第064話 平穏の神


「同盟? 先ほど、ニカからも提案されましたね」


 私は降りてきたボクっ娘神を見下ろす。


「そ、そうそう! 女神アテナは強大だし、一緒にがんばろ!」

「強大? あれが? アリの群れでしょう。潰そうと思えば、すぐにでも潰せますよ」


 ヘリや戦車で強引に町を落としていき、中央の神殿を爆撃すればいい。

 だが、それでは多くの人が死んでしまう。

 もっと平和にいかないとね。

 私にはまだその先があるのだ。


「で、でも……!」

「お前、イルに聞きましたが、前にもドワーフに同盟を申し込んだそうですね?」

「一応ね……断られたけど……」


 ボクっ娘神がちょっと落ち込んだ。


「その時にも女神教を一緒に倒そうって言ったんですか?」

「だね」

「…………どうやって?」

「え?」


 私が質問をすると、ボクっ娘神が呆ける。


「どうやって倒すんです? いつ、どこで、何をして倒すんですか? 方法は? 作戦は? そして、その作戦の成功確率は?」

「え? え? それは一緒に考えて…………」


 ダメだこりゃ……


「私はこの数日でこの国というか集落を見ていましたが、武器を持っている人を見ていません。ここにいる王様以外の20名も武器を持っていません。武器はいらないんですか?」


 剣も槍も弓も見ていない。


「武器は必要ないんだよ。この森は魔物は出ないしね。たまにイノシシとかの危険な生物は出るけど、魔法で対処できる」

「ハーフリングは魔法に優れているわけですか……では、女神教の兵士が来ても大丈夫なんですね?」


 力もそこそこあって、魔法も使える。

 さぞ、強いんでしょうね。


「え? いや、それはちょっと…………」


 ボクっ娘神が今度はもごもごしだした。


「ちょっと? ダメということですか? なのに武器を持たない?」

「危ないし……」


 子供か!

 いや、子供か……


「そんなあなた達とドワーフが同盟を結ぶと思いますか? 戦うのはドワーフ任せでしょ? ドワーフにメリットはありません。どうせ、武器を買えって言われても断ったでしょ?」


 ドワーフからしたら武器も買ってくれない、戦いもしない。

 そんなヤツら、いらねーわ。


「……………………」


 ボクっ娘神はついに黙ってしまった。


「同盟とは互いにメリットがあって始めて成立します。さて、私達がお前達と同盟を結ぶメリットを述べなさい」

「えっと…………その……手伝う、よ」

「何を?」

「色々…………」


 なんかイジメとかパワハラをしている気分になるな……


「エルナ様、我らも戦えます」


 王様であるニカがボクっ娘神に言う。


 ボクっ娘神、エルナって名前なんか……


「…………無理だよ。君らは戦えない」

「ですが…………」

「ヒミコ、君はこの子達の戦力が必要かい?」


 ボクっ娘神改め、エルナは手でニカを制し、私に聞いてきた。


「いりません。戦力はありますし、いつ逃げるかわからない者を戦場には出せません」

「だよね…………」


 別に臆病が悪いわけではないし、弱いことが罪なわけでもない。

 普通の人は戦えないし、ウチの教団にも戦えない人間は大勢いる。


「状況を理解しましたか? 前にミルカを通じてお前に言ったでしょう。さあ、選びなさい。このヒミコに逆らうか、女神教に滅ぼされるか、それとも…………私に降るかです。同盟? お前達に残された選択肢は服従のみ」


 以前、ミルカの様子がおかしかったことがあったが、あれはミルカではなく、こいつだ。

 こいつがミルカに憑依していたのである。

 多分、ミルカはエルナの巫女だろう。


「…………ヒミコ、ちょっとあっちの部屋に行こうか……皆、ゴメンけど、ちょっと待ってて」


 エルナはそう言うと、部屋を出ていこうとする。


「ひー様」


 ミサが私を見てきた。


「お前とナツカもここに残りなさい」


 私は2人に告げると、エルナのあとを追う。


 私とエルナは部屋を出ると、すぐ隣の部屋に入った。

 その部屋は4畳半くらいしかなく、物置のようだ。


「お前、ハーフリングにどういう教育をしているんです?」


 私は2人きりになったので本音をぶつけることにした。


「ごめん。ボクはね、君やアテナとは違って戦える神じゃないんだ。ハーフリングは争いごとを好まない種族で平穏を願った。ボクはそんな祈りから生まれた平穏の神なんだよ」


 確かに弱そうな神だな……


「アテナは戦いの神ですか?」

「あれは力を司る神さ。だから人に力を授けることができる。昔話を聞くかい?」


 力を授ける……

 学校関係者に与えたスキルがそれね。


「聞きましょう」


 敵の情報を聞けるかもしれない。


「この世界は最初、とある神が支配していたんだけど、そいつが無能だった。そいつは平和を愛するが故に人々から武器を取り上げちゃったんだよ。でも、この世界には魔物がいる。武器を取り上げられた人々は魔物に対抗できなくなり、大きな被害が出た。そんな人々は魔物に対抗できる力を望んだんだ。その祈りで生まれたのがアテナさ。彼女は人々にスキルという力を与え、信仰を集め、大きくなっていった。そして、平和を愛する神を追放し、天下を取った。でも、力を持った人々は今度は人同士で争いだした。信者が減るのを嫌がったアテナは争いをやめさせるために女神教を立ち上げ、亜人を敵とし、まとめあげた」


 わかりやすいなー……

 でもまあ、力の神じゃあ、その程度か……

 しかし、神は無能ばっかだわ。


「それでお前が生まれたわけですか……」

「だね。エルフや獣人族、ドワーフは信仰の先が神ではなかったけど、ハーフリングは平穏の神を望んだ。それがボクだよ」


 悪いことではないけど、こいつが来てもハーフリングに平穏は訪れないだろう。


「お前はどういうことが出来るんですか?」


 私が聞くと、エルナは首を横に振った。


「何も……ただケンカの仲裁ができるくらいさ。だから逃げてばっかりなんだよ」


 つっかえねー……


「お前もハーフリングも人が良すぎますね……はっきり言いますが、よく今まで生きてこれたなって思います」

「隠れたりするのが得意だからね。まあ、運が良かったのもある」


 でしょうね。


「ハーフリングが生き残る道は1つです。お前達は私に従うしかない」

「わかってるさ…………君、本当に幸福の神かい? とてもそうは思えない」

「信者を幸福にするのが私の役目。そのためならすべてを滅ぼします。それにね、私はお前達とは違って、最初から幸福教の教祖なのです。信者達は私を絶対の存在にすることを願った。私の上に立つ者も横に並ぶ者もいらない。それがあの子達の幸福であり、祈りなのです。だから私は私に逆らう者を許さない。私の上には誰もいてはいけない。私こそが絶対の神であり、支配者でなければならないのです。それこそが皆の幸福なのです」

「カルトは怖いなー……なんでそんな風に思えるんだろ……」


 エルナが苦笑する。


「善性の神であるお前にはわからないでしょうね。幸福は他者を蹴落とし、得るものなのです」


 私は悪そのもの。

 最初は汚れきった邪神ってステータスに書いてあったし。


「やっぱり邪神か…………生まれたばかりの神のくせにやたら強い神だとは思っていたけど、悪意の塊だったわけだ」

「私の信者からしたら善そのものですよ」

「だろうね……ハァ…………ここまでか……ボクの1000年は何だったんだろうね?」

「いや、1000年経ってもまだハーフリングが信仰しているということはお前はハーフリングにとっては良い神であり、必要だったのでしょう」


 私なら使えねー神だなと切り捨てるが、ハーフリングはそうは思わなかったのだろう。

 優しく、自分達に寄り添ってくれる神。

 平穏を望んだハーフリングにはピッタリだったのだ。


「ヒミコ、ボクの子供達を頼むよ……あの子達には君に従うように言う」

「それは良い決断です。決断を出すのが遅すぎですけどね」

「誰だって悩むさ。死にたくないもん」


 ん?


「お前、死ぬんですか?」

「死ぬよ。君に信者を奪われればボクの信者がいなくなる、まだ世界中に散らばっている子達がいるけど、それも時間の問題。近いうちに信者がゼロになり、ボクは消滅する…………ぐずっ」


 エルナが涙目で鼻水をすする。


「いや、幸福教は別宗教の掛け持ちを許しているんですけど……」

「はい? 何それ?」

「そのまんまの意味です。幸福教を信仰しつつ、別の宗教を信仰するのを許しています」


 だからエルナが消滅することはない。


「えっと、意味がわかんないんだけど……宗教って1つじゃない?」

「いーえ、好きにすればいいです。幸福教の教えは幸福を願うことのみですし、私がいた国はそういう国です。正月に初もうでに行き、教会で結婚式をする。そして、お寺で葬式をします。これは全部、別の宗教です。実際、私の子の多くは別の宗教との掛け持ちです」


 巫女であるミサですら仏教の家だ。


「それマズくない?」

「別にマズくないです。私は私を認めてくれる者を許し、愛します。何もしない神や仏などに興味はないです」


 私があっちの世界を支配すれば、それで終わる話だ。

 まずは掟や規律を緩くして人を集めなければならない。


「ボク、死なないの?」

「私に逆らわなければね」

「いや、逆らう気はないよ。元より、ボクは争う神じゃないからね…………そうか、ボクは死なないのか…………」


 ハーフリングがお前を見捨てたら知らんよ?

 まあ、ないか……

 私としても、こいつを使って、ハーフリングを従えた方が都合がいい。

 だって、あいつら、すぐに逃げそうなんだもん。


「いいですか? 絶対に私に逆らってはいけませんよ? そして、ハーフリング達に幸福を願うように言いなさい。さすれば、私が必ずやお前達を守り、幸福に導いてあげましょう」

「幸福に導くって…………要は敵対勢力を潰すんでしょ?」

「当たり前じゃないですか……敵がいなければ平和です。幸福教は教団員同士の争いを禁止していますからね。まあ、安心しなさい。ハーフリングに戦えとは言いません。はっきり言って、戦場では使えないし、役にも立ちません。後方支援や別の仕事をしてもらいます」


 畜産や農作物でも育てさせるかな。


「国はどうなる?」

「好きにしなさい。勝手に城でも建てれば? あ、でも、他の者と相談しなさいよ。他にも住んでいる人はいますからね」


 獣人族やエルフは国を興す気があるのかな?

 どっちでもいいけど、南部に帰ったら確認しておくか。


「緩いなー……」

「幸福教はそういう宗教なんです。だからエルフも獣人族もあっさり降ったのです」


 規律がほぼないうえに、ご飯をくれて、守ってくれる。

 簡単に落ちたわ。


「そうするしかないか……女神教との共存は考えなかったの?」

「考えましたよ。ですが、向こうが拒否するでしょうし、何よりも女神教は私の子を殺しました。許しません」


 まあ、女神教と幸福教を比べられたら幸福教の方が良いの決まっているし、女神アテナは共存の道を選ぶわけがない。

 私と女神アテナは絶対に共存できないのだ。


「そっかー……確かにもう道は1つしかないね……」

「そうですよ。言っておきますけどね、私はこの地に来て、ハーフリング達に食料を分け与えました。もし、私が帰ったらこれからどうするんです? ロクに食料がないんでしょ?」 

「この2日の話し合いの争点は主にそれだったよ。女神教の兵が来るかはわからないけど、食糧の枯渇の問題が大きかった。食べなきゃ戦うことも逃げることもできないからね」


 そんなレベルでの飢餓だったのか……

 この世界は南部もだったが、あちこちで飢饉が起きているんだな。


「ならば、さっさと降ることです。私の物を出すスキルがあれば、飢えることはないです」

「羨ましいスキルだよ。武器も食糧も水も何もかも出せる。わかりやすい幸福が食欲や物欲なわけか……」

「お前は本当に何もないんですか? 私やアテナほどではなくても何かあるでしょ」


 平穏の神なわけだし、争いを止めるスキルがあっても良さそうだ。


「いや、特にないよ。自分の姿を消すスキルと空を飛べるスキル……あとは君もできるだろうけど、憑依やお告げだね」


 姿を消すスキルと空を飛べるスキルはさっき見た。

 エルナが現れた時のものだろう。

 でも、自分だけか…………微妙。


「…………お前にはニコニコしながらハーフリングを見守る仕事を与えることにします」


 それ以外にできそうにない。


「まあ、それしかできないからね。あとは相談に乗ること…………ミルカとイルをくっつけたのはボクなんだよ! ボクの巫女であるミルカが相談してきたから」


 あっそ。

 良かったね。

 興味ねーわ。


「では、さっさと南部に逃げましょうか」

「実際、どれくらいの時間があるの? 逃げるって言っても準備とかいるんだけど」


 まあ、全部は持っていけないだろうけど、大事なものとかの取捨選択がいるだろう。


「わかりません。西部はともかく、東部はまだ潜入や工作が手付かずなので、向こうの動きが読めないんですよ。というか、お前達、スパイぐらいを潜入させ、情報を掴んでおきなさいよ」

「捕まったら怖いじゃん」


 ホンマ、こいつら……

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