第060話 悪役が似合うって言うな
青木の指示を受けながら人生初めての落とし穴を掘った私はバックホウを信者ポイントに戻した。
なお、掘った土はミサとナツカがスコップを使って、その辺の草影に隠している。
「えーっと、次はこの発砲スチロールを置いてっと…………ミサ、ナツカ、枯葉を集めて」
私は穴に薄い発泡スチロールを敷くと、2人に指示を出した。
「はい」
「枯葉はいっぱいあるな!」
ミサとナツカは私の指示に従い、枯葉を集め、発泡スチロールの上に敷いていく。
「違和感がないように上手に敷きなさいよ」
「わかってます」
「任せとけ!」
枯葉を敷いた2人は手で土を払ったりしながら不自然のないように仕上げていった。
そして、違和感のないきれいな落とし穴が完成する。
「よし、あっちの草影に隠れて待機です」
「了解です」
「らじゃー」
私達は落とし穴から距離を取り、周りから見えないように草影に回ると、シートを敷いて座った。
「ぷぷっ。罠にかかっている獲物を見つけて喜んだハーフリングが罠にかかるところを想像したら面白いわよね?」
私は思わず、笑みがこぼれる。
「そういうとこですよ」
「Sだよ」
えー……
これはSではないと思うけどなー。
私はちょっと不満だったが、今か今かとハーフリングを待つことにした。
私達がじっとその場で待っているが、1時間経っても、2時間経っても、ハーフリングは来ない。
「…………来ませんよ?」
「…………座ってんの飽きた」
2人が小声で不満を言ってくる。
「…………もう少し、待ちなさい。そのうち来るから」
私も小声で返した。
その後もじっと待っているが、3時間経っても、ハーフリングは来ない。
「…………あのー」
「…………シッ」
「…………お腹が空いたんですけど」
「…………我慢なさい」
とはいえ、すでに昼の1時を過ぎた。
まさか、今日は来ないってことはないだろうな?
というか、罠の確認って、朝一でやるような気がするんだけどなー。
私がおかしいなーっと思いながら首を傾げていると、奥の草ががさがさと揺れた。
「…………おっ」
「…………シッ」
私は草の動きに反応したナツカを黙らせる。
「あっ! おい、ミルカ! 鹿がかかっているぞ!」
動きがあった草をこっそりと見ていると、茶髪の男の子が出てきた。
「え? ホント!?」
今度は茶髪の女の子が出てくる。
2人共、どう見ても10歳以下の子供にしか見えない。
間違いなく、ハーフリングだろう。
「やったな! 他の罠は空振りだったけど、最後の罠で成果があった!」
「ホントね! これで何とか今日のご飯は凌げるわ。神様に感謝しなくちゃ」
神様に感謝?
女神?
私?
「よーし! さっそく絞めてくる!」
男の子はそう言うと、走って、鹿もとい罠に向かっていく。
「もう、イルったら、そんなに急がないで、も…………イル、止まって!!」
女の子は何かに気付いたようで、慌てて男の子を止めるが、走っている男の子は簡単には止まれない。
「――え? あっ! ああーー!!」
男の子は一瞬、女の子の方を振り向いたが、見事に落とし穴に落ちていった。
「イル! イル! あなたっ!!」
あなた?
子供にしか見えないが夫婦のようだ。
ふふっ…………
「おやー? 私の鹿を奪おうとする悪い子がいますねー?」
私はそう言いながら立ち上がる。
「――え? ひっ! あ、あ、ひ、ヒミコ! わっわっ!」
女の子は私を視認すると、混乱したように狼狽し、私に背を向けて逃げようとした。
「おやおや? 夫を捨てて逃げますか? この世界の妻は薄情ですねー」
私がそう言うと、逃げようとした女の子の足がピタッと止まった。
「ミサ、ナツカ、捕らえなさい」
私はいまだに座って、立ち上がろうとしない2人に命じる。
2人はお互いの顔を見合わせると、私の顔を見上げてきた。
「あのー、子供相手に悪役すぎません?」
「ちょっと罪悪感が…………」
2人は本当に嫌そうだ。
「あれは夫婦って言ってたでしょ。あんな見た目でも充分に大人です。いいからさっさと捕らえなさい!」
私はナツカに縄を渡し、急かす。
「はーい……」
「まじかー……」
2人は嫌そうだったが、私の命令を聞き、足が止まっている女の子のもとに向かった。
私は2人に女の子を任せると、落とし穴の方に向かう。
私が落とし穴を覗くと、落とし穴に落ちた男の子が必死に落とし穴から出ようと、もがいていた。
落とし穴の深さは2メートル程度であり、そこまで深くはないが、子供サイズのハーフリングには十分に深い。
「ごきげんよう」
私は穴を覗き込み、声をかける。
「くっ! ヒミコか! ミルカをどうした!?」
「ミルカ? ああ、あの女の子ですか? ミサ、連れてきなさい」
私は嫌そうな顔で女の子を縄で縛っているミサに女の子を連れてくるように命令した。
すると、ミサは素直に女の子を連れてこちらに向かってくる。
女の子は俯いており、マジで絵面が悪そのものだ。
「イル、ごめん……」
縄で縛られた女の子が穴を覗き込み、謝った。
「ミルカ、なんで逃げなかった!?」
「あなたを置いて逃げられない……」
「ミルカ…………」
美しい夫婦愛だねー。
「さて、あなたもさっさと上がってきなさい。あ、余計なことをしてはいけませんよ? ナツカ」
私はそう言うと、ナツカを見る。
「はーい!」
ナツカは肩に担いでいるマシンガンを持つと、空に向かって乱射した。
すると、女の子も男の子も一瞬、ビクッとする。
「お互いを大事にしましょうね。夫婦とはお互いを尊重するものだそうですよ」
私はニコッと笑いながら梯子を出し、穴に入れる。
お互いを人質にとられている状況を理解した夫婦は完全に大人しくなっていた。
「…………ひっで」
「…………こら、邪神って言われるわけだわ」
うるさいな。
「ほら、早く上がりなさい」
私が急かすと、男の子は梯子を使って穴から出てくる。
「ミサ」
私はミサから女の子を受け取ると、再び、縄を出し、ミサに渡した。
「……はーい」
ミサは完全にテンションが落ちているが、縄で男の子を縛っていく。
そして、どう見ても子供な夫婦は縛られて私の前に並べられた。
「これでようやくまともな話ができますね?」
私は2人を見下ろす。
「頼む、ミルカは放してくれ」
「イル!」
男の子が女の子の釈放を求めると、女の子が叫んだ。
「美しい夫婦愛ですね。ですが、2人共すぐに解放しますよ。別にお前達を捕まえることが目的ではないので」
「だったら放してください」
女の子が私に訴える。
「まあ、待ちなさい。まずは自己紹介です。知っているかもしれませんが、私はヒミコ。幸福の神、ヒミコです。お前達はハーフリングですね?」
「そうだ」
私の問いに男の子が答えた。
「お前がイル、こっちがミルカ?」
「そうだ」
「ちなみにですが、お前達はいくつです?」
「俺が60歳でミルカが55歳だ」
おじいちゃんとおばあちゃんじゃん。
まあ、長寿らしいけど。
「なるほど、なるほど。見た目は完全に子供ですね」
「人族から見たらそうだろうよ」
「お前達は区別がつくんです?」
「説明が難しいが、見た目じゃなくて、魔力で見ている。エルフと同じだ」
そうなの?
その辺を聞いてなかったな……
「まあ、いいです。実は私達はお前達、ハーフリングに会いに来たんですよ」
「何しに? 捕らえにか?」
「捕らえるつもりはないと言っているではありませんか」
人の話を聞いてた?
「だったらさっさと放せ!」
「イル!!」
イルが私に向かって怒鳴ると、ミルカが慌てて止める。
「申し訳ありません、ヒミコ様。夫の不敬を詫びます」
女の子は縛られたまま頭を下げた。
「ミルカ!」
イルは頭を下げたミルカを怒る。
「イル、相手は神様よ!」
「…………くっ」
妻に諫められた夫は悔しそうな表情だが、大人しくなった。
「終わりました?」
「神の御前で大変、御見苦しいものをお見せしました。夫は混乱しているのです。お許しを」
「許しましょう。まあ、原因は明らかにこっちですしね」
誰がどう見ても悪いのは私。
「いえ……それで我らに何用でしょうか?」
「私が女神アテナと敵対していることは知っていますか?」
「もちろんです。啓示を見ましたので」
やっぱりハーフリングも見ていたか……
まあ、私を知っている時点でそうだわな。
「女神アテナは私の力が上がることを恐れています。神の力とは信者の数です。だから女神教はお前達を消すことにしたようです」
「それは…………いや、わかりますが、今さらでは? 元より、私達は亜人と呼ばれ、迫害対象です。今もこの森に逃れています」
「それは知っています。この森に隠れているのでしょう? ですが、向こうは本気を出すようです。お前達をこの森ごと焼き尽くすそうですよ」
「え?」
「は?」
私は事実を伝えると、2人が呆ける。
「聞こえませんでしたか?」
「い、いえ、な、なんで今さら?」
「だから言ったではありませんか……女神アテナは私の力が上がることを怖れている。簡単に言えば、私の信者になる前にお前達を殺そうってことです」
「ああ…………」
「そ、そんなことのために森を燃やすのですか!?」
男の子は狼狽し、女の子が必死に訴えてきた。
「私に聞かれてもね……これは調査の結果ですから。私はこの事実をお前達に伝え、逃げるように伝えに来たのです」
「そ、そんな…………誤報では!?」
「有力な領主への尋問の結果ですよ」
向こうが勝手にべらべらしゃべったんだけどね。
「ミルカ…………女神教は…………あいつらはやるぞ……」
イルがミルカを見る。
「…………だよね。女神教だもん」
ハーフリングもかなり苦労したっぽいな。
「というわけで、お前達の代表と話をしたいのです。案内しなさい」
「それは…………」
「申し訳ありません。一度戻って、陛下と相談したいのですが……」
陛下?
こいつら、国を興したのか……
「それはダメです。はっきり言いますが、時間がないのです。今から向かいますので案内しなさい。時間があるのならば、このような罠でお前達を捕らえていません」
「そんな……」
「ミルカ……この邪神を信じよう」
誰が邪神じゃい。
まったく、どいつもこいつも……
「でも……」
「女神教は俺達を人として見ていない。すぐに陛下や皆に知らせないとマズい」
あんなに騒いでいたイルが急に冷静になるほどにハーフリングは女神教に迫害されてきたんだろうな……
「…………そうね。ヒミコ様、私達を害さないことを約束してください」
納得したミルカが私の目を見てくる。
「何故、私がお前達を害するのです? 私は人々を幸福に導く神ですよ?」
「約束してください」
聞けよ……
しょうがないなー……
「ヒミコの名において、約束しましょう」
「では、案内します。こちらです」
ミルカがそう言うと、イルと共に立ち上がった。
「待ちなさい。ミサ、ナツカ、2人の縄をほどきなさい。そのままでは歩きづらいし、外聞が悪すぎます」
子供を連行しているようにしか見えないし、ハーフリングへの印象も最悪だわ。
もう遅い気もするけど……
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