると、お酒が振る舞われ、宴会となった。

 俺達は未成年のはずだが、やけに絡んでくる兵士たちにお酒を注がれ、断り切れずに飲んでしまった。

 一度飲むと、どんどんと兵士が感謝の言葉を述べながら酒を注いでいく。

 さすがに会長やミヤコはあまり勧められてはいなかったが、俺とアキラはひどかった。

 だが、感謝を述べられ、死んでいった戦友のことを語られると、断れない。


 俺は人生初のお酒を大量に飲まされ、皆と笑い、泣き、叫んだ。

 そして、つぶれてしまった。


 翌朝、目が覚めると、ひどい頭痛に襲われていた。


「いつテントに戻ってきたのかも覚えてない…………っつー」


 本当に頭が痛い。

 頭痛薬が欲しい。


 俺は痛みを我慢しながらもテントの外に出る。


 外ではもう明るいというのに兵士達が外で寝ているのが見えた。


「外で酔いつぶれたのか……風邪ひくぞ……」


 まあ、皆、大量に飲んでいたからな。


 俺は視線の先に椅子に座りながら机に突っ伏している隊長を見つけたので声をかけにいく。


「隊長さん、朝ですよー」


 俺は隊長の身体を揺すり起こそうとする。

 すると、隊長の身体が滑り落ちるように地に落ちた。


「あ! すみません! 大丈夫………で、すか?」


 隊長は地面に仰向けで倒れている。


 だが、目は開いているが、ピクリとも動かない。


「え?」


 隊長はどう見ても死んでいた。


「な、なんで!?」


 俺はハッと気づき、周囲を見渡す。


 寝ている人は誰もピクリとも動かない。

 寝息もいびきも聞こえない。


「え? 全員、死んで、いるのか?」


 わからない、わからない、わからない。

 何が起きているのか、どうなっているのか……

 何一つ理解できない……

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