第083話 さて、しばらくは休むか
ジークは私の話に納得すると、私が新たに出したお酒を飲みながら焼けた肉を頬張りだした。
その姿は豪快であり、完全に肉食獣にしか見えないため、エルナがちょっと引いている。
「ひー様、人族を分ける話はわかりましたが、スパイの方はどうしましょう?」
勝崎もビールを飲みながら聞いてくる。
「ひとまずは放っておきなさい。スパイは女神教のスパイである以上、絶対に私の信者になれないですから片方の村のままです。そっちでは情報を掴めません」
信者の村に行くには私の信者になるしかない。
だが、女神教のスパイでは絶対に無理な話だ。
私の信者になった時点でスパイではなくなるのだから。
「埒が明かなくなって、信者の村に潜入しようとするところを捕らえるわけですね?」
「そうです。おそらく、夜にでも潜入を試みようとするんじゃないですかね?」
こっちはマシンガンがあるし、昼間に潜入しようとは思わないだろう。
「だと思います。ジークの旦那、頼めるか?」
勝崎が肉を食べているジークに話を振る。
「任されよう。夜は俺達のテリトリーだ。だが、夜勤になるから給金は弾めよ」
「わかってる……」
勝崎は了承するも、マジかーって顔をしてる。
責任者って大変だなー。
私?
私はお金のことはノータッチ。
「捕らえたスパイはどうしようかな?」
無罪放免はないとしても手に余るな……
「ひー様、ひー様はそのようなことはお考えにならないで良いです。あとはこちらでやります」
氷室曰く、平気で拷問にかけるというブラックリースが私の思考を止めてきた。
「うーん、まあ、あんたらに任せるわ。信者じゃないならどうでもいいし」
死のうがどうしようと関係ない。
「お任せください」
怖い子だわ。
「人族の村はそんな感じで進めなさい。何かあったら報告するように。あ、それと、信者の村に教えを広めときなさいね。特に争いごとは厳禁。人間だから多少の争いはあるし、ケンカもありますからそれは目をつぶります。ですが、自分の幸福を願うと同じように他者の幸福も尊重するように」
他人の幸福を奪って、自分だけ幸福になるのはもってのほかだ。
あ、教団内の話ね。
幸福教の教徒でないならどうでもいい。
「わかってます」
人族の村はひとまず、こんなもんかな?
あとはおいおいだろう。
「さて、報告はこんな感じでしょうね。では、今後のことを話しましょう」
私がそう言うと、皆、お酒と箸を置いた。
「ひー様、ここからは私が……」
リースが立ち上がり、私を遮ってくる。
多分、しゃべりたいのだろう。
「どうぞ」
「では、失礼して…………今後の我々は女神教との決戦に向けた準備期間となります。現在、女神教の中枢にいる氷室と月城さんが工作中です。この作戦が終了次第、決戦となります」
「氷室ねぇ……なあ、リース、その作戦の内容を詳しく聞いていなんだが、大丈夫か?」
「というか、私はその月城さんが心配よ。氷室と一緒で大丈夫?」
勝崎と村上ちゃんがリースに疑問をぶつけると、リースが座り、私を見てきた。
結局、私がしゃべるんかい……
「あらゆるところから情報を仕入れた結果、ドワーフは私達に降りそうにないし、危険だと判断しました。とはいえ、私達が積極的に攻撃するつもりはないです。女神教に任せます」
北部は遠いし、ドラゴンもいる。
そして何より、皆の士気の低下を招きそうで怖い。
「ドワーフは無理っすか?」
「どうも平和を好まない種族のようですし、秘密裏に女神教と通じていました」
「なるほど…………それで氷室に任せたわけです?」
「そうなります。生徒達と女神教の兵にドラゴンを討伐させます。ドラゴンがいなくなれば、女神教はドワーフを討つでしょう」
停戦条約があるが、そんなものを守るような連中ではない。
「なるほど……」
勝崎が考え込みながら頷く。
「あと、月城さんは大丈夫です。氷室には手を出さないように厳命してありますし、危険な仕事をさせる気もありません」
敵地にいるだけで危険ではあるが、社交的な月城さんなら大丈夫だろう。
「わかりました」
村上ちゃんも納得したようで首を縦に振った。
「女神教との決戦の作戦はお前達に任せます。ですが、時間をかけてはいけませんし、非戦闘員をむやみに攻撃してもいけません」
「わかりました。すぐに作戦を立案します!」
勝崎が返事をすると、皆が同時に頷く。
「よろしい。私も当面はこの地にいますので、何かあれば相談と報告を忘れないようにしなさい。では、会議は以上です。ヨハンナの店に行きたい者は行っても良いですよ」
私が会議の終わりを宣言し、皆に好きにして良いと伝えると、勝崎と青木が真っ先に立ち上がった。
「男って嫌ですねー。ひー様よりキャバを取りました」
ミサがジト目で勝崎と青木を見る。
「まあまあ。付き合いというものがあるでしょう。部下の士気を高めるのも上司の務めです」
もちろん部下のためだよね?
奢るんだよね?
ねえ、エルフの子と良い仲の勝崎くん?
「さて、俺は帰るかな……明日も早いし」
ハァ……ダメな子。
「あ、逃げた」
「姉貴、チクりに行こうぜ」
肉を食べ終え、満足そうな顔をしている東雲姉妹が勝崎を笑う。
「このアホ姉妹……さっきまで肉に夢中で一言も発しなかったくせにこういう時だけ余計なことをするなや!」
「アホじゃねーし!」
「天才フユミちゃんだし!」
ケンカするなっての……
というか、勝崎は未成年のJK相手にムキなるなよ。
「どの辺が天才なんだよ……メイド服か?」
「「キモッ……メイド服をそんな目で見るなし」」
いつも笑顔の東雲姉妹が真顔で勝崎を見た。
ミサも村上ちゃんも真顔だ。
リースに至ってはめっちゃ冷たい目で見ている。
「くっ! ここにいる幹部の女子率が高い! このままでは俺達の肩身が狭くなる!」
勝崎は何を言ってんだ?
「勝崎君、俺達ではなく、君だけだよ」
前野がツッコんだ!
あと、青木、存在感を消そうとするな。
お前は目立つから無意味だ。
◆◇◆
会議が終わった後、解散となったので、私とミサとリース、東雲姉妹はキャンピングカーに入り、おしゃべりをしながら過ごした。
そして、翌日、朝早くに青木が訪ねてきたので、東雲姉妹(主にナツカ)を起こし、出かける準備をする。
「お待たせー」
準備を終えた私達はキャンピングカーを降りると、外で待っている青木に声をかけた。
「いえいえ、今日は休みですし、大丈夫ですよ」
「ん? 休みなんてあるの?」
「そら、休みがないとやってられませんよ。ローテーションを組んで休んでます」
そらそうか……
大変だろうしね。
ウチはブラックではなく、ホワイト教団なのだ。
休みなさい。
「逆に悪いわね。お休みなのに」
「良いですよ。ひー様のためなら休みの1日や2日くらいなら大丈夫です」
…………良いことを言っているのかもしれないが、その言い方だと、私のために3日や4日の休日を潰すのはダメに聞こえるよ?
「ところで、休みなのは良いですけど、お前がいなくて、人族の村とかハーフリングの村は大丈夫なんです?」
青木に無理をさせるのは私も良くないとは思うが、人族の村もハーフリングの村も建設中だろう。
重機が使える青木がいなくていいのだろうか?
「大丈夫ですよ。エルフも獣人族も使えるヤツはいますし、慣れたもんです。ホント、あいつらは器用ですわ。一応、ハーフリングの村には勝崎隊長がついてます」
そういや、そんなことをエックハルトが言っていた気がする。
「ということは、人族の村の建設にはエルフや獣人族しかいないんです?」
「ですね。まあ、こっちは武器を持っていますし、エルフや獣人族が嫌なら出ていけって言ってあります」
「反発はなかったですか?」
「一部ありましたね。それが例のスパイ疑惑の連中です。その他は嫌だけど、口には出さない者達と飢えでそれどころじゃない者達です」
背に腹は代えられないか……
それにしても、スパイ連中の練度の低さだわ。
バレバレじゃん。
「問題ないなら良いです。行きましょう」
「はい。あ、車を用意してありますので…………って、多い。うーん」
青木は一回頷いたものの私達を見て、悩みだした。
私達は青木を入れて、6人だ。
「分かれて行きましょうか…………いや」
またケンカしそうだ……
どう分かれるか考えないと。
「ミサ、ナツカ、フユミ、あんたらは青木の車に乗せてもらいなさい。リース、運転して」
「了解です」
「まあいっか……」
リースもミサも文句はないようだ。
私達は各自、車に乗り込むと、青木の車を先頭に森の中の道を進んでいく。
そのまま進んでいくと、砦の中に入り、住居区をさらに進んでいった。
住居区では仮設住宅のプレハブが並んでおり、時折、獣人族の子供が遊んでいるのが見える。
「平和ねー」
私は助手席から缶蹴りで遊んでいる子供たちを見ながらつぶやいた。
「良いことです。この平和を永遠のものにするのが我らの使命なのです」
運転しているリースは前を見ながら頷く。
「そうね。少なくとも、この世界はあと少しでその平和を手に入れることができる」
女神教さえ滅べば、私の世界になる。
それで万事うまくいく。
私とリースは楽しそうに遊ぶ子供たちを見て、決意を新たにし、前の車を追っていった。
青木が運転する車についていくと、前方に森をバックにした建物が見えてくる。
建物は白を基調としたコンクリートの2階建てだ。
「社って言うくらいだから神社を想像してたんだけど、あれじゃあ、ただの会館じゃん」
というか、コンクリートをここで使ったんか……
多分、砦の壁に使う予定だったコンクリートの在庫処分だな。
「私もそう思ってました。ひー様って和服ですし」
だよね。
私達が社らしき建物を見て、感想を言い合っていると、青木の車が社らしき建物の前で止まった。
リースもまた、青木の車の後ろに車を停車させたので、私は車を降り、建物を見上げる。
どっかでみたことがある建物だなー……
「どうです?」
声がしたので建物を見るのをやめると、車から降りた青木が聞いてきていた。
「見たことがあるわね」
「でしょう? 日本にあった我らの本部です」
この建物は以前に私達が使っていた幸福教団本部の建物と瓜二つだった。
日本にある本物は家宅捜索されていることだろう。
「別にいいけど、これが社?」
「利便性を考えれば、こうなりました。まあ、エルフも獣人族も祈る対象が何かあればいいだけですんで、これでいいじゃないですか?」
まあ、神社っぽくなくていいの?っていう疑問は神社を知っている私達だけだろう。
「中身も一緒?」
「大体は一緒です。1階が会議室と応接室、あとは受付と職員の部屋ですね。2階は住居区です。ひー様はそこで暮らしてください。部屋はあるんでお前らも使っていいぞ」
青木は社の説明をすると、リース、ミサ、東雲姉妹にも住んでいい許可を出す。
「2階建てねー……強度は大丈夫? あんた、建築もできんの?」
「大丈夫ですよ。南部は地震がないそうですし」
適当だな、おい!
「まあいいわ」
「あ、中の家財道具なんかはひー様が好きに出してください。中身は何にもないんで」
「そうするわ。2階は好きにしていいの?」
「ええ。好きに使ってください。1階は我々も使いますし、職員も配置します。あ、机とか椅子とか色々出してもらえません?」
まあ、私が出すしかないだろう。
「わかったわ。欲しい物のリストを提出しなさい」
「了解です。何かあれば、1階の職員に声をかけてください。まあ、脳内電話でもいいですけど」
どっちでもいいけど、せっかく職員がいるならそっちにした方がいいな。
「そうするわ」
「じゃあ、俺はこれで失礼します。部屋の掃除をしようと思ってますんで」
青木の部屋は汚さそうだなー。
こいつ、色んなことに無頓着だし。
「ナツカ、フユミ、手伝ってあげたら?」
「「なんで?」」
ナツカとフユミが声を揃えて聞いてくる。
「メイドじゃん。お掃除しなよ」
「それはカルラとヴィルヘルミナの仕事」
「あたしらはやんない」
こいつらと一緒に暮らしていたカルラは大変だったんだろうなー……
「ひー様、俺もいいですわ。この姉妹に掃除させると、物を壊しそうです」
余計な仕事が増えるか……
「それもそうね」
目に見えるわ。
「うーん、ひどいことを言われてる」
「否定できないけどね」
自覚があるならどうにかすればいいのに。
「まあ、いいわ。じゃあ、青木、今日はありがとうね。呼ぶ人がいるかは知らないけど、部屋はきれいにしておきなさい」
「そうします。獣人族の連中と宅飲みするくらいですけどね」
寂しいな。
女子でも連れ込めよ。
青木の場合は見た目が黒マッチョだからすごく犯罪臭がするけど……
青木は私達に手を挙げると、車に乗り込み、帰っていった。
「じゃあ、入ってみようかね」
私は4人を引き連れて、社に入っていく。
玄関の横には受付の窓口があり、その奥には広い部屋が見えている。
ただ、部屋には誰もいないし、本当に何もなくて、少し寂しい。
「ホント、本部のまんまですねー……」
ミサが周囲を見渡しながらつぶやいた。
「だねー。ここに受付があるってことはあっちが会議室というか、ホールか……」
私は正面にある扉を開ける。
中は広いホールだが、やっぱり何もない。
「最低でも机と椅子は出さないといけないわね」
「ですね。まあ、おいおいで良いでしょう。それよか2階です」
私達はミサが急かしてきたため、そのまま2階に上がっていく。
「2階は全然、違うんだ……」
日本の本部の2階は書庫と物置の2部屋だったはずだ。
だが、ここはホテルのように1本の通路と複数の扉がある。
「1、2、3…………8部屋もあるわね。あんたら、適当に使っていいわよ。仮設住宅やキャンピングカーが良いならそっちでもいいけど……って、ナツカとフユミがいないし……」
一緒に階段を上がったはずだが、いつの間にかいなくなっている。
「ナツカさんとフユミさんはさっさと手前の部屋に入っていきましたよ」
私が階段から下を覗き、ナツカとフユミを探していると、ミサが教えてくれた。
「早いわねー……じゃあ、私はうるさそうな姉妹から遠いところにするわ」
あいつら、夜中に騒ぎそうだもん。
「私も奥にします」
「私も……」
ミサとリースも同じことを考えたらしく、私と一緒に通路の奥にある部屋に向かう。
そして、私が一番奥の右側、その隣がミサ、私の対面をリースの部屋に決定すると、各自が自室に入っていく。
私の部屋は10畳くらいの正方形の部屋であり、ガラスの窓もちゃんとある。
…………以上である。
「何もねー……」
これは色々と出さないといけないわ。
もちろん、他の4人の分もだろう。
私が部屋を見渡し、考えていると、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
「ひー様、机と椅子とベッドとソファーを出してください」
「私も……あと、カーペットも」
「ひー様、色々出してー」
「おねがーい」
ほらね、来たよ……
私は自分の分も合わせて、4人の分の家具を出してあげることにした。
その後、私達は家具の設置が終わり、一息ついた時にはすでに午後を回っていたため、ちょっと遅くなってしまったが、皆で昼ご飯を食べることにした。
「久しぶりに食べると、コンビニ弁当も美味しいですね」
ミサが唐揚げ弁当を美味しそうに食べながら言う。
「たまにはこういうのもいいな」
「毎日は嫌だけどね」
東雲姉妹は普通の幕の内弁当を食べている。
「私はほぼ毎日、コンビニ弁当でしたからもういいです」
皆がコンビニ弁当を食べている中、リースは1人でチャーハンを食べている。
「どうでもいいけど、あんたほどチャーハンが似合わない人はいないわよね」
ハッキリ言って、死ぬほど似合わない。
「そうです? よく1人でラーメン屋に行って食べてましたけど?」
リースがラーメン屋にいたら浮くなー……
というか、こいつも意外と寂しい生活を送ってたんだな……
「あんたって一人暮らしだっけ?」
「ですよ」
「ご飯は外食か弁当?」
「ほぼそうです。アケミと村上がたまにご馳走してくれました」
リースが自炊できないのは聞いていたが、思ったより、ひどい食生活だったようだ。
「お肉はいいの?」
エルフは肉食を好まないはずだ。
昨日の会議兼バーベキューでも、カールは肉を食べずに野菜ばっかり食べていた。
「別にエルフも絶対に肉を食べられないってことはないですよ。好まないってだけです。ましてや、私はハーフですんで問題ないです」
こいつはバカなのだろうか?
「え? リースってエルフ?」
「だから美人なん?」
「ハーフなん?」
ミサと東雲姉妹が顔を上げて、失言をしたリースに注目する。
「え? …………冗談ですよー。うそぴょん」
こいつはバカだったようだ……
ってか、うそぴょんって……
私は3人から問い詰められているリースを放っておき、弁当を食べながら今後のことを考える。
当分は待機か
今まで旅ばっかりしていたから暇になるなー。
でも、氷室の作戦が終わらないと動こうにも動けない。
「なあなあ、お前、エルフなん?」
「ハーフなん?」
「うるせーよ、バカ姉妹! 私に話しかけんな!」
私は誤魔化すためにキレだしたリースを見ながら氷室と月城さんはうまくやれるかなーと考えていた。
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