第065話 タイムリミット


 戦争でも経済でもすべてにおいて重要なことは情報である。

 かの孫子もそんなようなことを言っている。

 それほどに情報とは大事なものなのだ。


 敵がどれくらいの戦力を持ち、こっちがどれくらいの戦力があるか。

 そして、敵がどの様な動きをするのか。

 これがわからないとこちらも動きようがないし、動いてはいけない。


 だから私は氷室を始め、多くの信者達を南部の拠点に呼ばず、各地に潜伏させているのだ。

 だが、ハーフリングはそれをまったくしていない。


 エルフや獣人族は見た目の問題があるからまだ理解できる。

 どう見ても町にいたら目立つし、情報を集めようがない。

 しかし、ハーフリングは違う。


 ハーフリングは見た目が子供なだけで、それ以外は人族と変わらない。

 多少の危険やハンデはあるが、潜伏し、情報を集めようと思えば、十分に可能だ。


 でも、やらない。

 理由は…………


「捕まったら怖いじゃん」


 そりゃそうだけどさ……


「怖いって…………せめて、森の浅い所に見張りぐらいは立てなさいよ」


 私はてっきり森に入った時にハーフリングは私達に気付いているもんだと思っていた。

 でも、イルやミルカの様子からまったく気付いていないことがわかる。

 せっかく、隠れるのが得意らしいのに……


「だって、今まで来てなかったんだもん」


 …………もう何も言うまい。

 この子達は見た目通り、子供なんだと思おう。


「もういいです。ヒミコの名において、お前達の国を認めますからさっさと逃げる準備をしなさい。バスを使って、早急にここを離れます」

「わかった――ん?」


 エルナが頷くと、部屋にノックの音が響く。


「エルナ様、ヒミコ様、お話し中のところを申し訳ありません。少し、よろしいでしょうか?」


 この声は王様のニカだ。


「なーに? あ、入っていいよ」


 エルナが入室の許可を出した。


「――失礼します」


 ニカは物置に入ってくると、頭を下げる。


「どうしたの? もう話は大体終わったからそろそろ戻るつもりだけど……」

「そうでしたか……実は村に人族が来ています」


 ん?


「人族!? 女神教の兵士!?」

「いえ、女性2人です。うち1人は幸福教団のナンバー2を名乗っています」


 間違いなく、リースとフユミだ。

 あの2人がここに来たということは…………


「――ニカ、その者達は私の子です! すぐにさっきの部屋に連れてきなさい! 急いで!!」

「え? は、はい! わかりました!!」


 私が大声で命令すると、ニカは慌てて、部屋を出ていく。


「そんなに焦ってどうしたの? 君のところの信者でしょ?」


 状況を理解していないエルナがのんきに聞いてきた。


「私はあの2人に森の外で見張りを命じています。そして、女神教の兵士が来たら私と合流するように言ってあります」

「え? それって…………まさか!」


 エルナも状況を理解したようだ。


「女神教の兵士が来たということです」

「そ、そんな……本当に来たのか……」


 信じてなかったのか……

 いや、誤報を祈っていたんだろうね。


「来たものはしょうがないです。さっきの部屋に戻りますよ。いいですか、ハーフリング達に絶対にそんな情けない顔を見せてはなりませんよ? お前が動揺すれば、他の者が動けなくなります。お前は冷静にハーフリング達に最低限の物を持って、どこかに集まるように言いなさい」

「…………わかった。君はすごいね」

「1万人の信者を持つ教祖ですから」


 どんな状況になろうが、皆は私を頼り、見ている。

 だからトップは常に冷静かつ自信満々でなければならないのだ。

 それが神ならば、なおさらだろう。


「同じ神なのになー…………うん、もう大丈夫! 部屋に戻ろう」


 エルナはそう言って、情けない表情を消し、部屋を出ていく。

 私もエルナに続き、部屋を出ていくと、エルナの後ろについていき、先程の部屋に戻った。

 部屋に戻ると、王様を始め、ハーフリングの子供達が不安そうに私達を見てくる。


「皆、落ち着いてよく聞いてほしい。どうやら本当に女神教の軍が来たようだ」


 エルナが皆に告げると、ハーフリング達が不安そうにざわざわしだした。


「落ち着いて。大丈夫だから……詳細はこれから来るヒミコの信者に聞くけど、君達は国民に逃げる準備を早急に行うように伝えてきて。準備を終えた者は広場に集まるようにとも」

「エルナ様はどうされるんです?」


 1人の男の子が心配そうな表情でエルナに聞く。


「ボクも君達と一緒に行くよ。残念だけど、ボクには女神教に対抗する力がないんだ。幸福の神の下につくよ」

「さようですか…………でも、エルナ様も一緒なら安心です」


 こんな弱い神の何が安心なのかはわからないが、ハーフリングにとってはこのボクっ娘神が心の拠り所なんだろうね。

 まあ、それが宗教だ。


「わかったのなら急いで。君達も準備がいるだろうし、時間がないんだ」

「はい!」


 子供たちは元気よく返事をすると、急いで部屋を出ていく。

 この部屋に残っているのは私とエルナ、そして、ミサとナツカと王様のニカだけだ。


「ニカ、ごめんね……ボクがふがいないばかりに」


 私が冷静でいろって言ったのに、エルナが涙を流し、謝罪する。


「いえ、エルナ様は常に私達とありました。エルナ様がそう決めたのならば、私達はそれに従います」


 ニカもまた、涙を流しながら頭を下げた。

 2人共、いや、ハーフリング全体だろうが、私の下につくのが嫌というより、国を失うのが辛いのだ。


「悪いようにはならないと思うから安心して」

「はい」


 本当に信頼はされているんだなー。


 私達が涙を流す子供2人を見ていると、ノックもなしにリースとフユミが入ってきた。


「あ、ひー様がイジメてるし」


 涙を流しているエルナとニカを見たフユミが私を非難してくる。


「私ではないですよ。お前が普段、私のことをどういう風に見ているかよくわかりますね」


 最初から私と決めてくるあたりがひどい。


「え? 違うの?」

「違います。そんなことより、報告しなさい」


 もっと大事なことがあるでしょ。


「なんかいっぱい来た」


 頭が痛くなるな……


「………………リース」


 私はアホを放っておき、リースを見た。


「この森に近づく軍隊を発見しましたので、キャンピングカーにブービートラップを仕掛け、ここまで来ました」


 C4を仕掛けたのか……

 ただ破壊するだけでなく、罠を仕掛けるあたりがリースらしい。


「数は?」

「およそ1万かと……」


 1万!?


「は? 多くない?」


 涙を流していたエルナとニカは敵の兵力を聞いて、固まってしまっている。


「正確にはわかりませんが、そのくらいはいそうです。少なくとも5000は優に超えています」

「いくらなんでも多すぎます」


 雑魚500人程度を討つのにそんなに必要なわけがない。


「旗から見て、女神教直属の軍ではなく、領主の軍だと思われます」


 領主の軍……


「中央でテロが起きたため、女神教の軍を派遣できずに領主に命じましたかね?」

「おそらくは…………もしくは、領主の独断専行かと……どちらにせよ、1万の兵力で火計は用いないでしょう。敵の陣形から見て、おそらくは兵力差で森を囲み、狩りをするかと思われます」


 領主が森を焼くのを嫌がったか……

 まあ、自分の領地の森を焼きたくはないわな。

 女神教もすべてのハーフリングを狩ったと報告すれば、文句はないだろう。


「ここに到達するまでの時間は?」

「頂いたC4や私の魔法であちこちにブービートラップを仕掛けましたので、ある程度の時間稼ぎは出来ると思います。ですが、敵は1万。そこまでの時間は稼げないかと……遅くても3日。早ければ、明日の昼にはここまで到達するでしょう」


 今は昼過ぎだし、捜索を開始して、今日中にここまで到達することはない。

 森は暗くなるが早いし、さすがに夜に森の捜索はやめるだろうから。


「ひー様、森を囲まれたら脱出できません。ヘリでお逃げください」


 話を聞いていたミサが進言してくる。


「ヘリでは大人数を運べません」

「夜のうちに小分けすれば、森を脱出することはできるのでは?」


 ハーフリングは子供サイズだ。

 ヘリに詰め込めば、一度に10人近くは運べるが……


 …………ダメだ。


「夜であろうと、ヘリは敵に気付かれます。騎兵が追ってきた場合は距離を稼がないといけませんから夜通しでも500人は無理です」


 半分の250人も逃がせれば良い方だろう。


「ひー様、戦おうぜ! たかが1万なんかハチの巣にしてやんぜ!」

「戦車で轢き殺してやろうぜ!」


 東雲姉妹は相変わらず、勇ましい。


「無理です。森の中では戦車も軍用ヘリも使えません。使えるとしてもマシンガンか火炎放射器くらいでしょうね」


 木が邪魔で戦車は動けないし、ヘリも敵が見えない。

 そもそも、戦車もヘリも扱えるのはリースだけだ。


「ひー様、それらの武器をハーフリングに渡しては? 500人がマシンガンを持てば、1万とも戦えると思います」


 ミサがまたしても提案してくる。


「こいつらに銃器を扱えると思いますか? 武器もロクに使ったことがないんですよ? ロクに扱えず、敵に奪われるのが目に見えています。そうしたら最悪です」


 強力な武器が今度は私達に火を噴くことになる。


「………………ひー様、もはやここまで。脱出しましょう」

「だから脱出は時間が足りな…………い」


 私はミサの言いたいことがわかり、途中でしゃべるのをやめた。

 ミサはハーフリングを見捨てろと言っているのだ。


「あんた、本気で言ってる? 私に私の子を見捨てろって言うの?」


 私は素のしゃべり方でミサを睨む。


「ハーフリングはまだひー様の信者ではありません。元より、今回の作戦は時間との勝負でした。タイムオーバーです」


 確かにまだ信者ではない。

 だが、神であるエルナは恭順を示し、庇護を求めてきた。

 それを見捨てることは出来ない。


「私は幸福の神です。救われぬ者を救う神なのです」

「存じております。ですが、我らはひー様を失うわけにはいきません。ひー様は死なないでしょうが、ひー様が負けたという事実が幸福教団を崩壊させます。私達の祈りはひー様を絶対にすること。ひー様が敵に討たれるなどあってはならないのです」


 私はミサにそう言われて、リース、東雲姉妹を見る。


「ひー様、何度でも言います。我らはひー様という絶対のもとで生きています。ひー様を失えば、教団を維持できません」


 リースもミサの意見に賛成のようで首を横に振る。


「私らはひー様の護衛だから無理しててでも、連れて帰るぞ」

「そうそう」


 東雲姉妹も逃走案に賛成のようだ。


 私は4人の意見を聞いた後、エルナとニカを見る。


「え? え? ボク達を見捨てる流れ? 守ってくれるんじゃないの? 幸福に導いてくれるんじゃないの?」


 エルナが困惑し、涙目で私を見上げてくる。


「そうしたかったんですけどね。お前達は結論を出すのが遅すぎました。残念です」

「へ? マジ? お前、嘘つくの?」


 幼女の姿でそんな目をしないでよ。

 私が悪いみたいじゃん。


「まだ契約はしていません」

「やっぱり邪神だった! 助けろよー! いやだー! 死にたくなーい!」


 エルナが泣きながら駄々をこね始めた。


「…………ヒミコ様」


 ニカがエルナを放っておき、私に近づくと、私の目の前に跪いた。


 自分だけでも助けてかな?

 さすがは王様。


「エルナ様とミルカ、それとイルだけでも逃がしていただきたい」


 あれ?

 そっち?


 どうやら、私の心は汚れているようだ。

 ランベルトとフランツのせいだな、うん。

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