第038話 幸せは歩いてこない


 キールの町を出て3日。

 私達はマナキスという奴隷市場がある大きな町に到着した。


 マナキスは本当に大きな町で人通りも多い。

 そこら中に露天商がいるし、冒険者などのガラの悪そうな人達も多かった。


 私達は門の近くにある馬車を預かってくれるお店に立ち寄り、馬車を預けると、そこの店長さんが勧めてくれた高級宿屋に向かう。


 宿屋に着くと、4人部屋を借り、休むことにした。

 借りた部屋はベッドが4つあるし、きれいでそこそこ広い。

 そして、お風呂まで完備されており、確かに、この世界にしては良い宿屋だと思う。

 なお、料金はすべて委任状を使っているので、請求はランベルトの元にいくらしい。


 私達は各自のベッドに寝ころぶ。


「疲れましたねー……」


 ミサがボソッとつぶやく。


「そうね。今日はゆっくりして、リース探しや奴隷探しは明日にしましょう」


 今はまだ昼過ぎだが、ずっと馬車移動だったからちょっと休むべきだろう。


「さんせー」


 私が休むことを提案すると、ナツカが喜びながら手を挙げた。


「ひー様、あたしがマッサージしましょうか?」


 フユミが起き上がり、私のベッドに来て、マッサージを提案してくる。


「あんた、出来るの?」

「出来ます!」


 ホントか?


「じゃあ、お願い」

「はーい」


 私はウエスト周りがキツいドレスを脱ぐと、寝る時用の浴衣に着替える。

 ミサもまた、パジャマにしている学校指定の体操服に着替えたのだが、東雲姉妹はメイド服のままだった。


「あんたらは着替えないの?」


 東雲姉妹も学校指定の体操服をパジャマにしているのだが、着替える様子がない。


「メイドですから!」

「ですです!」


 どうでもいいこだわりだなー。


「まあ、いいわ。じゃあ、フユミ、お願い」

「お任せー!」


 私がうつ伏せになると、フユミがベッドに上がり、マッサージをしてくれる。


「あー……あんた、上手ね」

「でしょー?」


 ほどよい力加減だし、本当に上手だわ。

 意外な才能……


「ひー様。明日は奴隷市場ですか?」


 ミサが明日の予定を聞いてくる。


「そうね。どんなものか覗いてみたいし、エルフがいれば購入ね」

「獣人族は?」

「数による……」


 エルフはいても少ないだろうが、獣人族は結構いるかもしれない。

 この町はキールからも近いし、供給はありそうだし。


「どうするんです? 一応、族長さん達からも頼まれていますよね?」

「そうなんだよねー……」


 実は獣人族から挨拶をされた際に奴隷となった仲間を開放してほしいと頼まれている。

 エルフ同様におそらく、信者になってくれるだろうが、奴隷を大量に連れて南部に行くのは難しい。


「今回のところはやめときますか?」


 そういうわけにもいかないだろう。


「私の転移で南部に連れていくわ。だから、この町には10日は滞在する。その予定でいてくれる?」


 私の転移は人数制限もないし、10日で奴隷を買って、南部に帰還しよう。

 リースの捜索も10日で済ましたいな……

 こっちに戻ってきてもいいけど、次の予定は東部のハーフリングだし、南部から向かいたい。


「了解です」

「はーい」


 ミサとナツカが了承する。

 フユミはマッサージに夢中で多分、聞いていない。


「ひー様、相変わらず、スタイルが良いですねー」

「ありがとう。でも、あんたら姉妹の方が背も高くて、スラッとしてんじゃん」


 東雲姉妹は2人共、モデル体型である。

 私はそこまで背は高くない。


「いやー、ひー様はなんかえっちなんですよ」


 フユミがそう言って、私の腰からお尻にかけてを撫でる。


「どうでもいいわ。どうせ、和服を着てるからわかんないし」


 和服はスタイルが目立たない。

 ましてや、いつも着ているのは真っ赤だしね。


「リースがリースるわけだわ」


 リースるってなんだよ……


「それこそリースとか、きれいじゃない? 肌も白いし」

「え!? リースの裸を見たことがあるんですか?」


 フユミがマッサージをやめて、ドン引きしている。


「多分、あんたが考えていることではないわよ。あいつと温泉に行ったことあるの。外国人だから温泉に行ったことないって言うから……ミサは覚えているよね?」


 セクシーな女優さんで今はこっちの世界で高級娼婦をしているアケミに連れていってもらい、4人で行ったのだ。

 懐かしいね。


「中学の時ですね。夏休みにアケミ姉さんの車で旅行に行きましたねー」


 温泉に入る時にアケミの腕を見たリースがアケミに何も言えなくなった事件の時だ。

 私も覚えているが、あの空笑いするアケミが怖かったし、悲しかった。


「聞いてない!」

「ずるい!」


 東雲姉妹が文句を垂れる。


「いや、誘ったけど、行かないって言ったじゃん」


 私はちゃんと東雲姉妹も誘った。

 村上ちゃんも誘ったけど、あの子は普通に仕事だった。


「そうだっけ?」

「覚えてない」


 鳥頭め……


「夏に温泉は嫌だとか言って、プールに行ってたじゃん」

「だったっけ?」

「さあ?」


 ダメだこりゃ……


「そういえば、ひー様、アケミ姉さんは南部に来ないんですか?」


 ミサが聞いてくる。


「アケミは情報集めをするんだってさ。あの子は戦闘員じゃないし、他に役に立てることがないから娼婦を続けるんだって」

「大丈夫ですかね?」


 一応、薬とかは渡しているし、大丈夫だと思う。


「本人がそう言っているからね-。まあ、豪勢な暮らしをしているみたいよ。お金はいっぱいあるって言ってからね」


 アケミを回収するのはもう少し、後でもいいだろう。

 アケミの客には教会の重鎮もいるらしいし、今は情報が欲しい。


 私はアケミを始め、多くの信者たちが無事あるように心から願う。

 すべてが私の子であり、私の大事な人達だ。


 私は幸福を願いながらもフユミのマッサージの心地よさに目を閉じる。

 そして、深い眠りについた。




 ◆◇◆




 幸せになりたい。

 ただ、それだけを願った。


 何故、私は不幸なのか……

 テレビの向こうの皆は笑顔なのに、どうして私は泣かないといけないのだろうか?


 痛い、痛い、痛い。

 何故、殴る? 何故、蹴る? 何故、髪を引っ張る?

 何故、私の家は貧乏なのか? 何故、私は痛みを感じ、苦しまないといけないのか?


 わからない。

 何もわからない。

 私がバカだからだろうか?

 それとも、子供だから?


 誰か教えてください。

 私はどうすればいいのでしょう?


 神様、助けてください。


 何度、願っただろうか?


 私は懇願する。


 今の生活から……今の苦しみから逃れることが出来るのならば、神だろうが、悪魔だろが構わない。

 この魂を捧げてもいい。


 だから助けてください。

 こんな生活は嫌です。


 ああ……今日も殴られる。

 意味もなく、ただ、むしゃくしゃしたという理由で父親から殴られる。

 でも、顔はやめてほしい。

 顔がはれると、先生や友達から変な目で見られるから。


 母親は何も言わない。

 微笑んでくれることもなければ、優しく抱いてくれることもない。


 父親が私を殴りだすと、母親は買い物に出かけてしまった。

 かばうことすらなく、まるで、そこに私がいないかのように振舞っている。


 私は殴られ、髪を引っ張られると、放り投げられてしまった。


「お前、何歳になった?」


 父親が私に聞いてくる。


「………………10歳」


 私は痛みを堪えて何とか答えた。

 ここで答えないと、無視するなと言って、さらに殴られるからだ。

 痛いのは嫌だ。


「ケッ! 10歳のくせにませやがって!」


 私は他のクラスメイトよりも成長が早かった。

 背はクラスの女子の中でも真ん中くらいだが、去年あたりから胸も膨らみ始めたし、全体的に丸みを帯び始めている。


「ご、ごめんなさい」


 何が悪いのかはわからないが、謝っておく。

 そうすれば、父親の機嫌も収まるかもしれない。


「脱げ」


 え?


「…………なんで?」


 意味が分からない。


「どれだけ成長したかチェックしてやる」


 この人は何を言っているのだろう?

 何故、脱がないといけないのか?

 何故、チェックをされないといけないのだろうか?


 いや、私だって、わかっている。

 小学校4年生にもなれば、そういうことがあるっていうのはわかっている。

 学校でそういう教育だって受けてきた。

 だけど、学校では知らない人に声をかけられることに注意することは習ったが、相手が親の場合は習っていない。


「や、やだ!」


 あ…………反抗してしまった……


「逆らうんじゃねーよ!」


 予想通り、頭を思いっきり殴られてしまった。


 フラフラする……

 痛い……頭が重い……


 私がぼけーとしていると、父親が私のスカートに手をかけた。


 なんで?

 なんでこんな目に遭わないないといけないのだろうか?

 わからない、わからない。

 何もわからない。


 誰か、誰か助けて…………


「ガキが! ちょっと早い気もするけど、もう容赦しねー」


 いやだ、いやだ、いやだ!

 たすけてよ……

 だれかたすけてください……


 なんで誰も私を助けない……

 なんで神も悪魔も私を助けない……

 私の心が死にそうになる……

 力が抜ける……


「ほら、さっさと脱げ」


 このクソみたいな声が私の聞いた父親の最後の声だった。




 私は部屋の真ん中でぼーっと立っている。

 何が起きたかはわからない。

 ただ、この部屋には私1人しかいない。


 いや、もう1人いる……

 いや、もう1人いた……


 その人はピクリとも動かずにただ血を流している。

 私の手にはあの男が使っていたガラスの灰皿が握られている。


 灰皿にタバコの吸い殻はない。

 吸い殻は床に散らばっているのだ。

 そして、灰皿は赤かった。

 真っ赤だった。


 赤い、赤い、赤い……


 その赤色が私の目にこびりつく。


「ああ…………そうか」


 この世に私を救ってくれる神も悪魔もいないのだ。


「あはは……苦しみからも痛みからも逃れることができたじゃん……」


 私は目から涙がこぼれているのがわかった。

 でも、痛いからじゃない。

 苦しいからじゃない。


 笑えたからだ。

 私は幸福になれたのだ。


「私が間違っていた…………幸せは待っても訪れることはない。自分から動かないとダメなんだ……」


 神は私を助けなかった。

 いらない……


 悪魔も私を助けてくれなかった。

 いらない……


 何もいらない。

 私に必要なのは私自身だ。

 私にとって、私こそが神であり、悪魔なのだ。


「私は不幸じゃない…………幸せだ! あはは! 幸福なんだ!」


 そうだ!

 私は幸福だ!

 幸福にならないといけない!


 ガチャ……


 玄関のドアが開いた音がする。

 多分、母親…………いや、あの女が買い物から帰ってきたのだろう。


 私にとって…………私の幸福の世界には必要のない女が……


 私は幸福になるために玄関に向かった。

 ガラスの灰皿を握りしめ、私の人生に不要なものを処分しに……


 幸福になりたい、幸福になりたい、幸福になりたい。


 私はこの日から心の底から笑えるようになった。

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