九頭龍のクローンたち
「ボクはノイン。奇兵隊を創設し長州藩を倒幕運動に傾けた————
医務室で目を覚ましたノインは淡々と話し始めた。
「その中でもボクは9番目。一層出来の悪いボクはいつもアインスに虐げられていたんだ。でも、キミはアインスに踏み付けられるボクを庇ってくれて⋯⋯ボク、嬉しかった。⋯⋯ありがとう」
そう言って控え目に微笑むノインの姿に、桜河は敵ながら庇護欲が湧いてしまう。
「なあ、コイツ⋯⋯ノインはどうなるんだ?」
今のノインに反抗する意思は無いとはいえ、元々は敵なのだ。酷い仕打ちを受けるのではないかと心配になった桜河は隣に居る龍馬を見やる。
「そがな心配せんでも殺したりはせんから安心せえ」
「⋯⋯⋯⋯」
ニカッと笑い桜河の頭をガシガシと撫でる龍馬に対し、誠司は不機嫌な顔でむっつりと黙り込んだままだ。
「⋯⋯アンタ、やけにソイツの事気にかけるよねぇ? 僕、ソイツに殺されかけたんだけど?」
「⋯⋯お前はその後返り討ちにしてただろうが」
「あ、あの時はごめんなさい。⋯⋯ボク、刀を持つと人格が変わっちゃう見たいで⋯⋯キミにもたくさん酷い事を⋯⋯⋯⋯」
ノインはそう言ってシュンと項垂れる。龍馬はポンと優しく彼の肩に手を置いて口を開いた。
「ノインといったがか? なぁ、おまん⋯⋯わしらと取引をせんか? 維新部隊がおまんの身柄を守る代わりに、おまんは九頭龍一派の情報を流す。⋯⋯どうじゃ?」
「⋯⋯分かり、ました」
龍馬の言葉に最初は戸惑う様子を見せたものの、意外にもあっさりとノインは頷いた。
「⋯⋯九頭龍様が遺伝子工学の研究に熱心なのはご存知⋯⋯だと思いますが、あの方⋯⋯は現代の常識では考えられない程、の技術を持っています」
ノインは所々つっかえながらも話を続ける。
「偉業を成し遂げた人物、の僅かな痕跡————例えば⋯⋯毛髪一本、や血痕、指紋などからでも、遺伝子情報を抽出してクローンを造ること、が可能⋯⋯です。あの方は何よりも血統、を大切にしていて、クローン⋯⋯を造る際には必ず⋯⋯自らの遺伝子、と掛け合わせます。ボクにも、九頭龍の血⋯⋯が半分流れているん⋯⋯で、す」
「「「!!」」」
衝撃の事実に一同は困惑する。
(何か、ノインのようすが可笑しいような⋯⋯?)
桜河はノインが話し始めてからというものの、具体的にどことは説明出来ないが、ほんの僅かな違和感を覚えていた。しかし、龍馬や誠司は気付いていないようで、桜河は気のせいだろうと思い直す。
「そいで⋯⋯九頭龍は高杉晋作の他に誰の遺伝子を手に入れたんじゃ?」
「そ、れは⋯⋯」
途端に苦しそうに咳き込むノイン。桜河は思わず彼に駆け寄り背中をさすった。
「おい、大丈夫か!?」
「う、うん⋯⋯あり、がと⋯⋯。それで、えっと⋯⋯九頭龍様は、主に明治維新を成し遂げた方、たちの遺伝子を使って⋯⋯クローンを造っていま、す。ボクたちの中でも別格なのがアインス、です。アインス、の元となった⋯⋯人物は————」
ノインは先ほどよりも激しく咳き込み、血を吐いてしまう。真白なシーツに鮮血が飛び散る。
それでも、彼が口を閉じる事は無かった。
「⋯⋯り⋯⋯み⋯⋯⋯⋯」
ヒューヒューと誠司のように喘鳴音をさせて苦しそうに呟くノインの口から最後に聞き取れたのは、その言葉だけだった。
✳︎✳︎✳︎
桜河は一人、縁側に座り込みぼうっと池に映る月を眺める。
「こんな所で何してんのさ?」
「誠司か⋯⋯」
誠司は一人分の隙間を空けて桜河の隣に腰掛けた。
「何? 僕じゃいけないわけ?」
「いや、そんな事は⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯アイツだったら今は集中治療室にいるよ。⋯⋯もしかしたら、もう⋯⋯目覚めないかもしれないって⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯そうか」
桜河はそれだけ言って、また池へと視線を戻した。
「あ、あのさあ!!」
「⋯⋯ん? な、なんだよ?」
不意に誠司が声を上げたことに驚いた桜河の肩はビクリと跳ね上がる。
「かっ⋯⋯仮にも僕の相棒ならそんな情けない顔しないでよ! 敵が死ぬたびに一々そんなに落ち込んでたら持たないんだよ!!」
「死ぬって⋯⋯⋯⋯まだノインは生きてるだろ」
「そ、そうだけど⋯⋯」
「何だよ? 珍しく歯切れが悪いな」
「⋯⋯こ、今回のはアンタのせいじゃないでしょ。誰にも、どうにも出来なかった」
「でも、俺は⋯⋯九頭龍たちの話をし出してからのノインの様子が可笑しい事には気付いてたんだ」
「⋯⋯⋯⋯あっそ」
ふいっとそっぽを向きながらモゴモゴと口籠もる誠司に、桜河は耐え切れず遂に吹き出した。
「もしかしてお前⋯⋯俺を慰めようとしてるのか?」
「は、はあ!? そ、そんなわけないでしょ、このバカっ! ぼ、僕はただ⋯⋯お礼を⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯?」
「だ、だから! あの時、倒れた僕を庇ってくれたでしょ!?」
誠司の言葉で、アインスに撃たれそうになった彼を咄嗟に庇った事を思い出す。
「あ、ああ⋯⋯でもそれはお前もだろ?」
「それはっ、あそこで死なれたら
「⋯⋯俺もだよ」
「⋯⋯!」
驚いたようすを見せた誠司は視線をうろうろと彷徨わせた後、恥ずかしさをひた隠しにするかのように揺れる碧の瞳で桜河をジロリと睨み付けた。
「⋯⋯仕方ないから、暫くは相棒⋯⋯やってあげなくもないよ⋯⋯⋯⋯お、桜河⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯!!」
(こ、コイツ今俺の名前を⋯⋯!? 頑なにアンタとしか呼ばなかったのに⋯⋯。だがしかし、呼び捨てなのは些か引っかかるが、今は良しとしよう)
今にも消え入りそうな程の非常に小さな声だったが、照れ臭そうに桜河の名前を呼んだ誠司の声は桜河の耳にはっきりと届いた。驚きと感慨を噛み締めて、桜河は誠司に向き直る。
「なあ⋯⋯俺、今回の事で漸く分かったんだ。この日本が決して平和な国では無いことに。俺は、戦うよ。まだまだ弱いけど、俺なんかに救える命があるなら」
「ふんっ。単細胞にしては良い心掛けなんじゃない?」
「なんだと⋯⋯!? せっかく俺が良い話をしてたのにお前って奴は!」
「何⋯⋯? 気持ち悪いんだけど」
「それにしても⋯⋯可愛いとこもあんじゃん、誠司」
「う、うるさい! 桜河の分際でそんな事言って良いと思ってんの!?」
顔を真っ赤にして憤慨する誠司。そんな相棒の姿を見た桜河の心は少しだけ軽くなった気がした。
「行ってきます」
学校に向かう途中、桜河がふと上を見上げると大通りの大型ヴィジョンには記者会見の映像が映し出されていた。
画面右上の見出しには『前首相、方針転換か!?』という文字がデカデカと貼り付けられている。
マイクを突き出す記者たちに囲まれたシワ一つないスーツを着た1人の男。フラッシュの点滅がチカチカと目に痛かった。
「————!?」
桜河は思わず息を呑む。
束の間の日常に戻った桜河が目にしたのは、テレビの中で「戦争反対!」と声高らかに宣言する前野正一の姿であった。
ひとまずここで終わりです。ここまでお読みいただきありがとうございました!
革命ロマネスク〜世直ししませう、帝都維新部隊〜 みやこ。@コンテスト3作通過🙇♀️ @miya_koo
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