第040話 さようなら ★


 せっかく奴隷市場まで来たのだが、エルフはすでに売却済みだった。


「他には何かご所望の奴隷はありませんか?」


 フランツが聞いてくる。


「ふーむ……獣人族はいますか?」

「それはもちろんいます。どの種族がよろしいですか?」


 やっぱり獣人族は多いか……


「何がいるの?」

「定番の犬属や猫族から珍しいものではウサギ族や狼族までいます。ここだけの話、この間、キツネ族も入荷しました」


 ヨハンナからウサギ族やキツネ族は警戒心が強いから中々捕まらないと聞いたな……

 いや、捕まっとるやんけ。


「獣人族はすべて買います」

「え?」


 フランツが呆ける。


「聞こえませんでしたか?」

「い、いえ、しかし、獣人族をすべてと言われましても…………100名を超えるんですけど」


 多っ!

 これはランベルトに金の延べ棒をいっぱいあげることになるなー。


「構いません。ただ、購入は10日後になりますので、それまではここに置いておいてください」

「それは構いませんが、100名も何に使うんです?」

「キールは獣人族と争っているのはご存じでしょう? とある作戦に使います。内容は言えません」


 素晴らしい言い訳だ。

 なお、今、思い付いた!


「な、なるほど。でしたら近くの町からも仕入れましょうか? 集めれば、150名程度にはなると思います」


 この男は使えるな……


「そうしてください。10日後、まとめて引き取ります」

「まとめてですか?」

「はい」

「わ、わかりました。早急に集めます!」


 150名を転移で南部まで連れていくか……


「では、そのように」

「かしこまりました。ちなみに、見なくてもよろしいですか?」

「結構です。容姿や性別、年齢は気にしません。獣人族であれば良いのです」

「わかりました。他には?」


 他に?

 別にいらんな。

 人手不足とはいえ、金を払ってまで欲しくない。

 ランベルトの金だけど……


「特には要りませんね」

「そうですか……実は珍しい奴隷を入荷したんですが……」


 ん?


「珍しい? エルフではなく?」

「ええ。人族なんですが、有用なスキルを持っています。実は昨年、やってきた異世界人なのです」


 生徒か先生か知らないが、学校関係者だ。

 …………奴隷になってんじゃん。


「どんな人です?」

「若い女ですね。仲間に騙されて借金を負い、返せなくなったのでここに売られました」


 バカだなー……


 さて、どうするか?

 別にいらないのだが……


「ちなみに、何という名前ですか?」

「えーっと、西園寺ヨモギだったかな? いや、苗字が先に来るって言ってたし、ヨモギ・西園寺かな?」


 西園寺?

 え? 生徒会長?

 …………いや、生徒会長の名前はカグラだったと思う。


「…………ひー様、生徒会長の妹です」


 ミサが耳打ちで教えてくれる。


「ふーん…………」


 氷室の話では神殿に残っている学校関係者は4つのグループに分かれていると言っていた。

 その中の1つが日本への帰還を模索しているという陽キャグループである。

 その陽キャグループの中心人物が私の隣の席だった結城君と生徒会長である西園寺カグラだ。


 その生徒会長の妹が奴隷落ちねー……

 ふふっ。

 可哀想に……


「フランツ、お前は非常に有能ですね」

「ハ、ハァ? ありがとうございます」


 この男は特別に生かしてやろう。


「フランツ、その憐れな女のもとに案内しなさい」

「ひー様!」


 私がフランツに指示すると、ミサが止めてくる。


「なんです?」

「あの、ちょっとこちらに……」


 ミサが私の裾を掴んでフランツから距離を取った。


「急になんですか?」


 私は強引に引っ張ってきたミサに文句を言う。


「何をする気です? まさか、生徒会長の妹を信者にするつもりですか?」

「身内なんか最高の取引材料ではありませんか。いくらでも利用できます」


 仲の良さとかはわからないが、利用しようと思えば、何にでも使える。

 学校関係者の中で私が一番脅威と思っている陽キャグループを攻めるからめ手になるかもしれない。


「危険では?」

「信者であれば、親でも子でも捨てます。それが宗教なのですよ」


 怖いね。


「…………ひー様、本当に大丈夫です?」

「問題ありません」

「わかりました」


 ミサが納得したので、私達はフランツの元に戻る。


「待たせてしまって申し訳ないです。では、その奴隷となった異世界人のもとへ案内してください」

「かしこまりました」




 ◆◇◆




 私は何を間違えたのだろうか?

 やっぱりお姉ちゃんの言うことを聞いて、大人しく神殿にいれば良かったのだろうか?

 でも、私にはあそこにいる意味がわからなかった。


 お姉ちゃんは結城先輩達と日本に戻る方法を探すと言っていたが、1年もの間、神殿から出ていない。

 私には日本に帰る方法を探すと言っているのに外に出ないのは外の世界が怖いからだろうと思った。


 だから私は外に出た。

 友人2人を誘い、一緒に外に出た。

 日本に帰る方法を探すために……


 でも、外は本当につらい世界だった。

 町の外では魔物や盗賊が出る。

 町の中も日本ほど治安も良くなく、女子3人では危険だ。


 そんな世界で私達はいいカモだったのだろう。

 お金を稼ぐために冒険者となり、依頼を行った。

 依頼はとある村に物を届けるというものだ。


 私達3人は宅配物を持って村まで向かい、道中に盗賊に襲われた。


 私達には強力なスキルがある。

 これを使えば、盗賊に後れを取ることはない。

 だが、それは使えることが出来ればの話である。


 私以外の2人は人相手に戦えず、スキルを使うことが出来なかった。

 それどころか戦うことすら拒否し、その場で宅配物を投げ出し、逃亡した。


 私は自分が巻き込んだせいだと思い、殿を務め、なんとかその場を脱出した。

 だが、気分は最悪だった。


 信じていた友人が私を置いて逃げ出したこともだが、盗賊を数人殺したことが私の心をひどく傷つけた。


 私は最悪な気持ちになりつつも、町に帰還した。

 町に先に戻っているであろう友人2人と今後のことを考えないといけない。

 戦えないのなら町の中で働くしかない。

 どこか住み込みで働ける場所を3人で探そう。


 そう思っていた。

 でも、私は町に着くなり、衛兵に捕まった。


 罪状は盗賊に襲われた私が宅配物を捨てて逃げだしたからだそうだ。

 意味がわからなかった。


 荷物を持っていたのは友人の方だし、逃げたのも友人だ。

 何故、私が捕まるのか。


 私は衛兵やギルドの職員に何度も弁明をした。

 でも、信じてもらえなかった。

 私は宅配物を弁償することとなったが、宅配物は思いのほか、高価な物であり、私には払えなかった。


 私は弁償のために奴隷商に売られることとなった。


 意味がわからない。

 借金かもしれないが、ちゃんと働いて返す。

 何度もこれを言ったが、一度逃げた人間は信用できないそうだ。

 私は逃げていないのに……


 私は友人2人に会わせてくれと言ったが、無理だそうだ。

 もう盗賊を殺した痛みは感じない。

 ただただ、きつかった……辛かった。

 私は裏切られ、捨てられたのだ。


 多分、友人2人は私のせいで、ひどい目に遭ったと思っているのだろう。

 私が誘わなければ、神殿で安全な生活が出来たのだから。


 私は奴隷市場の檻の中で涙を流す。

 涙が止まらない。

 私はこれから奴隷として売られていくのだろう。


 私を買う人はどんな人だろうか?

 多分、男の人だろう。


 どんな目に遭わされるのだろうか…………


 神様、お願いします。

 ハゲでもデブでも見た目が醜悪な人でも構いません。

 ただ、優しい人に買われることを望みます。

 エッチなことをされるのも我慢します。

 だから暴力とかを振るわない優しい人に買ってもらえるようにしてください。


 お願いします!


 …………だが、私の願いはすべて裏切られた。


「こちらになります」


 奴隷商の声がする。

 私は顔を上げ、奴隷商の方を見た。


 そこには奴隷商の他に4人の女の人がいる。

 私はその中の1人を凝視した。


 ああ…………そうか。

 私が神様に願ったからだ……

 そうなのだ……神様は本当にいるんだった。

 そして、その神は良い人とは限らない。


 なんということだ。

 私の願いとはまったく逆な人が現れた。


 その人はハゲでもデブでも見た目が醜悪でもないし、優しくもない。

 それどころか人ですらない。


 そこには最悪の神、ヒミコが笑って立っていた。


 ああ……終わった。

 私の人生は終わった。

 よりにもよって、最悪な客がやってきた。

 私達を不幸にした元凶……

 カルトの邪神が私をあざ笑いに来た。


「この者が西園寺ヨモギですか?」


 ヒミコが奴隷商に聞く。


「はい。年は16歳。そして、処女です」


 恥ずかしい……

 なんでそんなことを言うんだ。


「処女ですか? 高くなるんでしたっけ?」

「ですね」

「まあ、ランベルトの金ですからどうでもいいですね」


 だったら言うな!

 私を見下ろして笑うな!


「スキルは身体能力強化。かなり強いスキルです」

「へー、すごいですね」


 ヒミコはそう言うが、すごいとは思ってなさそうだ。

 いや、そもそも興味がないっぽい。


「それから、こちらは借金奴隷になります。何でも依頼に失敗したとか……」

「身の程を知りませんでしたか」


 私はこの言葉に堪忍袋の緒が切れた。


「違う!! 私はちゃんとやっていた!! あいつらが私を裏切ったからだ!!」


 私は今まで溜めた怒りを言葉に出してぶつけた。

 だが、ヒミコは笑うだけだ。


「……と言っていますが?」

「まあ、よくある話です。私にはどっちが真実かはどうでもいいのですよ。私は商人ですから入荷した商品を売るだけです」


 商品……

 私は物なのか……

 もう、人ですらないのか……


「かわいそうにね……大人しく神殿に残っていればいいのに……お姉さんの保護のもと、楽に生きていれば良かったのに」

「うるさいっ!! 私は日本に帰るんだ! あんな臆病者とは違う!!」


 クソッ!

 あの啓示を見た時から思っていたが、この神はやたらと人を煽ってくる。


「日本に帰るのですか? それは良かったですね」

「ふざけるな!! お前のせいだ!! お前が私達を巻き込んだんだ!! 出せ!! 私をここから出して家に帰せ!!」


 ダメだ。

 冷静になろうと思っても感情が揺さぶられていく。


「ふふっ」

「笑うな!! カルトのくせに!! 奴隷商! こいつは幸福教団のヒミコだ! 女神教の敵だぞ! 早く捕らえたらどうなんだよ!!」

 

 そうだ。

 こいつが何故、ここにいるかはわからないが、女神教の騎士団に通報すればいい。


「何か言っていますね? お前はどう思います?」

「私にはこの者が言っている意味がさっぱりわかりませんな。私には麗しいお客様にしか見えません」


 ああ…………この商人はこいつがヒミコなことをわかっているんだ。

 でも、関係ないんだ。

 商人だから。

 金を出すのが客、出さないのは客じゃない。


「ふふっ。お前は本当に優秀な男です。商売が何なのかをわかっている」


 クソッ!

 皆、腐ってる!!


「どうされます? お買いになられますか?」

「うーん、どうしましょう?」


 ヒミコが邪悪な笑みを浮かべながら悩んだふりをする。


「買えよ! 買って殺すなり生贄にするなりしろよ!! どうせ、私はもう帰れないんだ! ここを出ても仲間もいない! どうせ、死ぬだけだ! さっさと殺せよ!」


 もう死にたい。

 嫌だ…………こんな人生は嫌だ。


「んー? お前、私にここから出して家に帰らせろって言いませんでしたか? なのに、殺されることを望むのですか? まあ、どっちでもいいんですけど……」

「は?」


 何を言っている?

 こいつは何を言っている?


「しかし、殺すために買うのも面倒ですね。ランベルトに無駄金を使わせるのも悪いですし…………やめようかな?」


 え? え?

 言っている意味が分からない。


「おやめになりますか?」

「うーん、あまり惹かれませんねー……まあ、どうせ、他の客が買うのでしょう?」

「ですね。実はこの町の領主がこれに興味を示しています。この前、エルフを買ったばかりだというのに…………おーっと! 私としたことが大事な顧客情報を……忘れてください」


 なんだ、その白々しい芝居は!!


「お前は本当にものの道理をわかっていますねー。うーん、この町を独立国にしようかな? その時の王は優秀な者にしないといけませんね」


 クソだ!

 このカルト神、マジでクソだ!


「そういえば、領主は以前も別の商店でエルフを買っていたような気がしますな」


 こいつもクソだ!

 みーんな、クソだ!


「ふふふ。そうですか……それは良いことを聞きました。さて、これをどうしましょうかねー? お前はどう思います?」

「この者次第でしょうな…………今のままだと反抗的すぎてダメでしょう。奴隷の首輪で縛ることもできますが、心までは無理です」

「でしたら領主様に譲りますか?」

「まあ、この者には可哀想ですが、そうなりますなー……あの領主はたまにこういう買い物をするんですよ」


 ん?

 こういう買い物って何?


「と言いますと?」

「まあ、女性のお客様の前では言いにくいですが、虐待用ですね。替えの利くおもちゃです」


 え!?

 私、そんなところに買われるの!?


 私の願いはことごとく叶わないのか……


「おやおや、泣いちゃいましたよ」


 ヒミコが私をあざけ笑う。


「こればっかりは仕方がありません。奴隷になる者が悪いんです」

「クソが!! 私の何が悪いんだよ!! 私は何もしていない!!」


 私は悪くない!

 絶対に悪くない!!


「悪いですよ?」

「は?」


 もう、こいつの言っている意味が何一つわからない。


「お前は幸福教を否定した。つまり、私を否定した。それは罪です。大罪です。そんな者はこの世に必要ないでしょう?」


 …………怖い。


 私は怒りがあっという間に収まった。

 冷や水をぶっかけられたような気分である。

 ただただ、この女が怖い。


 何が幸福教だ。

 何が世界を幸福に導くだ。

 本当にカルトじゃないか…………


「まったくもって、その通りですな。まさしく、至言!」


 この奴隷商は完全に女神教を捨て、ヒミコに寝返っている。


「殺せよぅ……もう殺してくれ…………何も聞きたくない」

「家には帰りたくないのですか?」

「帰れない…………ここは異世界だし、私はお姉ちゃんみたいな力もない」

「お姉さんがコンプレックスですか?」

「うるさ――ッ!」


 私は顔を上げ、ヒミコを睨もうとしたが、びっくりした。

 ヒミコの顔が目の前にあったからだ。

 ヒミコの大きな目が私の顔を覗いている。


「お姉さんが嫌いですか?」


 ダメだ!

 目を逸らせ!


「べ、別に嫌いじゃない。ただ、お姉ちゃんは何でもできるし、頭もいいし、美人だし……」


 逃げろ!

 今ならまだ間に合う。


「まあ、生徒会長ですしねー。でも、お前の方が優れていますよ?」


 やめろ。

 話を聞くな!

 ヒミコの目を見るな!


 私の頭の中にはものすごい警告音が鳴り響いている。

 だが、目を逸らすことができない。

 耳を傾けることしかできない。


「私なんて…………」

「いいえ。私はお前と生徒会長ならば、お前の方が欲しい。何故かわかりますか?」

「い、いえ…………」

「クスクス。まあいいでしょう。お前は家に帰りたいと言いましたね?」

「は、はい」


 ああ…………もうダメだ。


「帰りましょうか……皆で日本に帰りましょう」

「出来るんですか?」


 本当に?


「もちろんです。それをお前が望むのならば帰れます。それがお前の幸福ならば私が叶えましょう。何故なら、私は幸福の神、ヒミコ。すべての民を幸福に導く神なのですから」

「…………私も……ですか?」


 さっきの言葉の意味では私は…………


「うーん、どうでしょう? 以前、私のクラスメイトの篠田さん、藤原さん、山村さん、川崎さんは幸福を願ったため、連れて帰ることになりましたが、お前はどうでしょうね?」


 ああ…………吹奏楽部の先輩達だ。

 あの優しい先輩達はすでに落ちたのか……

 邪神に魂を捧げてしまったのだ。


「ああ……ああ……」


 心が死にそうだ。

 私のこれまでの人生が終わりそうだ。


 怖い、怖い、怖い。

 このヒミコが本当に怖い。


「お前が望めば、お姉さんにも勝てます。家にも帰れます。美味しい物も食べられますし、こんな檻ではなく、柔らかいベッドで眠れます。お風呂は暖かいですよ?」


 そうだ……

 ヒミコはマシンガンもヘリも戦車も出せるんだ。

 だったら他の物も出せる。


 このままクズ領主に買われ、拷問じみた目に遭うよりも絶対に幸せになれるだろう。


 答えは…………決まっている。

 もう……ダメだ。

 心が折れた……


「…………お願いします。私を買ってください。学校の人を殺せというならば殺します。姉を売れと言うならば売ります…………お願いします。何でもしますから私を助けてください。私を家に帰してください…………」


 もういい……

 クズになろう。

 とびっきりの悪人になろう。

 どうせ、私は善人にはなれない人間なのだから。


「ふふっ。良い子ですね。私の可愛い子よ、幸福を願いなさい。そうすれば、何も悩むことも苦しむこともありません。お前は私だけを見て、私のためだけに祈りを捧げなさい」

「…………はい。ヒミコ様に従います」


 さようなら、お姉ちゃん。

 さようなら、友人たち。


 さようなら、私…………

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