第023話 狂信者達の前夜 ★


「勝崎隊長、ヒミコ様は何と?」


 ひー様との交信を終えると、エルフ族のエックハルトが聞いてくる。


「ひー様は獣人族を信者に加えられた。こちらの戦争が終わり次第、この森に獣人族を派遣するそうだ」


 俺は先ほどまでひー様と定期交信を行っていた。

 その際に東雲姉妹や前野と合流したこと、獣人族と人族のハーフのこと、そして、獣人族を降したことを聞いた。

 数日で一気に事が動いたのだ。


「戦争が終わった後か? 敵は5000を超えると聞いている。戦争の前に援軍を寄こしてほしいのだが……」


 エックハルトは不満そうだ。

 だが、気持ちはわかる。

 向こうの兵数は5000、こっちは400である。

 戦闘員のみと考えれば、200にも満たない数なのだ。


「獣人族をまとめるのに時間がかかっているらしい。それに戦争直前に来られても作戦面で連携が取れないのも確かだ。すでに決定している事項であるが、今回の戦いは俺達のみで行う」

「わかった。ヒミコ様や勝崎隊長がそう言うなら従おう」


 エックハルトは納得したようだ。


「では、作戦会議を再開しよう。村上、マイルの情報は?」


 情報面を担当していた村上に聞く。


「敵は5000ですが、後続に援軍がある様子。総勢では万を超えるかと思います。ただ、間違いなく、連携は行ってこないでしょうし、援軍を待たずに現在の5000で先行してくると思われます」


 400人しかいないエルフ相手に5000も擁しておいて援軍を待つわけないか。

 それに話によれば、この戦いはエルフ狩りを兼ねているらしい。

 つまり早い者勝ちというわけだ。


「敵の装備は?」

「騎兵が1000です。残りは弓兵と歩兵ですね。騎兵突撃で敵を崩すのが定石らしいです。やはり、森でのゲリラ戦が有効かと思います」


 森では騎兵は死ぬ。

 それにエルフは森での戦いが得意だ。

 だが…………


「今回は平原での野戦を選択する」

「何故です?」

「ひー様の指示だ。時間をかけずに蹂躙せよとのお言葉。獣人族を降す際のことらしいが、やはり、皆、南部の戦いのことを気にしているらしい。幸福教団に入るのはいいが、幸福教団が本当に自分達を守ってくれるのか、不安があるらしい」


 まあ、わからないでもない。

 幸福教団はエルフを加えても500名だ。

 数では獣人族の方が多いし、当然、女神教とはかけ離れている。

 不安にもなるだろう。


「しかし…………安全面を取れば、森の方が……」


 村上はまだ不安があるらしい。


「女神教は最悪、森を焼く可能性もあるそうだ。女神アテナはそういう神らしい」


 森を焼くのは女神教にもデメリットがあると思うが、それでも女神教はやるらしい。

 たかが、400名を殺すために森を焼くのはバカみたいだが、永遠を生きる神にとっては、森ですら、そのうち元に戻るだろうという考えのようだ。


「森を……確かにそれをされると厳しいですね。では、野戦ですか……」

「そうなる。基本的には戦車とライフルによる遠距離攻撃で終わらす。今、青木に平原に罠を仕掛けさせている。足止めしたところを仕留める」


 戦車の操縦の仕方やライフルの使い方はエルフにも教えている。

 エルフはやる気があるし、目が良いため、成長速度が早い。

 まだ、荒い所もあるが、今回の戦いには何とか間に合った。


「罠?」

「有刺鉄線と落とし穴だな。単純だが、騎兵には有効だ。ひー様がバックホウを出してくれたから急ピッチで進めてもらっている」


 青木はバックホウの免許も持っているし、数十名のエルフと共にせっせと穴掘りをしている。


「なるほど…………勝てますか?」

「下手をすると、初撃で終わる。戦車の砲撃で馬は止まるし、見えないところからの狙撃で兵がすくむ。あとは敗走だ」

「ですか……」


 あとは向こうの士気次第だろう。


「今回は野戦で戦い、世界に幸福教団とひー様の力を見せつける。そうすれば、自然と我らに降る者や戦いを止める者も出てくるだろう。今回はその大事な初戦だと思ってもらいたい。諸君の奮闘に期待する」

「「「はっ!」」」


 作戦会議を終えると、皆が持ち場に戻っていく。

 俺も会議をしていた家を出た。


 村はひー様がおられた時よりも様相が変わりつつある。

 プレハブの仮設住宅も増えたし、生活用品も日本の物に代わりつつあるのだ。

 非常にありがたいし、エルフ達も喜んでいるのだが、ひー様は時間やタイミングを無視して物資を送ってくるため、ちょっと困っていることもある。


 ある日、朝起きて、周囲がペットボトルの水だらけだったこともあるし、懇意にしているエルフの女性と仲良くしている時に大量の米を送ってきたこともあった。

 多分、わざとだと思う。

 あの人はああいうところがある。

 良く言えば、お茶目、悪く言えばサディスティックだ。


 俺は村を見渡した後に車に乗り込み、森の外を目指した。

 今までは森の外に出るための道は幅が1メートルもない獣道だったが、現在は木々を伐採し、車がすれ違える程度の幅を確保し、道も整えられている。

 青木は将来的にはコンクリート舗装を行いたいようだが、さすがに後回しとなっている。

 人手が圧倒的に足りていないため、他の優先事項が先なのだ。


 当初はこの道に騎兵を誘い込んでマシンガンでハチの巣にする計画を立てていたのだが、ひー様の指示でそれはなくなった。

 だが、道を作っておいてよかったとは思う。

 将来的には森の外に前線基地を作り、住居区は森の中とする予定なのだ。

 これはひー様からも許可を得ている。


 俺はそのまま車を運転していき、森の外までやってきた。

 森の外の平原では青木らが建設機械で作業をしているのが見える。

 それと同時に何人ものエルフがライフルを使って狙撃の訓練をしていた。


 あるエルフは木に登り、枝の上で器用にスナイパーライフルを構えると、数百メートル離れた缶を狙撃した。


「すげー…………」


 俺は思わず、声が漏れた。

 あんな細い枝の上で何故、その距離を当てられるのかがわからない。

 正直、俺ではまず、枝の上に行くのも無理だ。

 それに、ライフルの使い方を教えて、まだ数日なのに、何故、ここまで上達できるのだろう?

 はっきり言って、俺より上手いと思う。


「勝崎隊長! どうでしょうか?」


 先程、木の上から缶を当てたエルフが聞いてくる。


「上等だ。しかし、何故、こうも早く習得できる? しかも、そんなところから……」

「我らは子供の頃から弓と共に育ちますので、そういうスキルがあるのです。それにエルフにとっては木の上も地面も変わりません」


 そういえば、スキルや魔法がある世界だったな……

 俺達はそういうのがないから忘れてた。

 まあ、覚えが早いのは良いことか…………


「よし、次は戦車の操縦の仕方を教える。皆を集めてくれ」

「はっ!」


 俺はエルフってすげーなーと思いながらもエルフ達に武器の使い方を教えていった。




 ◆◇◆




 今日の訓練を終え、夕食を食べ終えると、俺は自宅となっている仮設住宅に青木と村上を呼んだ。


「エルフ達はどうだ?」


 俺は青木と村上にビールを注ぎながら聞く。


「優秀で真面目ね。私達の言うこともよく聞いているわ」

「だな。ひー様不在が心配だったが、杞憂だった」


 2人は人前では敬語を使うが、誰も見ていない今はタメ口である。


「こっちもだ。あっという間に銃の使い方を覚えたし、上達スピードもすごい」

「ひー様がエルフは良い兵士になると言ったのもの納得ね」


 言ったのは氷室だが、まあいい。

 村上の前で氷室の名前を出すのは良くない。

 村上はただでさえ、俺が速攻でエルフの娘に手を出したことを怒っているのだから。

 でも、あれは仕方がないことだと思う。

 ひー様に興奮剤入りの酒を飲まされ、見た目麗しい若いエルフにしなだれかかられたら誰だって襲う。

 一応、その後もちゃんと付き合っているのだからセーフにしてほしい。


「今後はここに獣人族も加わる。他種族だから気を付けないとな」

「教団員同士の争いはご法度だしね」

「一応、そこはひー様が釘を刺したらしいが、生活していくうえでは必ず、障害があると思ってくれ」

「ハーフとかいうのは? こっちに前野先生と共に向かっているんでしょ?」

「それもだな…………とりあえず、明日、数人のエルフに護衛のために迎えに行かせる。多分、そいつらが合流するくらいのタイミングで開戦だろうな」


 開戦はそう遠くない。

 どうしても、兵糧のことがあるからいつまでも町に大軍をとどめておくことはできないからだ。

 それにいつまでも軍をとどめておくと、略奪などが起き、町の住人との衝突が起きる。

 おそらく、数日後には打って出るだろう。


「戦争か…………避けれないこととはいえ、嫌ね」

「戦争が好きなヤツなんていない。ひー様が女神アテナとぶつかるのはわかっていたことだ。それよりも、あいつらはどんな感じだ?」


 俺がこの2人を呼んだのは戦争のことではない。

 マイルの町にいる生徒たちのことだ。


「あの子たちはこちらに帰順している。実際、その子たちから情報を集めたからね。でも、ひー様に降るかは微妙…………」

「厳しいか?」

「あの子達にとっては同級生なのよ。それがいきなり神って言われても心の整理が難しいでしょう。それに新興宗教だしね。自分で言うのもなんだけど、怪しすぎ」


 まあ、実際、怪しいしな。

 悪徳教団と言われても否定できない。


「それはわかっているが、ひー様があいつらを生かす条件は信者になることだ。お前らもわかっていると思うが、ひー様は自分を否定する者に容赦しない。たとえ、ひー様が許そうと他の者が許さないだろう。リースは行方不明だが、東雲姉妹とは合流している。あの姉妹は動くぞ?」


 東雲姉妹は普段はバカみたいなギャルだが、中身は氷室に指導された特殊工作員だ。

 性格的に潜入なんかには向いていないが、ひー様の護衛であり、ひー様を守るためなら平気で敵を殺す。


「わかってるわ……こうなったら正直に言おうかしら? いっそ、恐怖で縛ってしまうの」

「それでもかまわん。神谷はともかく、東雲姉妹が怖い。それにもし、リースが戻ってきたらあいつは徹底的に動くぞ。あいつ、ヤバいじゃん」


 狂信者が多い幹部連中の中でもトップクラスに過激なのがリースだ。

 あいつは古参の1人であり、教団をここまで大きくした功労者でもある。

 そのため、ひー様の右腕であり、信頼も厚い。

 そして、頭がひー様でできている。


「リースね…………あいつがひー様と合流したら間違いなく、生徒の早期処分を進言するでしょうね。そして、ひー様はそれを受け入れる。リースが合流する前に多少、強引でも信者にすべき」

「村上、お前は戦後、マイルの町に行って、あいつらを説得してくれ。それでもダメなら逃げるように言ってくれ」


 逃げても無駄だろうが…………


「わかったわ」


 村上が頷いた。


「青木、村上、俺らはもう引けん。やるぞ」

「わかってるわ」

「1年前にリースの案に乗った時から決まってることだろ」


 俺は再び、2人のコップにビールを注ぐ。

 そして、自分のコップにも注ぐと、コップを2人の前に掲げた。

 2人もまた、コップを掲げる。


「すべてはひー様のために!」

「「幸福は我らと共にある!」」


 俺達はコップを合わせ、ビールを一気飲みした。


 俺達は幸福教団の幹部だ。

 ひー様より上に立つ者を許さない狂信者である。

 ひー様にすべてを捧げたのだ。

 5000の兵だか知らんが、潰すのみ。

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