第007話 結城ヤマトは考える ★


 俺達がこっちの世界に転移して1年近くになる。

 こっちの世界は不便だ。

 電気もないし、ご飯だって美味しくない。

 漫画もゲームといった娯楽もない。


 唯一あったスマホもとっくに電池が切れ、何の役にも立たなくなってしまっている。


 それでも命があるだけでいいと思えた。

 あの学校を占領された事件のことを思えば、特にそう思う。


 今でも寝ていると夢に出てくる。

 銃を持った何人ものテロリストが教室に入ってきた。

 銃を乱射し、俺達を脅してくるテロリスト達。


 教室にいた人間は皆、恐怖した。

 いや、2人を除いてだ。


 1人の女子はテロリストに文句を言い、銃を受け取っていた。

 もう1人の女子は何も言わずにただ自分の席に座っていた。

 そして、テロリスト達はその女子に跪いていた。


 そこから先は思い出したくもない。

 ただただ怖かった。

 銃を持ったテロリストも。

 そいつらが妄信的に崇める女子生徒も。


 すべてが怖かった。


 あの女子生徒……佐藤ヒマリの優しい笑みなのに、どこか狂っている目が忘れられない……


「皆、見たか?」


 俺は恐怖を押し殺し、同じ部屋にいる4人に話しかける。


「見た。当然ね…………」


 俺の幼なじみである風見ミヤコが俯きながら答える。


「俺も見た。佐藤さんと神谷さんだったな…………」


 俺の親友であり、いつも元気でお調子者の安元アキラも顔を暗くして答えた。


「――ッ! 佐藤は死んだんじゃなかったの!? なんで生きてるのよ!!」


 俺達と同じクラスである月城ノゾミがヒステリーに叫ぶ。


「落ち着け、月城。気持ちは痛いほどにわかるが、皆、混乱しているんだ。落ち着いて情報を整理しよう。これはその集まりなのだろう?」


 俺達の先輩であり、生徒会長をしていた西園寺カグラがノゾミを諫め、この4人に招集をかけた俺を見てきた。


「ノゾミ、生徒会長の言う通りだ。落ち着いてくれ」

「わかってるわよ! でも、皆だって見たでしょ。あれは間違いなく、佐藤と神谷。しかも、神谷はマシンガンを持っていた! 私はあの銃声がずっと耳に残っているのよ!」


 ノゾミはその場でしゃがみむと、目を閉じ、耳を塞ぐ。


 気持ちはわかる。

 俺達を恐怖のどん底に突き落とし、女神教の騎士団の小隊を一瞬にして皆殺しにした武器だ。

 こっちの世界の人はあれを悪魔の武器と呼んでいるが、まさしくその通りだと思う。

 

 そして、弾を失い、脅威は去ったはずの悪魔の武器は女神の啓示で見た時に間違いなく、発砲されていた。

 あの時と同じように神谷が放った弾が女神教の騎士をハチの巣にしていた。


「会長、どう思います?」


 俺はこの場で一番冷静そうな生徒会長に聞く。


「あのマシンガンは確実に銃弾が尽きていたはずだ。じゃなきゃ、幸福教団は引かなかっただろう。だが、先ほどの啓示では神谷は普通に撃っていた…………そして、佐藤……いや、ヒミコがそばにいた…………神となったヒミコがな」


 …………幸福の神、ヒミコか。


「会長はあれをヒミコが出したものだと?」

「そうとしか思えん。あの神谷の自信に満ち溢れた表情を見ただろう。あれは勝利を確信した顔だ」


 神谷さんは醜悪に笑い、女神だろうが、バカにしていた。

 同じクラスだったが、元より、そんな印象はなかった人だ。

 神谷さんと佐藤さんは仲が良く、いつも一緒にいる大人しい系の女子だった。

 そして、ヤンキーで有名であり、1つ上の先輩である東雲姉妹にいつもどこかに連れていかれていた。

 皆、イジメやカツアゲだと思っていた。

 俺達はそれを見ても、東雲姉妹が怖くて、誰も何も言えなかったのだ。


 正直、イジメだったらよかったと思う。

 真相はカルトの教祖を狂信するヤンキー姉妹だったのだから。


「また戦争ですかね?」

「そうなると思う」


 怖い。

 争いは怖い。

 だが、避けられないのだろう。


「でもよ、1年前は勝っただろ」


 アキラが楽観的なことを言う。


「1年前とは状況が違う。さっき、生徒会長が言ったことが合っているのなら今度は銃弾が尽きない可能性が高い」


 悪魔の武器を無尽蔵に使ってくる敵である。

 とんでもない脅威だ。


「で、でも、100人弱だし、女神教団に私達のスキルが合わさればなんとかならないかな?」


 ミヤコもまた、楽観的なことを言っている。


 2人の気持ちはわかる。

 アキラもミヤコも安心したいのだ。

 そうじゃないと、心の平穏が保てない。

 だが、今はそんな時ではない。


「結城、皆の士気を下げるようなことを言ってもいいか?」


 生徒会長が俺に聞いてくる。


「…………正直、聞きたくありませんが、今は状況を整理し、対策をしなければならない時です。どうぞ」


 今は聞かなければならない。

 思考を停止してはいけない時だ。


「君達もわかっているだろうが、間違いなく、女神教と幸福教団は争う。そして、それは1年前の規模ではない。あのマシンガンの弾が尽きないからだ」

「それは俺にも想像がつきます」

「…………それだけか?」

「え?」

「敵が持っている武器は本当にそれだけか? もし、ヒミコの力がマシンガンを作り出す能力ではなく、地球の物を作り出す能力だったらどうなる?」


 地球の兵器…………

 銃、爆弾、戦車、戦闘機、ミサイル…………


「そんなことが?」


 ありえるのだろうか?


「わからん。だが、その可能性もあるということだ。そして、敵は100人ではない」

「まあ、確かに何人かのテロリストは死んでますから正確には100人より少ないと思いますけど」


 今でも思い出す。

 幸福教団が逃げた時に殿を務めた狂信者達のことを…………

 人が宗教にのめり込み、狂うと、ああなるんだなと恐怖した。


「違う。そうじゃない。君達もあの啓示を見ただろう。ヒミコと女神アテナの言い争いだ」


 女神アテナが怒り狂い、ヒミコは微笑みながら自己主張をしていた。


「確かに見ました。女神アテナが怒ってましたね」

「正直、アテナとかいう女神はバカかと思った」

「この部屋は大丈夫ですけど、発言には気を付けてください。ここは女神教の神殿ですよ?」


 俺達がいるのは女神教の神殿だ。

 俺達はここに転移し、幸福教団と争った。

 そして、1年近く住んでいる。


「そんなことはわかっている。だが、あの女神はバカすぎた。あの女神はヒミコの復活に動揺し、ヒミコの言動に怒り狂い、我を忘れていた。あの時、女神アテナはヒミコを認めてはいけなかったんだ」

「と、言いますと?」

「女神アテナはヒミコを神だと認めたのだ。自分と対等の神であるということを世界中の人が見ている啓示中に自らが証明してしまったのだ。あそこは絶対に認めてはいけなかった。ただの狂人の戯言と流さないといけなかった。女神アテナは敵が自分と同じ神であると言ってしまったのだ」


 確かにそうだ。

 俺達だって、佐藤さんが神である前提で話している。

 それは女神アテナが佐藤さんを神と認め、宣戦布告したからだ。


「それのどこが悪いんっすか?」


 よくわかっていないアキラが生徒会長に聞く。


「この世界は女神教しかないと言われているが、実際はそうじゃない。女神教が他の宗教を認めずに滅ぼしただけだ。だが、実際、エルフやドワーフといった女神教じゃない人達もいる。そういった人達はどっちにつくと思う? 今まで散々、自分達を迫害してきた女神教か? それとも他宗教に寛容で幸福を謳うヒミコか?」


 ヒミコだ……

 エルフやドワーフといった亜人はヒミコにつく。


「亜人がヒミコにつくと?」

「亜人だけじゃない。女神教に不満を持つ者、悪魔の武器を恐れる者、ヒミコの耳障りのいい言葉を信じる者、ヒミコのカリスマに当てられた者…………幸福教団は私達や女神教が思っているよりもずっと大きくなるぞ」


 ありえる…………


「確かにそうです」

「それだけじゃない。現幸福教団……あのテロリスト達の士気がとんでもないことになる。自分達が狂信する教祖が本当の神になったんだ。ヒミコのためなら何でもするようなヤツらがより狂信的になる」


 …………わかる気がする。

 あの体育館での光景でわかるが、幸福教団にとって、それほどまでにヒミコの存在は大きい。


「最悪じゃない…………」

「きっつー…………」

「私達の中からもヒミコに寝返る人も出てきそうですね……………」


 生徒会長の言葉で皆が沈んでしまった。


「いやー、生徒会長殿は賢いなー」


 誰かが軽薄そうな声を出しながらこの部屋に入ってきた。


「誰だ!?」


 俺は思わず、扉の方を見る。

 そこにいたのは氷室だった。


「あんたか……」


 氷室は幸福教団だった男だ。

 こっちに転移してすぐに俺達に寝返った男である。

 はっきり言って、信用はできない。


「生徒会長、あんたはすげーな。とても10代のガキとは思えねーわ」


 氷室は部屋に入り、薄ら笑いを浮かべながら生徒会長に近づく。


「たいしたことではない。判断材料は揃っている」

「それが中々、できないんだよ」


 実際、俺達はできていなかった。

 俺は生徒会長以外の人間が楽観的だなと思っていたが、俺も十分に楽観的だったのだ。


「氷室、あんたは生徒会長の言葉を聞いて、どう思った?」


 氷室を信用することはできないが、今は使える者は何でも使うべきだ。


「いや、特にねーな。生徒会長殿の言う通りだと思うぜ。まあ、補足くらいはしてやるか…………お前らさ、ひー様の言葉を聞いて、どう思った?」


 ひー様…………

 幸福教団は何故かヒミコのことをひー様と呼ぶ。


「胡散臭い」

「すべての人が幸せなんてありえないっしょ!」

「典型的なカルト教団だと思います」


 俺もそう思う。


「ははは。まあ、そうだ。それで合ってる。実際、幸福教団はマルチに洗脳。カルトって呼ばれてもしゃーない組織だ」


 幸福教団は元から知っている宗教団体だ。

 最近、大きくなってきた宗教団体でCMも流れている。

 そして、ネット上では黒い噂や都市伝説が多い怪しい宗教団体でもある。

 まさか、同じ学校に教団員がいるどころか、隣の席の佐藤さんが教祖とは思わなかったが…………


「話の腰を折って悪いんすっけど、なんでひー様って呼ぶんっすか?」


 アキラが本当に話の腰を折ってきた。


「あー、それな。単純にひー様の名前を直接呼ぶのは恐れ多いってんで、ひー様なんだよ。ヒミコのひー様。まあ、ぶっちゃけて言うと、言い始めたのは神谷だし、元はひーちゃんって呼んでからヒマリの方なんだろうけどな。ひー様は佐藤ヒマリの名前を完全に捨ててるから絶対に認めないけどな」


 佐藤と神谷は幼なじみって聞いたことがある。

 幼なじみが宗教を開き、自分もその宗教に入る。

 あの2人も闇が深そうだな。


「あんたもいまだにひー様って呼ぶのね? まだ、幸福教団の信者なんじゃない?」


 ノゾミが氷室を怪しんでいる。


「いや、他意はねーよ。ずっとひー様って呼んでたからそっちが慣れてるだけ。今さらヒミコって呼んでも違和感がな…………それに俺は元々、幸福教団には金の匂いがするから入っただけだ。実際、儲けられたし、甘い汁も吸えたしなー。儲けられなくなったら抜けるよ」


 こいつは本当に最低な男だ。

 絶対に信用はできない。

 とはいえ、強力なスキル持っていたが、戦い方を知らない俺達に戦い方を教えてくれたのは氷室である。


「それで氷室、補足ってのは?」

「ああ、それな。お前らはひー様の言葉を胡散臭いって思うだろう。それはお前らが魔法も神もない現代人だからだ。だが、こっちは違う。こっちの世界は本当に神がいるし、神を信じている。お前らが言う耳障りのいい胡散臭い言葉っていうのもこっちの世界の人間は普通に信じると思うぜ?」

「なるほど…………状況はより最悪ってことか」

「そうなるな…………まあ、俺も手伝ってやるから頑張れや。俺は裏切ったから教団の連中からめっちゃ恨まれているだろうからよ」


 氷室はそう言って、笑いながら部屋から出ていった。


「会長、氷室をどう思います?」


 俺は氷室が出ていった扉を見つめながら会長に聞いてみる。


「皆もわかっているだろう。あれは一切、信用できない」


 会長が断言すると、全員が同時に頷いた。

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