第021話 ライオン、かっこいい!


「ヒミコ様、あちらになります」


 ヨハンナがそう言って、指を差した建物は木材でできた平屋であり、そんなに大きくはなかった。


「あそこにあんたらの首領がいんの?」

「あそこは会議をする集会場なんです。さっきまで会議中でしたので首領をはじめ、一族の長が集まっております」


 なるほど。

 それは好都合だ。

 たとえ、首領が幸福教への入信を拒否したとしても、ヨハンナのように私についてくる者も出てくるかもしれない。


「わかったわ。行きましょう」

「あ、少々、お待ちを。申し訳ありませんが、あそこの中へはヒミコ様だけでお願いします」


 ヨハンナがミサに頭を下げた。


「何故です!? 私はひー様の巫女! ひー様を守り、ひー様の言葉を伝えるのが私の役目!」


 どっちもロクにやってない……


「申し訳ございません。中には人族への恨みを持つ者もいます。交渉する際に下手に刺激を与えたくないのです。ですが、御安心ください! 巫女様に代わり、このヨハンナが身命をかけてお守りします! ゆえにどうか、ここは引いてください!」

「えー…………」


 ミサは不満そうだ。

 まあ、こういう時にしか活躍の場がないもんね。


「ミサ、ここはヨハンナの顔を立てましょう」

「わかりましたぁ…………」


 ミサは渋々ながらも納得したようだ。


「ヨハンナ、では、参りましょう」

「はい。こちらになります」


 私はミサを置いておき、ヨハンナと共に集会場とやらに向かった。

 集会場の前に着くと、ヨハンナが先に中に入り、そのあとに私が続いて入っていく。


 集会場という部屋では、10種族以上の獣人族が床に座布団みたいなのを敷いて座り、顔を合わせて会議をしている。

 そして、お誕生日席には白いたてがみをしたライオンが座っていた。

 間違いなく、このライオンがこの集団の首領だろう。

 だって、ライオンだもん。


 私達が入ると、全員の注目が私に集まった。


「我らの神、ヒミコ様である! ささ、ヒミコ様、むさくるしい所で申し訳ありませんが、こちらにお座りくださいませ」


 ヨハンナはそう言って、座布団を取り、ライオンの対面に座らせてくる。

 なお、これにより、皆の注目は私から速攻で私に寝返った尻がるキツネに移っていた。


 ヨハンナは皆の視線を無視し、私の斜め後ろに控えたままだ。


「ヨハンナ、あんたの席はあそこじゃないの?」


 私は明らかにヨハンナが座っていたであろう空席を指差す。


「我が心はすでにヒミコ様に捧げました」


 あっそ……

 皆が呆れ切っているのがわかるかな?


「――コホン! 幸福の神よ、遠路はるばるこのような地へよくぞ参られた。俺は獣人族を束ねている獅子族の長、ジークである。獣人族を代表して歓迎する」


 白いライオンが大きな声を出して、私に自己紹介と歓迎の意を述べてくる。

 とりあえず、ヨハンナは放っておくようだ。


「私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ。獅子族の長よ、歓迎に感謝します」

「うむ! して、このような地に何用かな?」

「お前達に幸福を説きに来ました。南部の森からここまでは遠かったですが、苦しむ人を救うためには労力を惜しみません」


 めっちゃ大変だった。

 運転していたのはミサだけど。


「俺達が苦しんでいると?」

「おや、苦しんでいませんか? 人は生きる上で多くの苦しみを持ちます。貧困、差別、暴力…………何も悩みがないのは素晴らしい。それこそが幸福教の本懐です!」

「何の悩みもない人はおらん。我らにだって悩みや苦しみはある」


 そらそうだ。


「それは悲しい…………人は幸福を掴まないといけないのです! 今こそ、私と共に幸福を掴みましょう!」

「俺達に幸福教に入れと言うのか? しかし、俺達は幸福教が何なのか知らん。幸福教とはいったいどういう宗教なのだ?」


 ふむ……

 真っ向から否定するわけでもない。

 すぐに縋りつくわけでもない。

 やはり獣人族は冷静だ。

 ランベルトから人族と獣人族の争いの過程を聞いている時にも思っていたが、獣人族はかなり慎重な性格をしている。

 見た目はライオンだが、人族よりもよっぽど話が分かるようだ。

 

「幸福教は特に厳しいものではありません。単純に幸福を願い、求めるものです。ある意味、生きていくうえで当たり前のことです」

「確かにその通りだ。それで?」

「いえ、以上です」

「は?」


 ジークが呆けて聞き返す。


「それだけです。幸福教は皆で幸せを目指して頑張ろうという宗教です」

「その…………頑張るとは具体的に?」

「人の幸せは人それぞれですので、それは何とも…………ただ、飢餓に苦しむエルフは食料を求め、各地に捕らわれた同胞を救うために立ち上がりました。私は私の子であるエルフに幸福を与えることにしました。だから食料を与え、共に戦うことにしたのです」

「うーん…………それをして、幸福教団に何のメリットがあるのだ?」


 メリットしかないよー。


「お前は自分の子が苦しんでいる時に何もしないのですか? 同胞が悩んでいる時に声をかけないのですか? 私は私の子を救う。私のために生き、私のために祈る子供達を幸福へと導く。それが幸福の神の使命である」

「信者が欲しいだけでは? 自らの力を強くしたいだけではないのか?」


 うん。

 決まってんじゃん。


「私の子が増えるのは喜ばしいこと。幸福を求め、幸福を掴む者が増えること以上の感動はありません。そして、私の力が増し、より多くの苦しむ人々を救えるようになれば、これに勝る喜びはないでしょう」

「…………俺達が幸福教に入るメリットは?」

「お前達の苦しみを取り除きましょう」


 ヒミコに任せるのです!


「キールの町を落としてでもくれるのか? 幸福教団には悪魔の武器があるんだろう?」

「キールの町を落とす? それがお前達の幸福ですか? 違う、違う、違う。違うでしょう? あんなつまらない小さな町を落として何になる? お前達の幸福とはこんな小さな森に閉じこもることではなく、野原に生き、町で生き、世界中で生きることでしょう?」

「何を言っている?」

「まだわかりませんか? お前達ほど優れた種族がなにゆえ、このような日陰で生きる? エルフは森の民だが、お前達は必ずしも森の民ではないでしょう。普通に好きなところで生きればいい」


 ライオンは平原の生き物でしょ。

 まあ、森の生物も多いだろうけど。


「それが可能だと?」

「近いうちにこの世界は幸福教に溢れるでしょう。幸福教において大事なことは幸福を求めることのみ。種族も生き方も関係ありません。そして、何人もこれを妨げるのは許されない…………このヒミコが許さない!」

「…………女神アテナが怖れるわけだ」


 ジークが苦笑した。


「さあ、賢く強き者達よ。選ぶのです。何が正解で、何が不正解なのか…………少なくとも、女神教はよしなさい。すぐに消えてなくなる邪教です。もっとも、お前達は絶対に選ばないでしょうがね」

「まあ、女神教はない。進んで奴隷になるほど馬鹿ではないのでな…………幸福の神よ、しばし、時間が欲しい。この場で即答できることではない」


 まあ、そうだろう。

 後ろにいるキツネがおかしいんだ。


「お好きにしなさい。信仰とは自由ですが、軽く考えてはいけません。己の生き方を決める1つの指標なのです。ジーク、この集落の一画を借りても良いですか? 休める道具を出します」

「それは構わないが…………」

「では、入口の近くに鉄でできた変な形の家を出します。もちろん、後で撤去しますのでご安心を」


 私はそう言いながら立ち上がった。


「ヨハンナ」

「はい」

「あとでその家に来なさい」

「わかりました!」


 私はヨハンナに指示を出すと入口まで向かい、外に出ようかと思ったが、1つ言い忘れていたことを思い出した。


「ジーク」

「何だ?」

「この地には私と共に私の巫女も来ています。その者は人族です。お前達が誰を恨もうと自由ですが、私の子を傷つけるのは許されない。もし、私の子を害した時はこの森は灰すら残さず死地となるでしょう。これはヨハンナも同じです。心に刻んでおくように」

「…………我らの中に客人を害する野蛮人はおらんし、ヨハンナは仲間だ」

「よろしい…………何故、女神教がお前達を迫害するのか理解に苦しむ」


 私は集会場を出ると、ミサと共に集落の入口近くまで行き、キャンピングカーを出して休むことにした。

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