第061話 契約書はちゃんと見ましょう!


 私は説得を終えたイルとミルカの縄をほどいてあげた。


「あのー、鹿を持っていってもいいですか?」


 縄をほどき、自由になったミルカが聞いてくる。


「時間がないと言ったでしょう。命と食料のどっちが大事なのです?」

「両方です。あれを持って帰らないと、皆のご飯がないのです」

「今年は雨が少なく、作物の育ちが悪かったんだよ」


 ここも飢饉か……


「お前達もですか……」

「も? 他のところもか?」


 私のつぶやきにイルが反応し、聞いてきた。


「獣人族がいる西部はそうでもなかったですが、エルフのいる南部も同様に食料不足で苦しんでいましたね」

「そうなのか…………外の情報はあまり入ってこないからな」


 まあ、隠れ住んでいたらそうだろう。

 でも、情報は集めなよ。


「安心しなさい。食料なら私がいくらでも出します。ほら」


 私はそう言って、イルとミルカに菓子パンを渡した。


「何だこれ? 食べ物か?」

「パンかな?」


 2人は菓子パンを訝しげに見る。


「パンですよ。ほら、それを食べながらでいいので行きましょう。あなた方の国に着いたら食料をいくらでも出してあげます」


 パンはポイントがもったいないから米にしよ。


「あ、ありがとう」

「ヒミコ様に感謝します」


 イルとミルカ夫妻は素直にパンを受け取ると、食べながら森の奥へと進んでいく。


「すごく美味しいね」

「だな。人族はこんなものを食べているのか……」


 イルとミルカは菓子パンを食べながら感想を言い合っていた。


「それは私がいた世界の食べ物ですよ。こっちの世界のパンはもっと味気がないそうです」


 一応、説明しておこう。


「そういえば、異世界の神だったな」

「ヒミコ様がいらした世界はすごいんですね。怖い武器も持ってますし」

「発展した世界でしたからね。それよりも聞きたいんですが、お前達は国を興したんですか?」


 国というか、集落に着くまでに情報を仕入れておこう。


「国って言うほど、大層なものではないです。ただ、女神教の支配からの独立を願って国にしたんです。誰も認めてませんけど…………」

「まあ、そもそも、お前達が国を興したことを誰も知らないでしょうね」

「ですね。でも、いつか認めてほしいんです」


 結構、自立心がある種族のようだ。


「お前達は何人くらいいるんですか?」

「えっと、何人くらいだっけ?」


 ミルカがイルに確認する。


「ここにいるのは500人程度だな。あとは世界中に散らばっていると思う」


 500人…………

 思ったより多いわね……

 バスでいけるかな?


「やっぱり皆、子供なんです?」

「子供じゃないけどな。あんたらから見たらそうだと思う」


 ネバーランドみたいな感じだろうか?


「あの、ヒミコ様、エルフや獣人族、ドワーフはどうなってます?」


 今度は逆にミルカが私に聞いてきた。


「エルフと獣人族は私に救いを求めたので救済しました。ドワーフは…………どうですかね? まだ、会っていないのでわかりません」

「そうですか……エルフと獣人族が…………」


 私の言葉を聞いたミルカが何かを考えるように俯く。


「あんたは信者が欲しいんだろう? でも、ドワーフなんかやめとけ。あいつらは自立しているし、酒と鍛冶ばっかりで他人に興味がないからな」


 意外にもイルはドワーフに詳しいようだ。


「知ってるんですか?」

「さっきも言ったが、俺は60年も生きてるからな。まあ、正直に言えば、ドワーフに同盟を申し込みにいったんだよ。断られたけどな」


 同盟?


「ドワーフと手を組もうとしたんですか?」

「南のエルフや西の獣人族は遠いんだよ。まあ、北も遠いが、南や西よりはマシだからな。一緒に女神教に対抗しようって提案したんだが、断られた」

「お前、その時にこの森のことを言ったでしょう?」

「ん? まあ、言ったけど?」


 この森にハーフリングが隠れ住んでいることを女神教に伝えたのはドワーフだろうね。

 かわいそうだから言わないでおこう。


「ドワーフは強いし、難しそうですねー」


 どっちみち、ドワーフの件は氷室の動き次第かな。


「なあ、これは単純な疑問なんだが、神ってなんでそんなに信者が欲しいんだ? 別に細々とやれば良くないか?」

「人と一緒です。細々と生きることに喜びを感じる者もいれば、王様になりたいという野心にあふれる者もいます」


 ハーフリングのような者もいれば、ランベルトやフランツのような者もいる。

 十人十色だね。


「あんたは野心家なのか……」

「いーえ、私は使命感です。すべての人を救い、幸福へと導かなければならないのです。私は幸福の神ですから」

「ふーん、神にも色々いるんだな」

「一緒だったら女神アテナと争っていませんよ」


 あんなのと一緒と思われるのは最悪。


「それもそうか……向こうもあんたのことが嫌いっぽかったしな」

「実際、大嫌いだと思いますよ。自分の庭を荒らしにきたんですからね」

「自覚はあるのか……」


 あるよ。

 でも、仕方がない。

 この世界の人々はこんなにも私の救いを求めているのだから。


 私達はお互いが持っている情報を交換しながら歩いていると、徐々にごつごつとした岩が増えてきた。


「こっちだ」

「足元に気を付けてください。特にヒミコ様とそちらの…………メイド服を着た人」


 イルが案内をし、ミルカが私とナツカを気遣ってくれる。


「なあ、その格好はなんだ? 3人共、森に来る格好じゃないだろ」


 イルが呆れたように聞いてきた。


 私は和服、ミサは学校の制服、ナツカはメイド服。

 うん、コスプレ大会。


「アイデンティティだから気にしないでください。幸福教団は自由なのです」


 だから服装も自由!


「えっと、よくわからないけど、わかった……」


 イルが呆れたように納得し、そのまま進んでいくと、どんどんと岩が増えてきた。

 その岩も私の身長以上のものも多い。


「危ないですねー」

「危ない岩は固定してあるから大丈夫だ。子供たちがよくここで遊ぶからな」


 子供たち…………

 じー……


「俺じゃないぞ? もちろん、ミルカでもない」

「わかってますよ」

「嘘つけ…………」


 だって、どう見ても小学生なんだもん。


 私達が岩を避けながら進んでいくと、次第に岩が少なくなり、木も減ってくる。

 そして、ついに前方には開けた場所が見えた。


 開けた場所には木で作られた家がたくさんある。

 ここがハーフリングの国だろう。


「柵がないんですね?」


 この集落には魔物避けの柵が見当たらない。


「実はこの森は魔物がいないんだ」


 そういえば、鹿はいたけど、魔物みたいな危険な動物は見てないな。


「良い森を見つけたんですねー」

「たまたまなんだがな。悪いが、ここで待っててくれ。陛下に報告してくる」


 イルが私達にここで待つように言う。


「イル、私はここに残るからお願い」

「ミルカ……いや、そうだな。じゃあ、頼む」


 イルは何かを言いたいようだったが、何も言わずにミルカを残し、集落に走っていった。


「別に人質なんかいらないんですけどね。お前達に私達をどうにかできるとは思えませんし」


 ミルカが残ったのは人質役だろう。


「ハーフリングは幸福教団と争う気はございません。我らは争いごとを好みませんから」


 ミルカが私を見上げ、まっすぐ私の目を見てくる。


「それは気が合いますね。私も争いごとは好みませんし、争う気はないです。私の世界は争いのない世界ですから」

「ご自分に逆らう者をすべて消せばそうなりますね」


 おや?


「まるで私を独裁者のように言いますね」

「違うのですか?」

「いえ、合ってますよ」

「……………………」


 ミルカが私を見上げたまま黙った。


「安心なさい。約束したではありませんか。お前達を害さないと、ね」

「…………え? あ、あの、お前達って!?」


 おやおやー?


「もちろん、ミルカとその夫であるイルです。私は約束を守りますからね」


 他は知らない。


「ち、違う! ミルカが言ったのはハーフリング全体のことだ!」


 ミルカの口調が別人のように変わった。


「私はそんな約束は知りませんね。あの場にいたのはミルカとイルだけです」

「そ、そんな…………」


 こいつらって、本当に交渉が下手だわ。

 まあ、他種族との付き合い自体がないからだろうね。


「安心なさい。ハーフリングがどういう選択をするかです。そして…………」


 私は集落の奥にあるひときわ大きい屋敷を見た後にミルカを見下ろす。


「選びなさい。絶対神であるこのヒミコに逆らうか、女神教に滅ぼされるか、それとも…………」


 ミルカは絶望した顔で私を見上げ、そして、俯いてしまった。

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