第024話 蹂躙 ★
「諸侯らよ! 我らは女神様より、聖戦の先鋒を承った! 此度の戦では敵の総数は200名程度と思われる。それに比べて我らは5000! まず負けることのない戦いであり、勇猛な諸侯らには、ちと不満ではあると思うが、安心してほしい! エルフを捕らえた者には褒美を用意している。そして、あの幸福教団の幹部を打ち取った者には更なる褒美を授けることを約束しよう!」
マイルの町の領主が高らかに宣言した。
すると、諸侯らが歓声をあげる。
これは明日の戦の前の決起集会である。
この戦の総大将を務めるマイルの町の領主が援軍に来た我らを夜会に集め、酒をふるまい、士気を上げようとしているのだ。
実につまらん。
女神様の命があったから援軍に来たのだが、敵は200名。
勝って当たり前。
唯一の利点は戦利品としてエルフを捕虜にできること。
だが、それも先鋒であるマイルの領主の独占だ。
わざわざ800の兵を連れて援軍に来たというのに俺の軍は後詰め……
おこぼれはないし、無駄に兵糧を使うだけで軍事演習にすらならない。
俺は面白くないと思い、酒を飲み干す。
「アルバン殿、ご機嫌いかがかな?」
俺が不機嫌にメイドから酒のおかわりをもらっていると、とある男が声をかけてくる。
そいつは俺の領地の隣の領地の領主だった。
「なんだ、マルクス殿か……俺の機嫌か? そなたと同じだ」
マルクス殿だって俺と同じ気持ちだろう。
わざわざ遠方から貴重な兵糧を消費しに来たのだから。
「さぞ、機嫌が悪いようですな?」
「当たり前だろ。そなたと俺の領地は同じ地域。今、どれだけ食料が貴重か承知しているだろう? それなのに意味のない遠征を強制されて最悪だ」
俺とマルクス殿の領地は今年、雨が少なかったため、作物があまり採れなかった。
だから、今年、来年は質素に生きないといけないというのに、800人分の兵糧を浪費だ。
話にならん。
「せめて、エルフを獲得できればいいのですがなー……」
「無理無理。聞いたか? エルフの完全養殖だとよ。反吐が出るわ」
中央は優秀で見た目もいいエルフを養殖し、奴隷として売り出す計画を立てているらしい。
昔からエルフと交流があった南部の貴族としては気持ち悪くて仕方がない。
もっと言えば、俺のひいひいばあさんはエルフだ。
わずかとはいえ、同じ血が流れている者として非常に腹が立つ。
「ちょっと考えられませんな。まあ、マイルの領主は南部貴族ではなく、中央から派遣された者なので仕方がないのかもしれませんが……」
マイルはエルフの森から最も近い町になる。
だから中央は自分達の息のかかった者を領主とした。
「女神教の考えていることはわからん。少しでもエルフを獲得して、我が領地で働いてほしいが、それも叶うまい」
「言葉には気を付けたほうがいいですよ?」
「あそこで上機嫌で演説しているバカ以外は皆、同じ気持ちだろうよ。元より俺は自分の領地を守れさえすれば女神教などどうでもいいのだ」
女神教は中央や東部で流行りだした宗教だ。
それが徐々に南部にも来たのだが、南部ではありがたく信仰している者は少ない。
何故なら、飢饉が起きても何も手助けをしてくれないからだ。
それどころかお布施という名の多額の税を課してくる。
誰がそんな宗教に心から頭を垂れるものか。
「正直、負けてくれないかと思っている自分がいますよ」
「はは! それはいいな。そうすれば、私はひいひいばあさんに顔向けができよう!」
「そういえば、アルバン殿はエルフの血も混じっていましたな」
「ふん! もう少し、ばあさんの血が濃かったらもっとモテただろうよ!」
エルフは長寿なため、ひいひいばあさんではあったが、面識もあるし、かわいがってもらった。
すでに亡くなっているが、上品で優しいばあさんだったことを覚えている。
「アルバン殿、腹を割って話しませんか?」
「なんだ? 俺はさっきから正直に話しているぞ」
酒の力も借りているが、こんな場所でぶっちゃけるほどに頭に来ているのだ。
「エルフ…………というよりも幸福教団が勝てる可能性は?」
「悪魔の武器をどれだけ用意できるかだろうな。あとは森での戦いになるだろうから俺達がいつ折れるかだ。もし、森に籠られたら長期のゲリラ戦になる。こちらの兵糧が尽きるのが先か、向こうを殲滅するのが先か…………」
エルフ相手に森で戦うのは厳しい。
とはいえ、数百名なら数で十分に押せる。
「もし、幸福教団が勝った場合はどうされます?」
「何も変わらん。自分の領地に逃げ帰り、静観だ。幸福の神が迫ってきたら靴でも舐めて、白旗を振ってやるよ」
もし、明日の戦でエルフに捕まり、殺されそうになっても、ばあさんの形見を見せればいい。
それで俺は助かる。
いや、部下も助けてほしいな。
その辺は俺の交渉能力だろう。
「さすがですなー」
「ふん! そなたも同じだろう。俺は自分の領地と領民が一番なのだ」
それが貴族だ。
「まあ、そうですな。明日はどうなるか…………」
どちらにせよ、嫌な光景を見せつけられるんだろうよ。
実につまらん。
◆◇◆
翌日、俺は馬に乗り、軍を率いてマイルの大平原まで来ていた。
事前に決まっていた通り、俺の軍は後詰め。
ついでに言えば、昨日、話していた隣の領地のマルクス殿も後詰めだ。
俺は単騎で丘の上に上がり、戦況を眺めることにした。
先陣からかなり後方にいるとはいえ、俺はわずかながらもエルフの血が流れているため、目が良い。
だから前方の様子も見えるのだ。
マイルの領主は騎兵を前面に出していることから騎兵突撃を行うのだろう。
対するエルフ共は…………なんだ、あれ?
俺の目には謎の鉄の塊が見えている。
芋虫のような足をしており、凶悪な角も生えている。
どこか虫を連想とさせる大きな鉄の塊が10匹も森の外に置いてある。
あれは魔物…………ではないな。
兵器か……
悪魔の武器だろうな。
それに…………
俺の目には騎兵と悪魔の兵器の間の平原に設置されている罠も見えていた。
不自然な土…………落とし穴か……
それに見えにくいが、鉄線が張り巡らされている……
騎兵の足を止めるつもりだろう。
となると、あの兵器の角は……
「――アルバン殿!」
俺が最悪な予想を立てていると、マルクス殿が単騎でやってくる。
「マルクス殿、もう戦は始まるというのに持ち場を離れるのは感心せんぞ」
「言ってる場合か! あれはなんだ!?」
マルクス殿が虫のような鉄の塊を指差す。
「おぬしの予想通り、悪魔が出した兵器だろうよ。少数の相手が騎兵相手に野戦を選択した。どういう意味かわかるだろう? 逃げる準備でもしておけ」
「アルバン殿は?」
「白旗の準備でもしようかな」
持ってきておいてよかったわ。
「降伏を許してもらえますかね?」
「俺は助かる。昨日話した俺のひいひいばあさんはどこぞの村の村長の娘だったらしい。その縁もあって、我が領地は昔からエルフとも親交があるし、今でも内密に交易もしている」
「ちゃっかりしていますな……」
俺に便乗しようとしているヤツに言われたくない。
「さて、始まるぞ。マイルの領主殿は果敢にも騎兵突撃を行うらしい」
「偵察もなしか……」
敵は200だし、あまり慎重になると、臆病風に吹かれたと馬鹿にされるだろうからな。
野戦を選択した以上、突撃以外にはない。
「領主殿の判断は間違いではない。よくわからない敵を相手にする時は騎兵での速攻は定石だからな」
ましてや、遮蔽物が極端に少ない平原での野戦。
騎兵による突撃が一番有効で最強だ。
敵が悪魔でなければ……
俺とマルクス殿が馬上から前方の様子を窺ってると、マイルの領主が騎兵を率いて突撃を行った。
そして、そのあとを歩兵が進んでいく。
「あまり見えませんなー」
マルクス殿は遠すぎて見えないらしい。
「騎兵が突撃した。その後ろに重歩兵だ」
「さすがですな。エルフの力ですかな?」
「いいだろう? おっと、さっそく騎兵連中が罠にかかったぞ」
前の騎兵が落とし穴に落ちたのだ。
だが、後ろの騎兵はすぐに回避し、突撃を続行する。
「やはり罠がありましたか」
「だな。とはいえ、たいした足止めにはならん」
時間がなかったのだろう。
今も騎兵が鉄線で足を取られて落馬しているが、後ろの騎兵はその馬を乗り越えて突撃を続行している。
いくら罠を張ろうとも、この程度では騎兵は止まらない。
数においては絶対的に有利なのだから引く理由もない。
「このまま押しつぶせるといいのですが……」
マルクス殿がそうつぶやいた瞬間、芋虫が火を噴いた。
そして、地面と共に騎兵が空を飛んだ。
「は?」
「な、なんですか、あれは!?」
馬が……人が空を飛んでいる……
なんだ、あれは!?
「魔法……いや、やはりあれは兵器だったか! あの鉄の塊は別の悪魔の武器だ!」
「なんですと!? 悪魔の武器は他にもあったのか!」
悪魔の武器は対人用の武器だとすると、あれは対軍兵器だ。
やはり騎兵相手に野戦を選択するだけの物を持っていたか!
俺達が驚愕している間も悪魔の兵器は火を噴き続ける。
もはや、騎兵隊は体をなしていない。
総崩れだ。
「ダメだ。騎兵は全滅……後は重歩兵だが――なっ!?」
俺の目には驚愕の光景が映っていた。
いや、俺は理解はしていたはずだ。
あの兵器を見た時に最初に連想したのは芋虫なのだから。
「どうされましたか!?」
「動いておる。あの兵器が前進を始めた」
それも速い。
騎兵ほどではないが、重歩兵では逃げ切れないほどのスピードだ。
「重歩兵が蹂躙されますぞ!」
「いや、他の軍の騎兵隊が援軍に回った。前進する兵器の両側面をつき、騎兵で挟み撃ちにするようだ」
悪くない策だ。
対応も速いし、マイルの領主は戦争の素人というわけではないらしい。
領主軍の援護に回った援軍は兵器を挟み撃ちにするために両側面に回った。
だが、直後、援軍の騎兵が次々に倒れていく。
「なんだ?」
「どうされました!?」
「騎兵が何故か倒れていく…………悪魔の武器か……森から発射されておる」
俺の目ならかろうじて見える。
森から何かが発射され、騎兵を倒していっている。
あれは例の悪魔の武器だろう。
だが、距離が相当、離れている。
あの距離で攻撃できるのか…………
「こら、無理だ。撤退が妥当」
「マイルの領主殿は引きますかな?」
「引かないだろうな。というか、引けんだろ。遠距離攻撃を持つ敵に背を向けられん」
自殺行為だ。
ここは進むしかない。
「我らは?」
「さっき言っただろ」
「ああ……撤退とは我らのことでしたか」
当たり前だ。
勝てない相手に戦って兵を失うわけにはいかない。
この兵士達にしても我が領民なのだから。
俺達がこうしている間にも蹂躙は続いている。
数千の兵があっという間に溶けていっていた。
俺はその光景を固唾を呑んで見ていると、森の上空にあるものを見つけてしまった。
「マルクス殿…………南部にドラゴンがいるという話を聞いたことがあるかな?」
「は? ドラゴン? ドラゴンは北部でしょう?」
だよな……
南部にドラゴンはいない。
ならば、見間違えではないだろう。
「あの火を噴く芋虫が飛んだら、さぞ恐ろしいだろうな……」
「何を言っているのですか?」
「おぬしは見えないか…………森の上空に鉄の塊が飛んでおる。そして、こちらに向かっている」
俺はそう言いながら森の上空を指差す。
「あの黒い点ですか? よく見えますね…………」
「昔はこのスキルで女子の水浴びを覗いたものだ…………あの楽園を見ていた時が懐かしい。今は悪夢しか見えん」
俺にはあの空飛ぶ兵器がはっきり見えている。
先ほどの火を噴く芋虫の角と同様のものが備え付けられているのもはっきり見える。
空からの蹂躙…………そして、あのスピード……
無理だ。
戦うどころか逃げることもできん。
「マルクス殿、無理だ。俺は幸福教団に降る」
勝てんわ。
今思うと、後詰めで良かった。
「さようですか…………しかし、一合も交えず降伏するのは武人の恥ですぞ?」
「白旗は予備も用意しておるぞ?」
「お借りしたい」
俺は快く、友に白旗を貸してやった。
そして、この日、我が軍とマルクス殿の軍以外は壊滅した。
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