第017話 亜人呼ばわりしているだけのことはあるわ


 ランベルトにカルラといった有能そうな人材が我が教団に加わってくれた。


「まあ、カルラのことはちょっとびっくりしたが、立ち話もなんだし、奥で話そう。前野も待っている」


 ランベルトがそう言って、奥の部屋に勧めてくれたので、私達は東雲姉妹を先頭に部屋に入る。

 部屋は食堂らしく、白い布がかかった長いテーブルが置いてあった。

 そして、いくつも置いてある椅子の1つに40代前半のおじさんが座っている。

 我が教団員の幹部であり、医者である前野である。


 前野は私を見ると、立ち上がり、私のそばまでやってきた。


「おー! 前野! よくぞ無事でしたね!」


 私は近づいてきた前野に声をかける。

 前野は医者だし、結構なおっさんなため、戦闘員ではないから心配だったのだ。


「お久しぶりです。ひー様も元気そうで何よりです。相変わらず、お美しいですね」


 そうかな?

 えへへ。


「他の男はお前のように気遣いができる男ではありませんでしたね。まあ、勝崎と青木ですが…………」

「まあ、あの2人では…………」


 デリカシーがなさそうだしね。


「それよりも、お前は闇医者をしていると聞きました」

「はい。この町は戦時中ですし、争いも多い町です。仕事はいくらでもありましたね。同時に情報収集もやっておりました」


 優秀だ。

 さすがは幹部である。

 わかったか、そこのJK3人?


「なるほど。それはご苦労ですね」


 歳も歳だろうにねー。


「再会を喜ぶのも結構だが、まあ、座ってくれ。今後の話がしたいのだ」


 ランベルトが私達に座るように勧めてきた。


「よいしょ!」

「あー、疲れた!」


 メイドの2人が真っ先に座る。

 もちろん、そのメイド2人にカルラは含まれていない。


 私達はそんな東雲姉妹に苦笑しながらもそういう人間であることは誰もが知っているため、特に何も言わずに席に着いた。


「お腹空いたー! ひー様、ピザ出して!」

「私、コーラ!」


 東雲姉妹が私にピザとコーラを要求してくる。


「はいはい。出してあげるからあんた達は静かにしてなさい」


 私はそう言いながらピザとコーラをテーブルの上に出した。


「はーい!」

「久しぶりのジャンクフードだ! 妹よ、食うぞ!」


 姉妹はコーラとピザをがっつきだす。

 私は2人を放っておくことにし、ランベルトと前野と今後の話をすることにした。


「この町は現在、西の獣人族と争っているということでいいですか?」

「そうなっている。西の森の奥に獣人族の集落があると考えられているのだが、こいつらは女神教に敵対し、徹底抗戦の構えを見せている」


 私の問いにランベルトが答える。


「そうなっている理由は?」

「少し、この辺の歴史を語ろう。その昔、この辺りの人族で狩りが流行ったらしい。まあ、獲物は獣人族だな。当時は武器も持っていなかった獣人族は弓矢で簡単に狩れたんだ。男は殺し、晒した。女子供は攫って奴隷だな」


 クズすぎるな。


「ひどいわねー」

「昔のことだがな。その後、獣人族も武器を使いだし、戦争となった。だが、この戦争自体はすぐに終わった」

「意外ね」


 血みどろかと思ったのだが……


「両者ともに被害が大きかったからすぐに停戦協定が結ばれたんだよ。お互い、不可侵でいこうということになり、そこからはちょっとした小競り合いはあったものの、大きな争いは起きていなかった」


 お互い、意外と冷静だったようね。

 血で血を洗う戦争かと思ってた。


「でも、今は戦争状態?」

「女神教だな。女神教がこの町に浸透しだし、女神アテナが自分に従わない獣人族を滅ぼすように命令した。そこからは激しい争いとなっている」


 やっぱりあいつか……

 まあ、それしかないけど。


「情勢は?」

「基本的に数に勝る女神教が強い。だが、正直に言って微妙だ。最初は人族が軍を率いて森に侵攻したのだが、身体能力や隠密に優れる獣人族と森で争えばどうなるかわかるだろ?」


 ゲリラ戦では勝てないか……

 数の有利も生かせないだろうし、森では馬も使えない。


 私だって、この状況ならゲリラ戦を選択する。

 実際、勝崎達にはその戦法も提案しておいた。


「森に行けば獣人族が有利、平地では人族が有利ですか……」

「そうなる。だから長いこと膠着状態だ。こういう状態になった場合、本来の戦争ならば、とっくの前に停戦交渉となる。しかし、女神教も獣人族も引く気がない。ズルズルと消耗戦に移行している。このままでは、この町と獣人族は共倒れだな」


 それが女神アテナの狙いかな……

 人は産めば増える。

 町も時間をかけて再建すればいい。

 それよりも、邪魔な獣人族を始末することを優先したってところだろう。


「悪手ですねー……」

「私もそう思う。だから速攻戦をするためにこの町の領主に色々と献策をしてきたのだが、一向に受け入れてもらえなかった。それどころか、南部のエルフ狩りのために援軍を出すとまで言ってきた。バカとしか思えん」


 南部……

 女神アテナはやはりそっちを重視したか。


「お前は献策をできる立場なんですか?」

「私は中央から派遣された教会のお目付け役だ。司祭はそこまで地位は高くないが、私は中央貴族であり、権力はある。だからこの町の領主ごときよりは上なんだ。とはいえ、決定権はさすがに領主にある。まあ、いびつな関係なんだよ」


 お互いがお互いのことを煙たがっているんだろうね。


「ちなみに、お前の献策とは?」

「捕らえた獣人を平地でなぶって公開処刑すればいい。獣人どもが挑発に乗って平地に出てきたところを数で押す。もしくは、森を焼けばいい」


 結構なクズ策だったわ。


「領主は反対ですか……」

「軍人のやることじゃないそうだ。今まで散々、獣人族を虐げたくせに今さら何を言うと思ったな。あと、森を焼くのはさすがに私もないと思っている。森は自然の恵みだし、森がなくなったらこの町も終わるからな」

「なるほど。大体わかりました。南部よりも人族との確執は大きそうですね」


 エルフはまだ人族に好意的に考える者もいた。

 昔は人族とも上手くやっていたらしい。

 だが、獣人族は厳しそうだ。


「この町の人族はやりすぎたな。それに獣人族は森の賢者と呼ばれるエルフと違って気性が荒い」


 脳筋なのかな……?

 でも、過去にあんな目に遭っていたのに停戦を選択したところを考えると、一概にそうは思えない。


「なるほど…………さて、これからどう動くか……ランベルト、お前はどう思います?」

「これについては事前に前野と会議をしていた。まず聞きたいのだが、ひー様は獣人族を信者に加える気か?」

「そのつもりです。まずは亜人を信者に加え、人族はその後です」


 人族は女神アテナさえいなくなれば、自然と私を信仰するだろう。

 他にすがるものがないからだ。

 だが、元より精霊信仰なり地霊信仰を持っている亜人どもは順番を間違えると、幸福教団に敵対する可能性がある。

 女神教が幸福教に変わっただけと思うだろうしね。

 亜人の立場が弱い今がチャンスなのだ。


「その場合、この町を滅ぼすことになる」

「何故です? 私は人族を滅ぼす気はありませんよ?」

「獣人族がひー様の信者になったとして、他の人族との争いは避けるかもしれんが、この町の人族は無理だ。もはや、この町と獣人族はどちらかが滅びるしかない。そこまで来ている」


 では、仕方がないのかな……?

 ランベルトは質の獣人族か、量の人族かのどっちかを選べと言っているのだ。


「どちらかを選ばないといけないと言うのですね? この町の人族か獣人族か…………お前はどう考えています?」

「獣人族を取るべきだ」


 ランベルトははっきりと告げた。


「意外ですね。お前は人族でしょう?」

「はっきり言うがね、俺はこの町の出身ではないし、そういったことはどうでもいい。俺は与えられた仕事を忠実にこなすだけ。どちらがひー様の有益になるかを考えれば、獣人族だ。そして、幸福教団が獣人族と争いになり、獣人族を滅ぼした場合はデメリットが大きい」

「聞きましょう」


 私はランベルトに続きを促す。


「他の亜人がひー様を疑うことになる。すでに降ったエルフはともかく、ドワーフとハーフリングが幸福教への入信に尻ごむだろう」


 ありえる……

 亜人の味方と思ってくれているだろうに、その亜人を幸福教団が滅ぼせば、私を信じないだろう。


「前野、お前も同意見ですか?」


 私は会議をしたという前野にも意見を聞いてみる。


「私もどちらかを選択するのなら獣人族かと思います。しかし、この町を滅ぼすのはどうかと…………」


 ほう…………


「理由を話しなさい」

「そもそもなんですが、我らの戦いが亜人と人族との争いと思わせるのは悪手です。我らの戦いは絶対神であるひー様を唯一神とするために女神アテナを滅ぼすことが目的です。亜人を信者に加えるために人族を必要以上に殺せば、人族はひー様を恨みます」


 性格が出るなー……

 前野は勝崎や村上ちゃん側の人間なのだ。

 必要以上に争う必要はないと考えている。

 まあ、人の命を救うのが仕事の医者だしな。

 それは勝崎や村上ちゃんも同じ。


「では、どうしろと? 獣人族に恨みを捨て、剣を収めよと言いに行きますか?」

「殺し合うのは兵士のみと説くべきです。このままでは獣人族はこの町の非戦闘員も殺すでしょう」


 さて、どうするか…………

 私は獣人族に武器を与えて、外から攻めさせ、爆弾を使って内部を破壊する方法でこの町を滅ぼすべきと思っていた。

 しかし、それは前野が反対するだろうな……


「ランベルト、獣人族がこの町を獲ったとして、周囲からの軍勢に対抗できますか?」

「獣人族の軍勢は1000人程度と予想されている。このキールの町の周辺には3つの町があり、そこから軍を展開されたらまず1000人では無理だろう。野戦では数に劣るし、籠城しても結果は見えている」


 私達が援軍を送れば、まだ頑張れるが、南部でもまだ準備中なのに、ここまで人を割く余裕はない。

 私達は圧倒的に人材が不足しているのだ。


 今はまだ、この町を獲るメリットがないな…………


「仕方がありません…………私が出向いて道理を説きましょう」


 まーた、森の中を歩くのかー……


「待ってください! 私は反対です!」


 これまで黙っていたミサが異を唱えてきた。


「何故です?」

「獣人族は野蛮で危険です! まともに話も聞かずに殺されるに決まっています!」


 そこまで蛮族ではないと思うが……


「私らが護衛をするぜ! 獣人なんかハチの巣にしてやる!」

「私のマシンガンが火を噴くぜー!」


 いつのまにかピザを食べ終えた東雲姉妹が護衛の立候補をする。


「お前達は今回はいりません。戦いに行くわけではないのですからね。オセロでもして待ってなさい」


 こいつらを連れていったら速攻で交渉決裂になってしまう。


「「えー!」」


 東雲姉妹は双子らしく、声を揃えた。


「幸福を教えにいくだけです。争いなんかは起きませんよ。そもそも、私は神です。死にません」

「いや、私は普通に死ぬんですけど…………」


 ミサが嫌そうな顔をしながら指で自分の顔を指す。


「だったらお前も待ってなさい。私が1人で行きます」

「いやいや、ひー様を1人では行かせられませんよ! 私も行きます! 巫女ですから!」


 大丈夫かな?


「ならば、武器を置いていきなさい。お前は少しばかり好戦的になるところがあります。相手を野蛮と言うのであれば、こちらは礼節と高潔を持って接します」

「え? なんで?」


 ミサが素で聞いてくる。


「覚えておきなさい。プライドが高い者ほど、礼儀には礼儀で返そうとします。力ある者は特にその傾向にあるものなのです」

「獣人族に当てはまりますかね? あいつらって、めっちゃ野蛮なケダモノって聞きましたよ?」


 人聞きかい……


「カルラを見なさい。礼儀もきちんとしていますし、大人しいでしょう? お前達の方がよっぽど野蛮です。それにランベルトの話を聞いている限り、冷静な面も十分に見えてきます」


 一度は停戦協定を結んでいた。

 そして、獣人族はそれをちゃんと守っていたのだ。

 獣人族は馬鹿ではないし、交渉の余地は十分にある。


「そんなもんですかねー……」

「そんなもんです。お前はしゃべらなくていいです。私が話します」

「またですかー……私の役目って……」


 お前の役目は私の隣でバカなことを言うこと。

 そうすれば、相対的に私が良い人に見える。


「お前がそばにいるだけで私は安心なのですよ」


 ニコッ!


「うそくせ…………」


 うん。

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