第005話 私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ!


 私は出発の前にミサをきれいにすることにした。

 ミサは何日もお風呂に入っていないらしく、私の巫女としては非常にふさわしくないので、浴槽を出し、ボディソープやシャンプーで身体を洗った後に服も着替えさせたのだ。


 今、ミサは高校の制服を着ている。


「なんでこれなんです?」

「別に何でもいいでしょ。私のイメージは制服を着て、マシンガンを持っているのがあんた」

「まあ、さっきのぼろ服よりかはいいですけど」

「でしょー。よし! 行きましょう! 我ら幸福教団の復活の第一歩よ!」

「おー!」


 私達は森を抜けるために歩き出した。


 森と言っても、ここまでミサが歩いてきた道なので特に苦労はない。

 というか、私は一切、疲れていない。

 多分、神になったからだろう。


「ひー様、気を付けてくださいね」


 ミサは銃を構え、私の前を歩いている。


「何に?」

「この森は魔物も出るんですよ」

「魔物? ゴブリン?」

「ゴブリンも出ます」


 出るのか……

 まあ、魔法があれば、魔物もいるか。


「あんた、弓を持ってたわよね? 使えるようになったの?」


 ミサが弓道をしているところなんか見たことがない。


「いえ…………それはいいじゃないですか」


 使えないのね……


「あんた、マジで1人でここまで来たの? バカじゃない?」


 死ぬぞ?


「ひー様のためならこの命を捨てるくらい何とも思いません」


 このあたりが無能なところだ。

 命をかけることが最善とは限らない。


「お前、私に悲しめというのですか? 私に大事な子を失わせて悲しめというのですか?」

「ひー様…………私は役立たずです。使えません。ですが、ひー様のためなら死ねます」


 バカが!


「ミサ、子供の頃に一緒にお花屋さんをやろうねと言った約束を忘れたの?」

「覚えてる。でも、お花屋さんが悪徳カルト教団になったわ」


 ミサがかつてのようにタメ口をきく。


「お花屋さんもカルト教団も人を幸せにすることには変わりません。私を置いて行かないでください」

「……………………いや、だいぶ違わない? でも、わかった。私は死なない」

「そうしなさい」


 子供の頃から一緒だった幼なじみを失いたくない。


「ひー様、お下がりを……」


 ミサが右腕で私を制した。

 私はミサの指示に従い、止まる。


「どうしました?」

「いえ…………」


 ミサは銃を構え、少しずつ、歩き出した。

 私はミサについていき、そのまま進んでいくと、木にすがって座っている金髪の男の人が見えてくる。


 ミサはそのまま慎重に進んでいき、5メートル程度まで近づくと、銃を構えたまま、止まった。


 私はミサの後ろからその男を見る。


 その男は項垂れているため、顔は見えないが、耳が大きくとがっているのがわかった。


「何、この人?」

「エルフです。ほら、漫画とかに出てくるでしょ」


 なるほど。

 確かにエルフっぽい。


「死んでるの?」

「いえ…………わかりませんが、撃ってみましょう」


 初手が発砲かい。

 やばーん。


「待て! 撃つな!」


 エルフの男が急に顔を上げ、ミサを制する。


「やはり意識があったか…………騙し打ちとはいい度胸だ! 死ね!」


 ミサがエルフの男に銃口を向けた。


「ミサ、やめなさい」

「しかし!」

「やめなさい」

「…………はい」


 ミサがしぶしぶ、銃を下ろす。

 私はミサを後ろに下げ、エルフの男に近づいた。


「エルフですか…………初めて見ました。私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ」

「知っている。さっき、女神にケンカを売っていた異世界の神だろう」


 啓示を見たのか……

 まあ、それもそうか。

 この世界にいる人は全員が見ただろうし。


「知っているなら話が早い。お前はここで何をしているのですか? 本当に私達を騙し打ちする気だったのですか?」

「それは違う。俺はエルフ族の戦士、エックハルトだ。村の皆のために食料を調達しようと思い、ここで獲物を狩っていた」

「嘘ですね。エルフは肉食を好まないと聞きました!」


 ミサがエックハルトの言葉を嘘と見破った。


「本当だ。確かに我々は肉食を好まない。だが、もはや、そう言ってもいられないのだ」

「何かあったのですか?」


 私はベジタリアン種族が肉食をしなければならない理由を聞いてみる。


「飢饉だ。今年は雨が極端に少なかった。そのせいで作物が育たず、村の皆が飢えている。一部の老人は子供に食事を優先させ、死んだ」


 それで狩りか……

 餓死するよりかはいい。


「それで? お前はこんなところで寝てでもしたのですか?」

「俺も限界なのだ。ふらついたので休んでいた。3日も何も食べていないんだよ」


 そら、きついわ。


「憐れな……これが女神教の結果か?」

「ひー様、エルフは女神教ではありません。だから異端者として迫害を受けています」

「迫害?」

「この人を見て、美形だなって思いません? エルフは容姿に優れているんです。だから異端者狩りと称して、奴隷狩りやらなんやら、まあ…………」


 女神教ってマジでクソだな。


「それ以上は言わなくて結構…………やはり、あの女神は悪魔だったか。この世界には私が必要なのでしょう」

「あのババアはクソですよ、クソ!」


 クソメガネって言われたことを地味に根に持ってるのね……


「エルフの戦士よ! お前に救済を与えましょう! 幸福を!」


 私はスキルを使って、菓子パンを出し、エックハルトに渡す。


「これは何だ?」

「パンも知らないの?」

「それはわかる。どういうつもりかと聞いているのだ」

「お前はさっきの啓示を見たと言ったではないですか。私は幸福の神、ヒミコ。すべての人々を救う救世の神である。飢えた者がいれば当然、食料を与えよう」


 昔、飢えている人に魚を与えるか、魚の釣り方を教えるかということを言ったバカがいるが、与えるに決まっている。

 魚も与えるし、魚の釣り方も教えるのが正解なのだ。


「これは受け取れない。人族の施しは受けない」


 迫害って言ってたし、人族が嫌いなのだろう。


「お前、私を人と呼ぶのですか?」

「…………神だったな」


 見た目で判断するんじゃないよ!


「わかったのならさっさと食べなさい」

「これはありがたく受け取ろう。異世界の神よ、感謝する。だが、これは私の子供に持っていく」


 もうね……バカ。

 バカすぎる。

 老子さん、これでも魚の釣り方を教えますか?


「お前は救いようがないな…………だが、私は救おう! 私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ!」

「何を言っている…………んだ?」


 エックハルトは疑問を投げかけてくるが、途中で呆けてしまった。

 何故なら、エックハルトの目の前には大量の菓子パンが現れたのだから。


「私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ! 救われぬ者を救う救世の神なり! さっさとそれを食べて、お前の村に案内しなさい。私に救えぬ者はいない。何故なら私は幸福教団の神、絶対神のヒミコなのだから!」

「ひー様、素敵ー!! 救世主とはあなたのためにある言葉です!」


 わはは!

 信者ゲーット!




 ◆◇◆




「こっちだ」


 菓子パンを食べ、復活したエックハルトは私が出した10を超えるパンを抱えながら村を案内するために歩き出した。


「お前の村は何人ですか?」


 信者ポイントはすでに60を切っている。

 24時間で全回復らしいが、とりあえず、今日の分の食料は出さないといけない。

 ミサをきれいにするためにポイントを使いすぎてしまった。


「40人程度の小さい村だ。この森にはそういう小規模のエルフの集落がいくつかある」


 40人なら大丈夫だな。

 しかし、他にもまだ集落があるのか…………


「その集落と親交はなかったのですか? 食料の援助は?」

「親交はあるし、交流も頻繁に行っていた。住んでいる場所が違うとはいえ、争っているわけではないからな。だが、他の村も同じ状況なのだ」


 飢饉か……


「一応、聞きます。人族に頼るのは?」

「捕まって奴隷にされるだけだ」


 やっぱりそうなるのか。


「ミサ、エルフの奴隷を見たことがありますか?」

「私はないですが、アケミ姉さんは女のエルフを見たことがあるって言ってましたね。扱いは…………まあ、エックハルトの前では言いにくいです」


 まあ、そういう奴隷なんだろうな。


「他の種族はいるんですか? ほら、エルフがいるならドワーフやホビットもいるでしょ」

「ドワーフ、ハーフリング、獣人族ですね」

「そいつらも女神教ではない?」

「はい。エルフもですが、精霊や地霊の信仰らしいですね。そういった種族は亜人と呼ばれ、人として認められていません。だから何をしても罪にならないってことらしいです」


 クソだな、クソ。


「憐れな……」

「一部では反乱というか、戦争状態ですね。人族と比べ、数は少ないので不利ですが、他の種族は身体能力や魔法に優れていますので」

「あの女神は神が自分しかいないからって本当に胡坐をかいているのですね」


 隙だらけな世界だわ。


「亜人を引き込むんです?」

「私の教団は宗教の掛け持ちはオッケーです。教祖である私ですら初もうででおみくじを引くのですよ? まあ、大吉以外は引いたことがないですがね」

「ひー様の幸運は約束されてますので…………では、憐れな亜人共にひー様の素晴らしさを説くとしましょう」


 こいつに任せて大丈夫かな……?


「俺達はお前の施しを受けたらお前らの教団に入らないといけないのか?」


 エックハルトが聞いてくる。


「何を信仰するか、何を敬うか、それは個人の自由。だからお前が私を信仰しないも自由だし、逆にお前の子が私を信仰するのも自由。だが、それを妨げるのは許されない」

「…………まあいい。飢えて死ぬよりはマシだ」

「幸福を望みなさい。幸福を追い求めることこそが人の人生。私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ! すべての者に幸福を与える神なり!」

「…………さっきの啓示を聞いている時から思っていたが、その『私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ!』っていう自己主張が多くないか?」


 そうやってあんたらの潜在意識に刷り込んでいるんだよ。

 そのうち、ふとした瞬間に脳裏に浮かぶんだ。


 私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ!

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