第002話 異世界に来たよー


 人が神になることは珍しいことではない。

 多大な功績を残し、死後、神格化され、強力な信仰を得た者は神となるのだ。


 だが、生きたまま神になることは非常に珍しい。

 大抵、人が人を神格化するのは死後なのだから。


 神は信仰の力により存在する。

 つまり、信仰の力こそが神の生命力であり、これを失った時が神の死である。


 神は信仰を欲する。

 だから人を操り、導くのだ。


 今、こちらの世界で新たなる神が誕生した。

 そして、汝の世界に侵攻を開始した。


 そいつはカルトの邪神、ヒミコ。

 信者は1万人程度であり、規模的には弱小の神だ。

 だが、信仰の力は凄まじい。

 狂信者1万人の祈りで生まれた邪神は幸福という名の支配を欲し、汝を喰らうだろう。


 そいつは間違いなく、汝の脅威となる。

 気を付けるがいい、女神アテナ。




 ◆◇◆




 ここはどこだ?


 私は状況を理解できないでいた。

 私は学校の体育館で謎の儀式をしていたはずだ。


 しかし、おかしい。

 頭がぼんやりする。

 そして、ここがどこなのかがわからない。

 間違いなく、体育館ではない。


 …………というか、森だ。

 私は森の中にある石でできた謎の祠の上に立っている。


「ひー様?」


 私を呼ぶ声がしたので、下を見下ろす。

 すると、祠に上がる階段の下にメガネをかけた女が私を見上げていた。


「メガネ…………ミサか」


 マシンガンを持ってイキっていた神谷ミサである。


「え? そこ? 私の認識ってメガネなんですか?」


 それはメガネをかけている者の宿命である。

 あんたはメガネだ。


「ミサ、ここはどこですか? 私は何故、ここにいるのです?」


 状況がまったくわからない。

 まず、ミサの格好がおかしい。


 ミサはマシンガンを持って、学校の制服を着ていたはずだ。

 だが、今のミサはマシンガンは持っておらず、代わりに弓を背負っている。

 しかも、服は何というか……小汚い。


「ああ……ひー様、ようやくお目覚めになられたのですね!! ひー様ー!!」


 ミサは涙を流しながら階段を上がってくる。

 そして、両腕を広げてきた。


 え?

 抱きつく気?

 その恰好で?


「汚っ!」


 私は思わず、ミサを蹴った。


「痛っ! って、え? あっ…………ひゃーー!!」


 ミサは階段を転げ落ちていく。


「あ、ごめん」


 私は思わず、謝り、階段をゆっくり下りていった。


「痛ったー……!」


 階段から落ちたミサは頭をさすりながら四つん這いになっている。


「あんた、何してんの?」


 階段を下りた私は四つん這いのミサに聞く。


「ひー様がですよ! なんで蹴るんですか!? 階段で人を蹴ってはいけないって習ったでしょ!!」


 ミサが怒っている。


「習った覚えはないけど、ごめんね。汚かったから、つい……」

「汚いって……ひどくないですか? 感動の再会なのに……」

「再会? 何を言ってるの? あんた、さっきまでマシンガンを乱射してたじゃない?」


 しかも、怒鳴ってた。

 空気を読んで言わなかったが、ミサが一番うるさかった。


「え? あ、そうか…………ひー様、実はあの『ひー様を神にする計画』から1年が経っているのです」


 1年?

 いや、その前に……


「『ひー様を神にする計画』って何よ?」

「あー、そういえば、詳細を伝えてませんでしたね。そのまんまです。私達はあなたに神になってもらおうと思ったのです」


 このメガネ、トチ狂ったか?


「勝手すぎん?」

「いや、ひー様にも確認を取りましたよ。笑いながらいいよーって言ってたじゃないですか」


 …………そういえば、リースに神になりません?って聞かれたような気がする。

 ギャグかと思って、いいよーって答えた気がする。


「それ、どうやんのよ?」

「リースが言うには数百人の生贄と私達の祈りでひー様が神になるらしいです。ひー様、神になりました?」


 知るか!


「リースはどこ?」


 あの子はどういう根拠があって、そんな計画を立てたのだろう?

 そして、こいつらも何故にそれを信じ、実行したのだろう?


「リースですか…………そのことについてですが、順を追って説明させてください」

「聞きましょう」


 以下、メガネの説明ダイジェスト。


 幸福教団は政府や公安からマークされていたらしい。

 そして、公安や政府に通じている仲間の情報で教団の一斉家宅捜索が実行されようとしている情報を事前に入手した。

 色んな物を隠せないと判断した教団の幹部達はかねてより計画していた『ひー様を神にする計画』を実行に移した。

 だが、気が付いたらあの場にいた教団も学校関係者も異世界に転移していたらしい。


「転移?」

「ですね。気が付いたらどっかの神殿にいましたよ。ビックリです。そして、女神を名乗る変な女が現れました」

「女神ねぇ……」


 キチガ○女では?


「そいつが言うには、ここは私の世界であり、お前らは異分子だ、消えろ! らしいです」

「口が悪いわね……」

「あ、これは私の翻訳です。これを言うのに何十分もしゃべってましたよ。めっちゃ回りくどかったですが、要約すればこうです」


 口が悪いのはこの子か……


「で? 帰れって?」

「いや、帰れないそうです。だから保護はするけど、余計なことをするな、だそうです。学校の人間はですけど…………」

「私達は?」

「異教徒は死ね、だそうです…………」


 異教徒って……

 学校関係者もほとんどが仏教か神道でしょ。


「意味わかんない」

「簡単に言えば、幸福教は邪教扱いです」

「ひどいわねー。それでどうなったの?」

「戦争ですね」


 ホント、気の短い子達だな……

 穏便って言葉を知らないの?


「戦争ねー……」

「最初は優勢でした。私達は100人程度ですが、マシンガンがありますからね。ですが、次第に優劣が逆転し始めました」

「銃弾が尽きたのね」


 マシンガンは強いが、すぐに銃弾が尽きてしまう。


「です…………武器を失えば、こちらが圧倒的に不利でした。人数もですが、それ以上に向こうは特殊な力を使ってきたのです」

「魔法?」

「わかるんです?」

「想像はつくわよ。異世界だし」


 女神が本当にいるのなら魔法くらいはあるだろう。

 というか、リースの謎の力がそれだろうな。

 間違いない…………転移の時の言動からして、あいつ、こっちの世界の出身だわ。


「そう……魔法です。しかも、学校関係者までもが参戦してきたのです」

「生徒達? 子供じゃない……何もできないでしょ」

「いえ、女神がスキルと呼ばれる特殊な異能力を与えたのです」


 魔法の次はスキルね。

 ファンタジーだわー。


「それが強力だった?」

「はい。それにより、我らは戦略的撤退を選択しました」


 素直に逃げたって言えばいいのに。


「その後はどうしたのよ?」

「向こうに女神があるのならば、我らにもひー様がいます。なので、皆で散らばって、ひー様の捜索をしていました。そして、女神教の幹部を買収して得た情報からひー様がここに封印されていることを知ったのです」


 こいつらは本当に買収とか賄賂が好きよねー。

 まあ、そのおかげで公安や政府からの情報を得ていたのだから良しとするか。


「なるほど。封印か……」


 だから頭がぼんやりするのだろう。

 1年も寝てたわけだしね。


「どうやら、ひー様は本当に神になったようで、脅威に感じた女神が封印したようです」


 私は神なのか……

 まあ、神だろう。

 私以外に誰が神にふさわしいのか!


「まあ、大体、わかったわ」

「ひー様、ステータスって言ってもらえません?」

「なんで?」

「実はこの世界ではステータスといえば、自分のスキルを確認できるんです」


 急に安っぽい世界になったわ。


「あんたのスキルは?」

「…………それはいいじゃないですか」


 …………ないんだな。

 まあ、ミサはぶっちゃけ、役立たずだし、長所がないからな。


「ステータスー」


 私がそう言うと、私の目の前に半透明の画面が現れた。




----------------------

 名 前 佐藤ヒマリ

 レベル -

 ジョブ 汚れきった邪神

 スキル

 ≪神通力≫

 ≪邪神の天寿≫

----------------------




 邪神? 佐藤ヒマリ?

 気に入らない。


 私はステータスは画面を睨み、操作する。




----------------------

 名 前 ヒミコ

 レベル -

 ジョブ 幸福の絶対神

 スキル

 ≪神通力≫

 ≪絶対神の天寿≫

----------------------




「私はヒミコ。幸福の神である」


 私はミサに告げる。


「存じております。ひー様こそ、我らの救世主! ひー様こそがこの世の森羅万象すべての頂点に立つ御方なのです!」

「ふふふ。女神だかなんだか、知らないが、私の前にひれ伏すがいい…………ところで、スキルって何? 私、持ってるんだけど」

「そのステータスで確認できますよ」


 どれどれ……




----------------------

 ≪神通力≫

 神の力が使える。能力は信者数に依存。

 現在の信者ポイント 87/87

 ポイントは24時間で全回復する。


 使用可能神通力

 転移(30日に1回ほど往復できる)、お告げ(1人につき1ポイント)

----------------------




 ふむふむ、要は信者が多ければ多いほど、使えるの能力も使える回数も増えるわけだな。


 私は早速、お告げを試してみることにした。


『メガネー』

「え!? 頭の中にひー様の声が!?」


 ミサが目を上に向け、驚く。


『ちょっと頭の中で答えてみて』

『頭の中で答えるって言われても…………』

『それそれ。もういいわ』


 どうやら脳内で電話が出来る力のようだ。


 私は再び、ステータスを開き、信者ポイントを見る。


 86/87


 なるほど。

 1人につき1ポイントだから1ポイント減ったのね。


 私は転移はおおまかに理解できるので、次に≪絶対神の天寿≫を確認してみることにした。




----------------------

 ≪絶対神の天寿≫

 人間時代に触れた物を呼び出す能力。

 使用ポイントは1つにつき、1ポイント

 また、信者に送ることもできるが、その場合の使用ポイントは2倍になる。

----------------------




 これだ!

 これこそが神の力だ!


 私は自分の後ろに手をかざす。

 すると、そこにはソファーが現れた。


「え? ソファーじゃないですか!?」


 私はミサを無視してソファーに座る。


「ソファーね」


 これは良い能力を手に入れたぞ。


「ソファーですねー。これがひー様の力です?」


 ミサはそう言いながら私の隣に座った。


 いや、普通、教祖の隣に座るか?

 私の前で跪かない?


「ミサ、手を前に出して下さい」


 私は優しいので信者の不敬をスルーし、ミサに指示を出す。


「え? こうですか?」


 ミサがソファーに座りながら手のひらを空に向け、突き出したので、私はスキルを発動させた。

 すると、ミサの手の上に黒い凶悪な武器が落ちてくる。


「こ、これは! 神器ですか!?」


 神器と呼ばれたのはかつて、学校の生徒や先生達を恐怖の底に落としたマシンガンである。


「私はヒミコ。幸福の神、ヒミコ!」


 私は両手を広げ、空を見た。


「いや、マシンガンが幸福です?」


 うるさいな。


「己の身を守れなくて、どうして幸福が訪れるのですか」

「それもそうですね。マシンガンさえあれば、未開のサルどもを一掃できます!!」


 私は嬉しそうにマシンガンを構えるミサに満足すると、信者ポイントを確認する。


 83/87


 ソファーで1ポイント、マシンガンをミサに送ったから2ポイントか…………


 しかし、信者ポイントは87しかないのね。

 信者ポイントは信者の数らしいが、こっちの世界でしかカウントされないようだ。

 日本には1万人近い信者がいたのだが……


 それにしても、87?

 こっちには私を除けば、99人は来ているはずだ。

 残りの12人は……?


 うーん、まあ、1年も経てば、私を捨てる者も出てくるかもしれない……

 残念だが、こればかりは仕方がない。

 幸福を与えるはずの教祖が1年間も寝てて、何もしなかったのである。

 これは私のせいであり、離れてしまった信者は悪くない。

 私の復活を知れば、そのうち戻ってくるかもしれないしね。


 私がちょっとへこんでいると、急に視界が変わった。


 私は森にいるはずなのに、私の片目に映っているのはどこかの広場だ。

 そして、広場の中央には高さ10メートルはある物見やぐらっぽい台の上に金髪の女の人が立っており、その周囲には多くの人が集まっている。


 何だ、これ?


「え? 何?」

「チッ! またかよ……」


 ミサが舌打ちをし、嫌そうな顔をする。


「ミサ、これは何ですか?」

「女神の啓示ってやつです。この世界にいるすべての人間に自分の存在を知らしめているんです。クソうざいです!」


 啓示?

 どういうこと?


『皆さま、ごきげんよう!』


 私の片目に映っている女が口を動かしたと思ったら片耳に声が聞こえてきた。


「気持ち悪いわねー」


 片目では森が映り、もう一方の目には変な女が映っている。

 さらに、片耳ではミサの声が聞こえ、もう一方では変な女の声が聞こえていた。


「この世界は女神教という邪教一択の世界なんです。こうやって、定期的に世界中に信仰をばらまいているんですよ。ノイローゼになりそうです」


 要は女神教とやらのコマーシャルを強制生配信してるのか。

 悪質だなー。

 でも、いい手だ。

 多分、私の神通力にあるお告げの強化版だろう。

 向こうは信者が多いだろうし、神通力も私より上なんだろうね。


 金髪の女はひたすら自分のとこの女神がいかに素晴らしいかを語っている。

 さすがにうざくなってきた。


「この女が女神?」

「いえ、こいつは女神の言葉を信者に伝える巫女ですね。私と一緒です」


 確かにミサは私の巫女であり、よく私の代わりにしゃべっているが、こいつは私の言葉を曲解するだけで、はっきり言ってクビにしたいと思っている。

 本当は有能なリースを巫女にしたいのだが、リースは優秀なので、別の仕事がある。

 他の者も一緒である。

 つまり、一番いなくても変わらないがミサであるため、仕方がなく、消去法でこいつが巫女なのだ。


「まだしゃべってるわね」


 しつこいな、この巫女というか、女神……


「さっさと滅ぼしましょうよ」


 ミサが過激なことを言う。


「滅ぼすって……適当に共存すればいいんじゃない? 知っての通り、幸福教は掛け持ちオッケーよ? あんただって、高校受験の時に神社にお参りに行ってたじゃない……」


 一緒に初もうでにも行ったし、クリスマスにパーティーもした。

 幸福教はただ幸福を目指すだけであり、そういうのは緩いのだ。


「こっちがそうでも、向こうはそう思ってないんですよ。女神教以外は邪教。実際、異教徒狩りに熱心ですからねー」


 怖いなー。

 自分以外は信仰する必要はないってことか……


「話し合いは大事よ? 許すことが大事なの!」

「ウチの教団員も何人か殺されましたよ…………」


 …………は?


「え?」

「銃弾を失って、散り散りに逃げた時に殿になってくれたんです。確認しましたが、捕まって死んでました」


 死んだ……?

 私の子が?


 あっ…………

 信者ポイントが87しかないのは…………

 私の信者が12人足りないのは…………


 ……死んだから?


「ミサ、マシンガンの使い方は覚えていますね?」

「もちろんです」

「では、挨拶に行きましょうか」

「え? 挨拶?」


 許さない…………

 私の信者を殺すのは許さない!


 私はヒミコ。

 幸福の神、ヒミコ。

 人々を幸福に導く者。

 死んでは幸福になれない。


 不要だ…………

 女神はいらない。

 女神教はこの世に不要な宗教だ!


 ……消えてもらおう。


「行きましょう。あなたはバカだからしゃべらなくていいですよ」

「バカじゃないです! ってか、どこに行くんです?」


 私は立ち上がると、ミサの手を掴み、転移を発動させた。

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