誠司の実力!三段突き炸裂!


「ねぇねえ、雑魚って誰の事? もしかして、オレの事じゃないよねえ?」

「キミたち以外に誰がいる訳? いいから、かかって来なよ。僕が纏めて斬ってあげる」


 誠司はちょいちょいと人差し指を曲げ、挑発的な笑みを見せる。


「⋯⋯ムカつく。ノイン、やっちゃって」


 アインスは面白くなさそうにスッと赤い瞳を細め、再びベッドに腰を沈めてノインに指示を出した。


「う、うん⋯⋯⋯⋯」


 アインスの冷たい声にビクリと肩を震わせたノインは今にも消え入りそうな声で答え、腰の刀に手を掛けた。


「⋯⋯ご、ごめんなさい。貴方の事⋯⋯殺しちゃうかも」


 怯えを含んだ瞳でそう言ったノインは、スラリと鞘から刀を抜いた。

 誠司の刀よりも幾分か長いそれを手にした瞬間、部屋の中にはピリピリと肌を刺すような空気が流れ、彼の雰囲気がガラリと変わる。



「⋯⋯⋯⋯アンタがあの沖田総司だってェ? そんなのボクの敵じゃあないね。敗者は敗者らしく土の中でおねんねしてなァ!」


 ノインは好戦的な笑みを浮かべ、そう言った。







✳︎✳︎✳︎







「こんなのが天才とはァ、案外新撰組も大した事ないんだなア!!」

「っ⋯⋯うるさい!!」


 だだっ広い部屋の真ん中で、誠司とノインが激戦を繰り広げていた。

 部屋の中には抜き身の刀身同士が激しくぶつかる剣戟けんげきの音が響く。



「所詮は賊軍ぞくぐんの百姓剣法⋯⋯力の剣法と呼ばれるボクの神道無念流の足元にも及ばない」


 ノインは刀を持ち上げ、上段の構えを取ると大きく振りかぶった。ビュンと空を切るそれはもの凄いスピードで誠司の脳天目掛けて振り下ろされる。


「⋯⋯⋯⋯っく!」


 しかし、間一髪のところで打撃を防御した誠司。

 華奢な身体から繰り出されたとは思えない強い衝撃でビリビリと柄を握る手が痺れていたが、気合いでギュッと握りしめ直す。

 誠司の額には、脂汗が滲んでいた。



「おらァ! もっと攻めて来いよォ⋯⋯!!」


 ノインは肩ほどの長さに切り揃えられた髪を振り乱し、誠司を挑発する。

 誠司は無尽蔵に繰り出される太刀筋に歯を食いしばり、防御に徹していた。



 防戦一方の誠司に対して、攻めの姿勢を崩さないノイン。そんな彼に、誠司は徐々に追い詰められていくのだった。







✳︎✳︎✳︎







 誠司が一人戦う傍らで、桜河は必死になって龍馬に連絡を取ろうとしていた。

 しかし、幾ら通信を試みてもザァザァと無機質な機械音が聞こえるだけで一向に繋がらない。


「っなんっで、繋がらないんだよ⋯⋯!!」


 桜河は怒りのままにインカムを床に叩きつける。


 その様子を見ていた暇を持て余したアインスが、足をブラブラと遊ばせながら桜河に話しかけた。


「あはァ♡応援を呼ぼうとしても無駄だよ」

「⋯⋯どういう意味だ!」

「この屋敷には妨害電波を流してある。お仲間を呼びたいなら、そこにいるキミの相棒を見捨てて外に出るしかないね。⋯⋯まァ、応援が駆け付けた時には彼は死んでいると思うけど♡」

「⋯⋯⋯⋯」

「さぁ、どうするの? キミのお仲間は必死に戦ってるのに、キミはといえば怖気づいて見ているだけだ。あァ、情けない。見苦しいったらないね」


 アインスの言葉に、桜河は俯き唇を噛み締める。


(一体、俺は⋯⋯どうすれば良いんだよ⋯⋯!?)



 その時、ふと桜河の視界に黒いアタッシュケースが入る。


(⋯⋯そうだ。俺は仮にも維新部隊の隊員になったんだ。気に食わない奴だけど、ビビって何も出来ない俺を庇って矢面に立つアイツこのまま一人で戦わせる訳にはいかない。⋯⋯そして何より、他人を甚振いたぶって楽しんでるコイツが心底気に入らねえっ!!)



 桜河はすぐさま床に膝をつき、アタッシュケースを開く。中には龍馬に貰ったボルトアクションライフルと拳銃が入っていた。

 そこからボルトアクションライフルを取り出し、ボルトハンドルを引いてゴム弾を装填する。

 このゴム弾は金属の芯にゴムをコーティングさせた特殊なもので、致死性は無いものの急所に当たれば気を失うほど痛いらしい。



 心を決めた桜河はスゥッと肺いっぱいに大きく息を吸い込み、部屋中に響くような大声で一人果敢かかんに戦う相棒の名を呼んだ。


「⋯⋯⋯⋯誠司!! 俺も戦う!!」

「はっ⋯⋯! 遅いんだよ、バカ!!」


 ノインと交戦中の誠司は、一瞬だけ桜河に視線を向ける。その口元は弧を描いていた。



「アンタの決心もついた事だし、そろそろ僕も本気で行こうかな⋯⋯っと!!」

「⋯⋯まさかお前、俺の事を待ってたのかよ!?」

「⋯⋯何の事やら。でも、まあ⋯⋯尻尾を巻いて逃げ出さなかったアンタには特別に、僕が天才と言われる所以ゆえんを見せてあげる」


 誠司はそう言ったかと思えば、刀同士がぶつかる勢いを利用して後ろ手に数歩下がり、ノインから距離を取った。

 そして、深く息を吐いた後、右の手足を前にして身体をやや半身にし剣先はノインの左目を捉える平晴眼ひらせいがんの構えを取る。



「何だその構えはァ⋯⋯急所がガラ空きだッ!」

「⋯⋯⋯⋯」


 ノインはまたもや上段の構えを取り、誠司に攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、ノインが攻撃に転じる前に誠司が一瞬で間合いを詰め、水平にした刀をノインに向かって一直線に繰り出した。

 誠司の持つ加州清光の切先が空を裂き地を揺らす。



「く⋯⋯っ!」


 ガキン、と刀同士がぶつかる金属音が響いた。

 上段の構えを解き、咄嗟に急所である頭を防御したノイン。

 しかし、誠司の攻撃は一度では終わらなかった。そこから目にも留まらぬ速さで喉、鳩尾と突いていく。


「天然理心流舐めないでよね」

「っ⋯⋯⋯⋯!」



 先ほどまで好戦的な笑みを浮かべていたノインの表情が見る見るうちに痛みで歪んでいく。

 真白な軍服は滴る血でジワリと赤く染まっていた。


 ノインの手からは刀が滑り落ち、カランと音を立てて床に転がる。そして、ノイン自身も膝をついて崩れ落ちた。


「うぅっ⋯⋯ごめん、なさ⋯⋯⋯⋯」


 刀から手を離した途端、出会った頃の弱々しい雰囲気になったノインは、視線だけをアインスに向けてそう言った。





(今、一瞬誠司の後ろ姿が新撰組の隊服を纏っているように見えた⋯⋯)


 戦況を固唾を呑んで見守る桜河の瞳の端に、浅葱あさぎ色がチラリと横切った気がした。

 鮮やかな誠司の太刀筋に、思わず見惚れた桜河はゴシゴシと目を擦る。

 しかし、次に見た時にはもう、桜河の見慣れた真っ黒な維新部隊の隊服を纏った後ろ姿へと戻っていた。


 しばらくの間呆然としていた桜河だったが、ハッと正気に戻る。


「おまっ⋯⋯! まさか殺したのかよ⋯⋯!?」

「はぁ⋯⋯うるさい。急所は外したからすぐに治療すれば問題ないよ」


 誠司はため息を吐きながら、刀を鞘に収めた。



 仲間が斬られたにも関わらず慌てるようすを見せないアインスは蔑むような視線で横たわるノインを見やる。


「ちょっとぉ⋯⋯ノイン使えなさすぎ~! ハァ⋯⋯これだから末端のナンバーはイヤなんだよね」

「⋯⋯っごめ⋯⋯な⋯⋯さい」


 涙ぐみゴホゴホと咳き込みながらもアインスに謝罪を続けるノイン。それを見たアインスは腰掛けていたベッドから立ち上がり、部屋の中央部までゆっくりと歩いていく。

 そして、倒れるノインの目の前で見下ろすようにピタリと止まった。


「アイ、ンス⋯⋯⋯⋯?」

「⋯⋯使えないクズは要らないよ。お前はもう、処分決定~♡」


 そう言いながら、血を流すノインの傷口を抉るかのように、厚底のブーツでノインの身体をグリグリと踏み躙る。


「っう⋯⋯!!」


 その衝撃でノインは口からゴプリと血を吐き出した。

 アインスの残虐な仕打ちを目の当たりにした桜河の頭にはカァッと血が上り、思わず彼に食ってかかる。


「っお前⋯⋯!! 仲間になんて事するんだ!!」

「はぁ? こんな使えない奴はゴミだよ。ゴミを踏んで何が悪いの? ハァ⋯⋯九頭龍お父様にまた新しい子貰わなきゃ」

「ッ⋯⋯コイツ⋯⋯許せねえ!!」


 隣を見ると、誠司もアインスの行動に相当頭にきているようだった。


「おい、誠司⋯⋯!」

「⋯⋯癪だけど、僕も同じ気持ち」

「行くぞ、誠司!!」

「僕に指図しないでよね⋯⋯!」


 桜河はライフルを構える。誠司も鞘に収めた刀を再び抜いた。



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