みっちゃん

大石 陽太

みっちゃん

 みっちゃんはよく気づく子だった。

 少しだけ短くなった髪や下ろし立ての靴には一番にみっちゃんが気づいた。

 みっちゃんが気づくのはそういう外面の話だけではなく、内面のこともだった。

 勘が鋭いんだと思う。みっちゃんの前で隠し事はできなかった。宿題を忘れたとき、みっちゃんには近づかないようにしていたっけ。

 私はそんなみっちゃんのことが苦手だった。

 浅く広くな交友関係、嫌いな人なんていなかったけど、嫌いになるまでもいかなかったけど、みっちゃんのことは苦手だったと思う。

 別に性格がどうこうではない。ただ怖かった。私の知られたくないことがみっちゃんに見透かされているようで。必死で隠していることが浮き彫りにされるようで。

「りんってさ、佐藤のことよく見てるよね」

 みっちゃんに好きな人を言い当てられた時は生きている心地がしなかった。誰にもバレてないと思ってた。そんなに見てたのかな。

 でも、みっちゃん以外の友達は「そう?」「言われてみれば?」「ほんと?」と言うふうに自信を持って賛同する人はいなかった。

 高校は離れたけど、なぜか少しだけホッとしたのを覚えている。勝手な話だ。

 高校が離れても遊ぶことはあった。苦手だけど、みっちゃんのことは好きだった。難しいところ。

 人に言えないことがいくつもあったから、みっちゃんを前に堂々とできなかったんだと思う。犯罪とかじゃなくて、誰にでもあるほんの個人的なこと。

 親友のめぐみはそういうのを流してくれる子だった。あまり他人に興味のない子でもあったから、会話での細かい引っ掛かりを覚えていることもなかった。

 高校二年の冬。進路のことで親と喧嘩した。悩んだ私はみっちゃんを電話で呼び出した。もう暗かったからダメもとだったけど、みっちゃんはすぐに出てくれた。

 電話越しのみっちゃんの声は戸惑い混じりながらも、何かを察したようだった。

 多分、あの頃の私はみっちゃんのことを“正しい人”だと思っていたんだろう。あるはずのない人生の正解をみっちゃんが持っていると、期待していたんだ。

 みっちゃんは早かった。息は乱れてなかったけど、薄くかいた汗がみっちゃんの足取りを思わせた。

 私の話をみっちゃんは黙って聞いていたけど、私を見つめて一言だけ。

「りんはどうしたいの?」

 すごく慎重に言葉を選んでいるようだった。みっちゃんはけっこうサバサバしてるけど、こういう気遣いができる優しい人なのも知っていた。

 結局、私は普通のOLになったけど、希望していた業界のそこそこ大きい企業に就けた。

 社会人になった今でもみっちゃんとの交友関係は続いているが、薄い糸でギリギリ繋ぎ止められたようなものだった。

 そんなみっちゃんと近くの居酒屋で会うことになった。私から誘った。

 仕事終わり、約束の居酒屋へ入るとみっちゃんがジョッキ片手に私を迎えてくれた。

 久しぶりだから、他愛もない話で盛り上がった。あのときはバカだったとか、実はあの子があの子を好きだったとか。今だから話せることも多い。

 私が社会人になって自立し、周りのしがらみが減ったからか、それともみっちゃんが変わったからか、昔抱いていた苦手意識はかなり薄れていた。見透かされているような気もしないし、みっちゃんも何も考えず笑っているように見えた。

 みっちゃんはつい最近結婚した。結婚式にも行ったし、嬉しさと感動で泣いた。

 今日は指輪ははめていなかったけど、旦那さんとはうまくいっているようだ。

 子供ができたらなかなか会えなくなるね、というと

「まぁね。でも、元々そんなに会ってないでしょ、ウチら!」

 とあっさり言われてしまった。



 別れた直後、まだ後ろ姿が遠くないみっちゃんに私は思っていたことを言った。

「みっちゃんってさ、勘鋭いよね。すごい気づくっていうか。ずっと心の中見られてるみたいだったよ」

 振り返ったみっちゃんは戸惑い混じりの笑顔のあとに一息吐いて言った。

「そう?」

 それでお互い手を振って再び歩き出したけど、私はすぐに振り返って、みっちゃんの背中を見ていた。



 言葉は、その気配だけを残して消えていった。



「みっちゃんの前だと悪いことできなかったなぁ」

 小さくなっていくみっちゃんの背中を見ながら私は少し寂しくなった。











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みっちゃん 大石 陽太 @oishiama

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