第033話 幸福 ★


 俺は今、酒場でたいして美味くないぬるい酒を飲んでいる。

 俺はまだ17歳だし、未成年だから飲んではダメなのだが、異世界に来てまで日本の法律を守る意味もない。


 俺が酒の味をわからないからか、それとも、この世界の酒が不味いのかはわからないが、1日の仕事を終えると、美味いとも思えない酒を毎日のように酒場で飲んでいる。

 たいして美味くもないが、酔いたいのだ。

 それほどまでに異世界はストレスが多いのである。


「なあ、若狭、聞いたか? 南部では幸福教団が女神教の軍を破ったそうだぜ」

「おう、俺も聞いた。やべーよな? エルフ数百人で5000の軍隊を破ったんだろ?」


 俺と同じテーブルで酒を飲んでいる大山と若狭が南部の戦いの情報で盛り上がっていた。


 クソ共が……

 その情報はおせーよ。

 俺はその情報を3日前には掴んでいたわ……


 俺は2人の能天気さに呆れている。

 この2人はクラスは別だったが、同じ文芸部だった同級生だ。

 中央にある女神教の神殿から出る時に行動を共にしたが、正直、失敗だったと思っている。


 使えないのだ。


 異世界転移でチートな能力をもらい、おもしろおかしく生きる。

 そう思って、3人で神殿を出た。

 確かに女神からもらった力は強力だ。

 だが、だからといって、すべてが上手くいくわけではない。


 今は毎日、魔物を狩って、日銭を稼ぐだけの人生となっている。


 神殿から出る時にこいつらじゃなくて、女子とだったらまた違ってたんだろうな……

 まあ、俺らみたいな陰キャにはそんなことは起きようがないが……


「なあ、西も知ってたか?」


 大山が俺にも話を振ってくる。


「ああ、聞いた。鉄の塊が空を飛んでたんだってな」


 俺は内心、うんざりしていたが、それを顔には出さないようにし、答えた。


「それな。やべーわ。ヘリか? 戦闘機か? やっぱりあのテロリスト共、こえーわ」


 大山は酔っているようで笑っている。

 俺には何故、笑えるのかがわからない。


 俺がこの話を聞いた時には冷汗をかいたもんだ。

 幸福教団は俺達を生贄にしようとしたカルト教団である。

 間違いなく、俺達の敵なのだ。


「でもよ、マジでヤバくないか? 幸福教団は佐藤さんが復活して、息を吹き返したわけだろ?」


 さすがに若狭は状況のマズさを理解しているようだ。


「あの啓示はすごかったもんな。マジで佐藤さんって、神になったみたいだし、地球の武器も使えるっぽいしな」


 啓示では銃弾が尽きたはずのマシンガンを神谷がぶっ放してた。


「いくら俺らのスキルが強いからってマシンガンはきついぜ? スキルを発動する前にハチの巣になっちまう」


 それは間違いない。

 俺達のスキルは強いが、発動には少し、時間がかかるのだ。

 マシンガン相手には分が悪いし、ましてや、戦闘機やヘリを相手になんかできるはずもない。


「んなもんに勝てるわけね―じゃん。というか、戦ったらダメだろ。それよか、幸福教団につかねーか?」

「幸福教団に?」


 俺は意外に思い、反射的に聞き返した。


「そうそう。あんなもんと戦うの馬鹿馬鹿しいし、いっそ、テロリストの仲間になろうぜ。佐藤さんも啓示で勧誘してただろ?」

「確かにしてたが…………」


 本気か?

 幸福教団だぞ?

 幸福教団は日本にいた時も名前くらいは聞いたことがあった。

 CMで流れているし、ネットで都市伝説じみたものも見たことがある。

 その中には国家転覆を企んでいるというのもあったが、こうなると、嘘やデマとも思えない。


「入っちまおうぜ。お前ら、知ってるか? 俺は1年の時に同じクラスだったから知ってるけど、佐藤さんって、めちゃくちゃスタイルがいいんだぜ? 体育の時間にビックリしたのを覚えてる。幸福になりたいですって言ったらセックスさせてくれねーかな? あはは!」


 冗談なのか、本気なのか酔ってるからわからんな。


「いや、無理だろ」


 それこそ、あのテロリスト共にハチの巣にされそうだわ。

 俺は今でも覚えている。

 普通の女子生徒一人に武装したテロリスト共が跪き、崇めているあの異様な光景を……

 そして、佐藤さんの狂ったような微笑みと氷のような冷たい目を……

 あれが宗教であり、カルトなんだろうと思った。


「あはは! まあ、これは冗談だとしてもよ? 甘い汁は吸えそうじゃねーか? カルト教団なんて少なからず、女を騙して、そうゆうことをやってそうじゃね?」

「まあ、そんなイメージもあるが、教祖が男だったらだろ? 佐藤さんは思いっきり女だろうが……それに側近っぽい神谷も女だし」


 あとは3年の東雲姉妹か?

 上位にいるのが女だったら逆に厳しくなる気もするが……


「別にそいつらはそいつらだろ。他の男の教団員は裏で色々やってると思うぜ? ほれ、速攻で寝返った氷室ってヤツもいただろ?」


 氷室か……

 俺も覚えているが、確かにそういう男っぽかった。

 実際、学校で女子を襲っていたという話も聞いたことがある。


「…………悪くないな」


 俺と大山の会話を黙って聞いていた若狭が乗ってきた。


「だろ? しかも、あっちにいるのはエルフだぜ、エルフ。俺はこの町の奴隷市場のオークションで見たことがあるが、マジでやべーぞ。幸福教団にはそんなエルフが数百人もいる。もうこのビッグウェーブに乗るっきゃないっしょ?」


 こいつが完全に酔っているのはわかった。

 ビッグウェーブって……


「そうかもなー……いつまでもこんな所で魔物を倒して、酒飲んで娼館に行く生活も飽きたしなー……最初は奴隷を買ったり、同級生女子のピンチを救ってハーレムを……みたいなことも企んだけど、無理だったしな」


 それは俺も思わなかったわけではない。

 だが、実際は奴隷を買えるだけの金はないし、同級生女子は女子同士で固まっているか、元々のカップル同士が組んでいて、隙がない。

 結果、俺の周りにいるのはこいつらか、娼館のねーちゃんだけ。


「大山の言いたいことはわかったけど、どうすんだ? 南部に行くのか? 問答無用で攻撃されないか?」


 俺は大山には何か案があるのかもしれないと思い、聞いてみる。


「まあ、なんとかなるっしょ。元は同じ学校に通うクラスメイトよ?」


 ダメだ、こいつ……

 何も考えてない。

 佐藤さんは絶対に同じ学校の仲間とは思っていないだろうに……


「厳しくね? テロリストだぞ」

「あー……まあなー。うーん、手土産がいるかもな」

「手土産ねぇ……」


 手土産は悪くないかもしれん。


「あいつらが喜ぶもんってなんだ?」


 大山が若狭に聞く。


「女神教を潰すことじゃね? 明らかに敵対してるし」

「教会でも襲うか?」

「やべーだろ」


 バカ2人は非現実的なことを言っている。


「情報を売るのが確実じゃないか? 危険も犯さずに恩を売れる」


 俺は名案を思い付いたので提案してみる。


「情報って?」

「俺ら、何か良い情報を持ってるっけ?」


 ホント、バカだわ。


「冒険者になった他の生徒連中の居場所やスキルなんかの情報を売ればいいだろ。女神教と組んで、幸福教団を潰そうとしているとか嘘ついてさ」


 本当はそんなことない。

 神殿を出て、冒険者になった者は宗教の争いに嫌気がさした連中が多いので、まず、幸福教団と敵対する意思はない。


「…………うわっ。クズだ!」

「…………ひっでー」


 すげー引かれたし……


「言ってる場合か! 甘い汁はともかく、このままだと、俺らも殺されるかもしれないんだぞ!」

「まあ、そうだけどさ……」

「お前、倫理とか道徳ってないん?」


 こういう時だけ、善人ぶるのがすげームカつく。

 さっきまで、ゲスいことを話してたし、これまでだって日本じゃ捕まるようなことばっかりしてたくせに。


「異世界だぞ?」

「まあなー……こうなったら彼女持ちのムカつくヤツらにするか!」

「逆に女子連中を脅せないか? 幸福教団に狙われないようにしてあげるとか言ってさ」

「それだ! あはは!」

「俺、天才だわ!」


 …………倫理とか道徳が何だって?

 こいつら、マジで救いようがないわ。

 最悪、こいつらも捨てるべきかもしれんな。

 このバカ2人と一緒だと、たとえ、幸福教団に入ってもすぐに切られそうだ。


「よっしゃ、明日からちょっと情報を集めてみようぜ。売れるもんは多い方がいいだろう」

「そうするかー! おし! 景気づけに行っとく?」


 若狭が言っているのは娼館の事である。

 俺らの金が貯まらないのはその日に稼いだ金を娼館で消費しているからだ。

 毎日のように…………


 これは自分でもバカだと思う。

 でも、ストレスがね?


「わはは! 何が景気づけだよ! いつも行ってるじゃん!」

「まあな! じゃあ、ちょっと高いところに行ってみる?」

「いいねー! あ、でも、悪い。俺はこれから用事があるんだよ」


 大山は行かないらしい。


「珍しいな? 風俗王になるとか言ってたくせに」


 俺はちょっと気になったので聞いてみる。


「うるせーよ。むっつりの西君には敵いませんって」


 誰がむっつりだ!


「マジで気になる。もしかして、1人でマニアックなところに行く気か?」

「ウケる。レビューよろ」

「ちげーわ! 宿で一緒になっている人と飲みに行くんだよ」


 珍しいこともあるもんだな。

 俺らはあまり現地人と絡まないのに。


「マジで?」

「マジマジ。朝にちょっと話しててな……もっと話さないかって誘われた。逆ナンですわ! 春ですわ!」


 は?


「え? 女なん?」

「そうそう。しかも、マジクソ美人。やべーぞ」


 大山ごときがありえん!


「それ、騙されてね? ツボか絵を買わされるパターン」

「もしくは、売春宿に行ったら旦那が出てくるパターン」


 俺と若狭は友人のことを思い、忠告する。


「ひがむな、ひがむな! 後でレビューをしてやる!」


 すげームカつく。


「いらねーわ。自慢だろ」

「まあまあ。あ、来た来た。あの人!」


 大山が酒場の入口の方を見たので、釣られて入口の方を見る。


 そこに立っていたのは長い銀色の髪をした美人だった。


 すげー……

 マジで美人だ。

 絵や芸術品みたいだわ。


「え? マジ?」


 若狭が顔を引きつらせながら大山に聞く。


「すげーだろ。というわけで、君達は娼館に行ってきなさい。僕は彼女と良い夜を過ごすのでね」

「「死ね!」」


 俺と若狭は大山に呪詛を吐くと、立ち上がり、酒場を出ていく。

 酒場を出ていく時に銀髪の女とすれ違ったが、マジで美人だった。

 怖いくらいに美人だった。


 ん?

 怖い?


 俺は若狭と娼館に向かって歩いていると、ふと気になって立ち止まった。


「どうした? 酔ったか?」


 いきなり立ち止まった俺に若狭が声をかけてくる。


「…………なあ、さっきの女、どっかで見たことがないか?」

「は? さっきの銀髪のねーちゃんか? あるわけねーだろ。あのレベルの美人を見て、忘れるわけない」

「だよな……」


 そうだ。

 それほどまでにインパクトのある美人さだった。

 だが、絶対に見たことがあると思う。


 なんだ?

 この強烈なまでの違和感は……


「おいおい、マジで酔ったんじゃね? 飲みすぎか?」


 そうなのだろうか?

 何かを忘れている気がする。

 思い出さないといけない何かを……


「いや、まあ、ショックなのはわかるぜ? でもよ、絶対に大山じゃあ、あのレベルは無理よ。適当に飲んで解散だと思うぜ?」


 違う、違う。

 なんだ?

 クソッ!


「すまん……マジで酔ったみたいだわ。今日は帰る」

「そっかー。まあ、仕方ないわな。送ろうか?」


 若狭が一応、心配してくれている。


「いや、大丈夫。お前は楽しんできてくれ。レビューよろ」

「あはは。じゃあ、今日は新規を開拓してくるわ! 明日の俺の表情を楽しみにな!」

「ハズレを期待しとくわ」

「絶対に当たりを引いてやる!」


 俺は若狭と笑いながら別れると、1人で宿屋に戻る。

 娼館がある歓楽街から俺が泊まっている宿屋までは距離もそう離れていない。


 俺は誰もいない道を1人で歩いている。

 異世界の夜は危険だが、俺は問題ない。

 俺は強力な魔法が使えるため、襲われても返り討ちに出来るのだ。

 むしろ、襲ってほしいまである。


 襲ってきた相手を殺しても罪にはならないし、襲撃犯の持ち物を逆に奪ったりもできる。 

 それに、衛兵に突き出せば報奨金をもらえることもある。


 だから俺は1人でも問題ないのだ。

 とはいえ、襲撃犯どころか人っ子一人いない。

 ………………誰もいない?


 え?


 俺はあまりの不自然さにとっさに声が出た…………いや、声が出なかった。


 どうなっている!?

 歓楽街なのに誰もいないのはおかしい!!

 いや、待て!

 それ以前に声が出ない!!


 俺はパニックになりながら口をパクパクさせるが、声がまったく出なかった。


「こんばんは」


 俺は後ろから声が聞こえたのでばっと振り向く。

 そこにはさっき酒場で見た銀髪の美人が微笑んで立っていた。


 俺は恐怖を感じ、とっさにそいつに向かって手をかざす。


 クソが!!

 くらえ、フレア!!


 ――!?

 声が出ないから魔法が!


「聞いた通りですね……西は声が出ないと魔法を使えない」


 銀髪の女はニターっと不気味に笑う。


 なんで知っている!?

 これは大山と若狭しか知らないはずだ!

 そうか! 大山がしゃべったな!

 あのクソが!!


「大丈夫……すぐに済みます。あなたの頭の中を覗くだけですので」


 女はそう言いながら俺に近づいてくる。


 クソが! 舐めんな!!


 俺は近づいてくる女にタックルを仕掛けた。


 ……………………。


 だが、気付いたら俺は空を見ていた。


 なんだ!?

 何が起きた!?

 わからない! 何もわからない!


 俺がパニックになっていると、銀髪の女が俺の顔を覗き込んできた。


「ゴミが! 誰に触れるつもりだった!? 私に触れていいのはひー様だけだ!」


 ひー様?

 あっ…………何故だ……何故、忘れていた!?

 こいつはあの時の女じゃないか!

 あの時、体育館の壇上にいたあの女だ!

 幸福教団の狂信者だ!!


「救いようのないゴミだわ! まあいい。さっさと終わらそう」


 女はそう言うと、俺の頭に触れてきた。

 直後、俺の頭がぐちゃぐちゃになる。


 な、なんだ!?

 気持ち悪い!

 い、痛い!!

 やめろ、やめろ!

 やめてくれ!!


 俺はあまりの痛みと気持ち悪さに絶叫したくなるが、やはり声を出すことは出来なかった。


 どれくらいこうしているだろう?

 時間もわからないぐらいに頭がぐちゃぐちゃになると、女が俺の頭から手を離した。


「……さっきの男もだったが、本当にクズだな、こいつ。やはり男はロクなのがいないわ」


 さっきの男……

 大山か?

 大山はどうなった?


「あとは若狭とかいうヤツか……まあ、たいした情報は持ってないだろうが、処分はしておくか…………こいつら、ひー様を汚い目で見ていたし、さっきもロクなことをしゃべっていなかったからね。死こそがふさわしい」


 酒場での会話を聞いてたのか…………

 ダメだ……身体も動かせないし、声も出ない。

 死ぬのか……? いやだ、いやだ、いやだ。

 俺はまだ何もしていないのに……

 これから楽しいことをいっぱいしていくはずなのに!


「幸福教団は世界中の人々を幸福へと導きます。あなたにも幸福を与えよう」


 女はそう言うと、女の手に凶悪なマシンガンが現れた。


 クッソ!

 こんな所で……こんな所で俺は死ぬのか!

 クソカルトめ!!


「ひー様に逆らいし愚か者は死という幸福を与えられる! 喜べ、そして、死ね! お前達のようなゴミは幸福教の世界には必要ないのだ! あはは!! すべてはひー様のために!!」


 女は狂ったような表情で笑い、引き金を引いた。

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