第016話 キールの町に到着!


 私達は馬車に乗り込むと、キールの町に向けて出発した。

 東雲姉妹が乗ってきた馬車は荷物を乗せる用の馬車のため、窓はなく、道中は外を見ることもできない。

 そのため、非常に暇だ。

 なので、ナツカから姉妹のこれまでの1年間の生活を聞いてみた。


 ナツカとフユミは女神教との争いで完全に指名手配犯となっているらしい。

 どうやら相当、暴れたらしく、めっちゃ恨まれているようだ。

 とはいえ、写真もないし、似顔絵もないから何とか逃げのびていたらしいのだが、キールの町でついに捕まったらしい。


 …………無銭飲食で。


 何してんだと思ってしまうが、指名手配されているので基本的には逃亡生活だし、働き口もロクになく、金を稼げない。

 逃亡中は得意のカツアゲでしのいでいたらしい。


 そして、この町で無銭飲食をし、見事に捕まった。

 本来なら逃げ切れたのかもしれないが、運悪く、警備の兵士が巡回中だったらしい。

 東雲姉妹は捕まり、投獄された。


 そこを救ってくれたのが、ご主人様こと、ランベルト・バルシュミーデである。


 ご主人様は一目見て、東雲姉妹が幸福教団の指名手配犯だとわかり、この2人を買い取ったらしい。

 この辺がよくわからないのだが、貴族とかになると、囚人を買えるみたいだ。

 ちょっとえっちな匂いがするね。


 ご主人様は2人を買い取ると、すぐに他の教団員と接触し、お金儲けを始めた。

 それは金で女神教の情報を売るというものであり、我が教団は喜んで情報を買い取っていたということである。


「あんたらのご主人様は良い性格してるわね……」


 何となく予想はついていたが、結構な黒さだ。


「ご主人様は金と保身が大好きだから。女神教の司祭のくせに、ものすごい手のひら返しだったし」


 まあ、黒いというのも悪くはない。

 我ら幸福教団は人のことをとやかく言えるような教団ではないのだ。

 それにランベルトは先見の明もあるし、有能そうである。

 こういう欲望にまみれた大人を御すのは簡単だな。


「ふっふっふ。お前達は良いご主人様を持ちましたね」

「そうですか? 小言がうるさいですよ?」


 小言を言われるようなメイドなのが悪いと思う。

 ましてや、結構な恩人じゃねーか。

 少しは恩を返せばいいのに……


「まあ、いいです。それより、獣人はどうなっているんです?」


 キールの町は獣人族との争いの前線と聞いている。

 そっちの情報も知りたいのだ。


「えーっと、基本的には防衛戦なんで女神教が勝っています。ただ、敵も強いらしくて、反撃にまでは至っていないっぽい感じ」


 ナツカはあまり詳しくはないっぽいな。

 となると、フユミもだろう。

 ここはランベルトと前野に聞いた方が良さそうだわ。


「お前のご主人様は軍に通じているのですか?」

「多分…………いっつも愚痴ってますし、口は出せる立場であることは間違いないです」


 戦況にも詳しそうだ。

 よし! メイド好きの変態さんと思っていたが、多少の性癖には目をつぶってやろう。

 男はそんなもんだ。

 あの勝崎だって、速攻でエルフに手を出したし。


 私達がおしゃべりをしながらしばらく馬車に揺られていると、馬車が止まった。


「町の門です。私が話してきますので、ひー様はここにいてください」


 ナツカはそう言うと、馬車を下りていく。


「おうおう! 誰の馬車を止めてると思ってんだ!? あーん!?」


 ナツカ……


「そうだぞー! ご主人様の馬車だぞー!」


 フユミ……


「い、いえ、もちろん存じております。しかし、今は非常時のため、馬車の中身をすべてチェックするように領主様の命令を受けているのです」


 非常時?


「ハァ!? 領主? 知るか! 姉貴、殺しちゃおうぜ」

「そうしよう! ご主人様に逆らうヤツは殺そう!」


 いやいや!


「や、やめっ! わ、わかりました! お通りください!」


 完全に狂人扱いを受けてないか?

 この2人が町で絡まれないのはそのせいだろ。


「最初からそうしてりゃいいんだよ! ご主人様にチクちゃうぞ!」

「よしな、フユミ。私らは優しいんだ。さっさと行こうぜ」


 優しさって何だろ?


 私とミサが馬車の中で呆れていると、ナツカが戻ってきて、馬車が動き出した。


「あんたらって、いつもあんなんなの?」

「ですよー。ご主人様の笠に着るメイドキャラでやってます」


 絶対に嫌われてそう……

 絶対に影口を言われてそう……


「意味あんの、それ?」

「ありますよー。おかげで私達が指名手配犯なわけないって思わせてます」


 ご主人様が司祭だからでしょ……

 ランベルトは大変だわ。

 この姉妹はリスクでしかない。


 私は東雲姉妹に呆れつつも、まあ、無事でよかったわと思った。


 私達が乗っている馬車はそのまま進んでいくと、またもや停車した。


「ひー様、ご主人様の屋敷に到着しましたんで降りましょう。ここまで来たら大丈夫なんで」


 ナツカがそう言いながら馬車を降りたので、私とミサも馬車を降りる。

 馬車から降りると、立派なお屋敷の入口の前に馬車が停車しており、フユミも御者が座る荷台から降りていた。


「ようこそ! 私の家へ!」


 フユミが扉の前に立ち、両手を広げる。


「あんたの家じゃなくね? ランベルトの家でしょ」

「ランベルト……?」


 フユミが首を傾げた。


 こいつも名前を憶えてないのね……


「あんたのご主人様よ」

「あー、そうそう! そんな名前だったような気がする。ご主人様としか呼んでないから忘れちった」


 フユミが笑いながら頭をかいた。


「まあいいじゃん。それよか、どぞー」


 ナツカが屋敷に入るように勧めてくる。


「はいはい」


 私は東雲姉妹に勧められるがまま、屋敷に入った。


 屋敷に入ると、メイドがもう1人いた。

 そのメイドは私達に向かって、きれいに腰を折り、頭を下げる。


「ようこそいらっしゃいました。そして、おかえりなさいませ」

「ただいま、カルラ!」

「お出迎えご苦労であーる。あははー!」


 丁寧に頭を下げるメイドに馴れ馴れしく挨拶をするメイド姉妹2人。


「お前達もそっち側でしょう。メイドがメイドに何をしてるんですか…………」


 さすがにちゃんとしろよ。


「そいつらはメイド服を着せているが、扱いは客人なんだよ」


 屋敷の奥から男の人の声が聞こえてきた。

 すると、奥から立派な服を着た長身の男がやってくる。

 年齢はアラサーくらいかな?

 間違いなく、この男が東雲姉妹のご主人様だ。


「出迎えご苦労、ランベルト・バルシュミーデ。私が幸福の神、ヒミコである」


 私はその男に挨拶をする。


「まだ名乗っていないのだがね……神の力か? 東雲姉妹はどうせ、私の名前を覚えていないだろうし」


 正解!


「覚えてるよー。ランベルトでしょ!」

「そうそう! バルシュミーデ!」


 さっき、私が言ったもんね。


「それはすごいな。明日、また聞いてみよう」


 やめて!

 絶対に覚えてないから!


「ランベルト、まずは私の子を保護したことの礼をしましょう。何が欲しい?」

「対価はすでにもらっているよ。聞いていると思うが、私は情報を売っていてね。結構、儲けさせてもらった」


 こいつは情報を渡すだけで金をもらえるんだもんなー。

 まあ、リスクはあるけど。


「ほう……それは殊勝なことです。褒美がいらないとは……」

「ご主人様はお金が好きだよ」

「あと、保身」


 東雲姉妹が教えてくれるが、まあ、知ってる。


「そうですか……保身については問題ないでしょう。私の子であれば安全は保障されたようなものです。では、お金ですね…………あいにく、私はこの世界のお金を出すことは出来ません。と言っても、日本のお金はいらないでしょうね。ですので、これを授けましょう」


 私はスキルを使って金の延棒を出した。


 我が教団は何でも持っているのだ!


「…………それは金か!?」


 ランベルトの目が光る。

 そして、私の手にある金の延棒を食い入るように見始めた。


「そう……もちろん表面だけのまがい物ではありません。これをお前に報酬として与えましょう」

「ありがとうございます!」


 私が金の延棒を差し出すと、ランベルトはすぐに受け取り、じっくりと眺めたり、叩いたりして確認しだした。


 マジで金が好きなんだな。

 こういう男は扱いが非常に簡単だ。

 わかりやすいメリットを示せばいい。

 それでこちらにつく。


「さて、一応、確認ですが、お前は私の幸福教団に入るということでいいですか?」

「もちろんでございます。この世にひー様以外の神は必要ないと思われます。さっさとこの世界の癌である女神アテナを滅ぼし、世界を救世しましょう!」


 なるほど。

 手のひら返しがすごいわ。

 甘い汁を吸う気満々だ。


「お前は優秀そうです。期待しています」

「お任せあれ!」


 ふむ、こいつは本当にわかりやすいな。

 東雲姉妹が懐く理由もわかった。

 根底にあるものが一緒だわ。


 あとは…………


 私はランベルトから目線を切り、まともそうなメイドを見る。


「ご安心を。その者は我が屋敷で雇っているメイドです。幸福教団に入信すると言っています」


 ランベルトがメイドの事情を説明してくる。

 まあ、信者リストにカルラの名もあるし、そうなんだろう。


「ほう……本当ですか?」


 私は一応、メイドに尋ねる。


「はい。これは主人であるランベルトにも伝えておりませんが、私は人族と獣人族とのハーフです。元より、女神教を信仰しておりません。幸福の神が我らに幸福を与えてくださるのならば、我が肉体、そして、魂を捧げましょう」


 この人、獣人と人族のハーフらしい。

 なお、ランベルトは知らなかったようで目を見開いている。


「この屋敷には? 密偵ですか?」

「いえ、私は西の獣人族と通じていません…………私は奴隷の子なんです」


 あー……そういうことね。

 人族に買われた獣人族が孕んだんだ。

 そして、その子供は…………


「お前のような子が他にもいるんですか?」

「はい…………奴隷の子は奴隷として扱われますが、基本的には奴隷商人に引き取られます。しかし、子供をまともに育てる商人はいませんし、ほとんどは処分されます」


 えげつないなー……

 人族との間の子とはいえ、自分の子を奪われた挙句、処分か……


「処分とは?」


 普通に考えれば、殺すのだと思うが、その場合、何故、カルラがここにいるのかということになる。


「殺すか、スラムに捨てられます」


 どっちが幸せなんだろうね。


「お前はスラムで育ったんですね?」

「はい。そういった獣人族ハーフは同じスラムにいます。弱い立場ですので徒党を組んで、細々と食いつないでいるのです」


 そんなところの出身のカルラがメイドになるためにどれだけ苦労したのだろうか……


「では、その者達に伝えなさい。幸福は待っていても訪れません。どうすればいいか…………わかりますね?」

「我らを受け入れてくれると?」


 …………多分、ハーフは人族にも獣人族にも受け入れてもらえないんだな。


「我が教団は自由です。誰であろうが、何を信仰しようが構いません。ただただ幸福を願い、祈るのです。それが幸福教団の教えなのです」

「わかりました。皆に伝えます。我が信仰を幸福の神に…………」


 カルラが跪き、私に向かって祈る。


「ところで教えてほしいのですが、あなたはどう見ても人族です。獣人族に見えません」


 まあ、獣人族を見たことがないんだが、どうせ、ケモ耳でしょ。


「ハーフですので……ハーフは人族に偏ります。これは獣人族だけでなく、エルフやドワーフもです。ハーフリングは…………すみません、聞いたことがないので何とも」


 ハーフリングって、言わばホビットでしょ?

 まあ、体型的にちょっと難しいか……


「それで見た目が人族なんですね?」


「はい。スラムにいるハーフは皆、姿は人族です」


 見た目獣人族はいないのか……

 まあ、獣人族と戦争中に見た目が獣人族の子が町をいたらマズいか……


 しかし、これでわかった。

 ハーフが亜人にも受け入れてもらえなかったのは見た目のせいだな。

 亜人から見たら生き残っているハーフ達は見た目が完全に人族なため、信用できないのだ。


「なるほど。しかし、本当に人族にしか見えませんね? 尻尾でも生えてます?」


 脱いだらわかるのかな?

 別に見ないけど……


「いえ。見た目は完全に人族です。ただ、嗅覚や視力は獣人族とほぼ変わりません」


 便利だな。

 実に便利だ。

 カルラがここに簡単に雇われたことが何よりの証拠。


「ふふっ。素晴らしいですね。女神アテナは本当に愚か……質より量を取ったのですね」


 エルフもこいつらもどう考えても人族より優れている。

 でも、数が少ない。

 信者ポイントが貯まらない。

 だからいらない。

 そもそも、他に敵となる神がいなかったから……


 今まではそれで良かったのでしょう。

 神が自分だけだったからね。


 でも、私が来ましたよ?

 クスクス。


「ランベルト、お前は実にいいメイドを持ちましたね」


 私は微笑みながら困惑しているランベルトに声をかける。


「はあ……? 非常に複雑なんだが……」


 いきなり判明した事実だもんね。


「どうせ、3人のメイドの内、2人は指名手配犯なんです。もう1人が獣人族のハーフだっただけです。それとも、お前は私の子を否定するのですか?」

「うーん、まあ、確かにどうでもいいか。カルラはよくやってくれてるし…………というか、他2人が使えなさすぎる」


 こら!

 正直に言うんじゃありません!


「ご主人様、ひどーい!」

「差別だ! これはメイド差別だ!」


 …………いや、働け。

 絶対にこのカルラしか働いてないでしょ。

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