閑話: 壁掛け猫とその妄言

「やあやあ家主。ようこそ我が家へおいでなすった!もう何年振りか!」


 この家の額縁には、幼女おさなごが黒のクレヨンで作った猫が入っている。

普段、額縁の中で緘黙かんもくの姿勢をとり、家庭を安く見守る彼は、

私の前ではこうハキハキ話す。

私はそれにどうと言う気もなく、"まあそんなものなのだろう"と受け入れの体制をとるのであった。


 存外彼は立派なもので、ニャンだと人間様をあざけて笑うだけなのかと思えば、丁丁ちょうちょうはっしのリズムに合わせ私に拮抗きっこうの牙をチラチラと見せることもある。


「おっと。またしても家主はそんな古臭い小刀をふところへしまうのか。お前はやはり、センスフトゥリズモの欠片もありやしないのだな。


 どうだ。我は長靴ちょうかの国の響きに諧和かいわ見出みいだし、その幽艶ゆうえんさを知る者。とどのつまり我はお前に未来の美感コモンセンスの何たるかを教えることが出来る。鴨の転居がごとく、我の後ろに続いてはみないのか。」


家猫は真緑の草原に足を突き出して飛んでいる。


「ああ。とても良い提案だ。これでも私は、乱雑ではあるが、一つの種としての愛を君に向けているからね。


 だがまず君はそんな紙切れに写ってないで、私の前に出て来ておくれ。


 君の身体は丁寧さに欠けていて、そして奥行きもない。

唯一あるのは、無邪気さだけなのかい。」


「何をいうかな、家主。我にはまだ残っているではないか。我を白紙に描いたあの日の娘の、"幼き純然たる愛情"が。物には心も宿るのだぞ。」


 首もなく、太い輪郭りんかくの大きな顔には、

小さく塗りつぶされた黒の目がある。

それは変わらず額縁がくぶちの中から私を覗く。


「情なんて言うのは残存性の低いものさ。なんと言ったって、人の心は旅人。

彼らは北へ南へ走り去るのだからね。」


懐郷病ホームシックに陥らぬか心配だな」


「そこは安心して欲しい。何せ、君の言うお嬢さんはもう病には罹らない性分だからね。」


 ああそうさ、彼女はもう病気にも老化にも負けやしない!


「ふむ。ところで家主、お前の懐はやけに熱いのだな。」


「というと?」


「お前の懐からは、"乱雑な愛情"と"女児の純情たる仇視"を知れる。

 はてさて、それはお前の、我を一つの種として捉えた愛か。将又はたまた、その刃に宿やどりし憎悪の念か。」


 それはコモンセンス未来への信仰心を持つ我であるがこそ、知るべきことであった。

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