第3話 翌年の春はいつか

 驚いたことに一か月半が経過した。今更ながら妖精ちゃんは何なのだろう、と思ったが


「妖精ちゃんは妖精ちゃんですよ?」


 としか返ってこないような気がしたので考えるのを諦めた。

 せっかくの休日を妖精ちゃんについて考えることで潰すことほど、時間の無駄ってない気がするし。


「むっ、今とてもひどい侮辱を受けた気がしました!」

「気のせいだろ、それよりよそ見して良かったの?」

「きゃー! 私のピカチュウが!」


 ドーン! と画面内でピカチュウが吹き飛び消えていく。

 妖精ちゃんはコントローラーをベッドへとぶん投げ、俺の方へと飛びかかってきた。


「お返しです!」

「ぐぉぁ!? 場外乱闘は俺に勝ち目がないからやめろ!」

「問答無用ーっ!」


 妖精ちゃんと言えども女性である。

 手出しできなかった俺はしばらくタコ殴りにされた。


「ふぅ……スッキリしました」

「お前マジ少しは容赦しろ」


 


 

 二か月経つのはあっという間だった。どれくらいあっという間かと言えば、六月に入って一週間が経過してようやく「ハッ」と気づいたレベル。

 春とは呼べない暑さだ。もう夏である。

 先月までと比べれば、妖精ちゃんもそこはかとなくぐったりとしていた。


「あれぇ? 小宮さん、どこ行くんですかぁ?」

「うわっ、ねっとりした声出すのやめろ、気色悪い……。病院だよ」

「怪我とかしてましたっけ?」

「いや、そういうのじゃなくて……カウンセリング? みたいな」


 てか毎週行ってるのに忘れちゃったのかしら、この子……。

 脳内お花畑なのかな……花の妖精とか言ってたし、意外とあり得るかもしれない。


「あり得ませんからね!?」

「当然みたいに人の心読み取るのやめろ」


 マジでビビるから。

 えっちなこと考えてる時に読まれたらガチで自殺ものだからね?

 

「自殺と言えばですけど、小宮さんってなんで飛び降りたんですか?」

「急カーブで話題変えた上にズカズカ踏み込んでくるじゃん……」


 まあ別に良いんだけど。もう知らない仲じゃないし。

 妖精ちゃん友達いないから誰かに話すこともないだろうし。


「二か月前に親が蒸発して、まあ……メンタルがヘラった」

「うわっ、軽い口調なのにおっも。でもその割には元気ですよね。もう平気なんですか?」

「まあ今は妖精ちゃんいるからな」


 ヘラってる余裕消し飛ばされたところある。

 ファーストコンタクトがアレだったからな……。

 それに、何だかんだと言って「おかえりなさい」を言ってくれる存在は貴重だった。


「ふ、ふうぅーん?」

「ストレートに褒められたら露骨に照れるよね、妖精ちゃん」

「~~っ! うっさいですよ! 照れてませんし! ほら出かけるんでしょ、さっさと行ってきてください! 今日のお夕飯はハンバーグですから寄り道しないで帰ってきてくださいね!」

 

 顔を真っ赤にした妖精ちゃんに追い出されるように家を出る。

 なんとなく、帰りはアイスでも買って帰ってやろうかな、と思った。





 二か月半が過ぎた。妖精ちゃんが、倒れた。 

 最近はずっと体調を悪そうにしていたのだが、ついに話している最中にぶっ倒れ、以来起き上がることはなくなった。

 今は俺のベッドを我が物顔で独占している。


「まあ私、お花の妖精ちゃんですからねぇ」

「それ、今なんか関係あんの?」

「ありありに決まってるじゃないですかあ。私、春のお花ですので。そりゃ時期が過ぎたら散りますよ」


 屈託のない笑顔を見せて、妖精ちゃんはそう言った。

 だから俺もつられて笑う。


「なのでこれが最後の会話になります」

「思ってた数倍は急展開だったな」

「私だってそう思ってるんですから言葉にするのやめてもらえます!?」


 半透明になった手を振り上げて、妖精ちゃんが言う。

 何か雰囲気とか、そういったものが完全にいつも通りだった。

 コホン、と妖精ちゃんが息を吐く。


「──出会いがあれば、別れがあります。その逆も、また然り。ねぇ小宮さん。私と出会って、貴方は幸せになれましたか?」

「お前、恥ずかしいこと聞くな……」

「良いじゃないですか、最期ですよ? 最期」


 ふむ、と少し考える。

 

「……まあ、差し引き考えて、ギリギリプラスだったんじゃない?」

「ギリギリ!? この美少女妖精ちゃんを侍らせておいてギリギリ!?」

「うわうるさっ、最期ならもっとちゃんとしおらしくしろ」


 滅茶苦茶詰め寄ってくるじゃん。


「……ま、幸せだったよ。お陰でな」

「ふふん、まったく、最初から素直にそう言えば良いんです」

「これからもいてくれれば、文句は無かったんだけどな」


 これから帰ってきても、誰も帰りを迎えてくれなくなるのかと思うと、少しだけ寂しいと思った。


「そうですか? 私はちょっぴり楽しみなんですけどね」

「は? そりゃまたなんで」

「私、春にはまた戻ってきますから──そしたら今度は、小宮さんが私に、お帰りなさいって言ってくれるでしょう?」

「いやお前戻ってくるのかよ」


 それを先に言え。

 馬鹿かお前は?


「ま、その時はおかえりくらい、幾らでも言ってやるよ」

「本当ですか? 約束しましたからね?」


 言って、妖精ちゃんは笑った。

 にっこりと満面の笑みで。


「それではしばしのお別れです──またいつか、どこかで、会えた時は貴方を支えましょう。さようなら」

「ああ、またな」


 そうしてふわりと妖精ちゃんはいなくなった。

 まるで元々誰もいなかったかのように。

 何の痕跡も残すことは無く、あっさりと。







 あれから夏が来て、秋が過ぎ去り、冬が終わって。

 そしてまた、春が来たけれど、結局妖精ちゃんが帰ってくることは無かった。

 ──ただ、ある日帰って来てみれば、居間のテーブルの上に見知らぬ花瓶が置いてあることに気付いた。

 そこに生けられていたのは一輪の、鮮やかな紫の花だった。

 花屋さんに聞いたところ、これはミヤコワスレという花らしい。

 花言葉は、しばしの憩い。しばしの別れ。そして──また会う日まで。

 まあ何とも、彼女に似つかわしくない繊細な言葉で。

 俺と彼女にはピッタリな言葉だなと、そう思った。

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自殺ミスったら女の子の幻が見えるようになった。 渡路 @Nyaaan

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