第013話 東雲姉妹も動き出す ★


 私はベッドの上で寝転び、天井を見ながらぼーっとしている。


 暇だ。

 実に暇だ。

 やることがない。


「姉貴ー、暇なんだけどー」


 隣を見ると、妹も私と同じく、ベッドに寝転び、天井を見ていた。

 同じ体勢で同じことを思っていたらしい。


「しゃーねーだろー。やることがないんだから」

「姉貴ー、ソシャゲしたい」

「しゃーねーだろー。電池も切れたし、そもそも、ネットも通じないんだから」


 スマホは当然、圏外だし、とっくの前に電池は尽きている。


「姉貴ー、面白いことしゃべってみて」

「昔、昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」

「つまんなーい」

「しゃーねーだろー。お姉ちゃんは芸人さんでもなければ、面白いことを言える人じゃないんだ」

「知ってるー」


 殴りたいな……


「彼氏でも作れよ。ご主人様とかどうだ?」


 私達姉妹はとある屋敷に住んでいる。

 ご主人様である雇い主にメイドとして雇われているが、仕事はほとんどしていない。

 たまに地球の知識とか、料理を教えるくらいだ。


「ご主人様って、おっさんじゃん。パパ活になっちゃうよ」

「いける、いける。愛に年齢はないし、性別もないってリースが言ってた」


 リースはちょっとひー様を見る目がヤバい。


「リース、頭おかしいじゃん。あいつ、ひー様で【自主規制】してたよ」


 なんで知ってんだよ。


「見たん?」

「見た、見た。ひー様の名前を呼びながら杖で……」

「うん。もういいや。お姉ちゃん、リースのことが嫌いになった」


 近づかないようにしよう。


「あっ!」

「どうした?」

「これ、言ったら殺すってリースに言われてたわ。言ったら姉の方も殺すってさ」


 妹がケラケラと笑う。


「なんでお姉ちゃんに言うかなー? というか、私は関係ないじゃん」

「双子は2人で1人。連帯責任って言ってた」


 リースは絶交だなー。


「面白くない話をありがとう。寝る」


 私は目を閉じる。


「添い寝してあげようか?」

「何? フユミもそっちになったの? リースる気? でも、お姉ちゃんはマズいだろー。せめて、メガネにしな」


 ミサも嫌だろうけど。


「いや、リースらないよ。姉貴が寂しいかなーって」

「寂しいもクソもあるか。あんた、そこにいるじゃん」


 なんで添い寝までしてもらわないといけないんだ。

 私、もう18歳だよ?


「姉貴ってさー、あたしに彼氏ができたら絶対に寂しがるよね。あたしは姉貴に彼氏ができるまで彼氏を作らないことにするよ」

「ふーん……」


 こういうことを言うヤツに限ってあっさり彼氏を作ったりする。

 そして、姉貴も早く作りなよとか上から目線で言いそう。

 あ、腹立ってきた。

 お姉ちゃんの理不尽パンチの出番かな?


『ナツカ、ナツカ。私です。ヒミコです。聞こえますか?』


 ん?


「フユミー、呼んだ?」

「呼んでないよー。ついに幻聴まで聞こえた?」


『ナツカ、聞こえませんか?』


 うーん、声が聞こえる……


「フユミ、お姉ちゃんを呼び捨てにすんなよ」


 フユミも小学校の時まではお姉ちゃんって呼んでたのに、中学に入った時から姉貴呼ばわりだ。

 それでもまだ良かったのだが、呼び捨ては良くない。


「呼んでないってー。姉貴、どうしたん? マジでイカれた?」


 えー……

 マジ?

 いや、待て。

 さっき、ヒミコって言わなかったか?


『ナツカ、聞こえないのでしょうか? それとも無視ですか?』

『えーっと、誰? ひー様? 何これ? 私、何かの電波をキャッチした?』

『聞こえているではないですか……私です。ヒミコです』


 えー……

 私、ついにひー様の幻聴まで聞こえちゃったよー。


「フユミ、ごめんね。お姉ちゃんはここまでみたい」

「姉貴ー、頭の中でひー様の声が聞こえてきたー」


 あんたもかい……

 双子は狂う時も一緒か……

 私達はリース側に落ちてしまったようだ。


「ひー様、こんにちはー…………ですです。キールにいます…………え? 今ですか? 暇なんで姉貴と休んでます」


 ああ……フユミが……

 私の妹が……


「いや、姉貴は幻聴だと思ってるみたいです…………そうなんですよ。姉貴はキャパが小さいんですよね…………あはは! ホント、そう!」


 殴りてーな。

 絶対に悪口を言ってるだろ。


「そうですね。姉貴と話した方がいいです………姉貴ー、幻聴じゃなくて、ひー様のスキルらしいよ。脳内電話だってさー。ちゃんと答えてあげて」


 あ、スキルなのか。


『ナツカ、聞こえますか? 幻聴ではありませんよ。私のお告げというスキルです』

『お告げって一方的じゃないのかな? スキル名を間違っている気がする』

『余計なお世話です』


 あ、やべっ!

 伝えるつもりのないものまで言ってしまった。

 これ、難しいな。


『えーっと、こんにちはー』

『はい、こんにちは。その調子です』


 よし、こんな感じだな。


『もう大丈夫です。ひー様、どうしたんですか?』

『幸福教団の復活の時がきました。お前達は私と共に行動するのです。今はミサと一緒ですが、戦力に乏しいのです』


 まあ、ミサはなー。

 あいつ、役立たずとは言わないけど、長所や得意なことがないしね。


『わかりました。すぐに合流します。ひー様はどこにいるんです?』


 ご主人様の予想では南部のエルフの森らしいが、ちょっと遠いんだよなー。


『お前達はキールでしょう? そこにいなさい。私が迎えにいきます』

『あー……そういえば、女神アテナの啓示で見ました。こっちに来れましたね』


 女神教の巫女がこの町に来て、演説してると思ったらひー様がミサと一緒に現れた。

 すぐに合流しようと思ったのだが、道に人がいすぎて近寄れなかったのだ。


『いえ、あれは月に1回しか使えない転移のスキルです。今は車で迎えに行くところなんですよ。ちょっとミサが運転の練習中ですね』


 車?


『車があんの?』

『神の力です。私が地球にいた時に触ったことがあるものを出せますし、お前達に送ることもできます』

『すげー! ジグゾーパズルを送ってほしい!』

『心の声がダダ漏れてますよ……というか、相変わらず、地味な趣味してますよね……ギャルのくせに』


 おっと!

 油断すると、心の声が出てしまう。


『あー、それで思い出した……髪を染めたいんで髪染めを送ってくれません? 金のやつです。1年も染めてないんで、今、プリンなんですよ』


 元々、染めていない黒髪のフユミにめっちゃ笑われている。


『これを機に、黒に戻しては?』

『そしたらフユミと区別がつかないじゃないですか』

『私はわかりますよ?』

『わからない人が大半です。間違いなく、ミサはわからないと思います』


 ミサとも付き合いは長いが、あいつ、結構、薄情だからわからないと思う。


『うーん……まあ、そうかもー……わかりました。送りましょう。他にはないですか? マシンガンを送ろうかと思っているのですが』


 マシンガンかー。

 どうしよ……

 別に危険もないし、今のところはいらないんだよなー。

 下手にフユミに持たすと、教会とかで乱射しそうだし……


『それは合流してからでいいです。それよりもトランプとかオセロを送ってください。めっちゃ暇なんです』

『情報収集はどうしました?』

『情報収集をしているのはご主人様なんですよー。私達はそれをまとめるだけです』

『ご、ご主人様ですか……そうですか……』


 めっちゃ誤解してそう……


『いや、そういうご主人様じゃないですよ? 家に住まわせてもらってるだけです』

『家出少女を住まわせてご主人様呼びを強制してるんですね。わかります。御奉仕ですね』


 ひー様って、耳年増なんだよなー。


『違いますってー。ご主人様は教会のお偉いさんなんですけど、幸福教団に通じているんです。お金が大好きなお方なんで』

『…………まあ、いいです。女神教の動きは?』


 信じてねーな、こりゃ。


『南に軍を向けるそうです。エルフ狩りですね。エルフがひー様につくと思っているらしくて、その前に滅ぼす決定をしたらしいです』


 エルフは高く売れるし、完全養殖計画とか言ってた。

 頭が湧いてるわ。


『なるほど……まあ、遅いですね。すでにエルフは皆、私の信者となりました。軍を派遣しても勝崎の前に壊滅するだけでしょう』


 仕事が早いなー。

 まあ、武器も出せるんだろうし、負ける要素はないか……


『さすがですねー。このまま信者を増やしていく方針ですか?』

『そうなります。最終的には女神教の信者を丸々もらい、地球に侵攻します。お前のご主人様に誰につくのが正解かよく考えるように言っておきなさい』


 こりゃ、つかなかったら殺す気だな。

 ご主人様に言っておくか……


 女神アテナとひー様では器が違う。

 アテナは古く歴史のある神かもしれないが、所詮は狭い庭で偉そうにしているだけの井の中の蛙だ。

 ひー様はすべての世界の頂点に立つ気だろう。


『わかりました。言っておきます。町へは簡単には入れないと思いますが、ご主人様に言って、何とかしてもらいます。近くまで来たら連絡をください』

『わかりました。お前はこのことをフユミと前野にも伝えなさい。前野もいるんでしょう?』


 前野先生もこの町にいる。

 医者だから食い扶持は自分で稼げるため、私達みたいに金持ちを頼ってない。


『了解です。前野先生にも言っておきます』

『よろしい。こちらもミサの運転練習が終わったようなので出発します。では、物を送りますので遊んで待ってなさい』


 ひー様がそう言うと、目の前に髪染めとトランプとオセロが現れ、床に落ちた。


「姉貴、何これ?」


 大人しくしていたフユミがひー様が送ってくれたものを拾う。


「ひー様が送ってくれたんだよ。実はね……」


 私はフユミにさっきまでの会話を説明する。


「はえー……ひー様、やばいねー。ご主人様、ピンチじゃん」

「私はこれからお風呂で髪を染めてくるから待ってな。ご主人様に説明して、前野先生を呼んでもらおう」


 優先順位が変かもしれないが、早くプリンをどうにかしたい。


「ご主人様がひー様につかなかったらどうすんの?」

「恩はあるけどねー。仇で返すしかないね」


 ご主人様、ごめんね。

 私らはひー様の敵を許さない幸福教団なんだわ。


 私はいつもメイド服に忍ばせているナイフを触った。




 ◆◇◆




「くそっ!」


 俺は思わず、悪態をついてしまった。

 だが、こればっかりは仕方がない。


 状況が思ったより、悪いのだ。

 中央はヒミコを倒すために南に軍を向ける決定をした。

 それは別にいい。

 間違った判断ではない。

 だが、各地の軍から援軍を寄越せという命令はない。


 このキールの町に兵士が余っていると思っているのだろうか?

 ここは獣人共と戦争状態になっている前線の町なんだぞ。

 援軍を送る余裕はないし、もし、軍を割けば、獣人共に勘づかれるに決まっている。


 あいつらは目も鼻も良い種族なので、そういうことはすぐに察知される。


 それに南に軍を向けるといっても本当に勝てるのか?

 向こうには悪魔の武器がある。

 そして、南のマイルから黒い化け物が飛び立ち、エルフの住む森に向かったという情報もある。

 中央は見間違いや流言と決めつけているが、本当にそうか?

 嫌な予感しかしないのだが……


「やっほー、ご主人様ー!」

「おうおう! 何を悩んでんだー? 悩みすぎるとハゲるぜー」


 私が悩んでいると、ノックもなしに家で雇っているメイド姉妹がのんきに入ってきた。


「ノックぐらいしないか…………うん? ナツカ、お前、髪が金だな……」


 ナツカはこの家に来た時は金色の髪をしていた。

 だが、日が経つと、どんどん黒髪が増えていっていた。


「染めたー。これでプリンとは呼ばせねーぜ!」

「いや、俺はそのプリンというのがわからんのだが……」


 よく、妹のフユミの方が姉の頭をプリンと呼んで笑っているのを見ていたが、プリンが何なのかを俺は知らない。


「ひー様がくれたんだよ!」

「ひー様、優しい!」


 は?


「何!? 幸福の神がここに来ているのか!?」

「来てねーよ。送ってもらったんだ。ひー様は物を出すことも信者に送ることもできるんだと」


 は?

 なんだそれ?

 それはつまり、あの悪魔の武器を各地にいる幸福教団の信者共に送れるってことだぞ!


「お前ら、悪魔の武器は?」

「とりあえずはいらないって断った。それがあると、フユミのヤツが教会で乱射事件を起こしそうだし」

「しないよー」


 俺は心底、ホッとした。

 この姉妹と1年近く一緒に住んでいるが、こいつらは何をするかわからない。

 もし、こいつらが乱射事件なんかを起こしたら雇い主である俺は終わる。


「頼むから自重してくれ……今は非常にデリケートな時期なんだぞ」

「だからしないってー。信用しないご主人様だなー」


 フユミが楽しそうに笑うが、お前の何を信用しろというのだろう?


「ご主人様さー、こっちに寝返った方がいいぞー」


 ナツカが真面目な顔をして言ってくる。


「女神教の司祭である俺に女神様を捨てろと? 長年の信仰を捨てろと言うのか?」


 何をふざけたことを言っているんだ?


「いや、偉そうなことを言ってるけど、すでにウチらの賄賂を受け取って情報を流してるじゃん」


 それとこれは大きく違う。

 俺にだって裏切っている自覚はあるが、信仰を捨てているわけではないのだ。


「正直に言え。何故、俺にそれを言ってくる?」


 この1年、この姉妹は俺に対して、勧誘をしてこなかった。

 なのに、なぜ、今さら言ってくる?


「ひー様が復活したしさー。私らはひー様のために動かないといけないのよ。ひー様の敵は殺すか薬漬けって決まってるんだよねー」

「ねー!」


 姉妹は笑顔で顔を見合わせる。


 狂信者共め!


「俺を殺すか……」


 さすがはカルト教団だ。

 容赦がない。


 俺だって本当はヒミコの復活からどっちにつくかを考えてはいた。

 だが、早すぎる。

 まだ情勢も決まっていないのだ。

 ここで裏切って、女神教が勝ったら俺は火あぶりだろう。


 クソッ!

 状況がどんどん変わっていく!

 考える暇すらないのか!


「お前達は幸福教団が勝つと思っているのか?」


 この見た目が良いだけの単純バカ姉妹から少しでも情報収集するしかない。

 

「当たり前じゃん」

「負けるわけないよね」


 姉妹は負けることをまるで考えていない。

 根拠があるのか、それとも、幸福の神を盲信しているが故か……


「お前らは1年前に負けただろ?」

「負けたっけ?」

「あれは戦略的撤退ってやつだよ。メガネがそう言っていた」


 メガネって、あの幸福の神についていた少女か……

 女神様をババア呼ばわりしていた怖い者知らずだろう。


「今度は戦略的撤退をしないのか?」

「する必要はないね」

「ひー様がいるしね。中央の神殿にミサイル発射で終わりじゃない?」


 ミサイルってなんだ!?

 専門用語を使うな!

 情報を整理できん!

 待てよ……


「南のマイルで黒い化け物が飛び立った情報がある。お前ら、心当たりはあるか?」

「んー? 何だろう? 戦闘機かな?」


 フユミが悩む。


「ヘリでしょ。戦闘機は滑走路がないと飛べないし、黒いんだったら例の軍用ヘリじゃない?」

「ヘリってなんだ!? それに軍用だと!?」


 戦争用って考えていいだろう。


「空を飛ぶ乗り物かな? 軍用だから機関銃かミサイルがついてる。悪魔の武器のでっかいやつ」


 空飛ぶ兵器じゃねーか!

 ふざけんな!

 そんなもんに勝てるわけねーだろ!


 これはダメだ……

 姉妹の言うことが正しいのならば、その軍用ヘリですら各地にいる信者に送れるってことになる。

 つまり、どこに空飛ぶ化け物が現れるかわからないということだ。


 なんだそれ!?


「ナツカ、フユミ、俺は兼ねてより、女神アテナのやり方に疑問を持っていた……他種族を貶め、自分に従う者だけを優遇する。俺は優遇される側だが、それでも人々が苦しんでいるのを見て、本当にこれでいいのか悩んでいたのだ。だが、この間、この悩みを解決する者が現れた。そう、幸福の神だ。俺は幸福の神こそが真の神ではないかと思っている」


 本音?

 世の中は弱肉強食。

 亜人共は弱いから食い物にされてきただけだ。

 そして、今度は女神教が弱者となるだけ。


 俺は強い者につく。


「さすがはご主人様! 手のひら返しがすげー!」

「よっ! 無節操!」

「わはは! 褒めるな、褒めるな!」


 もうヤケだ。

 こうなったら幸福教団が勝てるように動くしかない。

 それで甘い汁を吸えるように動く!


「良かったわー。1年もお世話になった人を殺さなくて」

「だねー」


 姉妹は笑いながら凶悪なナイフを取り出した。


 こわー……

 マジで殺す気だったん?

 1年間も衣食住を保証してやったのに……


「前野を呼ぶ。これからの作戦会議をするぞ!」

「「おー!」」


 よし!

 ひー様、ばんざーい!

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