第2話 非日常→日常

 一週間が経って、流石に妖精ちゃんは幻覚ではないということを受け止めた。

 だってこの女、俺がいない間にゲームするわ冷蔵庫漁るわで好き放題するんだもん……。

 一度受け容れてしまえば意外と違和感も感じないもので、なあなあの経緯だが二人(妖精の数え方は「人」で良いのかは分からないが)暮らしが始まったのであった。

 

「ねぇねぇ、小宮さん小宮さん。晩御飯は何ですか? もしかしてカレーですか? カレーですよね!?」

「何その謎のカレー押しは……うどんだけど」

「ガーン! 昨日もうどんだったじゃないですか!?」

「良いだろ、美味しいし」


 もう素うどんはヤダー! と駄々をこね始めた妖精ちゃんの口をむんずと掴んで抑える。

 やめてよね、ここ壁薄いんだから……。

 暴れ始めた妖精ちゃんをベッドへ投げ飛ばしてからキッチンへ。

 それから冷凍庫を開けようとすれば、ニュッと伸びてきた手に阻まれた。


「小宮さん……今時料理できない系男子は流行りませんよ?」

「は???」


 カッチーン。

 俺は料理できるけどするのが面倒系男子なんだよ!

 くそっ。

 我ながら情けない言い訳にしか聞こえなかった俺は、うどんを諦めスーパーへと走った。




 二週間も経てば慣れるというもので、学校から帰ってきたら視界に飛び込んでくるのが、居間で寝転びながらテレビを見ている妖精ちゃんであることも日常と化した。

 パリポリと俺のおやつになるはずであったポテチを貪る妖精ちゃん。

 ……俺、なんでこいつを居候させてんだ?

 突然蘇った知性に従い、俺は妖精ちゃんを家から蹴り出すことにした。

 扉の向こうから痛烈な悲鳴が届いてくる。


「ちょっと小宮さん!? こんなに可愛い妖精ちゃんを追い出すとか神をも恐れぬ所業ですよ!? 絶対後悔することになるので開けてください!」

「むしろお前を家に置いてたことに絶賛後悔中なんだよ」


 お前、常に二人前食うのに一日三食+夜食までいくじゃん……。

 このままだと家計がやばやばのやばなんだよ。

 ただでさえ、ここのところは毎日妖精ちゃんに乗せられて料理しまくっていたのだ。


「もう……良いんですか? 本当に後悔しますからね?」

「なに? そこまで言われるとさすがに怖くなってきたんだけど……」


 天罰とか落ちたりするんだろうか。

 まあだとしたらサクッと逝けて意外と好都合かもしれない。


「じゃあいきますよ~、さーん、にーぃ、いーちっ」

「あっ、カウントダウン制なの? 待って待ってまだ心の準備ができてないから」

「ゼロー☆」


 言葉と共に俺は目を瞑り、ガチャリと音を立てて扉が開いた。

 ……は?

 ご丁寧にドアガードまで外された扉は開け放たれて、春風がひゅーんと肌をなでる。


「妖精ちゃんマジックです☆」

「???」

「妖精ちゃんの前では扉は障害になり得ない……つまりはそういうことなのです」

「???」


 意味不明過ぎて俺は思わずその場に崩れ落ちた。

 取り敢えず理解できたことは、初日の晩、こいつは窓から不法侵入してきたということだけだった。


「お前、コソ泥の妖精だったのか……」

「妖精ちゃんはお花の妖精ちゃんですけどー!?」




 三週間が経過し、そろそろ四月が終わる頃合い。

 妖精ちゃんには、とある変化が生じた。

 

「じゃーん! 見てください見てください! 美しくないですか? 美しくないですか!?」

「くそほど目に痛い」

「うわぁ、これ以上ないくらいつまらない感想」


 淡青色の、やたらと上品そうになったドレスを纏った妖精ちゃんは上機嫌にくるくる回る。

 朝起きたらいきなりこうだったから、最初こそドキドキしたが


「どうですかどうですか? ねぇねぇ小宮さん」


 と、五分おきくらいに聞いてくるので余裕でうざさが勝った。

 ああもうさっきから視界に入ってくるんじゃない!

 かわいい。かわいいから!


「うふふ、肌つやとかもよくなってるんですよ!」

「いや知らんが……」


 まあ、嬉しそうならそれで良いか、と思った。

 不機嫌なよりはマシだしな。

 



 

 早いもので一か月が過ぎた。暦は五月。皐月というやつだ。

 心なしか、妖精ちゃんは日に日にアグレッシブになっているようだったが、そこでふと疑問を覚えた。


「妖精ちゃんって外に遊びに行かないよね。なんで?」

「何言ってるんですか小宮さん。こーんなに可愛い可愛い女の子が一人で外に出たら、誘拐されちゃうかもしれないじゃないですか。自己防衛ですよ。じこぼーえー」

「日本はそこまで治安悪くねぇよ……。てか、それなら今度一緒に買い物とか行く?」

「良いんですか!?」


 やったー! と言わんばかりに満面の笑みを見せる妖精ちゃん。

 まあ、見た目だけなら普通の人間だからな……。

 髪色は若干珍しいが、悪目立ちするほどでもない。


「では行きましょう! 早速行きましょう!」

「いや今度ね、また今度の話だから」

「ほらほらほら!」

「こいつマジで人の話聞かねぇな……」


 結局この後妖精ちゃんに引きずり回され、道行く人に奇怪な目で見られながらお菓子を買いまくる羽目になった。

 妖精ちゃん、あれだけ飯食っておいて間食までしまくるの、マジでなに?

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