第079話 知るか! 先に言え! ★


「…………信じらんない。篠田っち、マジで言ってんの?」


 目の前に座っている女子が非難するかのような目で私に確認してくる。


 正直、この言葉を言われるのは予想していたし、覚悟もしていたつもりだった。

 だが、実際に目の前で言われると、心が痛む。


「本気で言ってる…………私は幸福教団に降った。ヒミコ様に祈りを捧げることにした」


 今、私は目の前に座っている女子とマイルの町の酒場で2人っきりで話している。


 マイルで教団幹部の鈴木さんと合流した後、鈴木さんからこの町に学校の生徒らしき女子がいるという情報を聞いたのだ。

 私がその女子を確認すると、高校のクラスは別だが、中学の時に仲が良かった岸さんだったので、こうやって1人でコンタクトを取っているのである。


 4人で勧誘すると、岸さんが警戒すると思い、他の3人は宿屋で待機してもらっている。

 ただし、念のため、鈴木さんは近くの席でお酒を飲むふりをして、護衛してくれていた。


「正気とは思えない。あいつら、テロリストだよ? あいつらが何をしたかを忘れたの?」

「もちろん忘れてない。でもね、ヒミコ様は本当に神様なんだよ」

「バッカじゃない!? 神様だからって何!? 神様だったら何をしてもいいの!?」


 岸さんが立ち上がって私に怒鳴った。

 そのせいで周囲から注目を浴びてしまったが、他のお客さんはすぐに興味を失くしたようで、すぐに目線を戻す。


「ご、ごめん……でも、あんな連中に降るってありえなくない?」


 岸さんは大声を出したことを謝罪し、再び、席に着いた。


「私だって、アイちゃんの立場ならそう思うと思う。でも、これしか道はなかったの」


 岸さんの下の名前はアイカだ。

 アイカだから昔からアイちゃんと呼んでいる。


「道はないって…………普通に冒険者として頑張れば良くない? 篠田っちって、同じクラスの3人と組んでたでしょ」

「…………藤原さんと山村さんと川崎さんね」

「…………ねえ、その3人はどうしたの? 同じ吹奏楽部だったよね?」

「全員、ヒミコ様に降った」


 私がそう言うと、アイちゃんは右手で両目を覆い、背中を椅子の背もたれに預けた。


「マジかい…………」

「本当……」

「何があったの?」


 アイちゃんは目を覆ったまま聞いてくる。


「最初は4人でうまくやってたし、正直、ワクワクもした。だけど、神殿の外の世界に飛び出して、時間が経てば経つほど、この世界がいかに危険かわかってきた」

「でしょうね。私だってそうよ。でも、アキトと2人でやってきたわ」


 アキトというのはアイちゃんの彼氏さんだ。

 去年から付き合っているらしい。

 なお、苗字は聞いていない。


「私達は強いスキルがある。でも、スキルを使う前にやられるケースが多いのは知ってる?」

「…………知ってる。女子生徒狩りでしょ。私達と同じく神殿を出た男子がスキルの弱点をついて襲ってくるって話」


 実際に被害者も出ており、色んな伝手を使って、すぐに女子生徒に情報が共有された。


「それだけじゃない。この世界には魔物はもちろん、盗賊がいる。兵士や冒険者だって油断できない」

「それは私もこの1年で身に染みてわかっている…………そうね、私にはアキトがいた。そこは篠田っち達とは違う」


 男性がいるといないとでは大きく違う。

 それは今も近くにいる鈴木さんでよくわかった。

 女子4人で行動していた時よりもはるかに安心感が違うのだ。


「私達はそんな不安な時に村上さんという人に会った」

「…………それがあのテロリスト達の1人なわけね」


 アイちゃんは察しがついたらしい。


「そう……村上さんは警察官でね。すぐに相談に乗ってくれたし、保護してくれた」

「警官って…………そんな人がテロリストなの?」

「色んな人がいるよ。自衛官に医者…………私は会ったことがないけど、風俗嬢や弁護士までいるらしい」

「風俗嬢はまあ置いておくとして、そんな高潔な職業の人がテロリスト?」


 職業で差別するのは良くないかもしれないが、私もそう思う。


「あの人たちと話してみるとわかるんだけどね、普段は本当に普通の優しい良い人達だよ。だけど、やっぱり狂信者って呼ばれることはあって、ヒミコ様のためなら何だってやるって覚悟が見える。実際、あんなに優しい婦警さんの村上さんだって、命令されたら何の躊躇もなく、私達を殺していたと思う」


 ヒミコ様は私達を殺す気だったんだと思う。

 村上さんはそれがわかっていて、しかも、命令されたら断れないから命令される前に動いてくれたのだ。


「こわー…………ちなみにだけど、篠田っちもそうするの?」


 そんなことを考えたこともなかった…………

 だけど…………


「ヒミコ様は自分の信者には優しいからそんな命令をしないと思う。だけど、命令されたらやる。やらないといけない」


 命令を断っても殺されるとか破門されるっていうことはない。

 だけど、断れない。

 断るという行為ができない。


 何故なら、あの神様が怖いから。

 ヒミコ様に見捨てられたら確実に不幸になることが見えている。


「…………篠田っちも狂信者じゃん」

「そう思ってくれていい。幸福教の教えは幸福になること。単純でしょ? でも、これは本当に恐ろしいの……ヒミコ様は私達を幸福にしてくれる。でもね、そうなると、今度は不幸になりたくないって思うの。人は幸福になるために頑張るけど、それ以上に不幸にならないために必死になる。今の幸福を捨てることができないから」


 それが幸福教団の……ヒミコ様の人の操り方だ。

 あの人は困った人を助け、幸福にする。

 そうなると、もうその幸福から抜け出せなくなるのだ。

 地獄に戻りたくないから……


「篠田っちは幸せなの?」


 アイちゃんがまっすぐ私の目を見て、聞いてくる。


「私の髪や肌が見える?」

「…………きれいね。髪には艶があるし、肌荒れもない。1年前と変わらない」

「ヒミコ様には汚いって言われちゃったけどね」


 あれはかなり傷ついた。

 それ以上に怖かったけど。


「それ…………どうしたの?」

「ヒミコ様は物を出す力がある。武器や食糧、シャンプー、化粧品……何だって出せる」


 実際は日本にいた時に触れたことがある物だったかな?

 それでなんで銃や戦車が出せるかは考えてはいけない。


「そっか。なるほどね。ご飯は美味しい?」

「……美味しいよ。お布団も気持ちいい」


 日本のご飯があんなに美味しいものだったって、再認識した。

 布団の柔らかさときれいさも涙が出そうになった。


「そら、抜け出せないわ。あはは」


 アイちゃんが乾いた笑いを出す。


「それにね、日本に帰れるよ……ヒミコ様はこの世界を手に入れたら次はあっちの世界を獲るんだってさ。私達もそれについていける。家に帰れる」

「もうね、何を言ってんだって感じ。魔王じゃん。やってることがラスボスじゃん」


 まあ、そう思わないでもない。

 善か悪かで言えば、少なくとも、ヒミコ様は明確な悪だ。

 あの人の目的は世界征服なのだから。


「ね? アイちゃんも降ろ? 今ならヒミコ様も許してくれるって言ってる」

「許してくれるって何? 私ら、何もしてなくね?」

「自分に従わないだけで罪らしいよ? 自分を否定する者はこの世にいらないんだって」

「佐藤さん、すげーわ。怖すぎ。そこまでいったらムカつくとすら思えない」


 実際、怖い。

 あの人は優しい笑みを浮かべても、目が一切、笑っていないのだ。


「あの人は本当にやるよ? 強力なスキルを持っている学校関係者を敵視してる」

「ホント、やべーわ……ヤバすぎる…………それで私に降れって? …………ふざけるな!!」


 アイちゃんが再び、怒鳴った。


「あ、アイちゃん…………」

「私だって苦労した! 何度も帰りたいと思った! でも、ようやくこの世界で頑張ろうと思いだしたのに、それすらも踏みにじるのか! 何が神だ! 何が幸福だ! ただの自分勝手な悪魔じゃないか! 私は……私は…………」


 アイちゃんは目に涙を浮かべている。


 やっぱりダメかな……


『はろー! 篠田さん、元気ー?』


 脳内にめっちゃ空気の読めない声が響いた。


 ヒミコ様…………

 せめて、今は教祖モードで声をかけてほしかったです…………

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