第041話 この子はもうダメだ……
西園寺ヨモギと奴隷商のフランツは私に降った。
「ヨモギ、お前はここに残り、獣人族の世話を手伝いなさい。南部に向かうのは10日後です」
「わかりました」
ヨモギはもう泣いていない。
覚悟を決めたようだ。
実に良い駒が手に入ったと思う。
「フランツ、お前にはこれを」
私はランベルトの大好物である金の延べ棒を出し、フランツに渡す。
「こ、これは金ですか!?」
フランツが金の延べ棒を受け取って驚いた。
「そうです。この金で10日分の獣人族の衣食住を整えなさい。お釣りはあげます」
「ははっ! ありがたき幸せ」
商人は楽だな。
利益を見せれば簡単にこっちに転がってくれる。
「今後もエルフや獣人族を購入したら保護しなさい。料金も払いますし、褒美も出します」
私は金の延べ棒ならいくらでも出せるし、損はない。
「かしこりました、早速、動きます!」
「よろしい」
この奴隷市場に来て良かったわ。
実にいい買い物をした。
教えてくれた篠田さんにも褒美をあげないとな……
「あのー、フランツさん、ちょっといいですか?」
ヨモギがフランツに声をかける。
「ん? 何かね?」
「私の友人を知りませんか?」
「知ってどうする?」
「殺します」
ヨモギちゃん、キャラ、変わってない?
大丈夫?
「ヨモギ、本当に殺すのですか?」
一応、確認しておこう。
「はい。私をハメたヤツらです。もう友人ではありません。いや、最初から友人ではなかったのでしょうね。幸福を知らない愚か者ですから。ヒミコ様、許可をください」
ヨモギちゃんが狂信者になっちゃったよ……
早くない?
心が壊れちゃったみたいだ………
うーん……まあ、いっか!
「それは構いませんが、上手くやりなさい。下手をすると、衛兵に捕まりますよ?」
「わかっています」
ヨモギちゃんの目を見る限り、本気っぽいな……
ナツカに手伝わせた方がいいかもしれない。
「あのー、その件なんですがね……やる気になっているところをまことに申し訳ないのだが、それは無理だ」
フランツが言いにくそうにヨモギを止めた。
「なんでですか!?」
ヨモギちゃんがフランツに超接近して理由を聞く。
ちょっと怖いヨモギちゃん。
「落ち着け。実はその2名はすでに死んでいるんだ……」
「え?」
「え?」
マジ?
「フランツ、詳しく話しなさい」
「は、はい。実はこの町では少し前から謎の不審死事件が続いているのです。この間もヨモギと同じ転移者の男子3名が死んだばかりです。そして、今朝、ヨモギの友人2名の遺体が発見されました」
ここ、めっちゃ危ない町じゃん。
「そういえば、この町に来た時に通り魔事件が多発していて危ないから夜は出歩くなって、忠告されました」
ヨモギが思い出したかのように言う。
ヨモギがこの町に来た時に忠告されているということはこれまでに結構な数が殺されてるっぽいな。
「そうですか……生徒達ばかりですか?」
私はフランツに聞く。
「いえ、教会関係者や騎士や兵士もです」
「商人や町民は?」
「今のところは一般市民に被害は出ていません」
無差別じゃない……
明確に狙っているわね……
「兵士や騎士が巡回しているのに見つからないのですか?」
「そうですね。いつのまにか誰かが消え、朝になったら死体が出てくる。いつもこのパターンなんですが、町民は幽霊やバケモノの仕業と噂をしています。ですが、これは魔法でしょう」
まあ、幽霊ではないだろう。
となると、魔法になるのか……
「他に情報は?」
「ここだけの話なんですが、騎士や兵士は幸福教団の犯行と見ています」
「何故です?」
「穴だらけの死体も発見されているそうです。教会は皆が悪魔の武器と怖れているあの武器による犯行ではないかと睨んでいます」
あー……
100パーセント、リースだわ。
マシンガンを送ったし。
「リースですね」
「ヒミコ様のご指示でしたか……」
「いえ、違います。私達はこの町に奴隷探しとリースの目撃情報を聞いたので探しに来たのです」
「なるほど…………それは早めに見つけた方がよろしいかと……教会が通り魔に対抗するために優秀な魔法使いを雇ったという噂があります」
魔法には魔法で対抗か……
リースを女神教に捕えさせるわけにはいかないし、早めにこちらで確保した方が良さそうだ。
「わかりました…………ヨモギ」
私はヨモギちゃんに近づき、両手で頬を抑える。
「は、はい」
「お前の敵は私の右腕であるリースが討ちました。安心なさい」
「はい…………あの、リースって、体育館の壇上で高笑いしてたあの銀髪の美人さんですか?」
やっぱり高笑いの印象なんだ……
普段は冷静でそんな子じゃないんだけどなー。
気は短いけど……
「そうですね。幸福教団のナンバー2…………3です」
私がナンバー2って言おうとしたらミサが悲しい顔をしたため、3に変えた。
「なるほど…………リースさんに感謝します」
「本当はすぐにでも南部に連れていきたいのですが、そういう事情もあって、転移は10日後になります。力のない私を許してください」
「いえ! 全然大丈夫です! ヒミコ様のために頑張って獣人族の世話をしたいと思います!」
この子は本当にいい子だ。
とってもかわいい。
「よろしい」
「あ、ところで、獣人族の人には何て説明すればいいですか?」
それもそうだな……
急にまとめて購入されたらビビるだろう。
「獣人族には南部の森に行くと伝えてください。西部の獣人族の集落にいた者達は一時的に南部にいるのです。そこからは各部族の族長から説明を受け、各々で判断するように伝えください」
「幸福教に入信しますかね?」
「族長たちが説得するでしょうし、間違いなく、入信します。もし、しないのならば、放り出せばいいです」
せっかく助けてやったのに恩をあだで返すヤツはいらない。
「わかりました」
うんうん。
実に素直な子だ。
「よろしい。では、フランツ、後のことは任せます」
私はヨモギから離れると、フランツに後のことを任せる。
「はっ! 宿屋にお戻りになられますでしょうか?」
「そうですね。一度、作戦会議をします」
「でしたら馬車を用意しましょう」
「頼みます」
私達はフランツが用意してくれた馬車に乗り、宿屋に戻ることにした。
宿屋に戻ると、私達はまたもやベッドでだらける。
「あー、疲れた」
「何にもしてないと余計に疲れるよね」
東雲姉妹は大人しくするように言ってあったので、本当に静かだった。
普段は落ち着きのない人は静かにしていると余計に疲れるらしい。
「ヨモギさんは大丈夫です?」
ミサが聞いてくる。
「あの子はもう大丈夫。命令すれば、姉も殺すわよ。実に使えそうな子だわ。少し、鍛える必要があるけどね」
ヨモギちゃんはスキルがあるとはいえ、小っちゃいし、戦闘経験もないからそこまで強くはないだろう。
武器の扱い方を教える必要がある。
南部に帰ったら勝崎に預けよう。
「じゃあ、いいです。問題はリースと領主の所にいるエルフですね」
「そこよね……」
やることが多いな……
「領主の屋敷に突撃しようぜ!」
「乱射しようぜ! ヒャッハーしようぜ!」
バカ姉妹……
「却下。無茶にもほどがあるわ。ただでさえ、リースのせいで警戒しているというのに……」
「えー! つまんなーい!」
「私の活躍の場がー!」
我慢なさい!
「ひー様、先にリースと合流した方が良いのでは?」
ミサが提案してくる。
「そうね。奴隷になってひどい目に遭っているエルフには悪いけど、リースを第一にしましょう」
最低な領主らしいし、早く救出したいが、エルフは替えが利く奴隷ではないからそこまでひどいことになっていないだろう。
「あいつ、どこにいんの?」
「知らね。ひー様が脱げば、出てくるんじゃね?」
嫌だよ。
露出狂の神様って最悪じゃん。
「お告げのスキルで応答は?」
「ない。ずっとガン無視を決めてる」
これはお仕置きだわ。
「探すのは難しいのでは? 魔法か何かを使っているでしょうし、教会の兵士や騎士が見つけられないのに私達が見つけられるとは思えません」
それは私もそう思う。
私ら、ただのJKだもん。
「ひー様がおっぱい触らせてあげるから出てこいって言えばいいじゃね?」
「フユミ、天才! もういっそ、ちゅ-でもしてあげればいいじゃん。ミサや私らによくしてんじゃんか」
「ひー様、キス魔だもんね」
言い方が卑猥だな。
親愛のキスではないか……
それにほっぺだよ。
昔、リースにだって、してあげたことがある。
「そんなんで来るわけないでしょ」
「試してみなって!」
「そうそう!」
まったく!
こんなんで来たら引くわ。
私はそう思いつつも目を閉じる。
『リース、リース、ちゅーしてあげるから出てきなさい!』
『…………………………』
ほらね?
無視だよ。
私がやっぱりなと思って、目を開けると、目の前には銀髪の女が手をもじもじさせながら立っていた。
私もミサも東雲姉妹も呆然とその女を見つめる。
「あ、あの、違うんです! そういうわけじゃなくて……本当に説明をしようと思ってて……い、いや、直接、話そうと思ってて! あの、その……違うんです! 別にちゅーとかどうでもいいんです! 本当です! たまたまタイミングが…………」
白い肌を真っ赤に染めて何を言っているんだ?
さすがに引くわー……
ドン引きだわー……
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