初任務完了!帰還と後悔


 アインスが倒れた事を確認した桜河は、すぐさま誠司の元へと駆け寄った。

 膝をつき、横たわる誠司の頬を軽く叩く。


「おい⋯⋯! 大丈夫かよ!?」

「⋯⋯ん⋯⋯へい、き⋯⋯」


 普段、気が強く生意気な誠司しか見た事がない桜河は、苦しそうに浅い呼吸を繰り返す弱々しい態度の彼に不安が募り、思わずその身体をゆさゆさと揺さ振った。


「ほ、本当か⋯⋯!? 死ぬんじゃねえぞ!!」

「⋯⋯あーもう、大丈夫⋯⋯だってば! しつこい!!」


 そう言って桜河を押し退ける誠司は、不機嫌さを隠そうともせずに顔をしかめている。


「なんだよ! せっかく心配してやったのにお前は————」


 そう言いかけた桜河の耳にはその時、こちらに近付いて来る数人の足音が聞こえてきた。



「マジかよ⋯⋯!?」


 桜河の表情が強張る。未だ余韻で震える手を何とか動かし拳銃のグリップを握りしめ、扉に照準を合わせて構えた。引鉄に指をかけている為、いつでも迎撃する準備は出来ている。


(扉を開けた瞬間に奇襲を仕掛ければ勝機はある⋯⋯!)



 ゴクリと息を呑み、扉が開くのを待つ。桜河にはまるでその時間が永遠のようにも感じられた。


 近付くに連れて徐々に大きくなる足音。それに比例するように速くなる桜河の心音。




 遂に扉が開き、桜河が引鉄を引こうとしたその時————


「ご無事ですか! 誠司様、桜河様!」


 両開きの扉をバンッと勢い良く開け放ったのは、維新部隊の制服を纏った別働隊の男たちだった。




「な、なんだよ⋯⋯」


 桜河は安堵から全身の力が抜けて床にへたり込む。次こそはもう駄目かもしれないと覚悟を決めていたためだ。


 誠司と言えば、仲間の到着にそれまで床に横たわっていた身体を起こして対応している。


「我々は坂本様からのご指示で参りました!」

「⋯⋯前野前首相は?」

「はっ! 既に捕縛しております!」

「⋯⋯そう。ご苦労様」


 アインスとノインにばかり気を取られて忘れていたが、本来の目的も達成したようだ。桜河は全てが終わった事にホッと息を吐いた。




「あの⋯⋯そこに転がってる子どもも回収をお願いします————って⋯⋯え!?」


 別働隊に向かってそう言った桜河は思わず声を荒げた。

 ノインは未だ気を失って同じ位置に横たわっていたが、気絶させた筈のアインスの姿が見当たらない————。


 すぐさま室内を見回す桜河の目に映ったのは、開け放たれた大窓のヘリに片足をかけるアインスの姿だった。


「ありゃ、見つかっちゃった♡」

「っ⋯⋯待ちやがれ!!」

「イヤだよーっだ! 仕方ないから、今日はここまでにしてあげるよ。戦略的撤退ってねェ♪ ⋯⋯でも、次は必ず殺すから♡」


 劣勢になったにも関わらず、強気なアインスはベーッと舌を出して桜河を挑発する。



「仲間を見捨てるのかよ!?」

「仲間ァ? 弱っちいノインなんてもういらなーい! じゃあまたね、維新部隊の兵隊さん♡」


 アインスは最後にそう言い残し、ひらりと窓から飛び降りた。



「あ、おい⋯⋯!!」


 桜河はアインスの首根っこを掴もうと手を伸ばすが、虚しくもその手は空を掴む。


 すぐさまアインスが飛び降りた窓から顔を出し下を確認するが、そこには闇が広がるだけで何も無かった。



「くそ⋯⋯! 逃げられた!」


 桜河は悔しそうに壁に拳を叩きつけ、そう吐き捨てた。







✳︎✳︎✳︎






 あの後、駆け付けた龍馬に賞賛しょうさんを受けた2人は、彼と共に本部へと戻った。

 傷を負ったノインは本部の医務室で手厚い治療を受け、今は眠っているらしい。今回の任務の目的である前野正一も無事に然るべき専門機関に輸送されたようだ。



 桜河の初任務は概ね成功に終わったのだった。

 しかし、反省すべき点は幾つもあった。

 桜河が怖気付いて決断するまでに時間を要した所為で誠司が疲労困憊ひろうこんぱいで倒れてしまったこと、競技用では無い拳銃やライフルの取り扱いに不慣れなこと(そのせいで利き手を若干痛めてしまった)、そして本番に弱く切羽詰まった状況では本来の力を振るえないことだ。



(次は⋯⋯次こそはもっと上手くやって見せる)


 密かに決意を固めた桜河は、維新部隊の仕事にほんの少しだけやり甲斐を見出していた。




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