第068話 別れ


 ハーフリング達はこの集落を出る準備を終えたらしく、どんどんと広場にやってきたため、広場には長蛇の列ができていた。

 皆が準備を終えた時にはすでに薄暗くなっており、時計がないから正確な時間はわからないが、夕方の6時は過ぎていると思う。


 エルナはまず王様であるニカの奥さん、つまり王妃様を先に船に送り、あっちに着いたハーフリング達の先導をさせることにしたらしい。

 そして、10人ずつ、ヘリで船まで送っていった。


 往復にかかる時間は1時間程度である。

 昼間だったらもっと早いのだろうが、暗くなると、どうしても時間がかかってしまう。

 とはいえ、このペースなら日をまたかずに全員を船に送ることが出来ると思う。


 普通ならパニックになったり、順番を守らない者が出てきそうだが、ハーフリング達は大人しく指示に従ってくれることも大きい。

 種族的に民度が高いこともあるだろうが、やはりエルナの存在がハーフリング達を落ち着かせるのだ。


 私はこの場をエルナとミサに任せ、ミルカとイルと共に集落を見て回っている。

 ミルカとイルはエルナに先に船に行くように言われたのだが、自分達も最後でいいと言ったのだ。


「置き去りの人はいないようですね……」


 私は各家を巡り、忘れ物や残っている人たちがいないかを確認する。


「さすがにそれはないと思うけどな」


 イルが私の独り言に答えた。


「お前達は忘れ物はありませんか?」

「たいして物もないしな……」


 まあ、森で暮らしているし、そんなに物がないのかもしれない。

 そもそも、貨幣の概念があるのかすら怪しい。


「それにしては結構、時間がかかりましたね」


 イル、ミルカ夫妻もだが、昼過ぎから準備を始めたのに準備を終えたのは夕方だった。


「皆、長年住んだ家や村を捨てることになるんだ。簡単には整理できない。俺達もだが、多くはこの村で生まれ育ったからな」


 なるほど。

 持っていく物の取捨選択ではなく、名残惜しかったわけか。

 特に家族がいる場合は思い出とかあるだろうしね。


「女神教が潰れたら帰ってくればいいでしょう。森は燃えそうにないですし、1年くらいの長期旅行とでも思いなさい」

「どうかな? 女神教がなくなって迫害されなくなったら別の所に住むかもしれない。正直、ここって立地が悪いし」


 そこまでは知らん。

 皆で話し合いなさい。


「お前達も名残惜しかったですか?」

「そらな。子供はいないが、2人で10年以上も住んだ家だ」


 こいつらの寿命や見た目のせいで10年が長いのか短いのかわからん。


「新天地で子供でも作りなさい。子供が出来たら哀愁なんか吹き飛びますよ」


 多分ね。

 私は子供を産んだことがないからわからない。


「子供かー……」

「……うん」


 イルとミルカが顔を見合わせ、頬を染める。

 多分、イラつく光景なんだろうが、一切、イラつかない。

 だって、どう見ても、おままごとだもん。

 もしくは、幼馴染系恋愛漫画の回想シーン。


 …………子供を作る話をしてるけど。


「お前達って、子供をあまり作らないんですか? 同じ長命種のエルフもそうでしたけど」


 もっと生んで増やせ。

 そして、私に貢献しろ。


「普通としか言えないな。俺から見たら人族が増やしすぎだと思う」


 私らが犬猫を見るような感覚かね?


「寿命の長さに反比例するんですかね?」

「かもしれない。当たり前だが、俺達だって、エルフだって、子供は作る。でも、長生きだと、焦りがないからかもな」


 動物だろうが、植物だろうが、子供を産むのは絶滅を避けるためだ。

 そういう意味では1000年も生きそうなエルフやこいつらは本能的にそこまで危機感がないのかもしれない。


「ヒミコ様はどうなんです? 人族みたいですけど……」


 ミルカが聞いてくる。


「私は別に…………神ですし、すでに子供はたくさんいます。神にとってはお前達が自分の子供なんです。エルナも一緒でしょう。まあ、神になる前からそういうのは興味がなかったですね。教祖の仕事が忙しかったですし、ミサや東雲姉妹と遊んでいる方が楽しかったですから」


 中学も高校もそういう話で盛り上がったことはあったが、彼氏を作ろうと言う気にはなれなかった。

 私は男をそういう目で見ることが出来ないから……


「もし、私達に子供が出来たら名前をつけてもらえますか?」

「私が?」


 エルナに頼みなさいよ。


「はい」

「イルカでいい?」


 イルとミルカでイルカ。

 海の豚。


「やっぱりいいです…………」

「めっちゃ紛らわしいだろ、それ」


 いや、そもそも、あんたらの名前も結構、紛らわしい。




 ◆◇◆




 私達がすべての家を確認し終えた時には辺りはすっかり暗くなっていた。

 とはいえ、ミルカが魔法で周囲を照らしてくれているので真っ暗というわけではない。


 私は最後にイルとミルカの家に寄ると、気を使って、外で待つことにした。

 少しすると、イルとミルカが家から出てくる。

 時間的には10分も経っていない。


「早いわね」


 もう終わったの?

 私も経験はないけど、10分は短いような…………


「どういう意味だよ…………最後に忘れ物がないか確認しただけだぞ」


 絶対にちゅーぐらいしたでしょ。


「ふーん……まあいいわ。そろそろ、広場に戻りましょう」


 私達は広場まで戻ることにした。


 広場に戻ると、ヘリがなく、ミサとエルナとニカだけが残っているのが見える。


「終わった?」


 私は3人のもとに歩いていくと、ミサに声をかけた。


「はい。順調にいきまして、ちょっと前に最後の便を飛ばしました。もう少ししたら戻ってくると思いますので、私達がそれに乗って終了です」

「順調なら良かったわ。お疲れ様。ニカ、お前も残っていたんですね?」

「家内と息子は先に行かせましたが、私は仮にも王ですので最後まで見守ります」


 えらいことだね。


「ふーん……まあ、敵兵も来る気配がなさそうですし、何にせよ、間に合って良かったです」


 明日、女神教の兵がここに来たらビビるかな?

 神隠し的な。


「ヒミコ、ありがとうね。この恩は一生忘れないよ」


 エルナがお礼を言ってくる。


「それは森に着いてからにしなさい。まだ、4日間の船旅が残っています」

「敵は来ないんでしょ?」


 敵はね……


「まあ、いいです。船に着いたら今日はゆっくり休んでいいけど、明日からちょっとこれからのことについて話し合います」

「これから?」

「南部に着いた後の話です。どこに住むのとか色々決めないといけないでしょう」


 森の中が良いのならエルフと相談しないといけない。

 平原も獣人族がいるから同様だ。


「あー、なるほど。確かにそうだね。わかった。えり好みはしないけど、どんなところか知っておきたいし」

「エルナ、お前は1000年も生きているんですよね? 南部に行ったことがないんですか?」


 口ぶり的に南部のことを知らなそうだ。


「ないね。ボクはハーフリングと共にある神だからハーフリングがいない南部には行ったことがない。まあ、西部も北部もないんだけどね」


 1000年も生きて、東部だけっていうのもすごいな。

 というか、そもそも、こいつ、なんで実体があるんだろう?

 私は人から神になったので実体があるが、無から生まれた神は実体がないはずだ。

 うーん、後で聞いてみるか……


「ひー様、リースが戻ってきましたよ」


 私はミサの声に釣られて真っ暗な上空を見上げると、確かにヘリがこちらに向かってきていた。


 私達がヘリを見上げていると、ヘリはゆっくり近づいてきて、降下を始める。

 そして、ヘリの足が地面に着くと、プロペラがゆっくりと回転をやめた。

 すると、ヘリの中からリースが降りてくる。


「ひー様、すべての住民を東雲丸に乗せました。あとはあなた方だけです」


 あっ……フェリーの名前が東雲丸になってる。

 フユミのゴリ押しに屈したな。


「お疲れ様。じゃあ、行きましょうか」


 私はそう言って、エルナを見ると、エルナはこちらではなく、集落をじーっと見ていた。


 私はエルナの横に行くと、しゃがみ、そっと肩に腕を回した。


「また帰ってこれますよ」

「多分、兵がここを見つけたら火を放つよ」


 …………でしょうね。

 兵士がここを見つけて、もぬけも空だと知ったら八つ当たりにめちゃくちゃにすると思う。


「一から作ればいいでしょう。今度は誰にも壊されることはありません。お前達を迫害する者は私がこの世から消しますので」

「暴力は良くないよ……」


 エルナが今さらなことを言ってくる。


「知ってます。だからこの世から暴力を消すのです」

「発想が悪魔だよ」


 失礼な発言だが、責めることはしない。

 エルナは集落を見て、泣いているからである。

 神であるエルナはこの集落に何百年も住んでいたのだろう。

 ここを離れるのが誰よりも辛いのだ。


「敵から見たらそうでしょうね」

「ボクもその強さが欲しかったよ」

「お前にそんなものはいりません。お前はただニコニコしていればいい。それがハーフリングの望みです」


 エルナは争いをしない平穏の神である。

 ハーフリング達がそう願い、祈って生まれた神だ。


「大丈夫かな……」

「大丈夫です。アテナなんか敵ではありません。さあ、ヘリに乗りましょう。船でお前の子がお前を待っています」


 私はエルナにヘリに乗るように促す。


「そうだね。行こうか……」


 エルナがヘリに乗り込むと、私達もヘリに乗った。


 リースは操縦席に乗り込み、出発の準備を整えると、ヘリを操縦し、上昇を始める。

 そして、ヘリがある程度、上昇すると、進み始め、集落から離れていった。


 その間、エルナ、ニカ、イル、ミルカの4人はずっと窓から離れていく集落を見ていた。

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