第69話 2人の援軍
自分達の思いに対して、思わぬ反応をした烏真社長。
それはとんでもなく嬉しくて……心から感謝しか浮かばなかった。
ただ、やっぱり流石だ。そんな余韻を感じる間もなく、次なる行動がとんでもなく速かった。
記事として掲載される雑誌の発売日を確認すると、その日の内に行動開始。
今契約しているCM元や雑誌等々、笑美ちゃんに関わりのある企業や関係者達へ結婚の報告に出向くこととなった。
従来の予定を全部白紙に戻し、井上さんは早急に予定を立て……笑美ちゃんと社長は時間の許す限り、報告へ向かう。アポ取りやら何やらを自らする社長も社長だし、それを受けて一緒にアポ取りをし、予定を組む井上さんのコンビは……想像以上のヤバさだった。
こうして、皆が結婚の報告と今後の話し合いに出向いている中、俺は……
「よっと。どしたの君島さん~?」
今撮影をしている映画。その監督である
撮影スタジオの一室。
撮影は1週間後から再開だというのに、流石準備を怠らない監督。電話をするとスタジオに居ると聞いて安心した。今ならスタッフも居ないし、最初に報告するには格好のタイミングだ。
「すいません。準備の最中……」
「全然! スタッフに皆には週末から準備するって伝えてるし、心配性なだけだからさ。それで? 話って、なにかな?」
今日は社長も笑美ちゃんも予定が一杯だ。映画を作製する元会社には社長が言っているらしいけど、現在進行形で撮影する監督へも報告は早い方がいい。だから、後で2人が挨拶に来るとはいえ、先に俺から事情を説明し……報告をする。
……撮影の最中の結婚報道に、少なからず映画にも影響があるかもしれない。辛辣なことを言われるかもしれないけど、なんとか納得させてみせる。
「急ですみません。あの……この度、相島笑美が入籍することとなりまして……」
「……はぁ……」
「それで、重ね重ねすいません。その相手が、自分なんです」
「ん? ……えぇ!?」
一瞬の間を置き、当たり前のように驚きの声を上げる監督。見慣れた反応とはいえ、今まで報告をしてきた企業さん達とは少しばかり事情が違う。
現在進行形で撮影中の監督。そんな人には、全てを話すしかないと思っていた。勿論事前に社長や笑美ちゃんにもその旨は伝えてあった。
だから、俺はゆっくりと話し始める。こういうことになった経緯や、俺と笑美ちゃんの小さい頃からの出来事を全て……
★
「……というわけなんです」
全部を言ったぞ。もちろん、どんな言葉でも受け止める。だから……
「なにそれ……」
「本当にすいま……」
「どんな漫画よりも運命的じゃないか! まさに事実は小説より奇なりだよっ!」
「えっ?」
社長はともかく、監督には自身の携わった映画の評価に影響が出る可能性がある。文句の一言でも言われると覚悟をしていた。ただ、そんな監督の第一声は、社長とはニュアンスが違うモノの……肯定的な言葉。そして顔をキラキラさせている辺り、その過程に魅力を感じているようだった。
あれ? またしても予想外の反応……?
「あっ、あの……でも今の映画に影響が……」
「えっ? あぁ、その点は大丈夫だよ。恋愛映画だったら多少は影響あるかもしれないけど、僕が手掛けるのは全部ホラー映画だからね。注目されるのはその演技力だよ? それに、本当のファンなら人柄や雰囲気、そして演技力に惹かれるモノ。恋愛沙汰で離れるのはニワカだと割り切った方が良いと思う。そして残ったファンが真のファンだと思うよ?」
演技や雰囲気に惹かれ、容姿だけではない部分が好きな人達が真のファン。なんだろう、物凄く心打たれる言葉だ。
「じゃっ、じゃあ……監督も許してくれるんですか?」
「当たり前じゃないか! そもそも僕なんかに止める権利はないからね? 笑美ちゃんと君島さんがじっくり選んで、社長さんにも相談して決めたことなら、監督として存分に背中押してあげないと」
「監督……ありがとうございます」
「全然! それに……良いタイミングかなって思ったりもして……へへっ」
良いタイミング?
「ん? タイミング……?」
「あぁ、いや実はね? 僕、たむちゃん……あっ、女優の田村さんと付き合っててね? それも結構長いんだ」
「えっ、えぇ? そうなんですか?」
って、ちょっと待て? そう言えば、宮原旅館の透也さんが……
『ちなみに、ディレクターの羽田さんと、主演の石黒さんなんかは笑美ちゃんのこと好きだろうな』
『はっ! マジですか!?』
『そういう気配バリバリだぞ? それと、女優の田村さんは監督に好意抱いてる』
言ってたぁ! マジで当たってるじゃんか! 宮原家凄っ!
「そうなんだよ。なんか妙に好いてくれててさ? 僕なんか……って言ってもぐいぐい来てくれて、作品にはほとんど出てくれるしさ?」
「確かに、結構出演している気はしましたけど……最初は田村さんからのアタックだったんですね」
「そうそう。それでさ? 僕も徐々に惹かれて……今はゾッコン。それで、そろそろそういう時期かなって思ってたんだ。でもタイミングが分からなくてね? でも今の君島さんの話聞いて今だって思ったよ」
「今……ですか?」
「そう。嫌らしい話だけど、今なら結婚を発表しても君島さんと笑美ちゃんの話で薄れるかなってね? まぁそれもあるけど、なんか目の前でそう言う話聞いて勇気が出たよ」
なるほど。本音としては発表しても上手く話題が薄れるタイミングだってことか。まぁ、それでも監督の役に立てるなら本望だ。それに俺達の姿で、監督の結婚する後押しが出来たとしたら願ったりかなったり。
「そうですか。それは嬉しい限りですよ」
「いやいや、それはこっちのセリフだって。とにかく……おめでとう」
「ありがとうございます」
「それはそうと、さっき聞いた2人の馴れ初め……小説にしない?」
「えっ? あの、監督……」
「そんでゆくゆくは映画化なんて……」
「かっ、監督~!?」
★
ふぅ。
スタジオから出た途端、不意に零れた安堵のため息。
「とりあえず、報告完了かな」
監督との会話を思い出しながら、俺は胸をなでおろす。
まさかまさかの監督の結婚話も出たけど、結論として監督も俺達の結婚には賛成してくれた。それだけでも、嬉しい意外の言葉が出ない。
っと。とりあえず、俺がお願いされた部分については完了かな? あとは……俺が結婚相手だと分かると、取材が行くであろう場所だけだな。婆ちゃんには電話したし、残るはあれだな。
正直、ホーリョーソフトウェアはどうでも良い。俺に対して嘘でも話したら、それこそ戦ってやる。己ヶ為、黒滑、美浜……お前たちは覚悟しろ。
まぁ、あいつらのことは放って置いて……問題はもう一か所。とりあえず、連絡して事前に話をしておこう。
俺は徐にスマホを手に取ると、画面をタップする。そして続け様にいくつかの数字を打ち込み……耳へと当てた。
調べなくても分かる。というより、今でもなんの迷いもなくすらすらと浮かんでくることに驚きを隠せないまま……俺はそのコール音に耳を傾けた。すると2コールもならない内に、電話越しから女性の声が耳を通る。
それはどこか懐かしさを感じる……声だった。
「あっ、もしもし。私、君島というものなんですが……あっ、お久しぶりです。あのすいません、本日……」
「所長……いらっしゃいますか?」
34歳、独身無職。女子大生に拾われる 北森青乃 @Kitamoriaono
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