第003話 女神VS女神 ★
俺は観衆に交じって、巫女様を見上げている。
司祭だし、もうちょっと近くで拝みたいが、出遅れてしまったのだ。
少し遠いが、こればっかりは寝坊してしまった自分を恨むしかない。
「女神様はおっしゃいました。清貧こそ、美徳であると! 今、この飢饉に苦しんでいる人も今が我慢の時なのです!!」
今日も実に平和だ。
巫女様は元気に女神様の言葉を雄弁に語っておられる。
一部では飢饉による被害が大きくなり、謀反も起きたとは聞いているが、それも女神様の言葉を聞けば、すぐに静まるだろう。
まあ、それでも言うことを聞かなければ、異端者として処分すればよい。
万事、上手くいっている。
上手くいって…………いる?
なんだ、あの女は!?
「だ、誰ですか、あなたは!?」
巫女様が演説を止められた。
それもそのはず、巫女様が演説している物見の上に2人の少女が急に降り立ったのだ。
「私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ」
は?
ヒミコ?
何を言っている?
その自らを神と称した女は真っ赤の服を着ており、黒髪の頭には金色の髪飾りが輝いている。
そして、薄っすらと不気味に微笑んでいた。
「ヒミコ……誰ですか!?」
演説を邪魔された巫女様が怒鳴る。
だが、正直、やめてほしい。
その得体のしれない者を刺激してはならない。
その女を見た時から俺の背中が汗でびっしょりとなっているのだから。
「私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ。すべての者を救い、すべての者に幸福をもたらす神である」
ヒミコという自称神は巫女様が怒鳴ってもまったく動じず、ただただ微笑んでいる。
怖い、怖い、怖い。
この女、神かはわからないが、間違いなく、人ではない!
「頭のイカれた狂人か! 衛兵! こいつをつまみ出しなさい!」
巫女様がそうおっしゃられるが、巫女様とその女が立っているのは高さ10メートルはある物見の上だ。
すぐには来られないだろう。
「ひー様、殺しますか?」
ヒミコのそばにいたメガネをかけた女がヒミコに聞く。
ひー様……?
どこかで聞いたことがあるような……
「邪魔する者がいれば、12人までは許します。ただし、この女はダメです」
「はっ!」
メガネをかけた女はヒミコに一礼すると、醜悪な笑みを浮かべながら物見を上がろうとしている騎士に黒い塊を向けた。
あ、あれは……!? まさか!?
メガネの女が黒い塊を騎士に向けた直後、凄まじい連続した破裂音がし、それと同時に物見を上がろうとしていた騎士達が倒れて、落ちていった。
地面に落ちた騎士の周辺は真っ赤に染まり、騎士はぴくりとも動かない。
「あれは……!? 悪魔の武器だ! こ、幸福教団だ!」
「逃げろ! 悪魔の集団がやってきたぞ!」
あのマシンガンと呼ばれていた武器を見た民衆はパニックになってしまった。
それもそのはず、あの武器は何人もの戦士を葬ってきた悪魔の武器なのだから。
しかし、何故、あれが存在する!?
あれは機能を停止した武器のはずだ!
その証拠にあの武器を失った幸福教団はあっという間に潰走した。
幸福教団…………
ひー様……
まさか、あの女……!
「静まりなさい!!」
巫女様が言葉に魔力を乗せ、パニックになった民衆を鎮めた。
このあたりはさすがに巫女様である。
だが、ピンチだ。
悪魔の武器を持った異端の狂信者が巫女様のそばにいる。
「幸福教団ですか……」
巫女様が憎々しげにヒミコ達を見る。
「我らはすべての人のためにある。幸福を与え、幸福を掴む者への手助けをするのです。私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ」
「異常者が!!」
「私はお前ごときと話すつもりはない。控えなさい、人間」
さっきまで微笑んでいたヒミコが巫女様を睨んだ。
すると、巫女様が1歩ずつ、後ずさっていく。
「ぶ、無礼な! 異端者のくせに!」
巫女様はついに物見の端まで下がってしまった。
もう後ろはない。
「神の前で無礼を働いているのはお前です。お前はいらない。さあ、女神よ。私を恐れ、私から逃げた臆病者の女神よ。出てきなさい。それとも、お前の巫女をここから突き落としてやろうか?」
「落とす前にハチの巣にしてやりますよ!」
メガネをかけた狂信者が悪魔の武器を巫女様に向けた。
「ひっ! や、やめ――」
巫女様は腰を抜かし、怯えていたが、急に無表情になると、姿勢を正した。
「こんにちは、女神アテナ」
ヒミコが再び、微笑んだ。
「――おのれ、ヒミコ!! いつの間に復活した!?」
巫女様の表情が急に変わり、怒りに満ちた表情となった。
巫女様のあんな表情は見たことがない。
「お前の封印は素晴らしかったですね。1年も寝ていました」
「おのれ、おのれ! 生かしてやったのが失敗だったわ!」
「生かす? 何を良いように言っているのですか? 生かしたんじゃなくて、殺せなかったのでしょう? 私は神。信者達の祈りさえあれば、死ぬことはない」
「うるさい! カルトの小物が! 地球で大人しくしておればいいものを!」
ヒミコは……本当に神なのか?
巫女様……いや、あれは女神様だろう。
女神様の口ぶりからヒミコが本物の神だということがわかる。
「私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ。女神アテナよ、何故、私の子を殺す? 何故、私を否定する?」
…………どうでもいいけど、やたら『私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ』って自己主張する神だな。
「この世界に異端者は必要ない! 部外者が口を出すな!」
「誰が何を信仰するのかは個人の自由です。神が人々に信仰を強要するのはよくありません」
「黙れ、カルト神! この前生まれたばかりの新興の神が永遠という時間を生きた私に教えを説くな!」
「神も人も長生きすると、考えが固まってしまって仕方がないですね……」
「ぷぷっ、老害です」
メガネをかけた女があざけ笑うと、女神様の顔が真っ赤に染まった。
「今、何と言った!? 何と言ったー!?」
「うるせーよ、ババア!」
「このクソメガネ!! 許さんぞ!!」
女神様が烈火のごとく怒ると、メガネの女が悪魔の武器を向ける。
「ミサ、やめなさい…………女神アテナ、私の巫女の無礼を謝罪します」
「クソ共が! さっさと地球に帰れ!!」
なんというか、女神様より、ヒミコの方が大人だな……
「残念ながら今の私の力では帰れないのです。ですので、私はこの世界で信仰を集めようと思います」
「は?」
「聞こえませんでしたか? 私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ。救われない民の為に幸福を与えましょう」
また自己主張した……
「…………お前、私にケンカを売っているのか? この世界は私の物。私の信仰を集めるだけの物だぞ」
「世界は…………人々は物ではありません。私達神は人々のためにあり、人々のために尽くすのです。信仰はその結果にすぎません」
「カルトの神が戯言を…………お前、私に勝てる気か? この世界で1億人の信者を持つ私に勝てる気か? たかだが1万人程度の祈りで生まれた雑魚神が私に勝てると思っているのか?」
女神様がせせら笑った。
「思ったより、少ないですね」
「何だと!?」
「まあいいです。私は勝ち負けに興味はない。信仰は自由。私は救われない者に救いの手を差し伸べるだけです。それが幸福の神の役目なのですから」
ヒミコが両腕を広げて、微笑む。
「邪神の分際で耳障りの良い言葉で私の信者をたぶらかすな!」
「邪神? 私が? 私は絶対神です」
「ふざけ――え?」
怒っていた女神様が呆けてしまった。
「私はヒミコ。幸福の絶対神、ヒミコ!」
「な、なんで!? お前は邪神のはずでは!?」
え?
本当に絶対神なの?
というか、絶対神って何?
よくわからないけど、女神様のうろたえ方からして、偉いのだろうか?
「私は救世する。この世界で苦しむ人を救い、幸福を与えん」
「ふざけるな!! 私の世界は平和だ! 苦しむ人はいない!」
「苦しむ人が……いない……? 飢えて苦しむ人がいる。暴力に怯えている人がいる。嘆き、悲しむ人がいる………これがあなたの平和ですか?」
いや、その暴力を使ってたのはお前達だろ。
「ひ、人はそういうものだ!」
「あなたは神に相応しくないようです…………救世を! 救われぬ者に救世を! さあ、我が子供たち! 立ち上がるのです! 幸福教団は私と共にあります! 私は絶対に見捨てない! 幸福の神は幸福を与えるのですから! さあ、神を名乗り、人々を苦しめる悪魔を排除するのです!」
ヒミコは両手を上げ、恍惚な表情で笑っている。
「悪魔はお前だー!! カルトのゴミクズ教団だろ!!」
「私はヒミコ! 幸福の神、ヒミコ!! すべてを救い、すべてを幸福に導く神である!」
ヒミコは女神様のツッコミが聞こえないようで、恍惚な表情のまま笑い続けていた。
「…………こいつ、狂ってる」
ついに女神様が引いた。
「救いましょう! 誰であろうと救いましょう! 幸福教団はいつでも門を開いています。書類に名前を書いて、ハンコを押して、免許証のコピー……はないか……今なら名前を書くだけであなたも教団員です! 幸せになれます!」
「人の啓示で宣伝すんな!!」
そうだ……
この光景を見ているのはこの場にいる俺達だけじゃない。
世界中の人々が見ているのだ。
これはマズい…………
「それでは、ごきげんよう、悪魔アテナ。私は苦しんでいる人々を救いに行かねばなりません。あなたも早く幸福に目覚めるのですよ?」
「死ね、クソカルト!」
女神様がそばに置いてあったグラスを掴み、ヒミコに向かって投げると、ヒミコ達の姿は一瞬にして消えてしまった。
グラスは誰もいないところに落ちた。
「ハァハァ…………殺せ! 幸福教団を皆殺しにしろ! ヒミコの信者をゼロにし、あのカルト神を消滅させろ!! あのクソ生意気な小娘を二度と私の視界に入れるな!!」
この女神様の宣言は宗教戦争を意味している。
敵は100人弱の少数、こちらは1億人に近い…………
普通の人からしたらどっちが勝つかは目に見えているだろう。
だが、あちらにはあの悪魔の武器を持ち、恐ろしいまでの存在感を放つヒミコがいる。
俺は女神教の司祭ではあるが、自分の身の振り方を考えたほうがいいと思った。
幸い、俺の家には幸福教団の教団員だった姉妹がメイドとして働いており、幸福教団にもいくつかの情報を売ったりもしている。
あの姉妹に橋渡しを頼み、鞍替えも考えておくか…………
俺にはすんなり女神教が勝つとはどうしても思えなかったのだ。
何故なら、幸福教団の教団員は皆、ヒミコという存在を絶対視しており、まさに狂信者の集まりなのだから。
それに比べて、女神教は…………俺のような金儲けと保身を考える者が多い。
早い方がいいな……
こういうのは遅れを取ってはいけない。
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