第025話 弱きは罪 ★


 私達4人はマイルの町の酒場で項垂れていた。

 酒場では、他の冒険者たちが酒を飲んで盛り上がっているが、私達の席は沈んでいる。


「勝崎さん達が勝ったね…………」


 私は項垂れたまま、ポツリとつぶやいた。


「だね。5000の兵はほぼ壊滅。噂では、戦車やヘリを使って、一方的に蹂躙したらしいよ」


 弓や槍、それに騎兵が中心なこの世界でそんな凶悪な武器を使ったら相手にならないだろう。

 そして、実際、相手にならなかった…………


「やっぱり幸福教団に降るしかないのかな……?」


 私達は中央の神殿生活が嫌で逃げてきたのだが、だからといって、外での生活も難しかった。

 そんな時に助けてくれたのが勝崎さんであり、村上さんや青木さんだ。

 3人共、幸福教団の人間であることはわかっていたが、他に頼れる人がいなかった。


「でも、幸福教団の教祖って佐藤さんでしょ? 岩谷先生を平気で殺させた犯罪者じゃん」


 私もその光景を覚えている。

 国語の岩谷先生が幸福教団を狂っているとつぶやくと、佐藤さんは容赦なく殺すように命じた。

 そして、信者達は迷わずに射殺したのだ。


「佐藤さんとはあまり話したことがなかったけど、あんなにヤバい人だったんだよね…………今は幸福の神だっけ?」

「そう言ってたね。物静かなイメージだったけど、正体はカルト教団の教祖で、今は神様…………自分で言ってて意味がわかんない」


 私もわかんない。


「頭がパニックになりそう。佐藤さんも神谷さんもあの東雲姉妹も幸福教団…………なんで宗教なんかに入るのかな? ましてや、あんな怪しい宗教団体に…………」

「わかんないわよ。私だって自分の家の宗教も知らないんだし、宗教に興味なんかないわよ。それよりも、これからどうしよ…………」


 皆がシーンとなった。


「皆さん、ここにおいででしたが、女子4名がこんな時間に酒場は感心しませんよ?」


 私達がへこんでいると、村上さんが笑顔でやってきた。

 この人は警察官だったらしく、事あるごとに注意してくる。

 異世界で法律や条令も何もないだろうに。


「村上さん……いや、アルコールは飲んでいませんよ」

「ですです。雰囲気を味わっているだけです。一応、冒険者なもんで」

「補導は勘弁ですよー」


 皆、村上さんを見てホッとしている。

 村上さんは警察官だったこともあるし、どこか安心できる。


「今日はどうされたんですか?」


 私は村上さんに用件を尋ねる。


「ええ。この度、戦争があって、我らが勝ちましたのでね。あなた方に話があってきました」


 話…………怖い。


「なんでしょうか? あ、勝ったそうで……おめでとうございます」

「いえいえ、皆を守れて良かったです。ただ、やはりいい気分はしませんね」


 敵とはいえ、大勢の人が死んだしね…………


「でも、それは…………」

「ええ、仕方がないことだと割り切るしかありません。私達が戦わなければエルフが蹂躙されていました。それに、女神教との敵対は避けられませんから」


 この人はこんなに優しくて、正義感の強い人なのに、なんであんな宗教団体に入っているんだろう?


「あのー、話って?」

「そうでした。単刀直入に言います。幸福教団に入ってください。もはや、あなた方が生き残れる道はそれしかありません」


 勧誘…………というより、脅しだ。


「何故です?」

「幸福教団はひー様が復活したため、幹部達が集まり始めています。先日、ひー様と東雲姉妹が合流したそうです。はっきり言いますが、幸福教団はあなた方を処分するつもりです。生き残る道はひー様にすべてを捧げることです。幸福教団には同じ教団員同士は争ってはいけないというルールがありますので」


 私達、殺されるのか……

 マシンガンで殺されるか、戦車で殺されるか……


「幸福教団に入れば助かるんですか?」

「先に言っておきます。心からの恭順です。ひー様はスキルで誰が信者かを把握できます。言葉だけの信者の場合は処分されるでしょう」


 恐ろしい…………

 これのどこが幸福の神なのだ……

 ただの独裁者じゃないか。


「心からって言われても…………佐藤さんでしょ?」

「その名を呼んではいけません。神谷やリースに処分されますよ」

「なんでこんなことに…………」


 私は思わず、机に突っ伏した。

 普通に生きて、普通に学校に行っていただけなのに…………

 気がついたら異世界で苦労し、挙句の果てには自分達を脅してきた宗教組織に入り、同級生にすべてを捧げないといけない。

 悪夢だ。


「申し訳ないとは思っています。ですが、すべてはひー様に優先されるのです」


 ……これだ。

 基本的には勝崎さんも村上さんも青木さんも優しい。

 だが、これなのだ。

 この人達は所詮はカルト教団の狂信者でしかないのだ。


「あのー、村上さんはなんでさと…………ヒミコ様に従うんです?」

「世界を救えるのはひー様しかいません。私は子供の頃から警察官に憧れ、警察官になるように努力してきました。そして、なれました…………ですが、知っていますか? 警察はすべての被害者を救えるわけでもなければ、すべての加害者を逮捕できるわけではないのです。腐っています。だからこそ、ひー様が世界を救世し、世界を平和に導くのです。あの方以外に上に立つ者はいないのです」


 ダメだ……

 完全に心を支配されている……

 話にならない。


「幸福教団に降ったら私達はどうなるんですか?」

「安心してください。別に戦えとも言いませんし、無理な仕事をしろとも言いません。ただ、人手不足なことは確かなので、多少のお手伝いをしてほしいだけです。もちろん、給金も出しますし、ひー様に言って物資をいただくこともできます。あの方は地球の物資を呼び出すスキルをお持ちですし、信者には優しい御方なので」


 それでマシンガンや戦車、ヘリを出せるのか……

 それに信者には優しいという言葉……

 つまり、信者以外は厳しいのだろう。


「食事とかも出せるんです?」

「出せます。あの方は地球にいた時は豪勢に生きておられましたので、大抵のものは出せますよ」

「あの……服とかもです? あと、生理用品とか…………」

「ひー様も女性なので当然、出せます。ひー様は特に女性には優しいので配慮もしてくださいます」


 それはありがたい。

 正直、異世界に来て、きついのはその辺りだからだ。


「本当に信者には優しいんですか?」

「優しいです。信者はひー様の子。子供の為なら命すら投げ出すでしょう。ちょっとSが入ってますけど……」


 佐藤さん…………いや、ヒミコ様の何がそうさせるのだろう?

 これが宗教なのだろうか?

 あと、Sなんだ……


「でも、敵には?」

「容赦しません。というよりも、そのために我らがいるのです。東雲姉妹やリースはその筆頭です。ひー様の敵を積極的に処分する過激派ですね。そして、その者達がひー様の側近です。だから、私はあなた達に幸福教団に入るように勧めています。東雲姉妹はひー様の命を待たずに攻撃するでしょう。リースはひー様の右腕であり、幸福教団の頭脳です。まだ合流していませんが、合流すれば、あなた方を真っ先に殺すように進言します。そして、ひー様はそれに乗ります。今はまだ私達に配慮してくださいますが、リースが戻ってきたら我らでは止められないのです」


 考える時間もないようだ。

 リースというのは1年前の体育館でヒミコ様の横に控えていたあの銀髪の外人だろう。

 確かに恐ろしかった。


「幸福教団は何を目的としているのです?」

「ギャグではなく、世界平和です。世界中の人々を信者にし、幸福に導きます。我らはひー様を絶対の神とし、崇め、敬うのです。すでにエルフ、獣人族、一部の人族は降りました。このまま、この世界を統一し、地球に帰還します。そして、戦争と利益に翻弄するくだらない宗教を滅ぼし、世界を平和と幸福に導くのです」


 壊れてる…………

 本当に狂ったカルト宗教だ。

 偉そうなことを言っているが、要は世界征服が目的なのだ。

 この人達はヒミコによる統一世界を作ろうとしているのだ。

 だが……


「地球に帰還? 帰れるんですか?」

「ひー様がそうおっしゃっていました。ここで力を貯め、帰還すると……」


 帰れるのか……

 地球に、日本に…………お父さんとお母さんのもとに。


「私たちも帰れますか?」

「望めば叶うでしょう」


 叶わないと思っていたのだが、帰れるのか……


「帰りたいです…………」


 涙が出てくる。

 ずっと、ずっと、願っていたことだ。


「ならば、道は一つです。ひー様は信者を助け、幸福を与えてくださいます」


 ダメだ……

 頭では頷いてはダメだとわかっている。

 でも…………


「…………幸福教団に入ります。ヒミコ様にすべてを捧げます」


 私は帰りたいのだ。

 家に帰りたい。


「私も入ります」

「私も…………」

「できることは少ないですけど、入信します」


 他の3人も同じ気持ちらしい。


「わかりました。では、荷物をまとめて来てください。早急に南部の森に向かいます。そして、ひー様がお言葉をくださいます」


 ああ…………弱い者は罪というのはこのことなんだろうな…………

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