第039話 奴隷になるもんじゃないね……


 マナキスに着いた日は完全休息の日と決めたため、各々がぐだぐだと過ごした。

 夜ご飯を部屋で食べた後はお風呂に入り、ガールズトークに花を咲かせた。


 そして、翌日、私達は朝ご飯を食べ、着替え終えると、宿屋を出る。

 目的地は奴隷市場だ。


 私達は町の外れにあるという奴隷市場を目指して歩いていた。

 ドレスを着た私とミサ、メイド服の東雲姉妹が歩いていると、通行人が皆、私達を避けていく。

 多分、メイドを連れている時点でやんごとなき身分と思われていると思う。


 私は東雲姉妹に目立つようなことはするなと厳重に注意しているため、東雲姉妹も特に通行人に絡むことはない。

 私達がそのまま歩いていると、次第に通行人の数が少なくなっていった。

 そして、前方に工場くらいの大きさはある建物が見えてくる。


「あれですかねー?」


 ミサが建物を見ながら聞いてきた。


「でしょうね。宿屋の主人が行けばわかるって言ってたし、間違いなく、あれだと思うわ」


 宿を出る前に聞いておいたのだ。


「でっかいですねー。体育館より大きそう……」

「奴隷って多いんだなー……」


 東雲姉妹も驚いている。


「ご主人様に感謝しなさい。お前達はあのまま捕まっていれば、処刑かあそこ行きだったんだから」


 無銭飲食で捕まり、幸福教団員とバレたらそうなるだろう。


「ご主人様、ありがとう! 今度、肩を揉んであげる!」

「ご主人様、マジ感謝! 今度、カルラのパンツをパクってきてあげるね!」


 はいはい……

 しかし、奴隷か……


 ランベルトから聞いた話では、奴隷には種類があるらしい。

 大まかには借金奴隷、犯罪奴隷、捕虜奴隷だ。


 借金奴隷は借金を返せなくなった者が強制的に奴隷になることであり、奴隷商に借金を肩代わりしてもらい、奴隷となる。

 これは借金を返すことが出来れば、解放だ。

 ただし、借金の返済状況や給金額は購入した主人の一存なため、解放されることはまずない。


 犯罪奴隷は罪を犯した者がなるもので基本的には危険な仕事に就くことになる。

 鉱山であったり、前線に送られる兵士であったりだ。

 そうなったらまず、生き残れないらしい。

 東雲姉妹の場合もこれに当たるのだろうが、まあ、そういうところに送られることはないだろう。

 女だもん。

 女の使い方は別。


 最後の捕虜奴隷は戦争で捕えた捕虜がなるものである。

 基本的にはエルフや獣人族といった亜人はこれにあたる。

 捕虜奴隷は人権すらないため、扱いは悲惨だ。

 まあ、他の奴隷もひどいので差がないように思えるが、人権がないと相当扱いは悪いらしい。

 ランベルトが聞かない方がいいと言ってきたため、詳しくは聞いてないが、まあ、ひどいのだろう。


 他にも村の口減らしだったり、自分の子を売るケースもあるらしい。

 まあ、結論としては奴隷なんてロクなもんじゃないし、この世界もロクなもんじゃないわ。


 私達は前方の大きな建物を目指して歩いていると、次第に人が増え始めた。

 多分、ここの客だろうが、冒険者っぽい身なりが多い。


「冒険者も奴隷を買うの?」


 私はその辺に詳しくないので、ミサに聞いてみる。


「戦闘奴隷として使う場合があります。普通の仲間だと報酬は山分けですが、奴隷の場合は独り占めできますからね。しかも、危険なこともやらせることができます。まあ、奴隷も安くはないので、使い捨てできるかはお財布と相談ですけどね。あとはまあ……その……」

「はいはい。わかったわ」


 女性の奴隷はそういう役目もあるわけね。

 それにしても、冒険者も買うのか……

 奴隷がいくらか知らないが、冒険者って結構、儲かるんだなー。


 私達は周囲をキョロキョロしながらも入口に近づく。

 入口の前には強そうな男が2人ほど立っていた。

 すると、片方の男が私達に気付き、小走りでやってくる。


「ナツカ、フユミ、やめなさい」


 私は懐に手を入れた東雲姉妹を止め、後ろに下がらせた。

 すると、走ってきた男は私の前で止まり、見下ろしてくる。


「お嬢さん、ここが奴隷市場と知っているかい?」


 男は人相の悪い見た目と違って、かなり優しい声色だ。


「もちろん知っています。キールのバルシュミーデ卿の使いです。これが委任状」


 私はランベルトからもらった委任状を渡す。

 男は委任状を受け取ると、その場で読みだした。


「なるほど……確かに。しかし、お嬢さん方、ここは見ての通り、冒険者を中心とした身分の低い者用の入口だ。お嬢さん方みたいなのは反対側の入口になる」


 どうやら、貴族などのお金持ちと下賎の民では入口が違うらしい。

 確かによく見れば、この辺りには身分の高そうな客はいない。


「間違えました。この町に来たのは始めてでしたので」

「そうだったのですか…………では、私があちら側の入口までご案内します。どうぞ、こちらへ」

「お願いします」


 私達は男についていき、反対側の入口を目指すことにした。

 男は丁寧な対応で案内をしてくれている。


 私達は男についていき、反対側に入口に到着した。

 だが、周囲には誰もいない。


「誰もいませんね……」


 私はボソッとつぶやく。


「あっちの入口にいた者達の大半は見学というか、下見ですよ。冒険者が奴隷を買うのは場合によっては一生モノの買い物ですからね。下手をすると、嫁探しも兼ねています。だから買う気がなくても頻繁にやってくるんですよ。逆にこちらの入口に来られるお客様は本当に買いに来られるお客様です」


 なるほど。

 ウィンドウショッピングしてんのか……

 良い奴隷がいたらあれを買おうと決意し、仕事を頑張るんだ。

 それにしても嫁探し……?


「嫁探しですか?」

「冒険者の1つの夢なんですが、冒険者として大成して、貯金を作り、奴隷の嫁を持つ。そして、田舎に帰って余生を過ごすっていうのがあります」


 まあ、自分の好みの見た目で従順な嫁をもらえるわけだから幸せだろうね。


「ふーん……」

「まあ、お嬢さんには関係のない話ですよ」


 まあね。

 嫁も旦那もいらない。

 私にはすでに大事な子供たちがいるのだ。


 私は男の説明を受けながらも入口から建物の中に入る。

 すると、中には恰幅の良いハゲたおっさんがいた。


「店長、バルシュミーデ様の委任状を持ったお客様です。あちらに来られましたので、ご案内しました」


 私達を案内してくれた男がハゲたおっさんに説明する。


「ご苦労。お前は持ち場に戻っていいぞ」

「はい。では、失礼します」


 男は一礼し、建物から出ていった。


「お客様、委任状をお持ちとのこと、拝見してもよろしいですかな?」


 ハゲたおっさんが私に向かって聞いてくる。


「こちらです」


 私は委任状をハゲたおっさんに渡した。

 すると、おっさんはすぐに委任状を読みだす。


「確かにバルシュミーデ様の委任状です…………ようこそいらっしゃいました。私はこの市場の代表を務めているフランツと申します」


 男が笑顔で挨拶をしてくる。


「私はヒルデです」


 もちろん偽名である。

 ヒミコと名乗るわけにもいかないからね。

 一応、ミサや東雲姉妹にひー様と呼ばれてもヒルデのひー様で通じると思う。


「ヒルデ様ですね。よろしくお願いいたします。して、本日はどのような奴隷をお求めで?」


 ハゲたおっさんもとい、フランツが早速、本題に入った。


「エルフの奴隷はいますか?」

「申し訳ございません。エルフは只今、切らしております…………数日前まではいたのですが、他のお客様がお買いになられて……」


 遅れてしまったか……


「ちなみに、どなたがお買いに?」

「申し訳ございません。他のお客様の情報は教えることは出来ません」


 でしょうね。

 さすがに顧客情報を漏らすようなことはしないだろう。


「別の店にはいないのですか? 周辺の町とか」

「この辺りでは当店が最大となっておりますし、周辺の町の奴隷状況も把握しておりますが、エルフはいませんね。ご存じでしょうが、南部でエルフが反旗を翻したこともあって、この辺りにいる隠れエルフ達が南部に動いたのです。ですので、南部の森を潰さない限り、今後もエルフの入荷は絶望的ですね」


 世界各地にいるエルフが南部に向かっているのは把握している。

 特に先の戦いで勝ったことで各地の森に散らばっているエルフが続々と南部に集まってきているのだ。


「そうですか……もし、エルフの奴隷を入荷したらランベルトに連絡をおねがいします。男女問わず、言い値で買うそうです」

「ほう……! かしこまりました。こちらの方でも探してみます」


 男の目の色が変わった。


「出来るのですか?」

「すでに売ってしまったエルフを買い戻すことを提案してみます。金持ちは飽きっぽいですからね。それ相応の額を出せば、買い戻せるかもしれません」

「それで頼みます」

「しかし、男もですか?」

「何か?」

「い、いえ、失礼しました!」


 ランベルト、ごめん!

 あんたは今日から両刀使いのランベルトとして生きてくれ!

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