第026話 大変だわ ★


 私は広い謁見の間で玉座に座り、跪く10人の初老の男性を見下ろしていた。


「戦況を報告しなさい」


 謁見の間に私の声が響いた。


「は、はい。現在、南部では我が軍と異教徒の軍の戦が始まっております。初戦は我が軍が優勢に進めていましたが、念のため、一時撤退しております」


 こいつは何を言っているんだ?

 優勢に進めておいて、一時撤退なんてするはずないだろう。


「そうですか? で? こちらの損害は?」

「えっと、それはまだ報告になく…………」

「では、敵はどれほど討ち取りましたか?」

「…………すみません、それもまだでして……」


 敵味方の損害がわからないのに優勢であることはわかるらしい。


「衛兵! この者の首を刎ねなさい!」

「ハッ!」


 私が命じると、男共のそばにいた兵士が私に戦況を報告していた男を連れていく。


「お、お待ちください、巫女様!」


 男は必死に私に訴えてこようとしているが、もう遅い。


「黙れ! 耳障りだ! さっさと連れていけ!」


 兵士は男の口をふさぐと外に連れていった。


「まったく……この私を騙そうとは…………で? 戦況を知っている者は?」


 私は残っている9人を見下ろす。


「わ、我が軍は破れ、撤退したようです」


 1人の男が震えながら真実の報告をしてきた。


「知っています。こちらは5千の兵を失い、敵の損害は0…………お前達は無能ですか?」


 こんなことは、負けた次の日には私の耳に入っている。

 それなのに嘘をつくとはありえない。

 私どころか女神様への冒涜である。

 あいつは死刑で当然だろう。


「怖れながら負けた原因はマイルの町の領主のせいです。敵は悪魔の武器を持っていると知っていながら無策にも突撃したのです」

「そうですか。それはいけませんね。で? そんな男を総大将にしたのは誰ですか? 私の記憶ではお前達だった気がするんですけど?」


 ホント、こいつらは……


「そ、それは…………私は反対したのですが、他の者が…………」

「何を言うか! おぬしが是非にと言ったではないか!」

「そうだ!」

「ワシは言っておらんわ! 貴殿だろう!?」

「ふざけるな!」


 こいつらはこうやって責任を押し付け合うしか能がない。

 本当に救えない愚か者共だ。


「責任の所在は後で結構! それよりも次はどうするのです!? それを言いなさい!」


 こんな連中が教団のトップなんだから笑えない。


「もっと兵力を増やしましょう! 敵は少数です。数で押しきれます!」

「それは前も聞きました。そうして5千の兵も集めたんでしょう? はい、次!」


 5千が1万に増えても結果は変わらないことくらい理解してほしい。


「敵の目的は侵略です。おそらく、勝った勢いに乗って、マイルを攻めるでしょう。ここはいっそマイルを獲らしてしまっては?」

「マイルをですか? お前は女神様から預かった地を異教徒に渡せと?」


 アホか。


「巫女様、これはあくまでも一時的にです。敵はエルフの森に拠点を置いており、劣勢になれば森に逃げ込むでしょう。そうなれば、討伐には時間がかかってしまいます。ですから敵をマイルの町まで引っ張り出すのです。そうすれば、周囲の町から軍を出し、包囲していまえば、敵に逃げ道はありません。それに南部は女神様の威光がまだ浸透しきってはおりません。これを機会に不穏分子をあぶりだし、まとめて討伐してしまうのはどうでしょう?」


 ほう?

 考えなしに言ったわけではなさそうだ。


「なるほど…………悪くない。町を獲らして、外と内から攻撃するわけですね?」

「内?」


 前言撤回。

 何も考えていなかったわ。


「町民に兵を混ぜ、戦争時に扇動させるのです。そうすれば、内と外と同時に攻撃ができます。敵は数が少ないのですから効果的です。そういう意味で作戦を提案したのでしょう?」

「も、もちろんです!」


 ハァ……

 私はいつまでこんなヤツらの面倒を見ないといけないのか……

 優秀な幹部が欲しい。


「では、そのように動きなさい。さっさとあの邪神と狂った異教徒共の首を取るのです!」

「「「ハッ!」」」


 私はやれやれと思いながら首を振り、立ち上がった。


「巫女様、いかがされましたか?」


 1人の男が立ち上がった私に聞いてくる。


「女神様への報告です…………自室に戻ります」


 というか、疲れたわ。

 早く休みたい。


「それは大事です! 私がお連れしましょう!」

「いやいや! ここは私が!」

「貴殿は用事があると言っていたであろう! ここはそれがしが!」


 ハァ……

 多分、こいつらは女神様に取り入りたいのだろう。

 こういう時だけは積極的だわ。


「お前達は私の自室に来るということですか? 女の部屋に積極的に入ろうとする男を世間では何と言うか知っていますか?」

「「「…………失礼しました」」」


 やっぱり幹部にも女性を入れた方が良いな……

 いや、無理か。

 こいつらが認めないし、入れても裏で潰すだろう。


 私は頭が痛くなるのを我慢し、自室に向かった。




 ◆◇◆




 私は自室に戻ると、ベッドに腰かけ、頭を押さえた。


 ハァ…………休みたい。

 でも、最後の仕事が残っている。


 私は一度、ため息をつくと、その場で目を閉じた。

 すると、暗闇の中には美しい女性の姿が見える。


『アテナ様、私でございます。この度の報告を…………』

『クソ! クソ! クソ! あのカルト神め! よくも私の信者を! 私のポイントを! あんな小娘に!! くたばれ、ヒミコ!!』


 絶世ともいえる女性が鬼の形相で顔を歪ませ、地団駄を踏んでいた。


 嫌だなー……

 巫女をやめたくなってきた。


『アテナ様』

『なんじゃ!?』


 もうやだ……


『ご報告があります』

『負けた報告か?』


 アテナ様がニコッと笑う。


『はい』

『知っておるわ!! 私のポイントがごそっと減ったからな!!』


 すぐに鬼の形相に戻った。


 めんどくさい人……


『申し訳ありません。どうやら敵の武器が想像以上に強かったらしく』

『当たり前だ! あいつらがいた文明レベルはとんでもなく高い! 我らの武器でまともにやって勝てるわけがない!』


 だったらどうにかしろよ……

 お前が神だろ。


 私はイラっとした気持ちを抑える。


『アテナ様のお力でどうにかなりませんか?』

『あのガキ共に力を与えすぎたから動けん』


 えー……


『そもそもですが、何故、あんな者共に力を?』


 異教徒でしょ。

 処分でいい。


『地球の神に頼まれた』

『そんなものは断ればよろしかったではないですか……』

『代わりに神を封印する術を教わった』


 ああ、それで……


『いや、他の者に力を与えて、あの幸福教団の教団員をすべて始末すれば良かったじゃないですか…………というか、そもそも、文明レベルが低いというならば、上げておけば良かったじゃないですか』


 バカ?


『ん? おぬし、ちょっとイラついてないか?』


 まずい、まずい。


『そんなことはございません。単純な疑問です』

『まあよいわ。せっかくだから教えてやろう。文明レベルを上げると、人は神を信じなくなる。困っているから、貧しいから、飢餓だから人は神に祈るのだ。何の不自由もなくなったら神はいらん』


 なるほど……

 でも、ヒミコは信者を持っていますよ?

 結局は人望では?

 あと、力の与え先についての質問に答えろよ。


 言ったら怒りそうだから言わないことにしよう。


『では、このままにしますか?』

『どっちにしろ、今さらどうしようもないわ。文明はすぐには上がらん。こうなったら一気に数で押しきれ。何人死んでも構わん、どうせ、人はすぐに増える。それよりも敵の排除だ』


 さっき、信者が減って、地団駄踏んでたくせに。


『かしこまりました。現在、作戦を考え、実行に移そうと思っています。作戦を聞きますか?』

『よい。おぬしらに任せる。それよりもハーフリングを潰せ』


 は?


『ハーフリングですか? それはもちろん、異教徒ですし、潰す予定ではありますが、優先順位は低いかと』


 ハーフリングははっきり言えば、雑魚だ。

 だけど、すぐに逃げるため、討伐には時間がかかる。


『ハーフリングをヒミコに取られる前に潰せと言っておるのだ。あいつらはヒミコに泣きつくだろう』


 そうかな?

 臆病なハーフリングがヒミコみたいな邪神を頼るのだろうか?

 というか、別に信者になってもいいでしょ。

 どうせ、まとめて殺すんだから。

 それよりも先に大元を潰す方が良くない?

 ハーフリングなんか時間と兵力の無駄でしょうに。


 まあ、何にせよ、アテナ様の命令なのだから聞かないといけない。


『承知しました!』

『うむ! これであのガキも殺せるな! あとはヒミコ…………クソッ! あの心底、私をバカにしたような顔がいまだに忘れられん!! あと、あのクソメガネ!! ヒミコがいなくなれば、あのクソメガネを火あぶりにしてくれるわ!!』


 ヒミコがいなくなった時点でメガネもこの世にいないでしょ。

 信者なんだから…………


『必ずや討ち取って見せます』

『頼むぞ。おぬしだけが頼りだ』


 ホントだよ。

 幹部も女神様も使えないにもほどがある。

 もうちょっとでいいから頭が良くなってくれ。

 じゃないと、私の脳が溶けそうだわ。


『ありがとうございます。では、失礼します……』

『うむ。良い便りを待っておるぞ』


 私は女神様に別れを告げ、目を開けた。


「ハァ……疲れた」


 ホントに疲れた。

 どいつもこいつも勝手すぎる。


「さて、これで休めるぞ!」


 寝よう!

 …………と思ったらノックの音が部屋に響いた。


「巫女様! いらっしゃいますか!? 私です! 実はうちの息子が巫女様に会いたいと言っております!」


 私と自分の息子をくっつけたがっている大臣の声が部屋の外から聞こえる。


 ホント、ロクなのがいねー……

 これ、本当に勝てるか?

 1億人の信者って言ってるけど、私の足を引っ張る味方が1億人じゃないでしょうね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る