第010話 悪魔だろうが、それは神になる ★


 儂は夜になると、それぞれの一家の長を集めた。


「どうする?」


 皆が集まり、座りながら顔を合わせていると、幸福の神をこの村に招いたエックハルトが聞いてくる。


 主語がないが、どういう意味なのかは皆、わかっている。

 この集まりはそれを決めることなのだから。


「エックハルト、どうもこうもないだろう。我らに選択肢はあるか?」


 エックハルトの問いに対し、1人の男が逆に聞き返した。


「そうだ。これほどの恩を受けたのなら報いねばならん。別に幸福の神を受け入れても良いではないか。向こうは我らの信仰を捨てなくてもいいと言っているんだぞ」


 他の者も同調する。


「私も構わない。家族を救ってもらったし、幸福の神が謳っている『幸福を求めること』は人として、至極当然のことだろう」


 この者達は幸福教を受け入れても良いと考えるか。


「というか、ここで断ったらマズいだろ。あれだけの食料を分けてもらったのだ。相手は神だぞ? お前らも女神の啓示を見ただろう? あれは本物の神だ。そんな神に後足で砂をかける気か? あの女神アテナと同等の神にだぞ?」

「得体の知れない存在だからな。どこで怒りを買うかわからん。少なくとも、あそこの教団は悪魔の集団と言われ、人族から恐れられていると聞いた。何でもあの幸福の神を絶対とし、狂信しているとか……幸福の神が許しても、狂信者共の怒りを買うかもしれん」

「悪魔の武器な……啓示で見たが、女神教の騎士を一瞬にして肉塊にした。あんな弱そうな少女が使ったのにだ」


 この者達は幸福教団を恐れている。

 気持ちはわかる。

 儂もあの悪魔の武器を向けられた時、死んだと思った。


「お前らの言う通りだ。だからこそ頼もしいのではないか。人族が恐れる武器を持つ狂信者。味方となればこれほど心強いものはない。女神教は幸福教団も我らエルフも認めていないのだから共に手を取り、立ち上がるべきだ」

「だが、幸福教団はエルフの味方というわけではないぞ? 幸福の神もメガネをかけた巫女とやらも見ただろう。あいつらは人族だ。上手くやれるか?」

「人族の中にも良いヤツらはいる。昔は交易なんかで交流もあったし、仲良くやっていたんだ。中には異種族で結ばれるヤツらもいた。問題なのは女神教だ。あいつらがこの南部に勢力を伸ばし始めてからおかしくなったんだ。あいつらを潰せば、昔に戻る」


 この者達は戦うべきと訴えている。


 意見はほぼ出揃った。

 まとめると、幸福教を否定する者はいない。


「エックハルト、お前はどう思う? お前が連れてきた者達だ」


 儂は皆に意見を求めたエックハルトに聞く。


「あれは本物の神であることは皆と同意見だ。そして、女神アテナが恐れる者であることもわかる…………俺は幸福教団に入るべきだと思う。まず、確かに大量の米を分けてもらったが、あの量ではどんなに食いつないでも10日が限界。作物が育っていない以上、次がない。果たして、幸福の神は入信しなかった俺達に次を与えてくれるか?」


 エックハルトが皆を見る。


「幸福の神は救われぬ者を救う神と言っていたが…………」

「すべての民を救うとも言っていた。だが、それの大前提は自分に従う信者であることだろう。でなければ、女神教を潰そうとしない」


 まあ、そうだろう。

 すべての民を救うと言っても自分に逆らう者を救うわけがない。


「やはり、従うしかないか?」

「従うべきだ。そして、それは今しかない」

「と言うと?」

「幸福教団の最大の弱点は数が少ないことだ。いくら狂信者がいようと、いくら強力な武器を持とうと、戦争の大前提は数だ。だからこそ、幸福教団が少数の今なら我らを優遇してくれる。今なら我らの願いである人族に捕えられている同胞の解放を手伝ってくれるかもしれん」


 エックハルトの言いたいことがわかった。


「確かにそうかもしれん。解放された同族も事情を説明したら幸福の神に従うだろうしな」


 幸福教の最大の利点は我らの信仰を認めてくれること。

 そして、規則がほとんどないことだ。

 メリットはあってもデメリットが極端に少ない。


「長老。ここは、この森に住む別のエルフ族にも事情を説明し、降らせるべきだ。あのヒミコという幸福の神は本当に女神教を倒すぞ。我らが降れば、西の獣人族も北のドワーフも東のハーフリングも考え出す。これまで現れなかった女神アテナの脅威がようやく現れたのだ。そして、その神は我らを認めてくれる。ここで立たねば、いつ立つというのだ」


 エックハルトが意志の籠った目でまっすぐ儂を見てきた。


「エックハルト、お前は皆に戦えと言うのか?」

「別に全員に戦えとは言わない。だが、手伝いはできよう。俺は戦士だから前線に出るが、後方で料理をしたり、負傷兵を癒すことは私の妻にもできる。子供達にだって手伝いはできる」


 少なくとも、エックハルトの心は決まっているようだな…………


「皆は?」


 私は他の者に結論を確認する。


「エックハルトの言う通りだ!」

「今が立つ時! 我らはエルフの戦士だ!」

「同胞を救おう! こちらにも神さえいれば、女神教など恐るるに足らん!」

「もはや最初からわかっていたことだ。我らが選べる道は一つ!」

「俺は森の中でおびえる子供をもう見たくない」

「長老、我らの腹は決まった。幸福の神が我らを救ってくれるというならば、我らは信仰を捧げよう!」


 全員の気持ちが固まったか…………


「明日、幸福の神、ヒミコ様に我らの気持ちをお伝えしよう。諸君らも家族に説明を。他の村をどうするかは明日、儂からヒミコ様に聞いてみる」


 この決断が吉と出るか、凶と出るか…………

 私はそう思っていたが、自分がこれから信仰する神が幸福の神であることに気付き、苦笑した。




 ◆◇◆




 翌日、我らは村の皆を集め、昨日、ヒミコ様が出した謎の鉄の塊の前に集まっていた。

 だが、朝になってもヒミコ様も巫女様も一向に謎の鉄の塊から出てこられなかった。


「出てきませんね」

「寝てるのでは?」

「もう昼になるぞ」


 さすがに皆がざわざわしだす。

 そのまましばらく待っていると、鉄の塊の扉が開いた。


「あんた、いつまで寝てんのよ」

「久しぶりのフカフカベッドだったんだから仕方がないじゃないですかー。というか、ひー様が寝ている私に抱きついてきたから暑くて寝れなかったんです」

「私はそんなことをしていません」

「ミサちゃん、大好きーって、寝言を言ってましたよ」

「それは絶対に嘘です。断言できます」

「まあ、嘘ですけど、断言しなくても…………」


 2人は仲良さそうに話しながら出てくる。


「ヒミコ様、巫女様、おはようございます」


 儂は前に出て、皆を代表し、挨拶をする。


「おはよう」

「おはようです」


 2人は普通に挨拶を返してきた。


「ヒミコ様、昨日の話ですが、我らはヒミコ様の幸福教に入信しようと思います」

「そうですか。それは良いことです。まあ、わかっていましたけどね」


 ヒミコ様はわかっていたらしい。


「そうなんです?」


 巫女様がヒミコ様に聞く。


「私は誰が信者かわかりますから」

「え!? 聞いてません!」

「…………お前が傷つくと思って」

「なんでぇ!?」

「まあ、良いではないですか…………それよりも、新たなる信者達を祝福しようではありませんか!」


 何となくだが、ヒミコ様が誤魔化そうとしているのがわかった。


「ひーさまぁー!」


 巫女様がヒミコ様にすがりついている。

 ひー様って、ヒミコ様の呼称だろうか?


「黙りなさい。あと、どこを触っているのです? 自分がないからって妬むんじゃないよ」

「おい!」


 巫女様がヒミコ様を睨んだ。


「ほら、そろそろ時間ですよ」

「チッ! まだ私は諦めていないからね! 成長期が遅れているだけよ! …………のろしです! のろしを上げなさい!」


 巫女様がヒミコ様を敬語も使わずに睨むと、私達に指示を出してくる。


「のろしですか?」

「そうです。これから私達の仲間が来ます。場所を伝えるためにのろしを上げなさい」


 仲間?

 例の狂信者か?


「おい! のろしを!」


 儂は後ろにいる同胞に指示を出した。


「は、はい!」


 儂が指示を出すと、若い男が急いでのろしを上げにいく。

 そして、少しすると、煙が上空に上がった。


「おー、のろしです。これで勝崎もわかりますかね?」

「これはさすがにわかるでしょ」


 巫女様とヒミコ様が上空の煙を見て、話している。


「長老、のろしを上げたが、わかるか?」


 エックハルトが聞いてくる。


 エックハルトの言いたいことはわかる。

 のろしを上げたのはいいが、ここは森の中。

 木が邪魔で普通は見えないのだ。

 エルフは頻繁に木に登り、自分達の位置を確認するからわかるのだが……


「ヒミコ様に言ってみるか…………うん? この音は何だ?」


 儂はヒミコ様に普通はのろしが見えないことを伝えようと思っていたら謎の重低音が空から聞こえてきた。


「なんだ、この音は!?」

「豪雨か!? いや、雨は降ってない……」

「どんどん音が大きくなってくるぞ」


 皆が騒ぎ出す。

 儂も正直、騒ぎたい気分である。


「静まりなさい! 我らの仲間が来ると言ったでしょう!」


 巫女様が怒鳴り、儂達を黙らせる。


 だが、皆、怖がっている。

 それほどまでの轟音なのだ。


 その音はどんどんと大きくなると、ふと、風を感じた。

 そして、地面に大きな影が現れる。


 儂は恐る恐る空を見上げた。


 そこにいたのは真っ黒なバケモノだった。


「な、なんだ、あれ!?」

「ドラゴンか!?」

「い、いや……ドラゴンじゃないが、見たことがない魔物だ!」


 皆が上空を見上げ、戦々恐々としている。


「落ち着きなさい! 仲間が来たと言ったでしょう! それより、散りなさい! ヘリが降りられません!」


 巫女様が再び、怒鳴ると、皆が散っていく。


「相変わらず、うるさいですねー」


 ヒミコ様がポツリとつぶやいた声が耳の良い儂には聞こえた。


「…………それ、どっちです?」

「もちろん、ヘリですよ」

「…………ひー様、私のことをうるさいって思っているんだ」

「ヘリと言っているではありませんか。ほら、降りてきましたよ」


 ヒミコ様はそう言って、上空を見上げる。

 巫女様が釣られるように上空を見上げたため、儂も一緒に上空を見た。


 ヒミコ様が言われるようにヘリと呼ばれた黒いバケモノはゆっくりと降下している。


 あれは鉄か……?

 そうか……あれはバケモノどころか生き物でもない。

 空を飛ぶ乗り物なのだろう。

 あの中に幸福教団の仲間が乗っているのだ。


 儂がずっと上空のヘリを見ていると、徐々に降りていたヘリはついに地上に足をつけた。

 そして、頭についていた長い棒がゆっくりと回転を止めると、音が静かになり、風も止んでいく。

 すると、ヘリの扉が開き、2人の男と1人の女が降りてきた。


 3人共、人族だと思うが、1人の男の肌は黒い。

 もう1人の男は長身で優しそうな顔をしているが、雰囲気で戦士なことがわかる。

 唯一の女は女としては長身だろうが、他の2人の男よりかは背が低い。

 だが、この女も戦士なことがわかる。


 3人は真っすぐヒミコ様のもとに近づいていくと、ヒミコ様の前で跪いた。


「ひー様、お待たせしました。勝崎です」

「村上です」

「青木です」

「我ら3名、ひー様の命に応じ、馳せ参じました!」


 勝崎という男が代表して挨拶をする。


「よくぞ、参りましたね。3人共、元気そうで何よりです」


 ヒミコ様は優しく微笑んだ。


「はっ! ひー様もご無事そうで安心しました!」

「町の様子はどうでしたか?」

「ヘリを見て、パニックになっていましたね。兵士などは弓矢を射てきましたよ」


 ヒミコ様が聞くと、勝崎が笑いながら答える。


「軍用ヘリに矢を射ても無駄でしょうにね。落とせると思ったのかしら?」

「そもそも届くわけないのにな」


 村上も青木もバカにしたように笑っていた。


「お前達もこの1年でこの世界の文明のレベルがわかったでしょう? 女神教だか何だか知りませんが、相手ではありません」

「ですね。そもそも、ひー様と女神では格が違います」

「勝崎に事情は聞いています。この軍用ヘリが数台あれば女神教は終わりでしょう」


 村上も青木も女神教を軽視した発言している。


「お前達も野蛮ですねー。私は争いを好みません。ただ勝てばいいだけではないのですよ? その辺をこれから詰めていきます…………勝崎」


 ヒミコ様が村上と青木を諫めると、勝崎を見た。


「はっ!」

「今後の計画を立案しなさい。武器、人の数、作戦。今、それができるのはお前だけです」

「かしこまりました!」


 ああ…………この人達は負けることを考えていない。

 それどころか、女神教を倒すことは通過点でしかないようだ。

 恐ろしい……


「…………長老」


 エックハルトがそばにやってきて、小声で声をかけてくる。


「…………わかっている。お前は若いのを使って、各地の村の村長に話してきなさい。幸福教団に敵がいないことがわかった」

「承知した…………長老、勝てるぞ」


 エックハルトが興奮気味に頷いた。


 幸福教団は悪魔の集団と呼ばれている。

 それは悪魔の武器と呼ばれるあの黒い武器があるからだ。

 だが、それ以上の物がここにある。

 この村から歩いて3、4日はかかるマイルの町から飛んでこれる鉄の塊。

 その空飛ぶ鉄の塊はヘリと呼ばれていた。

 ”軍用”ヘリだ。


 儂はあのヘリの両脇にある悪魔の武器に似た物から強烈な死の匂いを感じ取っていた。

 このヘリは人や物を運ぶだけの物ではない。

 武器……いや、兵器だ。

 矢も届かない上空から一方的に人を蹂躙するための悪魔の兵器だ。


 そして、ヒミコ様はこれをいくつも出せる。

 いや、これだけじゃないだろう。

 おそらく、他にも悪魔の兵器は出せるのだ。


 儂はヒミコ様が恐ろしい。

 あの優しそうな笑顔も、心地よい声も、神々しいオーラも何もかも恐ろしい。

 だが、この御方についていけば、未来は明るいと思える。

 幸福が訪れるのだと確信してしまう。


 ああ…………こうやって狂信者は生まれるのだな……


 悪魔の集団? 悪魔の武器?

 違う。

 これは神の力だ。

 幸福の神、ヒミコ様の力なのだ。


「ヒミコ様、少し、よろしいでしょうか」


 儂は心の底からこの御方についていこうと思った。

 700年以上も生きてきて、ここまで思えたのは初めてだ。

 儂の残り少ない人生を捧げよう。


 だからお救いください。

 我らの同胞をお救いくださいませ、神よ!


「何でしょう?」


 ヒミコ様が心の底から楽しそうな無邪気な少女のような顔で微笑んできた。


「今、エックハルト達に他の村の者もヒミコ様に降るように伝えに行かせました。願わくば、他の村の同胞もお救いください」


 儂は跪き、懇願する。


「当然です。私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ。苦しむ者を救うことこそが我が本懐」

「他の村の者も幸福教に入信するでしょう。おそらく、すべてのエルフはヒミコ様に従います」

「まあ! エルフは人の生き方を知っているのですね! さすがは優れた種族です! 人生の答えをわかっている!」


 自分に従うことが正解で、逆らうのは不正解……か

 傲慢だ。

 神の傲慢だ。

 だが、その通りなのだ。


「つきましてはお願いがございます」

「わかっています、わかっています! エルフは私の子。私のためだけの子。祈りなさい。願いなさい。幸福を掴むのです! それがお前達の生き方なのです! 勝崎!」


 恍惚な表情でエルフの生き方を一方的に決めたヒミコ様は再び、勝崎を呼ぶ。


「はっ!」

「エルフに戦い方を教えなさい。武器はいくらでも出します。そして、各地で奴隷にされている私の子を救いなさい」


 まだ、儂はそこまで言っていないのだが、神であるヒミコ様は理解していたらしい。


「はっ! 早い方がよろしいですね?」

「早急にしなさい。今、この瞬間も私の子が苦しんでいるのですよ」


 ヒミコ様が胸を押さえ、悲しそうな顔をする。


「わかりました。村上、青木の両名を使っても?」

「構いません」

「では、すぐに計画を練ります!」

「任せます…………多少、強引でも構いません。幸福教団の正義を教えてあげなさい」

「はっ! お任せを!」


 あっさりだ。

 交渉もなく、あっさり終わった。


 儂はずっと神を憎んでいた。

 なぜ、エルフにこんな苦難を与えるのか。

 なぜ、儂らを苦しめるのか。


 今ならわかる。

 あれは神じゃない。


 本物の神はここにいた。

 我らを救う神はここにいるのだ。


 たとえ、それが災悪の邪神であろうとも…………

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