第008話 氷室ジロウは考える ★


「チッ! 下手くそが!」

「い、痛いです! 髪を引っ張らないでください!」


 あー、使えねー女。

 しかし、あの生徒会長とかいう女は結構、使えそうだったな。

 問題はひー様のために動けるかどうかだが……


『氷室、氷室。私です。ヒミコです。応答しなさい』


 俺が今後のことを考えていると、脳内に声が響いた。

 これはひー様だ。


 チッ! よりにもよって、今かよ!


「おい! もういい! 出てけ!」

「っ! はい…………」


 俺に跪いていた女は周囲に散らばっている自分のメイド服で身体を隠し、部屋を出ていった。


『ご機嫌麗しゅうございます、ひー様』


 俺はようやく1人になったので脳内に響くひー様の呼び声に答える。


『…………お前、今、何をしていたのです?』

『ちょっとした気分転換ですよ。ひー様は知らない方が良いでしょう』


 ひー様は17歳の少女だ。

 男の影もなく、神谷や東雲姉妹と遊んでいるだけだし、彼氏もいないだろう。

 

『まあ、いいです。ですが、ほどほどにしなさい。そうやってリースとぶつかったのを忘れたのですか?』


 リースは固い女だからな……

 しかも、うるさい。


『わかっていますよ。それよりも、復活おめでとうございます』

『ありがとう。ミサが封印を解いてくれました』


 さっきの啓示で神谷がそばにいたから何となくそうなのかなと思っていたが、本当に神谷が封印を解いたのか。

 あのうるさいだけのガキもやればできるじゃないか。


『して? 今はどちらに?』

『迷いの森とか言うところにあるエルフの村ですね。現在、布教活動中です』


 南部にある迷いの森か……

 遠いな。


『エルフは絶対に仲間に引き入れてください。そいつらは魔法が使えるし、目が良い。良い兵士になります。スナイパーでも何でもなれますよ』

『ほう…………まあ、その辺はお前や勝崎と合流してから考えましょう。お前は今どこです? 神殿にいるとミサが言っていましたが?』

『その通りです。現在、スパイ活動中です。学校関係者やこの世界の仕組みを調査しておりました』


 これは本当である。

 元より俺は裏切ってなどいない。

 ただ真っすぐ戦うだけが戦争ではないのだ。


『それは良いことです。敵を知らなければいけませんからね。それで? その情報は? 学校関係者達はどうなりましたか?』


 ひー様はこれを聞きたくて、俺に連絡を取ったんだな。


『こちらに転移した学校関係者は教師28名、生徒447名です。内、教師3名、生徒82名がすでに死亡しています』

『結構、死んでますね?』

『最初の争いでハチの巣ですよ。強力なスキルで増長したんですが、所詮は生身です。なすすべもなく死んでいきました』


 恐怖でおびえていたところに強力なスキルを手に入れて、希望を見たのだろう。

 バカなガキ達だわ。


『では、残った者達はそこにいるんですか?』

『いえ、ここを出ていった者達がおります。ここは衣食住は保証されますが、退屈ですからね』

『ふふ。異世界での冒険に憧れでもしましたか?』


 ひー様が笑った。


『でしょうね。まあ、強力なスキルを持っていますから。申し訳ありませんが、出ていった者達がどうなったかはわかりません。野垂れ死んだか、大成したか…………その辺は各地に潜伏している他の教団員に聞いた方が良いでしょうな』

『そうします。結局、そこにいるのは何人ですか?』

『教師22名、生徒260名です』

『そいつらはそこで何を? ただ生きているだけですか?』

『4つの派閥に別れていますね…………』

『派閥? 何よ、それ?』


 ひー様が素に戻った。


『人は人数が増えると、派閥を作ってまとまるんですよ。そして、争います』

『争っているの?』

『いえ、まだそこまではいっていませんが、時間の問題でしょう』

『詳しく話しなさい』

『簡単に言えば、これからどうするのかの方向性で別れたんです。1つは日本に帰還する方法を探すグループです。生徒会長や結城ヤマトが中心ですね』


 さっきまで話していた連中だ。

 こいつらは理知的ではあるが、風見鶏なところがあって、行動力がない。


『結城君? 私の隣の席だった結城君かな?』

『そいつです』


 確かそうだったと思う。


『なるほど。要は陽キャグループね』

『まあ、そんな感じです。次に教師グループです。こいつらはそのまんまで教師を中心としたグループですね。大人である教師に従う生徒も混じっています』

『教師か…………』

『まあ、聖職者と呼ばれたのはかつてのことですな。表向きは良いことを言っていますが、裏では好き勝手です』


 女生徒にまで手を出しているクズだ。

 人のことを言えないが……


『ふっ……容易に想像がつく』


 ひー様もわかっているようで鼻で笑った。


『次は表向きでも好き勝手にしているグループです。まあ、不良とかヤンキーってやつですね』

『それは他の派閥とぶつかりますねー』

『ですね。まあ、俺が煽っているんですけどね』


 俺はどちらかというと、陽キャグループよりも不良グループの方に近い。

 あいつらにクズなエピソードややり方を教えてやったらすぐにそう動いた。


『最後は? まあ、何もしたくない人達でしょうけど』

『そうですね。こいつらが一番多いです。まあ、日本人の性でしょうな。誰かがどうにかしてくれるってやつです』

『そいつらはその他グループと呼びましょう』


 陽キャグループ、教師グループ、不良グループ、その他グループか。


『まあ、わかりやすいですね』

『でしょう? で? その中で脅威になりそうなのは?』

『やはり陽キャグループですね。戦力的には不良グループも強いですが、我らに敵対はしてこないでしょう。教師グループは自滅か、他のグループに潰されますね。その他グループは……まあ、何とも言えません』

『ふーむ…………そいつらをグループ同士で争わせるのがいいかもしれませんね。強力なスキルが厄介ですし、こちらから動くとしても、数をもう少し、減らしておきたい』


 ひー様は優しい人ではあるが、自分の教団を否定するヤツらには冷酷だ。

 日本で活動していた時もそうやって潰してきた。

 武器も幸せの粉もそのために仕入れたものなのだ。


『我らに降る者は?』

『私は神の力で信者の数と名前は把握できます。降ってきた者で名前がなければいりません。偽りの降伏は処分で良いでしょう』


 すべてはお見通しなわけか。

 恐ろしい力である。


『俺の名前はありますかね?』

『むろんです。確認するまでもないですが、私はお前を信用しています』

『それは良かった。何せ、他の教団員は俺を信じてないでしょうからね。もっと言えば、こっちでも信じられてないですよ』


 非常に残念なことながら俺は誰にも信じられていない。

 まあ、裏切者だしな。


『私が信じていればそれでいいでしょう。違いますか?』


 この人は…………


『もちろんです。すべてはひー様のためにあります』

『よろしい。お前をこちらに呼ぼうと思ったのですが、お前はそちらで同士打ちの誘導をしなさい。もちろん、情報も仕入れるのですよ。方法はお前に任せますし、多少のことは目をつぶりましょう』

『かしこまりました』


 元よりそのつもりだった。

 強力なスキルを持つ学校関係者達は絶対に敵になるヤツらだ。

 確実に潰しておかないといけない。


『お前にもマシンガンを送りましょう』

『あー、それなんですけど、なんでマシンガンを持っているんです? 神谷のバカが撃っていたでしょう?』

『…………ミサが何だって?』


 やべっ。

 ひー様は神谷をバカにすると怒る。

 自分だってボロクソに言っているのにだ。


『失礼しました。我らのマシンガンは銃弾が尽きたはずです』

『…………まあ、いい。それは私の神の力です、人間時代に触れた物を呼び出せます』


 すごすぎでは?

 これは女神教は敵ではないな。

 やはり脅威となるのは学校関係者達か。


『それはすばらしいですね。早急に滅ぼしましょう』


 時間をかけるべきではない。

 速攻で潰し、女神教を根絶やしにするべきだろう。


『待ちなさい。私は無用な争いを好みません。お前も啓示を見たなら知っているでしょう? 神の力は信者の数。将来の私の信者を殺すべきではありません』


 時間をかけても懐柔する方を選んだか……


『私的には早急に潰すべきだと思います』


 一応、具申しておこう。


『私がこの世界で終えるならそれでもいいでしょう』


 ん?


『どういうことでしょうか?』

『この世界は私が完全な神になる始まりにすぎません。地球に戻った時に今の私の力では戦えないのです』

『地球にお戻りに?』

『あっちには1万人の私の子がいるのですよ? 当然ではありませんか。それに我らが戻ってもテロリスト扱いでしょうし、あっちの世界で戦うには絶対的な力が必要です。お前達はそのために私を神にしたのでしょう?』


 ひー様は最初からこの世界を自分の力を貯める場所としか見ていなかったのか……

 女神アテナも最初から眼中になかったのだ。


『かしこまりました。そういうことならば、懐柔の方が良いでしょう』

『まずは亜人とかいうのを仲間に加えます。あとは勝崎と相談して決めます。お前はそちらでやりなさい』


 勝崎ねー。

 あいつは正攻法でしか戦えない。

 それこそリースが必要なのだが…………


『わかりました。あ、それとマシンガンはいりません』

『何故です?』

『目立ちすぎます。できたら隠し持てるサイレンサー付きの小型の銃が良いですね』


 生徒達のマシンガンアレルギーはひどい。

 そんなものを俺が持っているのがバレたら速攻で殺されるだろう。


『良いでしょう。手を出しなさい』

『こうですかね?』


 俺は前方に手を出す。

 すると、手の中にサイレンサー付きの小型拳銃が現れた。


『届きましたか?』

『ええ。すごい力です』


 ここまで離れているのに物資を一瞬で輸送できるのか……


『お前とは定期連絡をします。弾の補給はその時です。他に必要な物は?』


 補給って言ってもそんなに使うことないだろう。


『何でもいいんです?』

『過去に私が触れた物ならばね。タバコはありません』


 それが地味に辛いんだよな……


『幸せの粉をお願いします』

『幸せの粉? お前、やめなさい…………』


 ひー様がちょっと怒った。

 俺が使うと思ってんな。


『私が使うわけではありませんよ。同士打ちのために使うんです。具体的にはひー様には言えませんな。それこそ、神谷やリースに殺されます』

『…………まあ、お前に任せると言いましたので任せます』


 ひー様が引いている。

 この人は薬が好きじゃないからな……


『用法用量は守りますんで』

『当たり前です。では、おねがいしますよ…………それと、リースを知りませんか? あの子に連絡をしたのですが、無視されました』


 あのリースがひー様を無視するとはな……


『リースはひー様に顔を会わせられないのでしょう。あいつが転移させたせいで12人も失いましたからね』


 俺の裏切りのせいでもあるといえばある。


『愚かな…………それは寝ていた私が悪いのです。リースは約束通り、私を神にした。それで十分なのに…………』


 ひー様は甘いなー。

 ひー様は基本的に教団員に甘いが、特にリースや神谷、東雲姉妹にめちゃくちゃ甘い。


『それでも思うところがあるのだと思います。しばらくは放っておいた方が良いでしょう。そのうち、耐え切れずに自分からやってきます』

『だといいのですがね…………』


 言わない方がいいと思って黙っていたが、言ってしまうか……


『俺がこっちで調べた情報を伝えておきます。先ほど、啓示でもいましたが、女神の巫女がいたでしょう?』

『いましたね。ウチの巫女とは違って有能そうでした』


 ほら、神谷をディスる。

 俺もそう思うけど。


『あれは数年前に就任した新しめの巫女だそうです』

『ふーん、ウチも変えようかしらね』

『ウチは神谷で良いでしょう。他にいませんし…………それよりも、前任者の巫女の名前がリースだそうです。リース・ルフェーブル』


 ウチの教団員の幹部であるリースの名前もリース・ルフェーブルだ。

 偶然の一致なわけがない。


『ウチのリースではないですか……』

『はい。重大な規則違反につき、破門。一家まとめて処刑されたとのことです』

『…………何となく読めてきました。リースは何かしらの方法で生き抜き、私を使って女神教に復讐をしたかったんですね』

『だと思います』


 転移する時に見たリースの高笑いはひー様を送って女神アテナに復讐できると思ったからだろう。


『まあ、いいです。どちらにせよ、私達は警察に捕まる寸前でした。こっちの世界に力を蓄えるために、一時逃亡したと思いましょう。そのついでにリースの復讐とやらもやってしまいます』


 本当にリースに甘いな……

 普通なら破門どころか処分だろうに。


『リースが裏切者とは思わないのですか?』

『さっき言ったでしょう。私は誰が信者かわかる』


 そういえばそうだったな。

 まあ、俺としてもリースがひー様を裏切るとは思えない。

 だって、あいつのひー様を見る目ってちょっとヤバいし…………


『わかりました。リースの情報も探っておきましょう』

『おねがいします。では、後のことは任せます。ほどほどにしさないよ』

『かしこまりました』


 俺は忙しくなるなーと思いながらも心がワクワクしている。

 俺はこういう暗躍が好きなのだ。

 それに役得もある。


 これからが本当に楽しみだ。

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