第080話 愛に歳の差は関係ない! でも、捕まるなよ! ★


『おーい、聞こえないのかなー?』


 目の前でアイちゃんが涙を浮かべながら私を睨んでいるのに、脳内にお気楽なヒミコ様の声が響いている。


「篠田っちはあいつらに殺された人達に申し訳ないと思わないの!?」

『あれ? 聞こえてない? もしかして、トイレかな?』


 やめてほしい。


「そうやって自分達だけ楽に生きて、他の皆に悪いとは思わないの!?」

『おかしいなー? 寝てるのかな? 鈴木に連絡してみるか…………』


 同時に話しかけないでほしい。

 こうもテンションや空気が違うと、どっちに答えればいいのかわからない。

 でも、優先すべきは…………


『ヒミコ様、聞こえています。でも、今、修羅場なんで厳しいです』


 アイちゃんには悪いが、ヒミコ様を無視することは出来ない。


『修羅場? 何かあったの?』


 私はアイちゃんに睨まれているので、俯いて、傷つくふりをすることにした。


『マイルの町に中学の時からの友人がいたんです。それで勧誘をしているんですが、責められているところなんですよ』

『あー、取り込み中だったか……ごめん、ごめん。どんな感じ?』

『無理そうです…………下手すると、殴られそうな感じです』

『やっぱりかー……1人じゃ無理?』


 多分、無理かな……?


『厳しいかと思います。アイちゃんって言うんですけど、彼氏さんと旅しているそうです』

『ほー……彼氏持ちねー。そりゃ、強気にもなるわ。彼氏さんはそこにいる?』

『いません。1人です』

『ふーん、目線を動かさないでね…………絶対に彼氏もその場か、どっか近くにいるよ。こんな世界で彼女を1人にはしないでしょ』


 それはそうかもしれない。

 治安の悪い世界で彼女を放りだしたりはしないだろう。

 実際、私達が4人旅をしている時も絶対に単独行動はしなかったし、今も鈴木さんがそばにいる。


『そうかもしれません』

『今、どこで話しているの? 酒場?』

『ですね。近くに鈴木さんもいます』

『了解。援護するわ。ちょっとその場を繋いでおいてね』


 援護?

 繋ぐ?


『あのー、どういう意味で?』


 私は疑問を聞こうとしたのだが、すでにお告げが切れていた。


「聞いてるの!?」


 アイちゃんの声が聞こえたので、私は思わず顔を上げる。


「聞こえてる…………アイちゃんの言う通り、私は自分だけ逃げたって自覚はある。でも、だからこそ、他の人も救いたいの。このままだと、近いうちに幸福教団と女神教の全面戦争が始まる。でも、それは戦争ではなく、一方的な蹂躙で、あっという間に終わると思う。その次は残党狩り…………」

「残党…………私達のこと?」


 私は何も言わずに頷いた。


「どうしてよ…………私達は何もしていないし、何もする気がない。なのに、なんで攻撃してくるのよ……」


 アイちゃんは顔をテーブルに伏して、頭を抱えた。


「敵になる可能性があるなら潰すんだと思う。それに最初の争いで教団の人を殺したでしょ? あれで、完全にヒミコ様を敵に回した。自分の子を殺したヤツらは許さないんだって」


 これは村上さんに聞いたことだ。

 前に神殿に残っている人たちも救えないかって聞いたら教えてもらった。

 ヒミコ様は幸福教の教祖だから教団員を傷つける者は殺すらしい。

 だから、教団員同士は争ってはいけないというルールがある。


「それをやったのは結城君と間島先輩のグループじゃん。というか、襲ってきたのは向こうじゃん」


 結城君のグループが陽キャグループで間島先輩のグループが不良グループだ。

 どうでもいいけど、この呼び名はやめてくれないかな?


「どっちが悪いかは関係ないと思う。そんなことを気にするならテロなんかしないだろうし」

「それもそうね。説得力抜群の返答をありがとう。ついでに教団の人に私らは関係ないからあっちを攻撃するように言ってくれない?」

「すでに言ったというか、村上さんが説得してくれた。その結果がこれ。今、降るなら許してくれる」

「これでも譲歩だったのね…………ケンカを売りに来たとしか思えなかったわ」


 やっぱりそう思うよね……


「救えるのは主に神殿の外にいる人だと思う。神殿にいる結城君のグループと間島先輩のグループはダメっぽい。月城さん以外は多分、生かしてはくれない」

「月城? 月城は大丈夫なの?」


 アイちゃんは月城さんを知っているのかな?


「月城さんを知ってるの?」

「1年の時に同じクラスだったし、そこそこ仲も良かったね」

「そっか……月城さんも降ったよ。今はまだ神殿に残って工作してる。ヒミコ様のお気に入りっぽい」


 村上さんいわく、ヒミコ様は東雲姉妹や月城さんのように物事をはっきり言うタイプの人をかわいがるらしい。


「月城……あいつ…………」


 アイちゃんはショックを受けているようだ。

 気持ちはわかる。

 私もこの話を聞いた時に信じられなかった。

 一番、幸福教団やヒミコ様を嫌っていそうな子がまさかの降るどころか裏切って工作までしているのだ。


 アイちゃんは肩肘をテーブルに置き、手で額を抑えていたのだが、ふと、顔を上げて右を見た。

 私もアイちゃんに釣られて右を見ると、そこには宿屋で待機しているはずの高橋さんが1人でこちらに歩いてきている。


 あれ?

 なんでいるんだろう?

 宿屋で待っているって話だったし、1人では行動しないはずなのに…………

 いや! あれは高橋さんではない!


 高橋さんは私達をまっすぐ見て、歩いてきているが、歩き方がいつもの高橋さんではない。

 高橋さんはオドオドとしているし、1人では絶対に外には出ない。

 そして何より、高橋さんはあんな悪い笑みを浮かべない。


「高橋さんだっけ? お迎え?」


 アイちゃんが高橋さんを見たまま、聞いてくる。


「アイちゃん、これだけは守って。ヒミコ様の事を絶対に佐藤ヒマリって呼んではダメ!」


 私はアイちゃんになるべく小声で注意する。


「は? なんで?」

「お願いだから聞いて!」

「まあ、別にいいけど…………意味わかんない」


 ヒミコ様にはいくつか地雷がある。

 教団員を傷つけること。

 幸福教を否定すること。

 そして、佐藤ヒマリの名前で呼ぶこと。


 幸福教に入信する時にこれだけは守れと村上さんをはじめ、多くの教団員から何度も言われた。 


 私達が小声で話していると、高橋さんが私達のテーブルにやってきて、笑顔で見下ろしてくる。


「何? 高橋さんだっけ?」


 アイちゃんは肩肘をテーブルについたまま、用件を聞く。


「ふふふ。そうですね」


 絶対にヒミコ様だ。

 高橋さんはこんな性悪……いや、極悪……いやいや、余裕たっぷりには笑わない。


「あ、あの、どうぞ! お座りください!」


 私はなんとなく座ったままだと失礼かもと思い、立ち上がって、椅子に座るように勧めた。


「篠田っち、どうしたの?」


 私の態度が変だと思ったであろうアイちゃんが聞いてくるが、私はそれどころじゃない。

 どうして、ヒミコ様がここにいるんだろう!?

 というか、高橋さんが乗っ取られてる!


「篠田っち、あなたも立ってないで座りなさい」


 ヒミコ様が私のことをあだ名で呼ぶのは非常に違和感がある。


「あ、はい」


 私は勧められるがまま席に着く。


「いやー、ここが酒場ですかー。雰囲気がありますねー」

「そーですね」


 いいと〇みたいになっちゃった!

 落ち着け、私!


「さてさて、篠田っち、この方は?」


 周囲を見渡していたヒミコ様は正面にいるアイちゃんに目線を止め、聞いてくる。

 どうでもいいけど、篠田っちはやめてほしいなー……


「中学の時からの友人で1組の岸アイカさんです」

「そう……岸さんって言うのね? 初めまして、岸さん。私はヒミコです」


 やっぱりヒミコ様だ……


「は? 高橋さんじゃないの?」

「高橋さんの身体をちょっと借りているんですよ。それよりも皆でお話しましょうか」

「ちょっと待って! 身体を借りるって何!? 皆って!?」


 アイちゃんは疑問ばっかりだ。

 多分、状況をまったく理解できないのだろう。

 もちろん、私も理解できていない。


「まあまあ、落ち着きなさい。神はそういう力があるんですよ。ほら、女神アテナが自分の巫女に乗り移っていたでしょう?」

「「あー……」」


 私とアイちゃんは同じ光景を思い浮かべたようで、声を揃えて納得した。


「そういうことです。ちょっと篠田っちの様子を見に来たんですよ。それよりも、皆でお話をしましょう。ほら、岸さん、彼氏さんも呼んで」

「…………どうしてアキトも呼ばないといけないの?」


 アイちゃんがジト目でヒミコ様を見る。


「二度手間でしょう? 3人で女子会をしているところに来るのは嫌かもですが、大事な話ですからね。嫌なら私が呼びましょうか?」

「なんであんたが呼ぶのよ!」


 そりゃ、アイちゃんも怒るよ。


「では、鈴木に呼んできてもらいましょう。鈴木」

「はっ!」


 ヒミコ様はアイちゃんを見たまま、鈴木さんに声をかけると、鈴木さんが立ち上がり、酒場の隅で飲んでいる男性を見た。

 私も鈴木さんに釣られて見ると、その男子は確かに日本人っぽかった。


「わ、私が呼んでくるわよ!」


 大柄の鈴木さんを見たアイちゃんが声を上ずらせて止めると、立ち上がり、アキト君らしき人が座っているテーブルに向かっていった。


「よくあそこにいるってわかりましたね?」


 私は鈴木さんに聞いてみた。


「チラチラと彼女さんを見ていたからな。すぐにわかる」


 へー、そんなことがわかるんだ。

 すごいな、この人。


「鈴木、アキト君とやらはどんな感じ?」

「こちらを害しようとする雰囲気ではありませんでした。彼女を心配してる感じでしたね。けっ!」


 鈴木さんは良い人なんだけど、ちょっと心が狭い。


「お前……高校生に嫉妬するなんて醜いことをするんじゃありません」


 さすがのヒミコ様も呆れたように苦言を呈する。


「俺もああいう青春を送りたかったですわ」


 アイちゃんはアキト君の所に行くと、近い距離でごにょごにょと話し合っている。

 確かに仲が良さそうだし、信頼関係を感じる。


「今から送りなさい。でも、篠田っち達はダメですよ。未成年はNGです」

「こっちが嫌ですよ。リースに殺されたくないんで」


 あと、村上さんかな?


「あのー、ヒミコ様、篠田っちっていうのはちょっと…………」


 やめてほしいかなー?


「そうね。私も自分で言ってて違和感がすごいわ。やめ時もわからなかったし」


 ヒミコ様も嫌だったようだ。


「ひー様、あの2人をどう見ます? 降りますかね?」


 鈴木さんがヒミコ様に尋ねると、ヒミコ様がにやっと笑った。


「あれは簡単です。篠田さん達よりも簡単。守るべき者がいる者の最終決断はどれだけ悩もうとも、パートナーのことを考えて結論を出します。絶対に保身に走ります」

「よくわからないっす」

「彼女を作りなさい……いや、あんたは結婚ね」

「まだ30歳ですよ?」


 …………30歳って結婚を考える年齢じゃないのかな?


「岸さんやアキト君の倍近く生きているのに差がついてますねー」

「涙が出そうっす。ひー様、結婚してくれません?」


 鈴木さんがものすごく軽い口調でプロポーズした。


「嫌です。他を当たりなさい」

「す、鈴木さんには絶対に良い人が現れますよ!」


 なんかかわいそうだからフォローしとこ。


「篠田ちゃん、優しくしないでくれる? ホレちゃいそうだから」

「えー…………嫌ぁ」

「…………素で嫌がられた。めっちゃ傷つく」

「ごめんなさい。30歳はちょっと……」


 歳の差が離れすぎ。


「篠田さんって地味にひどいですよね。おっさんに夢を見させてあげるくらい良いじゃないですか」


 …………あなたは派手にひどいです。

 おっさんって呼ばれた鈴木さんがガチでへこんでます。

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