第066話 どうしよう?


 ハーフリングを束ねる王様であるニカがエルナとミルカとイルの3人だけでも逃がすように頼んできた。


「エルナ、ミルカ、イルですか…………神であるエルナはわかります。ですが、ミルカとイルもですか? お前は? お前は王でしょう」

「王とは名だけです。それよりも、エルナ様の巫女であるミルカとその夫であるイルをお願いしたい」


 やっぱりミルカが巫女なのか……


「お前はそれでいいの?」

「はい。まだ若いミルカとイルだけでもお願いします」


 60歳のミルカとイルは若いのか……

 ニカと一緒くらいの歳にしか見えないのに。

 エルフもだったが、ハーフリングはまったくわからん。


「ダメだよ、ニカ! ボク達だけで逃げることはできない! 皆で一緒に逃げようよ!」


 エルナがニカに反対し、抱きしめる。

 仲の良い姉弟にしか見えない。


「エルナ様、脱出したらミルカとイルと共に各地に散らばっている同胞を集めてください。我らは犠牲になるでしょうが、将来、必ずや自由と平穏を勝ち取るのです」

「嫌だよぅ……皆で一緒に行こうよぅ…………」


 エルナが泣き始めた。

 こいつら、子供にしか見えないし、罪悪感がヤバい……


「エルナ様さえいれば、ハーフリングはいくらでも復活できます」

「やだぁ…………」


 ………………せめて、私らが見てないところでやってほしいなー。


 私はもう見てられないので冷血そうなリースの方を見る。


 リースはしゃがみこんでおり、めっちゃへこんでいた。


「リース?」


 あまりのへこみようだったので、私も腰を下ろして、リースの肩に手を回し、支えた。


「大丈夫です。ちょっと色々思い出しただけですので…………」


 リースが薄っすらと笑う。


 あー…………リース、女神教に家族を殺されたんだった。

 多分、似たようなシチュエーションだったんだろうね。

 そら、へこむ。


 ここでハーフリングを見捨てたらリースのダメージが大きそうね……

 となると、助ける?

 でも、どうやって?

 戦うか……?


 私はリースを支えながらどうしようかと考える。


 敵は槍や剣を中心とした歩兵だろう。

 たいした装備じゃないが、訓練された1万の兵隊…………対して、こちらの戦力はミサを入れても4名だ。

 現代の武器を持っているとはいえ、とても勝負にならない。

 私らはベトナム帰りのグリーンベレーじゃないんだ。


 戦うという選択肢はない。 

 ならば、逃亡一択。


 敵は1万の兵だが、ハーフリングを逃がさないために森を包囲している。

 つまり、隊列を組んでないし、森は広いため、包囲網自体は薄いだろう。

 一点突破で包囲網を打ち破り、森を抜け、そこからバスで逃亡する…………これならいけるか?

 多少の犠牲は出るだろうが、いけるとは思う。


 問題は森を抜けた後かな……

 森を抜けた時点で騎兵の追手があると思っておいた方がいい。


 ぎゅうぎゅう詰めのバスと騎兵…………

 さすがに馬の方が速そうだ。

 ダメだな…………追いつかれて包囲されたら終わる。


 では、陸路がダメなら空路……

 ヘリは搭乗できる人数が限られる。

 ジャンボジェットなら行けそうだが、滑走路がない。

 たとえ、ここにあったとしても、ジャンボジェットなんて誰も操縦できないし、どこにも着陸もできない。

 墜落して、全員死亡だろう。


 空路もダメ…………ならば、残っているのは…………海路ね。


 この森は海にも繋がっていた。

 さすがの敵も海までは包囲していないだろう。


 クルーザー…………乗れる人数が少ないからダメ。

 フェリー…………誰も操縦できない。

 ヨット…………論外。


 うーん、こうなったらリースの転移で日本に戻り、船舶免許を持っているヤツを連れてこさせるか?

 ってか、ウチの教団にそんな便利な子っていたっけ?

 いないような気がする…………

 少なくとも、聞いたことはない。


 うーん…………いっそ、イカダでも出して、漂流するか?

 いや、待てよ…………


「エルナ、この集落から海まではどれくらいの距離です?」


 私は良い方法を思いついたので、いつまでもうじうじと泣いているエルナに聞く。


「え? 海? 歩いて1時間くらいかな…………」


 エルナがニカを抱いたまま、答えた。


「1時間、そこまでの距離ではないのか…………4キロ……いや、2キロ程度かな?」


 具体的な距離はわからないが、ヘリならすぐだ。


「リース、この世界の海は安全ですか? 魔物とかいます?」


 私は肩を抱いているリースに聞く。


「魔物もいますね。サメみたいなやつとかです」


 ちょっと怖そう。


「でっかいのはいる? クラーケンとかリヴァイアサンみたいなやつ」

「聞いたことはないですけど…………」


 ならば、いけそうだ。


「よろしい、リース、立ちなさい」


 私はそう言いながら立ち、リースの腕を引っ張る。


「え? あ、はい。すみません」


 私はリースが立ち上がったので、いまだに泣きながら抱き合っているエルナとニカを見る。


「エルナ、お前は私の幸福が必要ですか?」

「幸福はいらないけど、助けてよ」


 あん?


「幸福が……いらない?」


 このガキ、私を否定する気か?


「…………エ、エルナ様、幸福の神にその言い方はマズいような気がします」


 ニカが焦ったように小声で注意する。


「…………あ、やべ、顔がめっちゃ怖いし…………やっぱ幸福がほしいなー!」


 一度は許してやる。

 私は寛容だから……


「では、お前達を助けましょう。だが、さっきの言葉を二度と口に出すな。出したら木に吊るすからね」


 幼児虐待?

 知らね。

 神に法律は通じない。


「はい!」


 エルナが直立不動で敬礼する。


「…………皆に徹底させた方がよろしいでしょうね」

「…………おねがい」


 エルナとニカがコソコソしだした。

 もちろん、すべて聞こえている。


「いいからお前達もさっさと荷物をまとめて、準備しなさい。時間がないのよ」

「はーい」

「私も持っていくものを選別しないと……」


 エルナとニカは早々と部屋を出ていった。


 まったく……


「ひー様、どうするおつもりです?」


 リースが心配そうに聞いてくる。


「海路しかないわね。お前達、ついてきなさい」


 私は4人についてくるように言うと、部屋を出て、建物の外に出た。

 外に出ると、ハーフリング達が慌ただしく、走り回っているのが見える。

 皆、慌ててはいるが、急いでいるだけでパニックという感じではない。


「エルナがいるからかな? やはり、あのガキを殺すのはやめた方がよさそうね」


 エルナはハーフリングが慕われているし、エルナをどうにかするより、エルナを使って、ハーフリングを従わせた方がいいだろう。

 エルナは反乱を起こせるような神ではないし、適当に甘やかしておけばいい。


 私は4人を引きつれて、集落の中央にある広場まで歩くと、手をかざす。

 すると、いつものヘリが現れた。


「結局、逃げるんです? 適当なことを言って煙に巻いたわけですか?」


 ヘリを見たミサが聞いてくる。


「逃げるは逃げるけど、エルナやハーフリングも連れていくわよ。リース、ナツカ、フユミ、あんたらはヘリに乗り込みなさい」

「了解です」

「「はーい」」


 リースが操縦席に乗り込み、東雲姉妹が後ろに乗り込んだ。


「私は?」


 ミサが自分の顔を指差す。


「ミサはここで待ってて。準備ができたハーフリングがここに集まってくると思うけど、列を作らせて並ばせといて」


 そんなことを落ち着きのない東雲姉妹ができるわけないし、リースにはヘリを飛ばしてもらわないといけないからミサしかいない。


「よくわかりませんが、了解です」


 私はこの場をミサに任せると、ヘリに乗り込む。


「リース、海まで行って。ただし、あまり高くは飛ばないで。敵に気付かれるかもしれない」

「了解です。飛びますよ!」


 リースがそう言うと、ヘリが地面から離れた。

 そして、ある程度の高さまで上昇すると、海に向かって進み始める。


「ひー様、海路と言っていましたが、どうするんです?」


 リースがヘリを操縦しながら聞いてきた。


「私はフェリーに乗ったことがあるからフェリーも出せる。それなら子供500人程度なら余裕でしょ」

「私、操縦できませんよ? というか、あれって1人で操れるもんなんですかね?」


 知らない。


「操縦しなくてもいいの。ある程度の距離を取れば、海だし、敵は追ってこれない。たとえ、船を用意しようと思っても時間がかかるだろうし、私の転移の充電時間があける方が早いわよ」


 私は4日後には転移を使えるようになるため、4日ほど時間を稼げればいいのだ。


「なるほど……漂流することになりますが、4日後には南部の森に戻れるわけですね?」

「そういうこと。食糧も水もどうにか出来るし、波に乗って、陸地に流されることだけを警戒すればいいわ」

「その辺は私のお任せを。最悪は私の風魔法で何とかします」


 便利な魔法使いだなー。


「お願い」


 私がリースに頼むと、すぐに前方に海が見えてきた。

 青っぽくてきれいな海だ。


 海はあっちの世界もこっちの世界も変わらないなー。

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