ケーキをキル!

ハル(仮)

ケーキをキル!

 名も無き僕の友人は、ケーキを上手に切り分けられない。

 彼がナイフでスポンジを断っても、直ぐにくっついて入刀が無かったことにされる。そしてケーキを刻んだ筈の切断が、この国の誰かの命を絶つ。

 僕はこれについて、深く思案していなかった。

 

 学校の帰り道。僕は仲の良い女の子と二人で並んで歩いていた。僕は彼女に、忍ぶ想いを抱えていた。

 

みさきくんって、————好きなコとか、いる?」


 突然、彼女が訊ねてきた。その頬は林檎色に染まっていた。

 ぶち撒けたい想いを喉でなんとか堰き止めて、ひとつ、ひとつを汲んで、整理する。

 僕は深く息を吸って、吐いて。コンマ未満の覚悟を胸に、唇を動す。

 

 次の瞬間、彼女は縦に裂けた。赤黒いモノが溢れて周囲を染めた。腹部の界隈から太い紐が垂れていた。

 誕生から十四年の星霜を重ね、緩やかな凸凹道の上で多少の事を経験してきたが、流石に初めてだった。人の断面を見たのは。

 

 三日後、僕は友人の自宅を訪ねた。

 友人は凝りもせず、ケーキを切ろうとしていた。僕はむっとした。


「それで人が死ぬんだぞ。切れないならかぶりつけば良い」


 再生したスポンジにナイフを押し返されながら、彼は言った。


「僕は死なないから構わない。それに、ケーキは綺麗に召し上がるものだろう?」


 彼は何度も、ケーキをナイフで断つ。その度に人が絶たれる。

 ざくざくざく。

 いつしかその反復はリズムになって、僕の心拍を焦燥で乱す。


「悪いとは思っているよ。けど僕だって被害者なんだ。少し前までなら、僕はケーキをただのご馳走として見れていた。僕はただ、美味しいショートケーキを食べたいだけなんだ」


 友人がケーキで十五人くらい死なせた時だった。僕は彼を殴りつけ、ナイフを奪い。

 眼前の血溜まりに肉塊が横たわっていた。まだ意識が有るらしく、彼は


「どうして……どうし……」


 と、うわ言の様に呟いていた。

 僕は彼に、多分とても無機的な瞳を向けていたと思う。


「お前のせいで、目の前で友達が死んだ。いや、殺された。

 それでこの三日間、飯を食べても吐いてしまうんだ。妹が買ってきてくれたケーキも食えない」


 血に汚れたナイフを、心臓を狙ってもう一度深く刺す。


「ケーキを美味く食いたいんだ。だからお前を殺すよ」


 言って、思い出した。

 しん。僕の名前と少し似ている、名も無き僕の友人の名前。

 思えば彼と僕は似ていた。好きな食べ物は僕は鶏肉で、彼は鶏卵。嫌いな物はカマキリと鋏。——いや。似ていると思ったが、顕著な共通項は挙げられなかった。

 もう二度と喋らなくなった珅を、足を掴んで浴槽まで引き摺り、ブルーシートで覆った浴槽の中にぶち込んだ。庭の倉庫からデンノコを持ってきて、珅の肌に通した。

 珅の身体は抵抗の意志すら示さず、刃を受け入れた。

 小さい窓がオレンジの街を四角で捉える。紫を空が支配していき、それを合図にして灯りが広がっていく。

 名も無き僕の友人は、ケーキの様に切り分けられた。

 黒く染まったうつつの空に誓う。この、愚かな人間だった肉塊を、僕は喉に入れなくちゃ。彼と重ならなくちゃ。ズレても良いから、知るべきなのだ。

 ——名も無き僕の隣人と、僕は珅の名を冠して。


 以来私は、ケーキを上手に切り分けられない。

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ケーキをキル! ハル(仮) @magarikado_salt

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