第052話 希望 ★
俺達は今日もコソコソ集まって会議をしている。
集まっているメンツはいつもと同じであり、俺、生徒会長の西園寺カグラ、幼なじみの風見ミヤコ、クラスメイトの月城ノゾミ、親友の安元アキラである。
俺達はこのところ、毎日のように顔を合わせ、会議をしていた。
問題が山積みなのだ。
「しかし、会長が言った通りだったな…………」
アキラが暗い顔でボソッとつぶやく。
会長が言ったこととは佐藤さんがマシンガン以外の物も出せるということだ。
「戦車とヘリが出てきたらしいね…………5000の兵があっという間に壊滅」
ミヤコも暗い顔でつぶやいている。
「そのうちミサイルや爆弾がここに来るかもね。あはは……そしたら私達も女神教も終わり」
ノゾミが諦めたように笑った。
ノゾミは南部での戦闘の結果を聞いてから自暴自棄になっている節がある。
「会長、実際、その可能性は?」
俺は一番冷静で賢い先輩に意見を求めた。
「………………え? あ、すまん、もう一度、言ってくれ」
ん?
様子が変だな…………
「いや、佐藤さんがここにミサイルや爆弾を落とす可能性はあるんでしょうか?」
「あ、ああ…………ないと思う。それができるならとっくにやってるからな。やれない理由があるか、やらない理由があるか…………もしかしたらヒミコはすべての物を出せるわけじゃないのかもしれない。制限がある可能性がある」
制限か…………
戦車やヘリ、マシンガンを出せて、ミサイルや爆弾を出せない…………
もしくは、出せるが、使う気がない……
「実際、ヘリや戦車を持っているのに攻める気配がないんですよね?」
「ああ、南部で幸福教団が侵攻を開始したと聞いたが、戦いもせずに引き返したらしい」
「意図は何でしょう?」
「最初から戦う気がなかったんだと思う。多分、あれは誘導だ。他に目的があり、それを隠すために侵攻するフリをしたんだ」
他の目的…………
ダメだ、わからない。
「ねえ? なんで攻めないのかな? あいつらの目的って、要は世界征服でしょ? ヘリや戦車があるんだったら攻めればいいのに」
ミヤコが聞いてくる。
「それは…………」
会長が言いよどむ。
何だろう?
今日の会長は本当に変だ。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。攻めてこない理由だったな…………それは簡単だ。ヒミコの世界征服は女神教の信者を滅ぼすことではなく、信者を奪って、自分の信者にすることだろう。だから何年も戦争状態になる泥沼の戦争ではなく、一気に落とすつもりなんだ。今はそのための準備だな。戦争状態が長引けば、恨みを生むし、自分の信者にならない可能性が高い。ヒミコはそれを嫌がっているのだろう」
やるなら短期戦か……
その時にすべての戦力を投下し、一気に女神教を滅ぼす。
そして、女神アテナに取って代わるつもりなのか。
「そこまでして信者が欲しいものなんですかね?」
「女神アテナとヒミコの会話から察するに神の力は信者の数に比例するんだろう。だから信者が欲しい。そして、女神アテナもヒミコも自分以外の神は不要と考えている」
正直、どっちもロクな神じゃないのはわかる。
「あのさ、俺らって、一応、女神教に世話になってるし、女神教側ってことでいいんだよな?」
アキラが急に手を挙げて、聞いてきた。
「急にどうしたんだ?」
「いやさ、皆に確認したいんだ。というよりも、目的を明確にしておきたい」
目的…………
「目的は日本に帰ることだろ」
それが第一だ。
「そうね」
「それを目的にして頑張っているわ」
ノゾミとミヤコが俺の言葉に同意してくる。
だが、会長は何かを悩んでいるようで、答えない。
「会長?」
「え? あ、すまん。目的はその通りだ。日本に帰ることだな…………」
「会長、大丈夫です? 体調でも悪いんですか?」
今日の会長は明らかに様子がおかしい。
「いや、大丈夫。考えることが多くてな…………すまん」
「大丈夫ならいいんですど…………」
「本当にすまん。安元、何が言いたいんだ?」
会長は謝罪し、アキラに聞く。
「実はさ、友達から聞いたんだけど、他の生徒の中には佐藤さんに降るっていう意見も出ているらしい」
降る…………
幸福教に入信するということか……
「なんでよ!? あいつら、テロリストよ! 私達がこんな目に遭ってるのはあいつのせいじゃん!」
ノゾミが発狂したように怒鳴った。
目には薄っすら涙が見える。
「い、いや、俺に言われても…………」
アキラがノゾミの剣幕を見て、言いよどむ。
「…………私は気持ちがわかるな」
ミヤコがボソッとつぶやた。
「なんでよ!?」
アキラを睨んでいたノゾミはミヤコのつぶやきを聞いて、ミヤコの方を向き、怒鳴った。
「怖いんだよ。幸福教団は戦車やヘリ、マシンガンを持っている。そして、ヒミコのためなら何でもする狂信者の集まり…………それが私達の命を狙っているんだよ? マナキスの話を聞いたでしょ? 冒険者になった生徒達や領主さんが幸福教団に殺されたってさ…………」
マナキスでここを出ていった多くの生徒の死体が発見されているのは聞いている。
幸福教団の犯行らしい。
「――ッ! だからって幸福教団に降るのはなくない!? あんなところに行ったらどんな目に遭わされるかわかんないじゃん!」
「…………多分、ヒミコの言うすべての人を救い、幸福に導くという言葉を信じたんだと思う」
会長が下を見たまま、つぶやくように言った。
「…………そう。そうだよね……もう……それしか」
ノゾミも下を見る。
多分、泣いていると思う。
「正直、もう限界なんだと思う…………たとえ、悪魔でも救ってくれるならすがりたい。多分、宗教はそういうものなのかもしれない」
ミヤコがそう言うと、皆が下を向き、シーンと静かになった。
「佐藤さんを…………いや、ヒミコを討とう」
俺は静寂を打ち破り、言葉を出した。
「え?」
「討つ?」
「本気で言ってる?」
「…………………………」
会長以外の3人が顔を上げて、聞いてくる。
「このままでは俺達はやられる。ヒミコと戦うべきだ。それにどちらにせよ、ヒミコには会わないといけない。多分、ヒミコは日本に帰れるすべを知っている」
「まあ、こっちに転移させたのはあいつらだしね」
「あの銀髪のねーちゃんだったよな? リースだっけ?」
「ヒミコに私達を帰させるわけね」
3人の目に光が戻った。
「結城、本当にそうするのか?」
会長が顔を上げて、聞いてくる。
「それ以外に道はありません」
「わかった。では、そういう方向で考えてみよう」
「ありがとうございます!」
俺は4人の顔に希望が戻り、ホッとした。
このままでは皆の心が折れると思ったのだ。
ヒミコを討つのは難しいだろう。
だが、やるしかない!
俺自身、わずかな希望が出て、ホッとしていた。
◆◇◆
ヒミコを討つ、か…………
会議も終わり、解散となった後、私は1人で神殿の廊下を歩いている。
歩いている方向は自室とは逆だ。
私は目的の部屋の前に来ると、ノックする。
「誰だ?」
中から男の声が聞こえてきた。
「私です…………月城です」
「月城? チッ! ちょっと待ってろ!」
部屋の中にいるであろう男…………氷室が待つように言ってきた。
私はその場でじっと待っていると、扉が開かれる。
だが、部屋から出てきたのは氷室ではなく、メイド服を着た女性だった。
そのメイドは私に一礼すると、小走りでどこかに去っていった。
私はそのメイドを見送ると、部屋の中に入る。
「あんた、何してたのよ?」
私はベッドに腰かけて薄ら笑いを浮かべている氷室に聞く。
「ガキのお前は知らなくていい」
やっぱりそういうことをしていたようだ。
本当にクズな男である。
「最っ低!」
「その最低の男の部屋に1人で来るとはな…………何の用だ? 愛の告白ならOKしてやるぜ?」
クズが!
「違うわよ。そんなことをするわけないじゃない」
「だろうな。なら何の用だ?」
「ヒミコに会わせて」
私は笑みを浮かべているが、まったく笑っていない氷室の目をじっと見ながら言った。
「と言われてもな…………俺はもう幸福教団を抜けているし、会わせろと言われても無理だ」
「とぼけないで。あんたが幸福教団のままなのは知っている」
「どうして、そう思うんだ?」
…………言いたくない。
言ったら殺されるかもしれない。
でも、言わないといけない。
「私のスキルは鑑定。私にはあんたのステータスが見えている。あんたの所属は幸福教団の破壊工作部隊隊長になってるわ」
「…………ほう」
氷室のうさんくさい作り笑いが消えた。
怖い…………
こいつが本性を見せたのだ。
「あんたは幸福教団の幹部。裏切ったと見せて、本当は潜入しているだけでしょ」
「このことは?」
「まだ、誰にも言っていない」
これは本当である。
私は最初から気付いていたのだが、誰にも言わなかった。
皆に言おう言おうと思っていたが、脳裏にある考えが消えずにずっと言えなかったのだ。
「結城や生徒会長殿にもか?」
「ヤマトにも会長に言っていない」
「ふーん…………それで? なんでひー様に会いたいんだ?」
…………もうダメなんだ。
私の心は…………折れた。
私はその場で両膝をつき、氷室に向かって頭を垂れた。
「幸福教団に降ります………許してください。ヒミコ様に忠誠を誓いますので助けてください」
私は涙を流しながら懇願した。
もうダメなのだ。
ここ数日、ずっと心が不安定だった。
こっちに入ってくる情報はすべてが絶望的なものであり、幸福教団に勝てるビジョンがまったく見えないのだ。
どう考えても近いうちに殺される。
それでもヤマトや会長を信じ、頑張ってきたが、さっきの会議で心が折れた。
会長はうわの空…………
ヤマトはヒミコを討つと言った…………
私達を元気づけようとしたのかもしれない。
目標を定めようと思ったのかもしれない。
でも、無理だ。
絶対に勝てるわけがない。
どうやって、戦車やヘリに勝つというのだ。
自分は強いスキルを持っているかもしれないが、私のスキルは戦闘用じゃない。
戦闘になれば、少なくとも私は絶対に死ぬ。
「もう無理です…………逆らって申し訳ありませんでした。二度と逆らいませんから許してください」
私は必死に額を床にこすりつけて懇願する。
私達は1年前、幸福教団と争っている。
幸福教団の教団員の何人かも殺している。
許されないかもしれんが、許してほしい。
「顔を上げろ」
氷室に言われたので、私は顔を上げた。
「ベッドに上がれ」
ああ…………やっぱりクズだ。
だが、逆らえない。
私は俯きながらも立ち上がり、ベッドまで行く。
そして、氷室の隣に腰かけた。
「お前、結城を裏切る気か?」
氷室の言葉に私の心がチクっと痛んだ。
だが、それだけだ。
私は何も答えずに首を縦に振った。
「お前、あいつが好きだろ?」
こいつに言われると、本当にムカつく。
「もういい…………」
「そうか…………好きな男を捨てて、嫌いな男に抱かれる気分はどうだ?」
「覚悟はしてきました。従います…………だから命だけは」
「ふーん…………」
私は目をギュッと閉じた。
……………………。
だが、一向に何も起きない。
私は気になって、目を開けると氷室を見る。
「あ、あの……」
「黙ってろ」
私は氷室の恐ろしいまでの眼光を受けて何も答えられなくなった。
しばらく、無言が続いていると、氷室の体がこちらを向く。
「お前、今、食べたいものは何だ?」
「へ!?」
あまりにも予想外な質問だったので思わず、変な声が出た。
「いや、食いもんだよ。寿司とかステーキとか色々あるだろ?」
「えーっと…………」
食べたいものはあるが、何だろう?
急に言われても困る。
「何でもいいぞ。今、パッと浮かんだものだ」
「ちょ、チョコレートパフェ!」
「ガキだな…………」
うるさい!
この1年、甘いものを一回も摂取していないんだ!
仕方がないでしょ!
「べ、別にいいでしょ!」
「そうだな…………ほれ」
「え…………」
氷室の手の中に何故かチョコレートパフェがあった…………
は? 手品?
意味がわからない。
「ほれ、食え」
氷室がチョコレートパフェとスプーンを渡してくる。
私はまったく状況を理解できないが、反射的にそれを受け取った。
「なんで…………?」
「ひー様はお前を許すとおっしゃっている。今後、ひー様のために働くのならば、幸福に導いてくださるそうだ」
え?
許してくれるの?
というか、そのヒミコ様はどこ!?
「え? え?」
「今は理解できないでいい。さっさと食え。ただし、ここが最後の別れ道だ。それを食ったらお前は二度と戻れない」
私はそう言われて、チョコレートパフェを見る。
ガラスでできた器にはアイス、クッキー、バナナが乗っている。
そして、甘そうなクリームとチョコレートが大量にかかっていた。
「ヒミコ様に感謝します…………」
私はそう言って、スプーンですくい、口に入れた。
1年ぶりの甘味は私の脳内を幸福で埋め尽くしていった。
わかっている。
この甘味を……幸福を知ったら戻れない。
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