第029話 正解は絶対的な服従


 アルバンとマルクスも出ていき、勝崎も出ていった。

 私は仮設住宅の中で1人になると、机を2つ出し、部屋の両端に設置する。

 そして、1つにはジュースやお菓子を置き、もう1つの机にはハンドガンを一丁ほど置いた。


 私は部屋の真ん中に立つと、村上ちゃんと元クラスメイト4人を待つ。

 しばらく待っていると、ノックの音が聞こえてきた。


「ひー様、篠田さん、藤原さん、山村さん、川崎さんの4名を連れてきました」


 村上ちゃんの声だ。


「村上ちゃんはそこで待ってなさい。篠田さん、藤原さん、山村さん、川崎さん…………入りなさい」


 ……………………。


 私が指示しても、扉が開くことはなかった。

 怖いのだろう。


「…………私の言うことが聞けませんか?」


 私が冷たく言うと、扉がガラッと開いた。

 そして、完全におびえ切った4人の女子がおずおずと入ってくる。


 4人は震えており、涙目で私を見ていたが、左の机にあるお菓子やジュースを見て、驚く。

 だが、すぐに右の机にあるハンドガンを見て、固まった。


「こんにちは。お久しぶりですね。この1年間、よく生きられたものです」


 私が挨拶をしても、4人はハンドガンを見て固まったままだ。


「無視ですか……神の声が聞こえない者はきっと人ではないのでしょう。ゴブリンの餌と薬漬けで奴隷落ちはどっちがいいですか?」

「――ご、ごめんなさい!」

「すみませんでした!」

「こ、殺さないで!」

「お願いします、うっうっ…………」


 ダメだこりゃ。

 使い物にならんわ。


「聞こえているのなら返事はしなさい。失礼ですよ? さて、お前達は幸福教団に入ると聞きました。まことですか?」

「…………はい」

「村上さんに勧められまして……」

「えっと、その……入ろうと思いました」

「…………です」


 4人まとめて話をさせるとダメだね。


「篠田さん、お前が代表して答えなさい」

「え…………なんで?」


 篠田さんが泣きそうな顔で自分の顔を指差す。


「おや? 私とは話したくないと?」


 私のことが嫌いなのかな?

 ヒミコ、ショーック!


「いえ! そんなことないです!」

「そうですか……まあ、そうでしょうね。私の信者になりたいと言っているのに、私と話したくないわけないですもんね」

「はい…………その通りです」


 あーあ、泣いちゃった。

 かわいそう。

 ふふっ、かわいい。


「まあ、立ち話もなんですから座りなさい」


 私はパイプ椅子を4つ取り、部屋の真ん中に並べた。

 そして、4人を座らせる。


「では、話をしましょうか。お前達は何故、中央にある神殿とやらを出たのです? 私もお前達を知っていますが、そんなに積極的な人間とは思えませんでした」

「ちゅ、中央の神殿では、先生達に従っていたんですが、怖かったんです。指示をくれるのですが、徐々に変な事を言われるようになって、それから…………」

「もう結構です」


 私は篠田さんの発言を遮った。


 なるほどね。

 この子達は教師グループにいたんだ。

 まあ、気弱そうだし、大人に従ったのだろう。

 だが、その気弱さにつけこまれそうになって、逃げ出したってところかな?


「一応、確認ですが、ヤラれちゃいました?」

「い、いえ。その前に逃げました。でも、そういう生徒もいるって噂で…………」


 ホント、教師ってクズだわ。

 氷室に殺させるか?

 まあ、後だな。


「それは大変でしたね。その後は冒険者ですか?」

「……はい。スキルがありますし、危険な仕事はせずに4人で頑張ってきました」

「お前のスキルは?」

「え? そ、それは…………」


 スキルはこの子達の生命線。

 言えないかな……


 私は仕方がないので座っている篠田さんの後ろに回った。

 そして、篠田さんの首を優しく撫でる。


「私に隠し事をするのですか?」

「――ッ! いえ、そんなことはないです! 私のスキルはマッピングです。周囲の地形がわかるんです」


 嘘はつかなかったか……

 私は信者の状態がわかる。

 もちろん、持っているスキルもだ。


「ふふっ。いい子……とってもいい子。嘘をついたら殺しているとこでしたよ?」

「――ひっ!」


 私が耳元でささやくと、篠田さんが震え出した。


「さて、藤原さん、お前のスキルは?」


 私は篠田さんの隣に座っている藤原さんの両肩に手を置き、聞く。


「わ、私は探査です! 周囲にいる人の位置がわかります!」


 私の脅しの声が聞こえていたようで、スラスラと答えてくれた。


「それはすごいですね。そのスキルで私がわかりますか?」

「はい! わかります! 一定の大きさの生物ならすべてわかります!」


 敵の位置がわかるっていうことだ。

 強力というか、便利なスキルだわ。


「素晴らしいですね。では、次、山村さん」


 私は藤原さんの隣に座っている山村さんの肩を触りながら聞く。


「は、はい! 私は攻撃魔法を使えます!」

「それだけ?」

「い、いえ! 無詠唱で放てます!」


 よくわからないが、すごいんだろう。


「よろしい。では、最後に川崎さん」


 私は最後に山村さんの隣に座っている川崎さんの肩を触りながら聞く。


「私は回復魔法です。山村さんと同じで無詠唱で使えます」


 ふーむ、バランスがいい4人のようだ。

 だから女子4人で1年間も生き延びれたのだろう。


「なるほど。わかりました」


 私は再び、4人の正面に回る。


「お前達は良いものをもらい、4人で協力して生きてきたのですね。素晴らしいです。さて、お前達は本当に私を敬えますか? 祈れますか? 人生を捧げられますか?」


 私は全員の顔を見渡す。


「…………あの、その、敬います」


 篠田さんが答えた。


「では、私のために死ねますか?」

「え? そ、それは…………」


 さすがに口ごもる。


「ふふっ。冗談です。別に私のために死ぬ必要はありません。好きに生き、好きに死ぬといい。それが人の人生です。ただ、幸福を求めるのですよ? 人は幸福にならないといけません」

「あ、あの、幸福って何ですか?」

「辞書がいりますか?」


 出そうか?


「いえ、そういう意味ではなく、幸福と言われても漠然としすぎてて…………」

「そうですね。わかります。皆、最初はそう言うのです。幸福って何だ? 怪しい宗教だ。どうせ、洗脳とかで金儲けをする悪徳宗教だろ、とね? そう言いたいのでしょう?」

「い、いえ、そんなことはないです!」


 嘘つけ!


「いえいえ、別にそう思ってくれて構いません。何故なら、幸福教団は間違いなく、悪徳教団なのですから」

「――え?」

「怪しい? ええ、怪しいです。洗脳? 金儲け? ええ、しています。他にも薬を売ったり、武器を密輸したりもしています。ああ、他にも色んな組織に潜入した教団員を使って脅したり、賄賂もしています。警察、公安、政府…………色んなところにスパイがいるそうですよ」


 よく知らないけど、リースに聞いたことがある。


「あの、それって…………」

「何です? 悪いことですか? 確かにそうです。でも、仕方がないことなのですよ。世の中は腐っています。不幸にあふれています。だから私が救うのです。救済を求めている人を救うのです。私の子達もそれを願い、私を神にした。私は幸福の神として、すべての世界を救世するのです。だーかーらー、邪魔する者も私を否定する者も処分です。わかりますか? ねえ? 私に逆らう愚か者共」


 もちろん、わかるよね?


「…………うっうっ」


 またもや篠田さんが泣き出した。

 他の3人も俯いて泣いている。

 感動の涙だろう。


「罵倒が聞こえませんね? 私をイカれているという誹りが聞こえませんね? 聞こえたらお前達を殺せるんですけどね」


 私がそう言っても、4人は俯いて、泣くばかりだ。

 川崎さんに至っては椅子と床が濡れている。


「おやおや、かわいそうに…………そんなに怖いですか? そんなに苦しいですか? 楽になりたいですか?」


 すぐに楽にしてあげよう。

 ヒミコは女子に優しいから痛みを感じさせずに殺してあげよう。


「…………です」


 篠田さんが何かをつぶやいた。


「ん?」

「死にたくないです! ごろさないでください!」


 ほう…………


「死にたくないですか?」

「死にたくないです!」

「生きたいです!」

「お願いします! 助けてください!」

「何でもしますから!」


 4人は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら懇願してきた。


 ふーん……

 これでは殺せんか……

 大人しく死ねばいいものを……


 私は幸福の神がゆえに、自分の信者を殺すことが出来ない。

 私は信者の幸福を導く神なのだから。


 まあ、従順そうだし、使えそうなスキルを持っている子達だ。

 敵でないのならば、私の子として受け入れるしかない……


 私は泣いている4人の後ろに回る。


「お前達は汚いですね?」

「え?」

「泣き顔はまあ、置いておくとしても、髪はボサボサ、肌も汚い。服もボロボロ…………お風呂に入っていますか? トリートメントをしていますか?」


 私は篠田さんの髪を触りながらボロクソに言う。


「ひどい…………私達だって……」

「少し、痩せましたか? 美味しいご飯は食べてますか?」

「ぐずっ…………食べていません」


 でしょうね。


「お前は私に幸福とは何か聞きましたね? さて、あそこには何があります?」


 私は部屋の左にある机を指差し、篠田さんに聞く。


「お菓子とジュース…………」

「そうです。偽物でも幻覚でもありません。私は神です。地球の物を出せます。服もシャンプーも化粧品も出せます」

「……………………」


 4人はごくっと喉を鳴らした。


「とはいえ、私はまだ生まれたばかりの弱い神です。今は信者を集め、力を貯めているところなのです。信者を増やし、力を持ったら地球を救うために攻め込みます。もちろん、あなた達を連れていくことも可能です」

「え!?」


 4人が驚き、振り向いて、私を見上げる。


「さて、一方で、あっちには何が見えますか?」


 私は右にある机を指差した。

 4人は私の指に釣られて、机の上に置いてある黒い物体を見る。


「…………拳銃」

「そうです。弾は4つ入っています…………1……2……3……4」


 私は篠田さんから順番に4人の頭を触っていく。

 すると、4人はガタガタと震えだした。


「幸福とは何でしょうね? どっちだと思いますか? ふふっ……お前達は私の子ですか? それとも…………」


 私がそう聞くと、4人は一斉に椅子から立ち上がり、額を床にこすりつけた。


「ヒミコ様に従います!」

「幸福を求めます!」

「お願いします!」

「絶対に逆らいません!」


 4人は土下座をしたまま、必死に懇願する。

 足を舐めろと言ったら本当に舐めそうだ。

 ばっちぃから嫌だけど。


「いい子。本当にいい子達…………お前達は私の子。私のために祈りなさい。私にすべてを捧げなさい。それが正解です」


 それ以外はゴミです。

 ゴミはどこに行くのでしょうね?


 私は土下座をしている4人に優しく触れ、頭を上げさせた。

 そして、優しく微笑んだ。


 4人は泣きながら笑っていた。

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