君と僕を繋ぐ輪

 君と僕ははじめから輪で繋がっている。赤い糸みたいに見えないものじゃなく、小麦粉と卵とお砂糖でできたドーナッツという輪っかで。


 あれはちょうど1年前。出会ってから3回目のお出かけは風の冷たい12月だった。こんなふうに「デート」と呼ぶ前の甘酸っぱい時期を過ごすのはいつぶりだろう。

 水族館の前で彼女を待つ間、今日一日の予行練習をすることに。落ち着いた物腰とスマートな立ち振る舞いで魅せようと意気込む一方で、素顔も笑って抱きしめてくれたらと、湧き立つ願いを無視できない自分がいた。

 館内放送のチャイムでふと我に返る。素顔よりも、よそゆき顔。僕は君に嫌われたくない。


「こんにちは。お待たせしました」

 柔らかい声が僕を呼んだ。瞬時に平常心が揺れ、予行練習は水の泡。プランを全て忘れて、君が楽しんでくれるなら何でもよくなった。やはり本来の僕は適当人間らしい。

 そのまま表面上はすました態度でエントランスへと足を向ける。「お元気でしたか?」なんて、笑顔の君には不釣り合いな質問だったかな。

「はい。食欲の秋がまだ続いてるみたいで、元気減らないんです」

「わかりますよ。この時期のかぼちゃやさつまいもスイーツの魅力ったらないですもんね」

「それなんですよー! あっ、見てください! クラゲが綺麗ですよ」

 透き通る蒼の光に導かれ、ミズクラゲの水槽を見上げる君の姿が眩しい。どうしてそんなに感情に素直でいられるのだろう。

 それは僕がどこかで無くしてきた感覚だった。僕自身、或いは過去に隣にいた人達がそう望み、完璧に応えてきたのに、それが自然にできない今、猛烈に悔しい。心の底から「綺麗だね」って一緒に言えたなら。

「あっちにペンギンがいますよ。ちょうどご飯の時間みたいです」

 今度はペンギンエリアに引き寄せられる君。可愛いですねと顔を綻ばせる横で「ええ、本当に」と呟く。僕の視線は白黒のアレではなく、君の横顔に向いていた。


 ふと君が僕を呼んだ。

「飼育員さん、サンタさんの帽子かぶってますよ。隼斗さんがペンギンだったら、お魚何匹もらいます?」

「バケツごと」

「あははっ贅沢! 良い感じです」

「ほのかさんは?」

「私はケーキに変えてもらいますね」

 そして僕は肩を震わせながら、君は生魚が苦手だということをしっかり覚えた。

 気づけばあっという間に最後のエリア、大水槽の前まで辿り着く。軽やかなクリスマスジャズを背景に、色とりどりの魚が蒼の中を優雅に行ったり来たり。

 二人横並びで、静かにそれらを眺めるだけでも不思議と満たされてゆく心地がした。君との居心地の良さは、安心感に似ている。

「隼斗さんは、クリスマスに欲しいものとかありますか?」

「うーん、どうでしょう。モノというより、美味しいものを食べるくらいが丁度いいかな」

 それは本音であると同時に、唯一欲しいものを隠すウソでもあった。

「美味しいって幸せですもんね。……あの、ひとつご相談なんですけど」

「はい?」

「あの、ドーナッツってお好きですか?」

「ええ。たまにコンビニで買いますよ」

「よかったあ! 新しいドーナッツ屋さん見つけたので今度一緒に行きませんか?」

 胸のなかに温かい気持ちが溢れだす。また君に会えるなんて僕は運がいい。「もちろん」の答えを聞くなり君は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。隼斗さん、あ、あの……次はドーナッツ屋さんデートってことでいいですか?」

「でっ……」

「お出かけじゃなくて、デートがいいんです。……ダメですか?」


 1週間後、僕はドーナッツ屋さんデートを満喫。

「美味しいね」

 分け合って食べるシュガードーナッツは、世界中のどのドーナッツより甘い。

 美味しいね。君となら素直に言える。

 可愛いよ。君になら何度でも伝えたい。

 大好きだよ。君との幸せを噛みしめて。

 君は、とっておきのクリスマスプレゼント。



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大人の恋愛 〜好きって言わせて〜 木之下ゆうり @sleeptight_u_u

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