第028話 森から森へ ★


 私は降った元クラスメイトのことを聞くために、村上ちゃんに連絡を取ることにした。


『村上ちゃーん!』

『はい、もしもし、村上です』


 もしもしって……

 電話じゃないんだから。


『勝崎から話があると聞きました。何でしょう?』


 内容はわかっているが、改めて聞いてみる。


『以前に言っていた生徒達が幸福教団に降りましたことを報告します』


 やっぱりね。


『お前はそいつらが心から降ったと本当に思っていますか?』

『いえ。多少、追い詰めるような説得でしたので、ひー様を慕って入ったわけではないと思います』

『ならば、いりません。処分なさい』


 私は敢えて、突き放したことを言う。


『ひー様、日本に残っている信者1万人にしても、皆が心からひー様を慕っているわけではありません。中には浅い思想で入っている者もいます。ですが、それは宗教への興味が薄い日本では仕方がないことなのです。だから生徒達の信仰が浅いこともまた、仕方がないことです。あの子達はまだ10代ですし、宗教にすがるような年ごろではありません』

『それは私の不徳の致すところでしょうね』


 ヒミコ、無念。


『いえ、それは過去のことです。ひー様は神になられました。そして、今後は絶対の神となり、世界を幸福に導くのです。さすれば、人々は見ているだけで何もしない神も他種族を迫害する女神も捨て、ひー様に祈りを捧げるでしょう』

『それまで待てと?』

『そこまで待たなくても、近いうちにひー様の偉大さに屈するでしょう。心が弱い者は強い者に従います。これは自然の摂理です。それでもまだ不穏分子と思われるのならば、私が責任をもって処分いたします』


 まあ、村上ちゃんにはやらせられないけどね。

 村上ちゃんの心が死んでしまう。


『まあいいでしょう。そいつらの目的は何です? 庇護ですか?』

『それもあるでしょうが、一番は日本に帰りたいそうです。家族が恋しい様子でした。まだ子供ですからね』


 ああ、なるほどね。

 それは確かにそうだ。


『わかりました。近いうちにそちらに戻るので、その辺も含めて一度、私が話します』

『かしこまりした』


 私は村上ちゃんとの通話を切った。


 こら、ダメだ。

 村上ちゃんが完全に正義に目覚めてる。


「ひーさまー、お腹空いたー」

「私、ハンバーガーが食べたい」

「えー……そんな安物じゃなくて、ステーキにしましょうよ」


 こいつらが正義に目覚めることはないだろうな…………


「今日はてんぷらと決めています」


 私も目覚めることはない。

 何故なら、私が行うことが正義になるのだから。




 ◆◇◆




 私は翌日も獣人族の挨拶を受け続ける。

 皆、私に心酔し、喜んで信者に加わっていった。


 朝にヨハンナや首領のジークに南部での戦に完勝したことを伝えたのが良かったらしい。

 私の信者リストがどんどんと増えていっている。


 勝てば、人はついてくる。

 獣人族にとっては、もはや、私以外の選択肢はない。

 敵を倒す力を持ち、自らを幸福へと導いてくれる神である私は、彼らの中で絶対の存在として刻み込まれる。


 ある者は頭を垂れ、ある者は貢物まで持ってきた。

 完全に獣人族の心は掌握しただろう。

 あとは勝崎に命じて、こいつらに戦うすべを教えさせればいい。

 そうすれば、喜んで私の敵を殺す戦士となるだろう。


 ふっふっふ。


 私は上機嫌で私に跪く信者達に優しい声をかけていった。

 そして、数日後にはすべての獣人族の挨拶を終えた。


 私はすべての獣人族を掌握すると、一族の長達が集まっている集会場に向かう。

 私が集会場に入ると、部屋に集まっていた一族の長達が頭を垂れた。


 ふっふっふ。

 実に気分が良い。


「ジーク」

「はっ!」

「これより、お前達には南部に向かってもらいます。しかし、本当に走っていくつもりですか?」

「獣人族は皆、走るのが得意ですし、夜目も利きます。夜の間に移動すれば、まず気付かれずに移動が可能です」


 便利だわ。

 何人かは暗殺者にしようかな?


「よろしい。では、準備ができ次第、南部に向かいなさい。私達は転移を使って、先に向かっています」

「はっ!」

「ヨハンナ、お前は私と来なさい。まず、エルフに説明します」

「はい!」


 交渉には怖いライオンより、エロいチョロギツネの方がエルフも安心するだろう。


 私はヨハンナと共に集会場を出ると、キャンピングカーに戻っていく。

 キャンピングカーの前にはミサと東雲姉妹が外で待っていた。

 ミサは学校の制服で東雲姉妹はメイド服だ。

 3人共、可愛らしいが、凶悪なマシンガンを背負っているので、一つもかわいくない。


「ナツカ、フユミ、あんたら、いつまでメイド服なの? 服くらいは出せるけど……」

「いや、私はメイドなんで」

「あたしもー」


 ご主人様の教えかな?

 すでに調教済みメイドのようだ。


「まあいいわ。では、南部に帰還します」

「どうやんの?」

「ふっふっふ。すぐですよ」


 私は不敵に笑うと、転移のスキルを発動させた。

 すると、一瞬にして、視界が変わり、見覚えがあるような、ないような村に到着した。


「おー! 懐かしい……?」


 ミサも微妙な気分のようだ。

 それもそのはず。

 木で作られていた自然豊かな村だったのに、仮設住宅のプレハブが立ち並び、そこら辺に車も置いてある。


「何ここ? キャンプ場?」

「バーべーキューしたくなるね」


 東雲姉妹がキョロキョロと周囲を見渡しながら感想を漏らした。


「あのー、ヒミコ様、ここがエルフの森ですか?」


 一緒についてきたヨハンナがおずおずと聞いてくる。


「一応……確かに車も仮設住宅も勝崎に要請された通りに出したんだけど……」


 エルフって自然を愛するイメージがあるから何か嫌だな。


 私が微妙な気分でいると、建物から勝崎が出てきて、私に近づいてくる。


「ひー様、お待ちしておりました! お元気そうで何よりです」


 勝崎が敬礼で挨拶をしてきた。


「ご苦労。しかし、何これ? 森にプレハブは似合わないわよ」

「いや、俺らが住むためにひー様に出してもらったんですけど、エルフ達もこれがいいって言い出したんで」


 まあ、木の家よりかは快適かもだけど……


「ふーん、現代化するのも考えものよね。情緒がないわ」

「住んでる本人らは快適の方を取りますよ」


 それもそうね。

 私のエゴでしかないか……


「さて、やることを進めないとね。まずはアルバンとマルクスに会うわ」

「はっ! こちらです」


 勝崎が案内してくれる。


「あ、そうだ。あんたらは遊んでていいわよ。つまんない話になるだろうから」


 私は立ち止まり、東雲姉妹とヨハンナに言う。


「姉貴、探検しようぜ」

「そうするかー……よし! ついてこい、エロギツネ!」

「エロくないですぅ」


 エロいよ。


「ミサ、こいつらは何をするかわかんないから見張ってなさい」

「そうします」


 私はうるさそうな女子4人を置いて、勝崎と共に近くの仮設住宅に入る。

 仮設住宅の中には髭を生やしたおっさん2人がパイプ椅子に座っていた。


「お前達がアルバンとマルクスですか?」


 私が聞くと、2人は椅子から立ち上がり、片膝をついて跪く。


「お目にかかれて光栄です。私がアルバンです」

「私がマルクスです」


 2人は顔を上げずに自己紹介をしてきた。


「顔を上げなさい」


 私がそう告げると、2人が顔を上げる。

 私はそんな2人に近づくと、顔を至近距離まで近づけて、顔を覗いた。


 うーん、おっさんだな。


「お前達は私の敵か? それとも幸福を求める者か?」

「幸福を求める者です」

「右に同じく」

「ふーん……」


 私は覗くのをやめ、2人から離れる。


「まあ、良いでしょう。椅子に座りなさい」


 私がそう言うと、2人は顔を見合わせながらもおずおずとさっきまで座っていたパイプ椅子に座った。


「さて、私に話があると聞きました。何でしょう?」

「私共はこの度、女神教の要請に応じて、この地に出兵しましたが、本意ではなかったことをご理解いただきたい」


 やはり、言い訳タイムか。


「というと?」

「元々、南部の貴族は女神教に良い感情を持っておりません。ただ、ご存じの通り、女神教は自分達以外の信仰を認めず、逆らう者を滅ぼしてきた組織です。異を唱えたいという気持ちは常々持っていましたが、我らの兵力では女神教にはとても敵いません。私は領主として領民の生活を守る義務があります。ですからやむを得なく出兵しましたが、戦う気持ちは微塵もありませんでした」


 わかりやすい嘘をつくなー。

 まあ、乗ってやるか……


「勝崎、この者達はどこに布陣していましたか?」

「後方ですね。後詰めでしょう」

「なるほど。戦いたくないから後詰めにいたわけですね?」


 私は勝崎から戦の状況を教えてもらうと、アルバンに聞く。


「左様です」

「お前もですか?」


 マルクスにも確認する。


「もちろんでございます」


 逆らう気はなさそうね……

 まあ、信者リストに名前もあったし、恭順を認めてあげよう。


「まあまあ! そうだったのですね! やはり正義を知る者もいるのですね。お前達は立派な領主です!」

「これからはヒミコ様のために戦いたいと思います」

「それは素晴らしいことです! ですが、今はまだその時ではありません。お前達に兵を返しますので、一度、自分達の領地に戻りなさい。女神教に何か言われたら適当に言い訳でもすればいい。立つ時が来たら指示を出します」


 今はまだ、こいつらをここに置いておくことは出来ない。

 種族バランス的に今は人族を多くしてはいけない時期なのだ。


「いえ、私はここに残り、ヒミコ様のために働きたいと思います」


 心にもないことを…………

 私は診断のスキルで信者の状態を把握できる。

 恐怖で染まったお前の心は私に近づきたくないと言っているだろうに。


「まあ! それは大変に素晴らしいことです。ですが、お前達は領主であり、領民を導く義務があります。わかりますね?」


 私の信者を増やすのがお前達の仕事なの!


「はっ! その通りでした! すぐに帰還し、事を進めます!」

「女神教に見つからないようにね。もし、バレたらこちらも軍を派遣しますが、女神教は一気に潰す計画なので、なるべく内密に事を進めなさい」


 なお、どこに軍を派遣するとは言ってない。


「はっ!」

「それとお前達の所に武器を密輸します。使い方も教えるので有効的に使いなさい」

「武器!? 悪魔の武器ですか!?」

「は?」


 なんつった?

 ヒミコ、聞こえなーい。


「い、いえ、女神教がそう言っておりましたので…………神の武器を譲っていただけるのですか?」


 …………まあ、許してやろう。

 一度だけは。


「女神教は自分達が悪魔の所業を行っているくせに、私達を悪魔と呼ぶのですね…………そうやって、私を悪とし、女神アテナを善としている…………皆を早く目覚めさせないといけませんね」

「おっしゃる通りです! 多くの民は女神教という邪教に惑わされております」


 うんうん。

 その通り。


「お前はよくわかっています…………ああ、武器でしたね? お前達は私の子。私の子が傷つくのは耐えられません。ですから身を守るすべを授けるのです。まあ、時が来たら送ります」

「しかし、どのようにして?」


 私のスキルでも送れるが、使い方なんかも教えないとなんだよね……


「この度、私の傘下に獣人族と人族のハーフが加わりました。彼らは見た目はほぼ人族ですし、商人に化けさせて、密輸させます」

「ハーフ? 奴隷ですか?」

「私の子に奴隷はいません。お前達が奴隷を持つのは自由ですが、私の子は奴隷になってはいけないのです。お前達も理解しておきなさい」

「肝に免じておきます!」

「よろしい。では、お前達は早急に自分の領地に戻りなさい」

「「はっ!」」


 2人は椅子から立ち上がり、片膝をついて、一礼すると、プレハブから出ていった。


「武器を与えて大丈夫ですか?」


 アルバンとマルクスが出ていくと、勝崎が聞いてくる。


「問題ありません。それよりも、村上ちゃんと生徒4名を連れてきなさい」

「わかりました」


 何も問題ない。

 何もね……

 裏切らなければね……




 ◆◇◆




「アルバン殿、どう思いました?」


 森の外に出るためにマルクス殿と2人で歩いていると、マルクス殿が聞いてきた。

 主語がないが、何を指しているかはわかっている。

 一つしかない。


「マルクス殿、絶対に裏切りを考えるなよ」

「…………どうしてそう思われるのです?」

「あの女は悪魔だ。裏切りを考えた時点で殺す気だろう」


 あの薄ら笑いと笑っていない冷たい目はまったく優しさを感じなかった。

 人でもなければ、善良な神でもない。

 あれは自分の事しか頭にない狂った悪党だ。


「やはり邪神ですか?」

「だろうな。まあ、裏切らなければ良いだけだ。勝ち馬に乗ろう」

「そうですな…………兵や民に徹底させましょう。しかし、怖かったですね。見た目は変な格好をしているだけで、普通の少女と変わらないのに」


 幸福の神ヒミコは女神アテナの啓示でその姿を見ている。

 確かに真っ赤な服を着て、変だなとは思っていた。

 そして、それ以外は普通の人族にしか見えなかった。


 だが、実際に目の前で見ると、人の皮を被ったバケモノだった。

 何故、あのようなバケモノがこの世界に現れたのかはわからない。


 だが、このままでは世界が変わるのは間違いないだろう。

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