桜河の決意、覚悟の狙撃。


 威勢よく啖呵たんかを切ったは良いものの、桜河にはこの戦いを制する秘策などとてもじゃ無いが思い付きさえしなかった。

 ダラダラと冷や汗をかいて固まる桜河を見た誠司はため息を吐いた後、ぶっきらぼうな態度で口を開く。


「⋯⋯仕方ないから僕がアンタの援護に回ってあげる。僕が後援に回るなんて滅多に無いんだから感謝してよね!」

「はあ⋯⋯!? こんな時までお得意の憎まれ口かよ⋯⋯っ!」


 桜河と誠司がいつものように言い合いをしていると、アインスが呆れ顔で口を挟んだ。


「ちょっとォ⋯⋯オレを置いてケンカしないでよね?」

「「してない!!」」

「ワァオ⋯⋯息ピッタリじゃん♪」


 アインスはおちょくるようにピュウッと軽く口笛を吹く。

 そして、刀を構える誠司を眺めてクスリと笑みを溢した。


「そもそもさぁ⋯⋯刀が銃に勝てるとでも思ってんの? 武器が飽和する現代では刀なんてもう時代遅れなんだよねぇ」

「⋯⋯⋯⋯っ」


 その言葉にグッと押し黙る誠司の反応を見たアインスは更に笑みを深める。


「維新の時だってさァ⋯⋯刀に固執してばっかりだから負けたんじゃないのォ? これだから頭のお固い幕府の犬はイヤになっちゃうね」

「っ⋯⋯うるさい!!」

「あれェ? 図星を突かれたから言い返せないんだァ?」

「⋯⋯⋯⋯」


 誠司は悔しそうに唇を噛んで俯く。そんな彼に、桜河は何と声を掛ければ良いか分からなかった。


 しかし、暫しの沈黙の後、拳を強く握りしめた誠司は勢いよく顔を上げる。



「⋯⋯れでもっ⋯⋯それでも僕は、僕の信念を貫いて刀で戦うんだ!!」


 顔を上げた誠司の碧の瞳には、並々ならぬ覚悟が宿っていた。

 桜河は先程のノインとの戦いで勝利を収めた誠司の勇ましい姿を思い出し、“サムライ”とは彼のような人の事を言うのだと思った。

 桜河がぼうっと呆けていると、背中に強い衝撃を感じる。


「ちょっと、何ボサッとしてんのさ! 生意気なアイツに吠え面かかせてやるよ!」

「お、おう⋯⋯!」

「へぇ? やれるものならどうぞ。⋯⋯オレは1番————九頭龍お父様の最高傑作。故に、どんな奴が相手でもオレが負けるなんて有り得ない。どこからでもかかって来なよ」


 軽薄な笑顔から一転して、血のように赤い瞳を細めたアインスはアサルトライフルを構える。天井で煌々と輝くシャンデリアの灯りを受けて鈍く輝くそれは、ギラリと妖しい光を帯びていた。




(先ずは⋯⋯ノインからアイツを引き離さないとだよな。瀕死のノインの上でドンパチやる訳には行かねえ!)


 桜河は未だアインスに足蹴にされているノインを見やる。

 どうしたものかと考えていると、アサルトライフルを構え戦闘態勢に入ろうとしたアインスは、忌々しそうに顔を歪めて自らの足下で横たわるノインを見下ろした。


「ハァ⋯⋯邪魔だなあ。幕府の犬との戦いで負けるだけじゃなく、オレの進路まで妨げるだなんて良い御身分だね」


 床に転がるノインを見たアインスはそう言って足を大きく振りかぶり、未だ出血が止まらず苦しそうに息をらすノインの身体を蹴飛ばした。


「ぅぐ⋯⋯⋯⋯!」


 ノインの身体は勢いのまま転がり、壁に打ち付けられる。そして、頭を強打したノインは気を失った。


「っテメェ⋯⋯!」

「あはっ♡キミもコイツのこと邪魔だと思ってたんでしょ? ゴミを掃除してあげたオレに感謝してよね♡」






✳︎✳︎✳︎






「あははハァ♡中々やるじゃんっ!」


 楽しそうに声を上げるアインスの視線の先には、アサルトライフルから放たれる弾丸をことごとく真っ二つにする誠司の姿。

 桜河はその圧巻の光景をポカンと口を大きく開けて見ていた。


(す、すげえ⋯⋯⋯⋯!!)



「っちょっと、アンタさあ⋯⋯! やる気あんの!? 僕がアイツを引きつけてるうちに何とかしてよね!!」


 誠司は前を向いたまま声を荒げ、銃を持ったまま棒立ちの桜河を責め立てる。


「あ、ああ⋯⋯!」


 桜河は慌てて返事をするが、射線上には誠司の背中があり、このまま撃てば誠司に当たってしまうのではと躊躇ってしまう。

 しかし、確実にアインスを仕留める為に誠司の間合いから外れてしまえば、無防備な桜河が標的になるのは明白だ。

 それに、誠司がこのまま銃弾を斬りながらアインスに近づくのも現実的では無かった。



(アサルトライフルの銃口初速は900m/秒以上と聞いた事がある。飛んでいるうちに徐々に速度は落ちるとはいえ、多く見積もってもアインスと俺たちの距離は数十メートル程。誠司がいつまでも凄まじく速い銃弾を跳ね除け続けるのは難しいだろうな)


 実際に、身体中の全神経を集中させて全力で動き続ける誠司はノインとの激しい戦闘も祟ってか、常時はどしりと構える足の重心が覚束無くなって来ていた。更には、こちらまで聞こえる程のヒューヒューとした喘鳴ぜんめい音。彼は息苦しそうに顔を歪めており、いつ倒れても可笑しくない状況である。

 それでも、桜河に銃弾が降り掛からないようにと息も絶え絶えになりながら虚ろな瞳で刀を振るい続ける誠司。



「どうする、俺⋯⋯!!」


 絶体絶命のピンチに桜河は頭を抱える。


(そもそも、俺の専門は競技射撃なんだよ! 普通はゴム弾とはいえ、生身の人間に向かって銃口を向けるなんてのは御法度なんだ。⋯⋯それに、非常に悔しいが俺は本番には滅法弱い⋯⋯!!)



 桜河が躊躇っている間にもアインスによる銃弾の雨が止むことは無かった。


「うぅ⋯⋯っ」


 そして、遂に限界を迎えた誠司がよろめき、ガクンと床に膝をついた。カランと軽い音を立てて彼の手から刀が離れる。



「あはっ♡欠陥まで前世から受け継ぐなんて悲惨だねぇ⋯⋯バイバイ、新撰組の沖田総司くん♡」


 それを好機にアインスが照準を誠司に合わせ、引鉄に手をかけた。



「誠司⋯⋯⋯⋯!!」


 桜河は誠司の名を叫び、咄嗟に駆け寄る。そして、誠司を庇うかのように前に出た。



(無策で飛び出して何やってんだ!!)


 ここまで来ればもう後戻りは出来ない。桜河は来たる衝撃に備えて思わず目を瞑る。

 しかし、待てども待てども一向に予想していた衝撃はやって来ない。恐る恐る目を開くと幾度となく引鉄を引くアインスの姿が目に入る。

 幸いな事に何度引鉄を引いてもカチカチと虚しい音がするだけで、ライフルから銃弾が飛び出す事は無かった。



「ありゃりゃ、残念。⋯⋯弾切れだ」


 アインスはそう言って、玩具に興味が無くなった子どものようにアサルトライフルを放り投げた。


「次はコレだよォ♡」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべた彼が懐から取り出したのは拳銃であった。



 ————一難去ってまた一難。


 やっと運が向いてきたと思った矢先にこれだ。桜河は深く項垂れる。




「くそっ⋯⋯!!」

「そんな古い型式の銃じゃオレには勝てないよォ? 政府の非公認組織は大変だねェ⋯⋯何てったって、武器を手に入れるだけでも一苦労なんだから♪」

「⋯⋯⋯⋯っ」


(考えろ⋯⋯考えるんだ、桜河! このままじゃ、俺も誠司も殺されちまう!)



 桜河は横目で床に横たわる誠司のようすを確認するが、彼は眉間に皺を寄せて目を瞑り、苦しそうに胸を上下させ浅い呼吸を繰り返していた。もう暫くの間は刀を振るう事は難しいだろう。

 それに何よりも、一刻も早く病院に連れて行かなければと桜河は考える。


(この状況では俺しかアイツを倒せる奴は居ないのに、どうしても人に銃口を向けると手が震えて照準が合わない。⋯⋯それならいっそ、天井にぶら下がってるシャンデリアを落とすか? いや、それだと俺たちまで巻き込まれる危険性があるな⋯⋯)


 桜河の手元にあるのはボルトアクションライフルに自動式拳銃、そしてゴム弾と麻酔針。

 これらを使い、どのようにしてこの難局を乗り切るか————。




「⋯⋯⋯⋯!」


 その時、ゴム弾を見つめる桜河の脳裏にとある妙案が浮かぶ。


(迷ってる暇はねえ! 一か八かだっ!!)



「うおおぉぉぉぉ!!」


 桜河は叫び声にも似た大声を上げ、ボルトアクションライフルの引鉄に手をかける。銃口を向けた先は斜め上の天井だ。


 桜河の持つボルトアクションライフルには薬室に1発、弾倉には5発、計6発のゴム弾が装填されている。もし、これを消費し切ってしまっても悠長に装填している暇は無い。その時点で桜河の負けが決まる。


 必ず、この6発で決めなければならない————。



 プレッシャーに押し潰されそうになりながらも、歯を食い縛り決死の思いで引鉄を引いた。桜河が常より使用している競技用の銃よりも幾分か重く感じるのは気のせいでは無いだろう。



「あははァ! どこに向かって撃ってんのォ? 追い詰められて遂に、頭が可笑しくなっちゃった?」

「うるせえ! 黙って見てろ⋯⋯!!」


 桜河は手を休める事無く、ボルトハンドルを起こし手前に引いて空の薬莢やっきょうを排出する。続けて、ハンドルを前身させてそれを下げ、2発目のゴム弾を装填した。


 2発目は、左側の壁上部に向かって撃ち込む。

 同じように天井や壁に向かって3発目、4発目と全てのゴム弾を撃っていく。


 桜河が直接アインスを狙う事は無かった。



「⋯⋯はァ? 本当に何してんの? 意味わかんないんだけどっ」

「⋯⋯⋯⋯」


 アインスは桜河の突然の奇行に目に見えて混乱していた。すぐ目の前に標的が居るにも関わらず、それを狙わない桜河が心底理解出来ないのだろう。


 その時、ビュンと音を立てて小さな物体がアインスの頬を掠めた。


「っ⋯⋯痛っ⋯⋯! な、何⋯⋯!?」



 困惑の表情で頬を押さえるアインス。そんな彼に、桜河は得意げに答えた。



「お前が馬鹿にしてたゴム弾だよ⋯⋯っ!!」

「は、はぁ⋯⋯!?」


 その間にも、ゴム弾は天井から跳ね返って壁に衝突し、その勢いのままアインス目掛けて飛んで行く。



「っう⋯⋯!!」


 跳ね返り、やや威力は落ちたもののゴム弾はアインスの右の手の甲に直撃した。跳弾を受けた彼の手からは力が抜け、ガシャンと音を立てて拳銃を落とす。



(運が俺に味方した⋯⋯!)


 ゴム弾の特性は知っていた桜河だったが、当たるかは完全に運任せであった。

 自らの作戦が成功した事にほくそ笑み、アインスに更なる決定打を与える為、アタッシュケースから拳銃とゴム弾が詰まったマガジンを鷲掴んで手を押さえながら痛みに悶える彼目掛けて走り出した。



 走りながら拳銃用のゴム弾が入ったマガジンをグリップの中に挿入し、スライドを往復させて初弾を装填した。


(これから俺は人に向けてコイツを撃ち込まなきゃならないんだ⋯⋯!!)


 越えてはならない一線を飛び越える————。

 ドクンドクンと桜河の胸が緊張と不安で大きく脈打ち、拳銃を持つ手が震える。



 アインス目掛けて一直線に走る途中、自らが撃ったゴム弾が桜河に襲いかかるが既のところでかわし、大きく一歩踏み込んだ。的であるアインスはもう目前だ。



「くっ⋯⋯! させるかァ⋯⋯!!」


 迫り来る桜河に気付いたアインスは痛みに耐えながらも左手で拳銃を拾おうとする。しかし、コンマ1秒の差で桜河の方が速かった。



「うおおぉぉぉおお!!!!」


 自らを鼓舞するように声を上げながらガムシャラに突っ込んだ桜河は、セーフティを外した拳銃の銃口をアインスの鳩尾みぞおちにピタリと付け、ゼロ距離で引鉄を引く。



 ————ダァンッ!!



 鈍く、重い音が部屋に響いた。

 拳銃を持つ桜河の右手にズシンと強い衝撃が伝わる。



「ゔゔ⋯⋯っ!!」


 アインスはくぐもった呻き声を上げて数歩後ろに下がった後、気を失って倒れた。


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