第062話 子供ばっかり


 ミルカは黙ってしまい、俯いている。

 すると、イルが走って、こちらに戻ってくるのが見えた。


「ほら、夫に暗い顔を見せるものではありませんよ」


 私は俯いているミルカに顔を上げるように促した。


「はい…………」


 ミルカが顔を上げると、イルが私の前まで来た。


「どうでした?」


 私は両手を膝について、息を切らしているイルに尋ねる。


「ハァハァ……陛下がお会いになられるそうだ」

「陛下ね……時間がないというのに…………まあ、いいです。案内してください」


 私は呆れて、ミルカを見下ろした後にイルを見た。


「ああ、こっちだ。ついてきてくれ」


 イルが再び、来た道を戻り、歩いていったので私達も続く。

 私達がそのまま歩いていき、集落に入ると、集落にいるハーフリング達は家の裏に隠れたり、距離を取って、遠巻きにこちらを見ていた。


 私は家の窓から覗いているハーフリングと目が合ったので優しく微笑んであげる。

 すると、そのハーフリングはさっと隠れてしまった。


「かわいくない子ですねー」

「いや、あれは大人だぞ」


 区別がつかない……


「どれが子供です?」

「子供は皆、家の中に隠れたな」

「ビビりすぎでは?」


 ちょっと傷つく。


「皆、女神アテナの啓示を見ているからな。女神教の兵士を殺し、女神アテナに敵対する異世界の神は怖いに決まっている。それに、どう見ても平穏な神には見えない。あんた、カルトの邪神だろ」


 邪神言うなし。


「たまに言われますが、邪神って何ですかね?」

「災いをなす神のことかな……」

「私が災いを起こすと?」

「実際、戦争を起こしているだろ」


 私は起こしてないけどね。

 攻めてきているのは女神教の方。

 今は、だけど。


「平和が良いですよねー。そういう意味ではお前達は正しい生き方をしています」

「この生活がか?」

「正しいですが、賢くはないんですよ。だからこんな生活を送るハメになる」


 森に隠れて住み、飢える。

 そして、殺されるのを何もせずにただただ待つ。


「賢い生き方ってなんだよ? 戦えって言うのか?」

「いーえ、違います」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「それをこれから話に行くんですよ」


 私はそう言って、イルから目線を切った。

 そして、そのまままっすぐ進んでいき、他の家よりも大きい二階建ての建物の前までやってきた。


 その建物は立派ではあるが、城と呼ぶには寂しい。

 だが、間違いなく、ここがハーフリングの国の王城だろう。


「中に陛下がおられる。神に言うのもなんだが、礼儀は気にしなくていい」


 建物を見上げていると、イルが言う。


「ふーん」

「こんなんでも一応、城だよ」


 イルは私がいつまでも建物を見上げているのが気になったのだろう。

 だが、私は建物を見ているわけではない。


「わかりますよ。まあ、気にしなくてもいいでしょう。どこにいるかではなく、誰がいるかですよ」


 私だって、キャンピングカーに住んでいるから今はキャンピングカーが社だ。


「そうか……入ってくれ」


 イルが促してきたので、私達は建物の中に入っていく。

 そして、そのままイルに案内され、通路を通っていくと、イルがとある扉の前で止まった。


「ここだ」


 イルはそう言って、私を見てくる。

 見るだけで扉をノックするわけでもなく、中に声をかけることもしない。


「入っても?」

「ああ」


 勝手に入るのか……

 ホント、礼儀とかないんだな。


 私は言われるがまま、扉を開け、中に入った。


 部屋の中の両脇には20人近くの子供達が並んでおり、部屋の真ん中には椅子に座った男の子がいる。


 ……子供王国だ。


 私がすごい光景だなーっと思っていると、椅子に座っていた男の子が立ち上がった。


「ようこそ、異世界の神よ。私はこの国を治めているニカというものです。神であるヒミコ様がわざわざ、このような遠方まで来てもらったのなら歓迎会を開き、もてなすべきなのでしょうが、時間がないとのこと……無礼をお詫びします」


 背伸びした子供だなー……

 まあ、多分、私よりもはるかに歳上なんだろうけど。


「構いません。時間がないのは確かですからね。また、私に対しての礼儀も不要です。私は寛容なので」


 私は心が広いのだ。


「…………感謝します。早速なのですが、イルから話を聞きました。女神教の軍がこの森を燃やすというのはまことですか?」


 王様が本題に入る。


「はい。そのような情報を掴みました。実はここよりずっと西にあるマナキスという町でエルフや獣人族が奴隷になっている話を聞き、救出に向かったのです。その時にマナキスの領主を尋問したら吐きました」

「……さようですか」


 王様が落ち込むと、周りにいる子供たちも落ち込んだ。


「ヒミコ様、神であるあなたに伺いたい。何故、女神アテナは我らを認めてくださらないのでしょうか? 何故、そこまで我らを嫌っているのでしょうか? 我らは人族と争う気はないというのに」


 そんなこともわからないのか……


「別に女神アテナは特別、お前達を嫌っているわけではないですよ」

「では、何故?」

「簡単です。人族をまとめるためですよ。人をまとめる方法で一番簡単なのは共通の敵を作ること。もしくは、自分達より下の存在を作ることです。それがエルフや獣人族、ドワーフ、そして、お前達です。わかりやすいでしょう? 見た目が違うんだから」


 人徳のないヤツがやる方法だ。

 人徳の塊である私には関係ない手法。


「そ、それだけのためですか?」

「神にとってはそれが重要なのです。女神アテナは別に人族が好きなわけではありません。単純に人族の数が多かったから人族を優遇したんですよ。だから、もし、お前達の数が人族より多ければ、立場は逆だったでしょうね」


 人族が亜人と呼ばれていただろう。


「ヒミコ様もそのようなことをなさるので?」


 は?


「私が? お前は幸福の神であるこのヒミコがそんなことをすると言っているのですか?」


 殺すぞ……


「い、いえ、神のお考えなど、私ごときにはわかるはずもなく…………申し訳ございません」


 王様が震えながら謝ってきた。


「…………どこが寛容なのかな?」

「…………しっ! ジャイア○が寛容なわけないでしょ」


 後ろで私の護衛役と親友が小声で何かを言っている。


 今度、鼻でスパゲッティを食べさせてやろ。


「まあいいです。私の幸福教は種族、思想、性別にとらわれません。誰であろうと、ただ幸福を望むことを教えにしているのです」


 人類、皆、ハッピー!


「そうですか…………いつ女神教の軍が来るかはわかりますか?」

「それは不明ですが、女神教も時間はかけないでしょう。一応、私の信者が工作をしていますが、効果があるかは不明です。ですので、早急に逃げることを勧めます」

「逃げると言われても…………一体、どこに逃げれば…………」


 まあ、この森自体が逃げた先だもんね。

 また逃げろと言われても簡単に頷けないだろう。


「お前達が望めば、南部の森に避難してもいいです」

「それは…………」


 それの意味することは王様もわかっているようだ。


「そこに住んでもいいですし、1年後にまた別の地で国を再興してもいいです。それはお前達の自由です」

「あ、あの、1年とは?」

「女神アテナの寿命ですね。1年もかける気はないですが、一応、1年ぐらいで女神教には消えてもらう予定です。私は私の子を殺した者を絶対に許さないですから」


 人々を苦しめ、私の子を12人も殺した女神アテナは絶対に消えてもらう。


「そ、そうですか…………すみません、一度、皆と話し合いをしてもよろしいでしょうか?」

「好きにしなさい。ただ、時間が経てば経つほど危うくなることを忘れてはいけませんよ」


 私はそう言うと、ミサとナツカを連れて、部屋から出る。

 そして、そのまま集落を出ると、岩石地帯まで戻り、キャンピングカーを出した。


 私達はキャンピングカーに乗り込み、一休みする。


「どうするんです?」


 3人でジュースを飲んでいると、ミサが聞いてきた。


「さあ? 今回はちょっとわからないわね」

「そうなんです?」

「ハーフリングは思ったより複雑みたいだわ」


 バカではないが、外部との接触を断ちすぎて、状況がよくわかっていないし、交渉が下手すぎる。

 普通はもっと情報を集めるもんだと思うが、臆病だからそれもできないのだろう。


「ハーフリングが結論を出す前に女神教の兵が来たらどうします?」

「ヘリで逃げるわ。かわいそうだけど、諦めます」


 ハーフリングは時間がかかりそうだ。

 獣人族より先にハーフリングの方を優先するべきだったかもしれない。

 あの時は東雲姉妹の回収を優先したのだが、長期的な目で見ればハーフリングが先だったな。


「ですかー……ん?」


 ちょっと落ち込んでいたミサだったが、急に顔を上げた。

 キャンピングカー内にバン、バンと叩く音が響いたからだ。


「ナツカ、子供のイタズラかもしれないから追っ払ってきて」


 子供しかいないけど……


「はーい」


 ナツカは立ち上がると、外に出ていく。


「見た目が子供だから気持ちはわかりますが、こればっかりは仕方がないでしょ」


 私はナツカが外に出ていくと、話を再開した。


「罪悪感がヤバいですよ。ここって完全にちびっこランドじゃないですか」

「いや、まあ、私も似たようなことを思ったけど、よく考えたらあいつら、私らよりもはるかに年上よ? イルとミルカなんて、あんたのおじいちゃん、おばあちゃんとたいして変わらなくない?」

「そういえば、そうですね。可愛らしい見た目で騙すとは実は悪い種族なのかもしれません」


 その理屈だとエルフも悪くなっちゃわない?

 イケメンと美人しかいないじゃん。

 村長であるおじいちゃんのカールですら、イケメンだし。


「あのー、ひー様ー」


 ナツカが外から顔だけを出して、声をかけてくる。


「なーに?」

「ミルカが来てますけど」

「ミルカ? 何の用?」

「飯をくれ、だって」


 あ、忘れてたわ。


「ミサ、悪いけど、ミルカに米の炊き方を教えてあげて」

「わかりました」


 私はミサに米と鍋を渡すと、目を閉じて、リースに森の外の状況を聞くことにした。

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