第085話 疑うことは大事 ★


 ドワーフが住む山を目指して神殿を出て、10日近くが経った。

 騎士の人が言うには明日には着くらしい。


 今日も一日、馬車で移動し、夕方になると、馬車が止まったため、俺達はいつものように野営の準備をする。


「結城殿、ちょっとよろしいか?」


 俺がアキラとテントを設営していると、騎士の人が声をかけてきた。

 この人はこの部隊の隊長らしい。


「あ、お疲れ様です」

「ええ、皆様方もお疲れ様です。慣れてない旅で疲れたでしょう?」


 この隊長は強そうだし、顔は強面だが、物腰が柔らかで非常に丁寧な人だ。


「正直、ちょっと疲れましたね。でも、他の兵士さんは重そうな鎧を着て歩いているんですから弱音は吐けませんよ」

「あいつらは慣れていますし、それが仕事ですよ……それよりも、明日のことで相談があります」


 相談?

 何だろう?


「明日のドラゴン討伐の連携とかですか?」

「まあ、そういうたぐいの話です。実は皆さん方だけでドラゴンと対峙して頂きたい」

「え? あ、あの、僕達4人だけですか?」


 無茶言うなよ!


「無理を言っているのは承知しています。何も戦って勝てと言っているわけではございません。実はあなた方に時間を稼いでもらって、そのうちに我々がドワーフを救出したいのです」


 ドワーフを救出……

 確かに女神教の方の目的はそれだ。


「それはわかりますが、僕達だけでは…………先にドラゴンを倒し、それからではダメなんですか?」

「我々が攻撃をし、逆上したドラゴンがドワーフの村を襲う可能性があるのです。それは何としても避けたい」


 確かにその可能性はあるが……


「僕らだけで大丈夫なんですかね?」

「ドラゴンはほとんど寝ています。要はもし、起きていて、ドワーフの村に行こうとしたら止めて、時間稼ぎをしてほしいのです。時間を稼いでもらえれば、ドワーフを救出した後に我々が加勢に向かいます」


 時間を稼ぐ程度ならいけるか……

 いや、どちらにせよ、これはお願いではなく、決定事項だろう。

 この人は良い人だからこう言っているだけで、立場的には女神教の方が圧倒的に上なのだ。


「わ、わかりました。でも、なるべく早く来てくださいね。僕らはドラゴンと戦ったことがないです」

「ははは。それは我々もですよ。我らは人と戦う専門ですからねー」

「笑い事ではないですよ」

「はは、申し訳ない。では、明日、結城殿達は西の方の山に向かってくだされ。我らは東の山に向かいます」

「わかりました」

「では、警備は我々に任せ、今日はゆっくりとお休みください」


 隊長はそう言いながら手を挙げると、踵を返し、自分の軍幕へと帰っていった。


「おい、ヤマト、マジか?」

「私らだけ!?」


 話を聞いていたアキラとミヤコが慌てて、俺のところにやってくる。


「そうなるな……」

「なんで受けちゃったの!?」


 さすがのミヤコも文句を言いたいようだ。


「落ち着け、風見。結城は間違っていない」


 会長が俺の援護をしてくれる。


「どうしてです?」

「我々の立場は弱いんだ。今は女神アテナの好意で衣食住を保証してくれてるだけ。本来なら異教徒である私達は殺されてもおかしくない。でも、役に立ちそうだから生かされている。ここは断れん」

「そんな……私達だけでドラゴン……」

「安心しろ。お前達は絶対に生きて帰す。私のスキルを忘れたか?」


 会長のスキルは見えない防御壁を張ることができるスキルだ。

 幸福教団のマシンガンですら防いだ。

 会長曰く、強力な結界みたいなものらしい。


「そ、そうですよね。私達のスキルを合わせれば、時間稼ぎくらいはできますよね?」

「ああ。そのために訓練をしたんだろう?」

「はい!」


 やっぱり会長は頼りになるな。

 いてくれて本当に助かる。


「そうだ、その信頼が大事だぞ。頑張れよ!」


 氷室が他人事のように言う。


「あんたは?」

「俺にはそのスキルがねーよ。後ろに控えているからケガとかで危なくなったヤツがいれば言え。後ろに回収してやるよ。それくらいならできる」


 氷室は強いが、生身だ。

 さすがにドラゴン相手に戦えとは言えないか……


「わかった。頼む」

「ああ、応急処置くらいはしてやる。死にさえしなければ、風見のスキルで治せるんだろう?」


 ミヤコのスキルは回復魔法だ。

 骨折した足を一瞬にして治した時は本当にビックリした。


「はい。私も隙を見て下がりますので、それまではお願いします」


 ミヤコが氷室に頭を下げた。


「了解。お前らにアドバイスだが、無茶はするなよ。あくまでも援軍を待って、防御に徹しろ。いける、倒せると思う時は大抵、いけないもんだ」


 氷室がいつものようにへらへらしながらアドバイスをくれる。


「わかった。肝に免じてく」

「じゃあ、頑張れ。俺は早めに休むわ」


 氷室はそう言って、自分用のテントに入っていった。


「アキラ、ミヤコ、会長、明日は頑張ろう。日本に帰るために!」

「だな!」

「うん!」

「ああ……」


 俺達は明日の戦いに備えるために早めに休むことにした。


 翌日、俺達は太陽が明けるか明けないかの時間に起き、準備を始める。

 そして、準備を終えると、昨日話した隊長の所に向かう。


「結城殿、準備はよろしいか?」


 隊長は馬に乗ったまま声をかけてきた。

 隊長の後ろには兵隊がずらっと隊列を組んでおり、準備は万端のようだ。


「大丈夫です」

「よろしい。では、ドラゴンの方をお願いします。我々も仕事を終えたらすぐに向かいますゆえ」

「よろしくお願いします」

「そちらも頼みます…………よし! 皆の者、参るぞ!」

「「「おーー!」」」


 隊長が馬上から手を上げ、叫ぶと、兵士たちが槍を掲げ、一斉に声を出した。


 これだけの数だと、すごい迫力だな。

 5000はいるんだっけな?


「おい、俺らも行こうぜ」


 兵士たちが東に向かって進み出すと、氷室が急かすように言ってきた。


「そうだな……皆、行こう」

「おー!」

「そうね!」

「ああ…………そうだな」


 会長はちょっと元気がない。

 さすがの会長も緊張しているのかもしれない。


「おい、早く行こうぜ。俺はさっさと帰りたいんだよ」


 氷室がまたしても急かしてくる。


「わかってるよ」


 俺達は西にある森のような山に向かって歩いていった。


 俺達が歩いて向かっていると、1時間くらいで山道に入る。

 そこまで急というわけでもないし、道もそこまで悪いというわけではない。


「この道なら兵士たちが隊列を組んでも来れるな」

「援軍は期待できそうだよな」

「よかった……」

「……………………」


 アキラとミヤコ胸をなでおろすようにホッとしているが、会長は下を向いていた。


「会長? どうしました?」

「あ、いや、なんでもない。ちょっと緊張してな」


 やっぱり緊張らしい。

 会長でも緊張するんだな。


「大丈夫ですよ。行きましょう!」

「ああ、そうだな……」


 会長の顔は暗いままだった。




 ◆◇◆




 いやー、おもしれーわ、こいつら。


 俺は後方で前を歩く4人を眺めながら必死に笑いをこらえている。


 なーんで、疑問に思わないのかねー?

 木が切られ、山の道が整備されているってことは誰かが使っているってことだろ。

 その誰かはドワーフしかいない。

 つまり、ドワーフはドラゴンの巣に行っているってことだ。

 少し考えればわかる。


 それにさっきの兵士を見て、何も気付かないのもひどい。

 あの気合の入れ方はどう見ても、戦争に向かうものだ。


 これから救出しにいくのに槍を掲げるわけねーだろ。

 ホント、甘ちゃんというか、生徒会長殿に頼りっきりなんだろうな。

 いや、俺としては助かったけどね。

 正直、あの騎士を殴りたくなったもん。


 しかし、生徒会長殿は悔しそうだなー。

 生徒会長殿はこの不自然さに気付いているのだが、言えない。

 何とか、3人に気付いてほしいのだろうが、3人は生徒会長殿に頼りっきりだから思考放棄している。

 生徒会長殿はそれがわかっているから余計に悔しいのだ。

 今でも血が出るんじゃないかって思うくらいに右手を強く握りしめている。


 3人はそんな会長に気付かずに進んでいっている。


 これは月城が見限るわけだわ。

 こいつら、考える力や他人を気にかける余裕がまるでない。

 これが仲間じゃあ、月城の心が折れるのもわかるわ。


 俺は笑いを通り越し、呆れながらも4人についていく。


 そのまま進んでいくと、次第に勾配が緩やかになり、木の数が徐々に減りだした。

 それに何か匂う。


 そろそろだろうな……


「結城、近いと思うぞ」


 俺は一番後ろから声をかける。


「そうなのか?」

「山の様相が変わった。何かあるってことだ」

「わかった」


 結城は素直に頷いた。


 さて、ドラゴンか……

 いつでも逃げる準備だけはしておかないとな。

 俺はここでは死ねない。

 俺が死んだら月城が敵地で孤立してしまうことになる。

 それはマズい。


 俺がどうしよっかなーと考えていると、ふいに辺りが暗くなった。


 チッ!


「生徒会長殿!」


 俺は名前を叫び、生徒会長殿に指示を出す。

 すると、すぐに半透明の円が俺達を囲った。

 直後、ものすごい衝撃が俺の身体を襲う。


 俺は地に膝をつき、恐る恐る上を見上げると、巨大な爪が生徒会長殿が出した結界に当たっていた。


「これがドラゴン……」

「でかっ!」

「というか、寝てるんじゃないの!?」

「くっ!」


 4人もさっきの衝撃で地に膝をつきながらもドラゴンを見ていた。


 ドラゴンは体長が20メートルはありそうな巨大な飛竜であった。


「おろかな人間どもか……この山に来るということはワシが狙いだな……死ね!」


 ドラゴンって、しゃべれんのかよ……

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