カップ一杯のコーヒー

帆尊歩

第1話  十年の月日は


十年ぶりに電話を掛けてきた娘の砂羽に会おうと思ったのは、カップ一杯のコーヒーを飲む間だけで良いから、話を聞いて欲しいと言うからだった。

17歳だった娘の砂羽とは徹底的にやり合った。

多感な時期だったせいか、砂羽は俺をこれでもかというくらい嫌った。

初めのうちは傷ついた俺だったが、大人げないことに17歳の娘をこれまた徹底的に嫌った。

ならお互いに無視すれば良いところ、やはり親子だったのだろう、どこか似た者同士と言うことで、同じ対応をしてしまった。

子供の戯言と割れきれば良かったのに、完全に売り言葉に買い言葉でやり合った。

手こそ出さなかったが、一触即発と言うのはこういうことを言うんだなと変な関心をしていた。

そうは言うが、より多く傷ついたのは俺の方だ。

完全な被害者は俺の方で、やり合ったという言うのは、ささやかな抵抗だと、今だに思っている。

その後収まって行く事が世間の常らしいが、ちょうどそのピークの時に妻の美智と離婚をした。

別に父と娘の関係性に限界を感じて妻が離婚をきりだした、と言うことではない。

どちらかと言えば妻との不仲の延長線上に、砂羽との関係があったという方が正しい。


「カップ一杯のコーヒー分しか話さないからな。飲み終わったら帰るから」

「分かっています」十年ぶりの砂羽は、本当に普通の若い女性のようだった。

どこかでOLをしているようだった。

おまけに上品で、おとなしい感じだ。

まあ十年も立てば人も変わるとう事か。

「で、結婚するんだよな、別に俺には関係がない、勝手にすればいい。美智とは十年前に離婚が成立しているんだ。お前とも何の関係のない赤の他人だ」と言ってコーヒーを一飲みした。

くそー、なんて苦いコーヒーだ。

「でも、親子であることにはかわりはありません」返してくる言葉に、嫌悪感が入っていない。

これは驚きだった。

昔の砂羽は、なんてことのない言葉の多くにトゲが含まれていて、良くこんな些細な会話に嫌悪感を含めることが出来るなと、逆に感心するくらいだった。

「だから何だよ」俺はもう一口コーヒーを飲んだ。

本当は3口くらいで飲み干し、席を立つつもりだったが、あまりに苦くて、あまり飲めなかった。

まだ大半が残っている。

「あの時は、申し訳ありませんでした。いえ、あの時の私の言葉で、謝らせてもらうなら。

パパ。ごめんなさい、なにもわからなくて、育ててくれたこと、愛情を注いでくれていたこと、何もわからなかった。初めはママと離婚して、パパがいなくなって、確かにセイセイしました。

でもそれはほんの数日。

その後、友達と父親との関係を話して行くうち、段々あんなに嫌っていた父親の事を許し反省して、父親と関係を回復する。

そういう友達が増えてきました。

でもうちにパパはいない。

関係の回復なんて望めない。

後悔もあったけれど。

パパは未だに私の事を良く思っていないと言うのは分かりました、だから何も出来なかった。

そのうちに、父親と本当に良い関係に移行して行く人達を見て、羨ましいと言うのではないんです。

自分の蒔いた種ですから、でも段々このままで良いのかなって。

せめて、謝ろうと思いました。

でもいまさら恐くもありました。

あの頃の記憶を思い起こせば、ただ罵声をあびせられるだけかもしれない。

なら謝るなんて自己満足なだけじゃないかって」砂羽はそこまで一気に話した。

俺はもう一口コーヒーを飲んだ、でもまだ三分の一残っている。

「で、何だよ。何をして欲しいんだ。俺にも謝れってか」

「いえ。違います。ただ私が謝って、結婚の報告と、彼に会ってもらいたい、それだけで良いです」

「そいつはどんなやつなんだ」

「たとえ何があったとしても謝罪と報告はしろと言われました。

今日、ここに、これたのは彼のおかげです」砂羽は俺のことを見つめる。

俺は冷めたコーヒーを一気に飲んだ。

「コーヒーがおわった。帰るぞ」と行って俺は立ち上がった。

砂羽はじっと俺を見つめている。

「次はお前が、カップ一杯のコーヒーを飲む間、

話をきてやる。

彼とやらの都合を聞いて、もう一度で連絡してこい。

で、そいつの話もカップ一杯分付き合ってやる」それだけ言うと俺はその場を後にした。

砂羽はすわったまま、頭を下げている。

俺は見向きもせずその場をあとにする。

店を出るとき、カウンター中の女性スタッフから

「ありがとうございました」と声をかけられたので、俺は軽く手をあげた。

そしたら急に声を掛けられた。 

「コーヒー苦くありませんでしたか」

「えっ」

「いえ、先ほどの女性の方から、ゆっくりとしか飲めないくらい濃くして欲しいっていわれて」砂羽のやろー計りやがった。

「いや、おいしかった。今日は特別おいしかった。ありがとう」そう言って、俺は店を後にした。

女性は深々と頭を下げ続けていた。

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カップ一杯のコーヒー 帆尊歩 @hosonayumu

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