第084話 出発 ★
「皆、準備はいいか?」
俺は女神教の神殿がある町の門の前まで来ると、後ろを振り向き、仲間の3人に確認する。
「もちろんだぜ! ドラゴン退治とかRPGの王道だろ!」
アキラは相変わらず、のんきだ。
だが、この明るさに皆が救われる。
「ちょっと怖いけど、兵士の皆さんもついてるし、頑張ろう!」
ミヤコは気丈にも笑顔でやる気をアピールしているが、無理をしているのはわかっている。
だが、日本に帰る方法が見つかった今、やるしかないと自分を鼓舞しているのだろう。
「今まで準備は重ねてきたし、問題はないだろう。長旅になるかもしれんが、お互いをカバーしていこう」
会長はいつでも冷静だ。
ちょっと暴走しがちなこのパーティーにおいては貴重なストッパーとなってくれている。
さすがの会長も一時期は様子がおかしかったが、最近はいつもの頼りがいのある先輩に戻っていた。
「皆、ごめんね。私は参加できなくて……」
今回のドラゴン討伐ではノゾミは留守番になっている。
ノゾミのスキルは鑑定であり、戦闘用ではない。
そのせいもあって、氷室から戦力外通告を受けたのだ。
「なあ、氷室、ノゾミを連れていくわけにはいかないか? ノゾミの鑑定があれば、ドラゴンはもちろんのこと、道中の魔物や盗賊の能力を調べられるんだぞ」
敵の情報がわかれば、弱点がわかるかもしれない。
そうしたら戦況は一気に有利になる。
「連れていきたかったら連れていけよ。そんでもって、鑑定とやらでドラゴンの情報を調べな。戦闘能力のない月城を前線に出せば確実に死ぬがな。月城1人の死でドラゴンとの戦いを有利に進められると思えば悪くないと思うぞ」
氷室がいつものうさんくさい薄ら笑いを浮かべながら答えると、ノゾミが氷室を睨んだ。
「そうか……そうだよな…………悪い、自分をベースに考えていた」
俺は氷室の説明を聞いて、自分の浅はかさを悔やむ。
「いや、こっちこそ、弱くてごめんね」
ノゾミが申し訳なさそうに謝罪してきた。
「気にするな。それよりも留守を頼む」
「うん。頑張ってね」
ノゾミは本当に明るくなった。
一時期は会長以上に様子がおかしかったし、情緒も不安定だった。
だが、日本に帰れる魔法書を見つけたあたりから以前のような明るさに戻っている。
「お前ら、お別れが済んだなら馬車に乗れ。軍の連中もお前ら待ちだ」
氷室に言われて周囲を見渡すと、大勢の兵士がすでに整列しており、馬に乗った責任者らしき騎士がこちらを見ていた。
「あっ」
「結城、馬車に乗ろう」
会長も急かしてくる。
「は、はい。じゃあ、ノゾミ、あとは頼む」
「うん」
俺はノゾミが笑顔で頷いたのを確認すると、皆と共に馬車に乗り込んだ。
「出発だー!」
俺達が馬車に乗り込むと、先程の馬に乗った騎士が大声で合図を出す。
すると、兵士や俺達が乗った馬車が動き出し、出発となった。
目的地は北のドワーフが住む山。
ここにはドラゴンがおり、ドワーフを苦しめていると聞いている。
この度、ドワーフは女神教に改宗するらしく、代わりに救助を求めてきているらしい。
俺達はドワーフを救い、日本に帰れるアイテムの1つであるドラゴンの魔石を手に入れる。
絶対に成し遂げねばならないだろう。
「馬車かー。何日かかるんだっけ?」
アキラが氷室に確認する。
「確か、10日くらいって言ってたな。電車とか車で行きたいわ」
「ホントだよなー…………なあ、氷室、ノゾミっちはなんで戦えないんだ? 正直、普通の訓練は俺よりも良かったと思うんだけど」
それは俺も感じていた。
ノゾミは基礎訓練なんかは優秀だったが、実戦形式になると、急に動きが鈍くなるのだ。
「俺は海外で傭兵をしていたし、多くの兵を見てきた。お前らよりも幼い子供が銃を持つような世界だ」
海外ではそういう国もあるというのは知っている。
少年が自爆テロをしたり、銃を持って戦争に行くらしい。
日本にいるとまったく想像がつかない話だ。
「そうなんか……」
いつも明るいアキラが少し暗くなる。
「そういう世界で兵士を見ていると面白いことがあるんだ。訓練ではめちゃくちゃ優秀な兵士も死ぬような訓練を受けていた兵士も実戦になると、引き金を引けないっていう現象が起こる」
「引き金を引けない? 撃てないってことか?」
「そうだ。そいつらはたとえ、敵が目の前で銃を構えていても撃てない。人はな、自分が死ぬこと以上に他人を殺すことを怖れる」
「でも、撃たなきゃこっちが死ぬんだろ?」
「そうだな。そいつらだって、頭ではわかっているんだろう。でも、撃てない。実はそういう人間はめちゃくちゃ多いんだよ。そして、月城はそういう人間だ。あいつはスキルは置いておくとしても動きは悪くない。鍛えようによっては立派な兵士になれるかもしれない。だが、無理だ。月城は人を傷つけることができない。別に月城が臆病なわけでもお前らが傷つけることができる乱暴者っていう意味じゃないぞ。これはそういうもんなんだ」
そうなのか……
ノゾミは気が強いが、優しいからな。
冗談でも人に手をあげているところを見たことがない。
「俺らはできるん? 引き金を引けんの?」
「お前らは引ける。自分のためじゃなくて、他人のために引ける」
「どういうこと?」
「大切な人を守るために人を殺せるって言えばいいか? あるあるなんだが、自分は傷ついても怒らないけど、家族とか友人を傷つけられたら怒るって感じだな」
自分で言うのもなんだが、どっかの主人公みたいだな。
「あー、なるほど、ちょっとわかる気がする」
「日本人は特にこの傾向が強いな。まあ、良いことだと思え。これから戦う相手は協力しないと勝てないドラゴンだからな。せいぜいお互いを信頼するこった」
「あんたもか?」
「できないことはやらない方がいいぞ」
まあ、氷室を信用しろって言われても無理がある。
鍛えてもらったり、アドバイスをもらった恩はあるが、氷室は黒すぎるし、うさんくさすぎる。
◆◇◆
引き金を引く、か……
私は安元と氷室の会話を聞いて、納得がいった。
月城は引き金を引けない人間なんだ。
たとえ、銃を突きつけられようとも、仲間や友人が傷つけられようとも攻撃できない人間なんだ。
だから、ヒミコを頼った。
月城は放っておいてもいいな……
やはり、問題はヒミコだ。
人の心の隙間や弱さに付け込む元凶……
おそらく、そうやって、信者を集め、わずか数年で巨大宗教団体を作り上げたのだろう。
この氷室にしても、神谷にしても、あのテロリスト共にして、皆、ヒミコを狂信的な目で見ている。
ヒミコさえ討てれば、幸福教団は自然消滅するだろう。
そうすれば、ヨモギも取り返すことができる。
今回のドラゴン討伐の本当の意味を氷室から聞いている。
氷室も教会関係者もドワーフを救うためにドラゴンを討伐すると言っているが、本当は逆である。
幸福教団にしても、女神教にしても、ドワーフをどうにかするにはドラゴンが邪魔になるのだ。
幸福教団がドワーフを信者に加えたいのか、どうしたいのかはわからないが、どちらにせよ、ロクなことにはならないだろう。
本来の私ならドラゴン討伐を反対していたのであろうが、今はそれができない。
妹を人質に取られている現状では幸福教に反旗を翻すことができないからだ。
動くべきはこの後……
氷室が言うにはこの作戦が終わり次第、南部に行くらしい。
そこでヒミコに会える。
ヒミコが私を信用しているかはわからないが、あの余裕ぶった神は絶対に私と会って直接会話をしようとするだろう。
狙い目はそこ。
そこで確実にヒミコを殺す。
ヒミコ……
佐藤ヒマリ……
学校にいた時は学年が違うこともあったが、まったく知らない生徒だった。
それが実は幸福教団の教祖で犯罪者だとはな…………
私はあいつを許さないし、絶対に殺さなければならない。
そうする以外にヨモギを救う方法はない。
人殺しでもいいし、犯罪者になってもいい。
帰ったら警察に自首するし、ないとは思うが、死刑になってもいい。
ヨモギを救うため……悪を討つため……
絶対に成し遂げないといけない。
私は他の信者に殺されるかもしれないが、人の感情を弄ぶあの悪魔を絶対に殺す。
ああ、そうか……
確かに、氷室の言う通り、私は引き金を引ける人間なんだな……
もし、月城のようだったら多分、ヒミコに降るか、妹を捨てて逃げていただろう。
どっちが正解なのだろう?
どっちが幸せなのだろう?
わからないが、考えても仕方がないことだ。
私はこの方法しか……引き金を引くという選択しかできないのだから……
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