第054話 もう二度と台本は書かない ★


 月城はヒミコが持っていた扇子を持ち、薄ら笑いを浮かべている。


「月城…………いや、ヒミコか」


 こいつは月城じゃない。

 月城はこんな醜悪な笑みを浮かべない。

 おそらく、憑依かなんかのスキルだろう。

 実際、女神アテナも巫女に乗り移っていた。


「ごきげんよう、生徒会長。本当は後の指示は氷室に任せようと思っていたのですが、さっきの動画を見たでしょう? まずは謝罪します。青木は叱っておきましたし、あの後、すぐに回復魔法で治療をしましたので、ヨモギちゃんは無事です」


 無事?


「ふざけるな!! あんなことをしておいて、よくそんなことが言えるな!! ヨモギを返せ!」


 私はヒミコに詰め寄る。


「先に言っておきます。もし、私のかわいい月城さんを傷つけたらヨモギを殺し、首を送ってあげます」


 私はそう言われて、慌てて月城から離れる。


「な、なんで、こんなことをする…………頼む。ヨモギを返してくれ!」

「なんで? 月城さんに聞きましたよ? 私を討つらしいですね? 不敬な……私に逆らう愚か者は死ね」


 …………そうか。

 敵だからな。

 敵対してしまったからか。


「ど、どうしたらいい? どうしたらヨモギを返してくれる?」

「うんうん、そうやって最初から素直に従っておけばいいんです。お前、私の信者になります?」


 絶対に嫌だ。

 だが、逆らえない。


「…………なります」

「よろしい。では、ヨモギを返しましょう」

「ほ、本当か!?」

「ええ。私の言うことに従っていれば、いずれお返ししましょう」


 いずれ…………

 返す気はない……

 だが、ここは従うしかない。


「わかりました」

「では、早速ですが、仕事を頼みます」

「仕事?」


 絶対にロクでもない仕事だ。


「簡単です。氷室のアリバイ作りです」

「アリバイ?」

「はい。氷室はこれからテロを起こします。ですが、皆、氷室を信用していないので、氷室が捕まります。ですので、あなたと月城さんでアリバイを証明してあげるのです。簡単でしょう?」


 証人が1人では疑われるが、2人なら疑われないか……

 最悪だ。

 私は悪行に加担しないといけない。

 だが、断れない。


 こうなったら従うふりをして、隙を探すしかない。

 そうやって信用を買い、敵の本部にもぐりこみ、ヨモギを救出する。

 これしかないだろう。


「わかりました」

「よろしい。では、これを差し上げます」


 ヒミコはそう言って、月城が持っている手提げ袋と同じものを出し、渡してきた。

 中身はウェットティッシュや下着、生理用品だった。


「ありがとうございます」

「私の子ならば当然です」

「あ、あの、この能力はなんですか? 急に物が現れるなんて信じられません」

「これですか? 私のスキルです。こうやって物を出すことができるんです」


 物を出す…………

 やはりマシンガンや戦車、ヘリをスキルで出したんだ。


「あ、あの、これの補充はどうするんでしょうか? 実は私は多い方でして」


 屈辱だが、こうやって探りを入れるしかない。


「なるほど…………実はこのスキルは指定した数人にしか送れないんですよ。私は生まれたばかりの神でして、申し訳ないです。ここでは月城さんですね。月城さんに託しますので月城さんから受け取って下さい」


 制限があるのか……


「わかりました。わがままを聞いていただき、ありがとうございます」

「いえいえ、大変でしょうからね。では、後のことを頼みます。月城さん、身体を借りて、ごめんなさいね」


 ヒミコがそう言うと、月城の表情が元に戻った。


「ふぅ…………」


 月城が息を吐く。


「というわけだ。じゃあ、これからよろしくな、生徒会長殿」


 氷室がニヤニヤ笑いながら私の肩を叩いてくる。


「…………はい」

 

 覚えてろ!

 私は絶対にお前らを許さない。



 私は部屋を出て、自室に戻ると、ノートに月城が裏切っていることやヒミコの能力について書きだした。


 たとえ、私が道半ばで倒れようとも、情報は結城たちに託す。

 そして、いつか、妹を救い、あの悪魔を討ってほしい。


 その願いを込め、ノートに書いていく。

 今後も探りを入れ、ノートに書き足していくつもりだ。


 悪事に加担した私の正義はもう終わり……

 でも、希望はまだあるはずだ。

 せめて、他の生徒や妹が無事に日本に帰れるようにしなければならない。




 ◆◇◆




『ということは、あの動画はフェイクなんです?』


 月城さんが聞いてくる。


『ですね。実を言うと、ヨモギちゃんはすでに幸福教団に降っています』

『あー、なるほど。だから皆、微妙に棒読みっぽかったんですね』


 まあ、ちょっとひどかったところもあるけど、許容範囲だろう。

 少なくとも、パニックになっている生徒会長は気付かない。


『演技は難しいですからね』

『確かにそうですね。私もやれって言われても無理です』

『面白い話をしますと、カメラがヨモギちゃんを映している時は私がカメラの横でカンペを持っていたんですよ』

『そりゃ、棒読みになりますよ…………』


 だよねー。


『時間がなかったですから』

『まあ、会長は完全に騙されてましたね。ところで、なんで嘘をついたんです? ヒミコ様の能力は信者ならば送れるのでは?』

『そこです。生徒会長は私の信者になっていません。おそらく、隙を見て、反乱を起こしますね』


 信者でないと、物は送れない。

 それを言うわけにはいかないからああいう嘘をついたのだ。


 それに生徒会長は明らかに探りを入れていた。

 甘い、甘い。

 こちとら、1万人の信者を束ねる教祖様だぞ。


『人質ですもんね。心からは誓えません。あ、私は忠誠を誓っています』

『わかっています。お前には頑張ってもらいますよ? この世界を統一し、日本に戻った暁にはお前を幹部に取り立てましょう』

『ありがとうございます! 頑張ります! ところで、日本に帰れるんですか?』


 そういえば、説明してなかったわ。


『今はまだ信者の数が少ないので無理ですが、帰れます。あ、そうそう。同じクラスの篠田さん、藤原さん、山村さん、川崎さんを覚えていますか? 彼女らも帰りたいと言って、私に降りました。皆で一緒に帰りましょうね』

『はい!』


 いきなり信者リストに月城さんの名前が出てきた時はびっくりしたが、良い子が降ってきたなー。


 学校では勝気な性格だった子だが、ヨモギちゃんしかり、こういう勝気な性格の子は意外と心が弱かったりするものだ。

 そして、こういう子は一度、落ちたら絶対に裏切らない。


『では、月城さん、また連絡します。私はこれから氷室と話をしますのでお前は自分の部屋に戻りなさい。いつまでも男の部屋にいていいものではありません』


 ましてや、氷室だしな……

 あいつ、月城さんや生徒会長に乱暴を働こうとしてた。


 リースがもう戻ってきているんだからやめろっちゅーに……


『わかりました。では、部屋に戻ります』

『はい、おつー』

『おつー』


 私はお告げのスキルを切った。

 そして、再び、スキルを使い、氷室に連絡を取る。


『氷室、聞こえますか?』

『はい。聞こえています』

『月城さんは?』

『帰りましたね。俺を睨んでいきました』


 そら、そうだ。

 自分を犯そうとしてたわけだし。


『月城さんに手を出したら許しませんよ? わかっていますね?』

『そら、同じ教団員ですからね。ひー様に確認したじゃないですか』


 私は信者リストに月城さんが出てきた時点で慌てて、氷室に連絡を取ったのだ。

 私の予想通り、氷室の第一声は月城さんを殺してもいいかの確認だった。


『わかっているのならいいです。言っておきますが、生徒会長もダメですよ?』

『何故です?』

『生徒会長の希望を奪ってはいけません。自棄を起こされる可能性があります』


 そうなって、氷室や月城さんのことを暴露されたら特殊戦闘員の氷室はともかく、月城さんは確実に死ぬ。

 あの子のスキルは鑑定という便利なものだが、戦闘タイプではないのだ。


『幸せの粉で薬漬けにしてしまえばいいのですよ』


 ……………………さすがは氷室。

 ブラックすぎる。


『お前はブラックねー……よしなさい……薬はやめなさい。あれは見た目にも出ますし、他の人が怪しみます』

『それもそうですね』


 こいつ、頼りになるけど、怖いわー。


『そんなんだからリースに嫌われるんですよ?』

『あいつこそ、ブラックですけどね。平気で拷問をかけますよ?』

『お前達、私に隠れて、何をしていたんです?』

『ひー様の敵の処分です。ひー様に敵対する者は許しません。俺らはあなたを失うわけにはいかないのです』


 うーん、まあ、いっか。

 それを言われると何も言えない。


『ほどほどにね?』

『わかっています。それよりもリースが戻ってきたんですよね? 今後はどうする気で?』


 こら、わかってないわ。

 話を逸らしやがった。


『東部のハーフリングを救いにいきます。なんでも森を焼く計画があるとか……お前にテロを頼んだのはその計画が実行されるまでの時間稼ぎです』

『なるほど。俺もすぐに動いた方が良いですね』


 こういうのは本当に頼りになるな。


『頼みます。その後はドワーフですね』

『ドワーフですか……厳しいかと』

『お前もそう思いますか? 実は女神教とドワーフが停戦条約を結んだとか……』

『…………ひー様、我らが目指す平和な世界にドワーフは必要でしょうか?』


 ん?


『どういう意味です?』

『ドワーフは鍛冶が得意で武器を作って輸出しています。平和な世界になると、武器を輸出しているドワーフは困ります。多分、ドワーフは幸福教団に協力しないでしょう。それが女神教との停戦に繋がっているのでは?』


 ありえる…………


『私の幸福は不要だと?』

『ドワーフはドラゴンに守られているため、自分達は平和なのです。ですが、世界全体が平和になられるのはマズい。だから世界に武器を輸出し、戦争を煽っております』


 …………かつて、武器を持たない獣人族は人族に狩られていた。

 だが、武器を持つようになり、人族と戦争状態になった。


 前にランベルトから聞いた話だ…………

 獣人族に武器を送ったのは…………


『もし、私が世界を平和に導いた時にドワーフはどう動くと思いますか? 武器の作るのを止め、日用品を作ってくれますかね?』

『……ひー様、武器は売れるのです。それも大量に。それはあっちの世界も同様です。ドワーフはある意味、死の商人なのですよ。間違いなく、戦争を煽るでしょう』


 私の子共達に殺し合いをさせる気か……

 いらんな。


『ドワーフは潰しますか……』

『表立っては危険です。我らの正当性がなくなります。ここは策を練りましょう』


 確かにマズいかもしれない。

 何もしていないドワーフをやれば、女神教と同一と思われてしまう。


『策ですか……リースと相談します』


 こういうのはリースが得意だ。


『それが良いでしょう』

『とりあえずはわかりました。学校関係者同士の争いの扇動の方は?』

『順調です。月城、生徒会長殿の2名がいますし、より事をうまく進めることができます』

『よろしい。後は任せます』

『はっ!』


 私は氷室との通話を終え、目を開けた。


 ここは私が寝泊まりをしているキャンピングカーである。

 私の両隣にはミサとリースがおり、目の前にはヨモギちゃんがいる。


「ヨモギ、お前の姉が私に降ることはありません」


 私がそう言っても、ヨモギちゃんは表情の1つも変えなかった。


「だと思います」

「私は以前、お前とお姉さんの方だったらお前が欲しいと言いましたね?」


 マナキスの奴隷市場でヨモギちゃんを手に入れる時に言った。


「はい」

「その意味がわかりますか?」

「はい。姉は優秀です。ですが、どんなに優秀でもヒミコ様に逆らう者はいりません」


 ヨモギちゃんの表情はゆるがない。


「残念ですか?」

「いえ。私はすべてをヒミコ様に捧げました…………誰も私を助けてくれませんでした。それどころか、逆にハメられ、奴隷となりました。ですが、ヒミコ様は救ってくださった。ヒミコ様の創造する世界こそが真の楽園であると確信しています。姉はその世界を否定します。ならば、殺します」

「よろしい。お前はこれからエルフのもとに行き、色々と学んできなさい」

「はい!」


 身体能力強化のスキルを持つこの子は良い戦闘員になるだろう。


「それと頭はどうですか? 痛みますか?」

「いえ、リースさんに治していただきましたし、傷も残っていません…………あのー、青木さんを許してあげて下さい。私は気にしていませんので」


 青木は村上ちゃんにボコボコにされていた。


「お前がそう言うならそうしましょう。青木も反省しているでしょうし……あの、本当にごめんさいね。私の台本も悪かったようです」

「いえ、あれくらいは必要でしょう。でも、あのカンペはやめてほしかったです。途中で笑いそうになりましたよ」


 必死な演技をしている正面で赤い和服を着て、金の髪飾りを着けた私がカンペを持っているもんね。

 エックハルトやジークにも怒られたわ……

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