第053話 茶番でも当事者から見たら最悪 ★


 私は一心不乱にチョコレートパフェを食べ続けた。

 すると、あっという間にガラスの器は空になった。


「良かったな。もし、ひー様がお認めになられなかったら犯して殺すところだった」


 …………クズが。


「あ、あの、ヒミコ様はどちらに? というか、なんでチョコレートパフェが?」


 私は氷室のセリフを流し、尋ねる。


「ひー様は信者と念話みたいなもので脳内会話ができる。それにひー様は日本にいた時に触れた物は何でも出せる能力を持っている」


 だから戦車やヘリを出せるのか……

 ……いや、おかしくない!?

 なんでそんなものに触れてんのよ!?


「そ、そうですか」

「これからひー様がお前と会話をなさる。アドバイスだが、絶対にひー様を佐藤ヒマリと呼ぶな。わかったな?」

「は、はい!」


 私は必死に頷いた。


『月城さん、月城さん。聞こえていますか?』


 脳内にヒミコ様の声が響く。


 何これ!?


「き、聞こえています」

「口に出さなくていい。脳内で返事をしろ」


 あ、脳内会話か。


『き、聞こえています』

『よろしい。お久しぶりですね? 元気にしていましたか?』


 ヒミコ様の優しい声色が脳内に響いている。


『は、はい。あの、パフェをありがとうございました。美味しかったです』

『それは良かったです。お前は私の子。お前の幸せが私の幸せ。お前が望むのならいくらでも出しましょう。まあ、太ってもらっても困るので抑えますがね』

『ありがとうございます!』

『それで? お前はどうして私に降ろうと思ったのです? 別に怒りませんから正直に答えなさい』


 正直…………

 相手は神だ。

 嘘はマズい……


『この生活に疲れたんです…………私達はこの1年、日本に帰る方法を探していました。だけど、怖くて、この神殿から出ることができませんでした。そんな中、ヤマト……結城君がヒミコ様を討つと言われ、これは無理だと思いました』


 私は必死に言葉を紡ぐ。


『私を討つ? 神である私を? 結城君は面白いことを言いますね? 啓示を見ていないのでしょうか? 神を殺すには信者をゼロにする他ない』


 あ、そういえば、そうだ。

 この人、殺せないじゃん。


『わ、私は討つ気はありません! 本当です!』

『ふふふ、わかっていますよ。お前が私に敵対する気がないことはよくわかっています。安心しなさい。お前は誰にも害されない。それは私が許さない。お前の隣にいるバカには手を出さないように厳命して、叱ってありますので安心しなさい』


 良かった…………

 犯されずにすんだ……

 ヒミコ様が女性で本当に助かった。


『あ、ありがとうございます!』

『いえいえ、当然のことです。お前は今後、そのまま、そこにいてもらい、情報を流すことと工作を行ってもらいます。氷室の役目ではあるのですが、そいつは信用されていませんからね』


 まあ、誰も信用はしていない。

 信用しようがない。


『わ、わかりました』

『氷室の下につき、従ってもらう形になりますが、くだらない命令は無視してください。そして、私に告口しなさい』

『はい!』

『では、早速ですが、何か情報は?』


 じょ、情報、情報…………

 あっ!


『安元君からの情報ですが、ここに残っている人達の中にもヒミコ様に降りたいと考える者がいるようです』

『ほう…………なるほど。そいつらの名前を調べられますか?』

『やってみます!』

『よろしい。手を出しなさい』


 ん?

 手を出す?


 私はよくわからなかったが、手を前に出した。


『こ、こうですか?』

『はい、どうぞ』


 ヒミコ様がそう言うと、私の手の中に布製の手提げ袋が現れた。

 これがさっき言っていたヒミコ様の力だろう。


 私は手提げ袋の中を見る。

 手提げ袋の中にはウェットティッシュや下着、生理用品が入っていた。


『あ、ありがとうございます!』


 特に生理用品が嬉しい。

 これは死活問題なのだ。


『いえいえ、必要な物があれば、また言ってください。では、今回はこれで。また連絡します』

『ありがとうございました!』


 私は脳内会話を終えると、手提げ袋を抱きしめる。


「なんだ、それ?」


 氷室が聞いてきた。


「う、うるさいわね。ヒミコ様に言うわよ!」

「ああ……そういうのか」


 こいつ、本当にムカつく!




 ◆◇◆




 皆との会議を終えた後、私は自室に戻り、ベッドに腰かけると、手にある物をじっと見たまま動けなかった。

 昨日の夜、夕食から戻ってきたら私のベッドの上にこれが置かれていた。


 私はそれを見てから一睡もできなかった。

 さっきの会議でもずっとこの事を考えていたし、正直、会議の内容もあまり覚えていない。


 それほどまでに私の心を揺さぶる物なのだ。


 それは1枚の写真である。


 その写真に写っているのは妹のヨモギと男4人である。

 ヨモギは少し前にここを出ていってしまった。

 私は反対したのだが、無視して行ってしまったのだ。


 そのヨモギは縄で縛られており、どこかの床で気絶しているようだった。

 そして、そのヨモギを囲むように男が4人立っている。


 1人は獣人族であろうライオンだ。

 もう1人は強そうな男。

 さらにはエルフまでいる。

 そして、極みつけは肌を真っ黒に焼いた男だ。

 こいつは上半身が裸だった。


 クソッ!

 止めるべきだった!

 絶対に止めるべきだった!


 この写真を見ればわかる。

 ヨモギは……私の大切な妹は幸福教団に捕まったのだ。


 この写真が私の部屋にあるということは…………

 くっ!


 嫌だ…………でも、行くしかない!


 私は写真をしまい、部屋を出た。

 そして、とある男の部屋に向かって歩き出す。


 妹を救いたい。

 私にとっては大事な妹なのだから…………


 私は部屋の前まで来ると、ノックをする。


「入れ」


 ノックをすると、すぐに氷室の声が聞こえてきた。


 私はこの写真を私の部屋に置いたのは氷室だと思っている。

 というか、こいつしかいない。

 こいつはいまだに幸福教団なのだ。


 私は深呼吸をし、扉を開けた。


 そして、一瞬、頭が真っ白になった。


 部屋の中にはベッドに腰かける氷室とその隣に座る月城がいたからだ。

 私は月城を見て、すぐに察した。


 月城は見たことがない手提げ袋を抱いており、足元にはスプーンが入ったガラスの器が置いてあったのだ。

 そして、月城は私を見て驚き、気まずそうに目を逸らした。


 降ったか…………


 今、覚えば、ここ数日の月城は様子がおかしかった。

 気が強いはずの月城が静かだったし、たまに情緒が不安定になっていた。


 月城はすでに限界を迎えていたのだ。


「月城…………」


 私は月城を見て、つぶやいた。


「…………なんですか」


 月城が目を逸らしたまま答える。


「お前は意味を理解しているのか?」


 幸福教団に降るという意味を……


「理解しています。私はヒミコ様に忠誠を誓い、一生祈りを捧げることにしました」


 もうダメだ……

 こいつは完全に落ちてしまっている。


 私は自分のことと幸福教団への対応策を考えるのに精一杯で月城のフォローを怠った。

 そんな月城が選んだのはヒミコの甘い言葉だったのだ。


「まあまあ、ケンカをしなさんなって。信仰の自由っていうものがあるだろ」


 氷室が薄ら笑いを浮かべながら私達を制する。


 もう月城は諦めるしかないか……

 それよりも……


「氷室、この写真を私の部屋に置いたのはお前だな?」


 私はベッドに腰かけたままの氷室に近づき、見下ろしながら写真を見せる。

 写真を見た氷室はニヤニヤと笑い、月城はそっと目を逸らした。


「そうだな。実はひー様からそれを生徒会長殿に渡すように指示された」

「何が目的だ?」

「まあまあ、落ち着けって」


 落ち着いていられるか!

 いや、冷静になれ!

 考えるんだ。


「氷室、ちょっと椅子を借りるわね」


 月城がそう言って立ち上がると、横にベッドの横にある椅子に座った。

 そして、私と氷室をじーっと見てくる。

 目を青く光らせながら…………


 月城の鑑定か?

 なんで今、そんなことをする?

 それに何故、椅子に移動した?


「生徒会長殿、これを見な」


 私が不自然な動きをした月城を怪しんでいると、氷室が私にスマホを渡してきた。


「スマホ?」


 私はスマホを受け取り、画面を見る。

 そこには動画画面が開かれていた。


「動画?」

「再生してみろよ」


 私は言われた通り、再生を開始する。


「ヒミコ!!」


 私は思わず、大きな声が出た。

 動画を再生すると、ヒミコが金屏風をバックに座っている動画が流れ出したのだ。


「……………………」

「ひー様、始まってますよ」


 これは神谷の声だ。


「え? いや、合図くらい出してよ…………コホン! 御機嫌よう、生徒会長。私は幸福の神であるヒミコです」


 ヒミコは慌てていたが、すぐに冷静になり、挨拶をしてきた。


「…………最初から撮り直せよ」


 氷室が呆れたようにつぶやく。


「写真を見ていただけましたかね? 実は先日、マナキスで奴隷となっている獣人族を救うために奴隷市場に買い物に行ったんです。そうしたら、偶然、ヨモギちゃんが売られていましてね。どうやら友人に騙されて多額の負債を負い、奴隷落ちしたそうです」


 奴隷?

 妹が奴隷だと!?


「私、檻に入れられた彼女を見て、とても気の毒に思いましてね…………こんな可愛らしい子が奴隷になるなんて不憫でたまりません。だから購入したんです」


 よりにもよって、なんで、こいつに買われてしまったんだ!

 いや、男に買われても嫌だけど。


「ヨモギちゃんはとてもかわいいですね。だからペットにすることにしました」


 ペットだと!?

 ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!!


「ヒミコ!! 返せ! ヨモギを返せ!! クソッ!!」


 これは動画だ……

 声をかけても返事はない……


「では、私のペットのご紹介です………………………いや、あっち!」


 ヒミコがいつまでも動かないカメラに怒り、右の方向を指差した。

 すると、カメラがヒミコの指差した方向を映し出す。


「ヨモギ!! ヨモギ!!」


 私はスマホに向かって叫んだ。


 そこには椅子に縛られ、涙目を浮かべるヨモギがいたのだ。

 ヨモギは口をガムテープか何かで塞がれており、必死に首を振っている。

 そして、その周りには写真に写っていた男達がマシンガンを持って立っていた。


「今はペットのしつけの最中ですね。ぴーぴー泣くんで黙らせました。どうです? かわいいでしょ?」


 クソだ!

 こいつ、本当に最悪の悪魔だ!


「うーん、せっかくですし、生の声を聞いてみましょうか。青木」

「はっ!」


 ヒミコが指示を出すと、上半身裸の男がヨモギの口に貼ってあるガムテープを乱暴に剥がした。


「お姉ちゃん! 助けて! 嫌だよぅ……」


 ヨモギが泣いている。


「ああ……ヨモギ……」


 私の頬を涙が伝っていくのがわかった。


「ヨモギ、さっさと幸福教に入信すると言いなさい」


 画面には映っていないが、ヒミコの声が聞こえてくる。


「いやだ! いやだ! 助けて! お姉ちゃん、助けて!」

「ダメな子ですねー……このままでは一生ペットですよ? 青木、この子、いります?」


 ヒミコがとんでもないことを言い出した。


「え? いいんですか? 実は俺の好みだったんですよー」

「ちょっと待ってください! 俺が欲しいです」

「いや、俺が」

「俺も欲しい」


 男共がヨモギを取り合う。

 ヨモギの顔が青ざめている。


「やだ……やだよ…………助けて……勝手に神殿を出てごめんさい、ごめんさい、ごめんさい…………お姉ちゃん、助けて!」

「うるさい!!」


 青木とかいう男が必死に懇願するヨモギの頭を銃で殴った。

 すると、ヨモギは頭から血を流し、ぐったりとして、動かなくなる。


「あっ! クソッ! 何をするんだ!! ヨモギを離せ!!」


 なんでこんなことをするんだ…………

 ヨモギが何をしたって言うんだ…………


「……………………まあ、こういうことです。ヨモギは人気ですね。でも、私は家族のもとに帰すべきだとも思うんです。生徒会長、これ、いります?」


 ああ…………


「返してくれ」

「どうするかは後で聞きましょう。では、この動画は終わります………………………………青木、こっち来い! お前はバカか!? 手加減しろや!! 血が出てんじゃん! 誰か村上ちゃんを呼べ!!」


 ヒミコのヒステリックな叫び声で動画は終わった。


「ああ…………ヨモギ……」


 クソッ!

 妹が敵の手に落ちてしまった。

 これからどうなってしまうのだろう…………


「頼む…………返してくれ」


 私は顔を上げ、氷室を見る。


「いいですよ。でも、当たり前ですが、条件があります」


 私の懇願に対し、氷室でなく、椅子に座っている月城が答えた。


 月城はいつの間にかさっきの動画でヒミコが持っていた扇子を持ち、ヒミコのようなしゃべり方で、ヒミコがしていた醜悪な笑みを浮かべていた。

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