「璃子ちゃん?」
「ちゃんと撮ってる?」
心地良い声によって現実に引き戻された璃子は、手元のカメラのピントが滅茶苦茶になっていることに気づき、慌てて調整し直した。
「もう。璃子ちゃんが撮りたいって言ったからこんな重苦しいのわざわざ我慢して着てきたのに」
「だって、折角の晴れ着、ちゃんと残したかったんです」
「晴れ着って、成人式の時とおんなじこと言ってるじゃん。あー、父さんがいきなり高時給のアルバイト紹介してくるなんておかしいと思ったら、まさか着せ替え人形なんて」
慣れない帯の重さと窮屈さに口元を歪め、鮮やかな朱色の振り袖をうんざりした目で見下ろす被写体の彼女に、璃子は微笑みかける。
「あと少しで終わりますから。終わったら、部長が好きな中華料理屋さんで打ち上げしましょう」
この言葉で、少しは機嫌を直してくれるだろうかと期待した璃子だったが、実際は目を見開いて黙ってしまうという予想外の反応をされてしまう。
そんな彼女の様子に、璃子はなにか変なことをしてしまったかと焦る。しかし、被写体の彼女はすぐにケラケラと笑った。
「え、部長?」
「また言ってる。私が部長してたの、何年前よ。もう私達、とっくの昔に二十歳超えちゃったのに、いきなりそんな懐かしい呼ばれ方されたからびっくりしちゃった」
自分の失態にようやく気づいた璃子は、顔が熱くなるのを感じながらぱっと口を押えた。文芸部の部長と、その部員という関係どころか、二人はもう高校生でもない。璃子は専門学校で写真の撮り方を学ぶカメラマンの卵で、被写体の彼女も都心の大学の国際学科で大学生をしていた。
「昨日の夜、高一の時に撮った写真を見つけて懐かしんでたから、多分、その影響です。……あーもう。私の恥ずかしいミスはどうでもいいんですよ。ほら、次の振り袖に着替えてください」
璃子が指差した先には、高一の時のデートで通った海辺を彷彿させる綺麗な縹色の振り袖が衣桁に掛けられていた。
「こら、誤魔化さないの。ほら、私のことはなんて言うんだっけ?」
話題を逸らそうとしない彼女に溜息を吐いたものの、璃子はすぐに微笑んだ。そして彼女への愛おしさを込めて名前を呼ぶために、口を開く。
青い三年間を切り取って チクタクケイ @ticktack_key
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